「どうしよっか、な」
ボクは女神のみんなから離れ、リーンボックスの地質から採れる鉱石をあらかた集めたり、素性を隠してクエストをやったりしてたけど、ついにやることがなくなってしまった。帰る場所もないし……いいや、必要ないか。ボクの帰る場所は、この次元にあるものじゃないから。
「とりあえず……ボクを尾行しているのがいるのはわかるけど……」
向こうも気づかれたとわかった上でこの行動。大方あのベールさんがボクを警戒してるんだろうけど……ここは町中。荒事を起こすこどボクはバカじゃない。だから場所を移す。
「まともな尾行者なら、ダンジョンまではついてこないはずなんだけど……」
クエストを受けるのを忘れていたけれど、選んだのはここらで一番モンスターが狂暴なダンジョン。人間はいるはずがない。なのに。
「二人きりにするためにこんなところを選ぶなんて、怖いもの知らずだなー。あるいは、私がつけてたからかにゃ?凍月夕ちゃん」
ボクの後ろからかかってきた声は、もはや懐かしさすら覚える声。本物だけど別物で、お母さんの……茜さんの声。
「お母さ……じゃなかった、えぇっと、茜さん……」
「ふふっ、本当に私とおんなじ髪色だ。でも、目の色は……やっぱり、えー君とおんなじ色だ。そっちじゃ私とえー君……今のルウィーの大臣さんは結婚して子供が生まれてるんだー、面白いなー。こっちでもそうなるといいなー……って、そうじゃなかった。本題に入らないとね」
「本題……」
ボクは身構える。いくらお母さん……茜さんといっても、ボクをつけていたんだ、警戒せざるをえない。
「えー君がね、前に君と出会ったところに来てほしいって。君と連絡がつかなくなったから私によこしてきたのさ。まだリーンボックスにいるだろう、君はリーンボックスの所属だろうって。まぁその対価に今度一緒に出掛ける約束をさせたんだけど……それはおいとくとして。どうする?私を信じてみる?」
「……ボクを呼んで、お父s……影さんは何がしたいの。なんの用なの?」
「さぁ、ね。私もそこまでは聞いてないにゃー」
本当に知らないのか、はたまた知ってても答えないのか……両方ともとれるその答えがくるとはわかっていた。きっとお母さんもこんなふうにはぐらかす。でも、お母さんとこの茜さんと決定的に違うのは、領域把握がないこと。
「だったら……」
「私を力ずくで突破して撒く?」
「ッ……!?」
いつのまにかボクの目の前に茜さんの顔が迫る。すぐさまバックステップをする。確かに距離はあったはず……それに考えも読まれてるし……なにより……
「ここでドンパチしてもいいけど……ここダンジョンだよ?モンスターも強いし、やめとくほうが得策だと思うなー」
「…………」
まずいなぁ、全部読まれてる。まるで本物の、ボクの次元にいるはずのお母さんの思考そのものだ。
「一つ、聞いてもいい?」
「なぁに?」
「……有視界範囲にある情報を、好きなだけ見ることはできる?」
「……?できるわけないじゃんそんなこと。たとえできたとしたらそれはとんでもない能力だし、常に脳への負荷が大きすぎてまともに生きることすら難しーと思うよ。見たくもないこと、知りたくもないことを勝手に知っちゃうってことでしょ?」
「うん……」
「……私にできるのは、先を読むこと。ゆーちゃんの場合は結構表情に出るから読みやすくて助かるよ。それで……どうする?母親であり母親じゃない私の言葉を信じてついてくる?」
「……」
ボクはこくりと頷いて武装を解除する。
「よかった。それじゃあついてきて。あ、都合上ちょっと変装してもらうからまずはうちにきてねー」
「変装……?」
茜さんに連れられてボクは茜さんの家で変装させられることになったんだけど……お母さんと同じようにサイドテールにしていた髪は帽子の中にしまわれ、サングラスとコートを着せられ、挙句ニコニコ笑顔の茜さんと手を繋いでルウィーとの国境に向けて歩いている。
「ふんふふ~ん♪」
「ねぇ、茜さん……」
「今は『あかねぇ』って呼んでね。ゆーちゃんは私の弟……あるいは親戚ってことにするから」
「ボク、女の子なんだけど」
「ベールがね、凍月夕がリーンボックスから出たら報告しろーって国境警備隊に言ってるのさ。出すなとは言わないけど監視されてるのは嫌だろうし、それに七賢人に君の居場所がばれるのはよくないかなって。奇襲できるでしょ?」
「それはそうだけど……じゃあこの変装で大丈夫なの?ボク、ちょっと前にカメラの前で変身してるからよく見られたらばれちゃうんじゃ……」
「そこであかねぇさんの出番なわけだよ。っと、着いたね。やっほーっ」
そんな気さくなあいさつで国境警備隊の人に話しかけるもんなの……?なんて思ってたけど、かざしてる書類はしっかりしたものだし、茜さんがリーンボックスの中でどんな立ち位置にいるのかはわからないけど結構偉い人なのかな……
「仙道特使、そちらの子は?」
「あぁ、弟。たまには家族旅行みたいなのがしたくてさ。おねがいだよー、いくらベールが夕ちゃんを警戒してるからって男の子は通すでしょ~」
「そりゃそうですけどね。特使、ベール様からの仕事が来ておいでですよ」
「なんでさぁ~、久しぶりに会った家族とおでかけすらさせてくれないの~?」
「我々に言われましても……」
「んまぁ、それもそうか。しょうがない。どうせベールのことだし期限までにやればいいでしょ。いったん無視するねその仕事。私それ聞いてない。おーけー?」
「えぇ……ですがあなたの仕事はあなたにしかできないのですよ?」
「急に私以外に任せるほど焦る必要がないのも私の仕事だよ。外交特使が急に変わったらそれこそラステイションあたりがいろいろ言ってくるじゃん。面倒だよあそこ。女神のノワールちゃん相当やり手だし。リスクとリターンがあってないんだよ、私を変えることは。それがわかってるから、こうして少しの休憩を楽しみたいって言ってるの。それを突っぱねられたらさすがに辞めるって言ってやろうかなぁ、なんて思うんだけど、どう思う?」
「私は一介の警備隊員ですよ、政治の話はわかりません」
「だよねー……はぁ、だめ?通してくれない?」
「弟さんの身分証明書があれば通せますが」
「あー、基本的なことを忘れてたよ。仕事でしか通ってなかったからね。ちょっとまってね。鞄の中に入れてたはず。あ、はいこれ」
「確認いたしました。どうぞお通りください」
「ありがとー。よーし、いくぞー!」
とまぁ、作った覚えのないボクの偽の証明書がさらっと出てきたりそれで警備隊員の目をごまかしてたり、仕事の話で憂鬱になってたり……いろんな表情をしながらいろいろ話して茜さんは無事リーンボックスの外にボクを出してくれた。
「あの身分証、どうやったの?」
「私のちっちゃいころの身分証だよ。名前の部分を少し書き換えてるだけでしっかり本物。昔は髪短くしてたしこの性格だから男の子と間違えられることあってさー。それを利用したってわけ」
「へぇー……それで、ここからどこいくの?」
「迎えが来るはずだよ、ほら」
ルウィーに一番近い国境から出たボクたちの前にいたのは一台の車。運転手らしい人が車の外で待っている。
「茜さん!もー、遅いですよ。お兄ちゃん寝ちゃいましたよ?」
「いやー、仕事の話で長引いちゃって。車の中にえー君いるの?」
「そりゃまぁ。家族旅行って体でブランさんに一日休みくれってお兄ちゃん言ってましたから。仕事もフルで片づけて」
「ふふっ、私と使った手が一緒。それじゃあ夕ちゃん乗って。えー君は後部座席右側でしょ?助手席か後部座席の真ん中、どっちがいい?」
「暗にお兄ちゃんの隣に座る宣言やめてくださいよ……」
そこにいたのは影さんの義妹の明さんと、車で寝ている影さん。言ってしまえば、ボクの家族がここに揃っている。学校の友達のように当たり前に、家族と一緒にお出かけしている。でも、ここにいるのはボクの本当の家族じゃない。それでも、少しだけ嬉しかった。
「真ん中がいい」
「助手席空くんだー……まぁいいか。乗ってください。行きますよー」
「はーい」
そんな嬉しさをかみしめるようにボクは『お父さん』と『お母さん』の間に座る。
「ところで、目的地は基地でいいんですよね?」
「うん。呼んだ本人がぐっすりだし、ブランちゃんも知らないところってなったらそこしかないでしょ。おねがいね、明ちゃん」
「わかりました。しかしほんとに、家族みたいですね。こうしてみると」
明さんはそう言って車の運転を始める。舗装されてなくて不規則に揺れるけれども、どこかからか感じる安心感からか、ボクは久しぶりにぐっすり眠ることになった。影さんと茜さんの手をぎゅっと握って。
後にわかることだけど、明さんが信号待ちの時にその写真を撮ってたらしい。起きた時のボク、めちゃくちゃ恥ずかしいと思うから覚悟しといて。
次回、第二十二話「動乱の序章」
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