言うが早いか、俺は敵に肉薄する。あくまでも相手は女神。しかもあてられるだけでかなり悪影響が出そうな瘴気じみた何かを出している相手だ。慎重に行かねばなるまいが……こちらにはそんな時間的余裕も、戦力的余裕もない。
「この私に向かってくるなんて、命知らずなお馬鹿さんね」
「そういう割には、余裕はなさそうじゃないか」
黒切羽による全方位攻撃。どうやらこれが敵の感覚を鈍らせているようだ。敵の攻撃らしき雷撃が全部黒切羽に吸われている。
「ちょこまかと……」
「リアルタイムの演算は苦手か?だったら俺達がお前の3手先を行く。どれだけ化け物じみた力を持とうとも、演算の前には届かないッ!」
全方位攻撃と雷撃の防御を継続しつつ、射撃と斬撃を繰り返していく。直撃はさせられているが、効果は薄い。やはり今の俺では足りない。
「人間風情が……ッ!」
「俺が人間に見えると?とんだ節穴だな」
激情的になった瞬間に大技、
「茜、夕とギアは?」
「ゆーちゃんは教会の中で休ませてて、ギアちゃんは国を守ることに集中してる。急に出てきた非常事態だからね。まだ人の避難もままならないから……」
「そこはギアに任せざるを得ない、か。茜。あれを見てどうだ?」
「どうもこうもでたらめだよ。さすがは別次元、えー君的に言えば引数や定義がすっちゃかめっちゃか。なんで存在できてるのかわからない不条理の塊。それでいてエネルギーはシェアエナジー……どちらかといえばマイナス寄りのね。だから……そうだね。一番近いのはえー君かな。シェアエナジーの集合体でかつ不条理の塊って点ではね」
「なるほどな……ということは……」
「生半可な外傷でダメージを与えることは不可能だね。プロセッサユニットも健在だし」
「はぁ、厄介だな」
攻めあぐねるというより、決定打がない。
「あれしかないと思うよ?」
「同意見だ。ギアに連絡してくれ」
再び空を飛ぶ。ちょうど黒切羽も回収タイミングだ。
「あんた、めちゃくちゃうざいわね」
「……藪から棒に失礼だな。お前、一応女神のような風体じゃないか。それがどうにも禍々しい。なぜだ?」
「いいわよ教えてあげる、復讐よ。奴らへのね」
「復讐、か。はは、はははっ……これは傑作だ、はははは……」
「はぁ!?なに笑ってんだあぁん!?」
「女神が民に復讐だなんて、自身の存在の否定に他ならないだろう。それともあれか?国民に女神として認められなかったか?存在できないのならどうせならって言うやつか……理解に苦しむね。いや、理解はできるか……むしろよくわかるほうだ。俺もまた『女神の敵』の屍を作り続けてきたんだからな。」
「へぇ……?」
「復讐は何も生まないと言うが、それは間違いだ。復讐は達成感と虚無感、喪失感を生み出す。やり遂げたところで失ったものは帰ってこない。お前の場合はおそらく国、俺の場合は妹ないし仲間だ。自分から切り捨てたのだから失ったとは言わないが……自分自身への復讐というものもなかなか悪くない。いつまで経っても達成できないしな。目標じみた何かだ」
「あんた、何を説教垂れてるのよ、この私に向けて」
「長話は嫌いか?境遇が似たような化物に会うのは久しぶりでね、雄弁になるというものだよ。まぁ、それはそれとしても、やはりお前を撃破しなければならない現状は変わりそうにない。その存在だけでこちらの世界を脅かしかねないのだからな」
「はっ、勝手にこっちに持ってきたのはどこのどいつなのかしらぁ?」
「じゃあその責任を取らせてもらおうか。言っておくが、命の保障なんてものはない」
「ほざけ!」
銃剣と雷撃が切り結ぶ。しばらく黒切羽は使えないぶんこちらが不利だが……避けられない雷撃ではない。だが、何かがおかしい。俺の全身が下がれと言っている。観測されたデータにも何も不整合はないというのに、感覚だけは危険だとずっと感じ取っている。この違和感は不快だ。
「……茜」
「私も何かおかしいとは思うんだけどね。あいつの周り、何かしらのエネルギーがあることは確かだけど綺麗に隠されてる。私の把握を上回る隠匿って相当だよ。私には見えない場所にあるってことだからね」
「見えない……まさか!」
「気づきやがった、でももう遅ぇんだよ!」
急に観測された超高エネルギー反応。複素次元格納された膨大な圧縮シェアエナジー。あんなもの、直撃したらひとたまりもないことがわかる。
「影さん!」
「ギア!?」
「みーんなまとめて、とっとと消えなぁ!」
「……ッ!」
認識してから回避するような時間はなかった。なのに、今俺は地面に叩きつけられている。直撃したら蒸発しているはず……だが俺は生きている。状況は……大気が熱い。余波で金属系のものがひしゃげている。なんならプラネタワーの前は焦土と言ってもいい。だが……妙だ。プラネタワーは無傷だ。射線上にあったはずなのに……それに、あの赤い破片は……
「まさか……!」
黒切羽を展開し、必要最低限の足止めをしながらプラネタワーに向かう。そこには、そこで目にしたものは……
「おい、冗談だろ……」
「ッ……影さん、無事だったんですね……!」
「違う、そうじゃない、茜がなんでそんな、そんなボロボロなんだ!」
脳裏によぎるのはあの時の茜。「凍月影」の全てが始まった日。
「茜さんは、あの超高エネルギー砲を大剣一本で止めたんです。直撃したらどうなるかわかっていて……それに、大剣は破損して茜さんは地面に墜落したんです。今、必死で回復魔法をかけてますが……」
「ッ…………まだ俺が生きているということは……まだ、茜は生きている……ギア、魔剣は持ってきたな」
「はい。こちらに」
「……茜を頼む。俺は奴を滅ぼす」
「お願いします」
とは言ったものの、左腕はひしゃげて使い物にならないから右腕一本。黒切羽も今度はほとんど落とされてる。3手先を読んでいても、明後日の方向から殴られちゃどうしようもないな……夕も多分目覚めそうにない。本当に、最後の希望が俺か。希望なんてたちじゃないってのに。
「へぇ?まだしぶとく生きてるなんて驚きだわー」
「……」
「でももう軽口も叩けないくらいには疲弊しているようね、それじゃあこのまま、死んでもらおうかしら!」
雷撃を避ける。まだ熱い地面を踏みしめ、魔剣を振るう。
「お前を……殺す……!」
「それ、言われた側は生きてるって知らない?」
「知らんな……!」
まともに動けるのは残り3分。限界ギリギリまで出力を上げているのだからこの3分でダメならお手上げだ。
「片腕一本で挑んでくるなんて大馬鹿さんね、虫唾が走る……!」
雷撃が飛んでくる。避けられないわけではないが、後ろに流さないように要所を防ぎながらだとどうしても接近できないし被弾も増える。事実、首筋をかすめた。
「意地でも後ろには通さないって?ますます気に入らないわねぇ!?」
「ぐっ……」
わかっている。何かを守りながら戦うのは俺には向いていない。どうしても後ろに意識を割かれてしまう。
「け・れ・ど……おかげでアンタは弱くなった!」
「ぐあぅッ!?」
魔剣を弾かれ、大きく蹴飛ばされる。まずい、これでは魔剣を奪われたに等しい。それにもう、回避なんて選択肢はない。それに、もう限界時間だ。
「影さん!?」
「ギア……ここまでだ。いったん下がるぞ」
「いいえ、影さんの限界はわかってます。私が戦います!」
「やめろ、わかっているはずだ」
「ッ……それでも、影さんを見捨てて逃げるようなことはしません!」
ギアがもう動けない俺の前に立つ。だめだ、それは……それだけは大悪手だ。この世界は、お前がいないとだめなんだ、ギア……
「うっざい、じゃああんたから死になぁ!」
「ッ……!」
認識した時にはもう遅かった。頬を撫ぜる風、漂う深紅の粒子。弾き飛ばされ目を見開くギアと、俺の前に立つ人影。
「あ、かね……?」
「返して、もらうよッ……!」
茜は敵の手首辺りに粒子を集中させて距離を取らせる。魔剣は奪い返すことができたが……その魔剣は茜を貫いている。なぜだ、茜は動けなかったはずなのに。
「茜さん!?なんで、なんでですか!」
「ギアちゃんも、えー君も護るためには、これしかないから、かな……」
「……わかっているから、なのか……?」
「そーだよ。えー君は、いつもそうだから」
「……ッ!」
視界が揺らぐ、呼吸も荒くなる。魔剣に貫かれた茜は、だんだんと存在が薄くなっていく。女神を貫いたときと同じだ。犯罪神との同化によって茜も人間からかけ離れた存在に、女神に限りなく近い存在になっている。
「えー君」
茜が俺の首筋に触れる。小さく何かが壊れる音と、落ちていくチョーカーだったものが視界に入る。
「ッ……!」
首筋に受けた攻撃の影響で、これはもう破損していたというのか。茜はそれを見抜いて、こんなことをしでかしたのか。そうまでして、なんで俺を生かすんだ。なんで……俺はまだ生きている……!
「えー君は死なないよ。私が、私たちがずっと護るから。だからこれは、私のわがまま。最初で最後のわがままだよ」
「ふざけるな、最後なんて言うn……!」
最後なんて言うな、何度だって聞く。そう言い終わる前に茜の唇で口は塞がれる。微かに、鉄の味がする。
「勝って。そして生きて。約束だよ?」
最期の表情は何度も見てきた、太陽のような微笑みだった。腕の中から重さが消えていく。光となって、茜は消えた。カランという魔剣が地面に落ちる音と、小さく響く茜の指輪が落ちる音。それを認識したが最後、言葉にならない慟哭が始まる。
「うるさっ……人間一人に大げさね……」
「……あなたは、何も思わないんですか」
「思わないわよ?そもそも……どこの誰かもわからないやつに邪魔されてるのはこっちなんですけどー?」
「ッ……酷いですね、本当に……影さんよりも、酷い……!」
「怒った?まぁアンタ程度が怒ったところでこのあたしに勝てるわけないんだよ!」
目が覚めたら、懐かしい天井だった。肌で感じるこの異様なおぞましさは、奴がまだこの次元にいるということ。でもそれ以上に、胸騒ぎがひどい。力の流れもどこか変だ。
「まだどこかしらは痛いけど……行かなきゃ」
ボクはすぐに外に出て、コンプリートフォルムに変身する。
「何、これ……」
やけに静かな焦土の上には、倒れているネプギアさんと、宙に浮くタリの女神。その間には、どす黒い何か、泥のようなものを纏っている、人なのか怪物なのかぱっと見では判別できない異形が魔剣を持ってのそのそと歩いている。
「お父さんだとでも言うの?あれが?それに、お母さんは……?」
怪物を解析をした結果は、異常濃縮された負のシェアを纏ったお父さん。でも、お母さんの反応はどこにもない。なんで?
「夕、ちゃん……」
「ネプギアさん……お父さんが怖い……お母さんは?どうしてお父さんはああなったの?」
「それはッ……」
「…………そうなんだ。ボクも、お父さんを援護する」
「ダメ、夕ちゃんは影さんを元に戻すことを考えて!」
「え……?」
虚をつかれたと同時にとんでもない衝撃波がボクたちを襲う。今のお父さんは跳躍だけでこんな力が出るの……!?
「今の影さんは……人間であることもやめて、純粋に力を振るう器になっている……獣と呼ぶにもおこがましい本当に、純粋な力の集合体……」
「なんで?なんでお父さんはそんなのにならないといけないの!?」
「影さん自身の精神が、限界を迎えたから……」
「ッ……!なんで……じゃあなんでお母さんは!」
「私と、影さんを庇って、それで……」
「……お母さんは、そういう人だもんね……」
わかってる。ネプギアさんを責めてもなにもない。事実が覆ることはない。失ったものは元には戻らない。そんなの、ボクじゃなくてお父さんが一番よくわかっている。だったら今するべきことは……
「……夕ちゃん」
「お父さんが自壊する前にあの泥をなんとかしてお父さんの制御下に置く、だね」
「すごい……どうしてわかったの?」
「ボクは……『凍月夕』だから」
タリの女神とお父さんの戦いは続いている。でも、長続きさせちゃいけない。お母さん、ボクに力を貸して。
「
次回、第二十九話「奇跡の顕現」
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