プラネタワー地下にある戦闘シミュレーター。
やや埃をかぶってはいたもののいざ使ってみるとあの時のように動ける。
……今は力を抑える首輪もない。だから、全力を見せることができる。
話は少し前に遡る。
「ズバリ!ゆーちゃんの実力を測ってみよー!」
「おー……?」
「疑問形なんだな……」
言ってなかったのかなんて思いつつ、昨日茜が言っていたお楽しみとはこれだったのかとも思う。とはいえ実戦をするわけにもいかないから家族で仕事中のネプギアのところに押しかけてシミュレーターを貸してもらったというのがことの経緯だ。
「……いいんですか、茜さん」
「いいって、何が?」
「夕ちゃんは……女神になったっていっても茜さんの……影さんの娘さんです。シミュレーターとはいえ、影さんと戦わせるのは二人にとって酷じゃないんですか?」
「あはは……酷、かぁ……確かにそーだね。そーだけど……これを酷と思うほど、私たちは生ぬるい経験をしてないからさ」
「……それでも、私は……影さんがもう一度、たとえシミュレーターの模擬戦とは言えど、自分の子どもと戦うなんてところ、見たくはないです」
「……優しいね、ギアちゃん。でもこれはそういうのじゃないんだ。これは……ゆーちゃんがもう一人で大丈夫かを見極めるための、いわば儀式みたいなものだよ」
そんな会話が聞こえている。きっと向こうで集中している夕には聞こえていない。茜は……どこまでも俺のことをわかっている。
「夕」
「ん、なぁに、お父さん」
「……こうやって相対する以上、俺は本気だ。いや……手加減ができないと言ったほうが正しいか」
「知ってるよ。そんな器用じゃないこと」
「ふっ、そうかい」
ハード・アーマライザーの調子は問題ない。そもそもハード・アーマライザーはシェアデュアライザーの発展形であり同時に出力調整版でもある。だったら……今の俺が使うのはやはり……こっちだ。
「さ、二人とも準備はいい?……はじめッ!!」
お母さんのアナウンスの直後、ボクはコンプリートフォルムに女神化してまっすぐ近接戦を仕掛けに行く。最速で最短距離をまっすぐに。
「ッ!?」
けど、ボクが攻撃モーションに入った瞬間に上下左右からビームが飛んでくる。一度入った攻撃モーションはそんな簡単には崩せない。だから周囲に防壁を展開して受けるんだけど……きっとこれは読まれてる。事実、爆風でややバランスを崩されてボクの攻撃は空を切り、後隙だけが残る。
「正面からではな」
「ッ……アクティブッ!」
握っていた紅月を大剣に変化させて銃弾を受ける。けどこの銃弾……爆発する……っ!
「二発目だ。その程度じゃないだろ、夕」
お父さんのことだ、あれは加速式貫通弾。紅月を手放して距離をとることまで読んでるなら、撃つタイミングはわかる。だったら、その合間に技をねじ込むしかない……!
「
範囲は指定なしだから全域。流れてくる情報量は尋常じゃないけど、今必要なのはお父さんの先を行くこと。だからボクは被弾を前提にして、あるものを創る。
「……なるほど、ね」
胸元に一発きついのをもらったけど、この程度で終わっては女神なんて名乗れない。ボクはボクの成長を示すためにこうして戦うと決めたんだ。だから。
「ボクは今日、ボクの持つ全部の力を使うよ。覚悟してねお父さん、女神を屠った悪魔……世界を救った英雄!」
「ふっ……悪魔、か。夕にそれを言われるとは。なら……最初にも言ったとおり、本気で相手しよう」
初動は全てえー君の読み通りだった。ゆーちゃんの思考パターンも状況判断の癖も全部頭に入れているえー君にとって、きっとこれは想定内。でも今目の前にいるゆーちゃんは想定外。そうでしょ?えー君。
「黒切羽の解析、そして複製……厄介ですね」
「えー君、使われるのは慣れてないからなぁ……」
えー君の戦闘スタイルは後出しじゃんけんの押し付けと表現するのがわかりやすい。相手の手に有利な動きをして相手を動きにくくすることで詰めていく。話によるとぜーちゃんにすら有効なこのスタイルは、ゆーちゃんのように無限の手を持つ相手には通用しにくい。その対策として黒切羽による攪乱と意識外からの強襲があるんだけど……それすらも封じてきた。今えー君は義眼の演算制御でやり過ごしてはいるけど、ゆーちゃんの能力の本質は成長にあるから……そうだね。制御がどんどんしなやかになってきてる。今はまだ仕掛けないとは思うけど、機を逃せば返り討ちまっしぐらだね……どーする?えー君。
「牽制射撃とビットの応酬……二人とも、詰め方を探ってるんでしょうか」
「えー君はそうだね。でもゆーちゃんは違う。……ふふっ、ゆーちゃんはもう仕掛けてるんだ、すごいなぁ……」
「どういうことですか?」
「きっとこれは私にしか見えないんだけど……ゆーちゃんはもうそこにいない。慎重に慎重に、えー君に近づいてる。黒切羽の制御に演算リソースを割いているというところまで見抜いたゆーちゃんの作戦勝ちかな……と言いたいけど」
「……?」
「私の大好きな、私のえー君がそんな子供だましに引っかかるわけがない。けど決着は早いよ。いや、速くなるよ」
そう言った刹那、えー君を覆う装甲が開いて赤い光が迸る。ストライクフォーム……そうだね。今は使えるもんね。同時にゆーちゃんもシェアエナジーを纏って加速する。これがゆーちゃんの言ってた同化解放かな。だとしたら……
「目で追うのは大変になるね……」
無意識に自分の首筋を触っていたことに気づく。私にももう首輪はないのに、気になってしまったようだ。
「けど……そうだね。そうだよね」
「見えたんですか、茜さん」
「ちょっとだけどね。くぐってきた修羅場の数が違うよ、えー君とゆーちゃんでは」
シミュレーターの窓にぶつかる音。その方向を見ると吹き飛んできたゆーちゃん。その奥にはもう右腕しか残ってないえー君。
「影さんがあそこまでボロボロになるなんて……」
「いや、あれは狙ってやったね。えー君だもん。ゆーちゃんの攻撃をわざと至近距離で受けて動揺させて隙を突くとか平気でするよ」
「模擬戦とはいえ娘にすることなんですか、それ……」
「えー君ならするよ?」
「えぇ……」
とはいえ、まだゆーちゃんの女神化は解けていない。というか、違う。ゆーちゃんはまたえー君を欺いている。シェアエナジーを膜状に纏ってえー君に偽の情報を掴ませている。私には一切通用しないけれど、観測から情報処理するえー君には確実に効く……
「凄いね、ゆーちゃん。もしここまで考えて戦っていたのなら、えー君を超えたと言ってもいいね」
直後、空中に浮いていたえー君が落ちる。隠れていたゆーちゃんの一撃によって。同時に二人とも変身が解けるからルール的には引き分けなんだけど……ゆーちゃんの勝ちと言ってもいい。そんな戦いだった。
「……」
「負けたのが悔しい?」
「……さぁな」
模擬戦の後シャワーを浴びたのち夕はすぐ眠った。夜寝れなくなると思うがまぁ、いいだろう。俺も義手義足をつけてシャワーを浴び、テラスで風を浴びている。
「三手遅かった」
「一手遅いのはいつも通りだけど……そこまで遅れたと思うなんて、ゆーちゃんはほんと強くなったね」
「俺も弱くなった」
「嘘!?冗談はやめてよえー君、びっくりしちゃったじゃん!」
「……冗談に聞こえるのか?」
「もちろん」
「はぁ……それで?夕の能力についてどれだけわかったんだ?」
「あれ、気づいてたの?さっすがえー君!」
「まぁ、な。実際、戦って分かったがあれはリアルタイムで対応され続ける無限のポテンシャルの持ち主だ。情報の収集とフィードバックが早すぎる」
まるで茜の把握と俺の演算を合わせたかのようなもんだな、なんて言いながらテーブルに突っ伏す。
「だが成長と進化の果ては自滅だ。どこかにリミッターがないとあの子は俺と同じ末路を辿るぞ。失わなければ進めなくなる」
「それはゆーちゃんが進めなくなったときに考えることだよ。けど、その心配はないかな。だってゆーちゃんは、一人で次元移動ができるからね」
「は?あんだけ大変だった次元移動が夕一人でできるって?」
前に次元移動したのはイリゼの招待に乗った時だが、いくら大半は向こうが負担したとはいえ膨大なシェアエナジーを必要とするのが次元移動だ。それを夕一人でできるなんて無理だろう。
「そう。ゆーちゃんは自身の身体をシェアエナジーで量子化できる。だから、一人でも次元移動できるんだよ」
「移動する次元の座標さえ捕まえれば、か」
「そーゆーこと。試しにぜーちゃんのとこに行ってもらっても面白そうだよね。ほら、わかりやすい目印もあるし」
「……悪くないな。まぁそれはおいおいだろう。とうの本人が知らないんじゃな」
「だね。でも、私はゆーちゃんにいろんなところに行ってほしいな。ほら、かわいい子には旅をさせよって言うじゃん?」
「旅のスケールがやや大きい気もするが……まぁ最初の旅からして別次元と思うとそれもそうだな」
「で、旅のお土産とかお土産話を聞いて楽しみたいなーって。私とえー君はもうずっと一緒だから片方がしてない経験ってこれから先ほとんどないじゃん」
「そうだな、そう考えれば……本当に、大きくなったな、夕は。……」
「……だね」
空には白い雲と黒い雲、そして青空もかすかに見えている。怪しげな雲行きではあるが……俺は雲の色に目を奪われて……視線を茜に向ける。
「雨が降りそうだ、戻ろう」
「おっけー、じゃあみんなでおやつにしよっか」
「だな。ギアとネプテューヌも呼ぶか……」
今を生きるという約束を思い出す。俺にとっての今を、失わないために。
これにてAFTERシリーズも終了だと思われます。
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