凍月夕が七賢人アブネスをある意味で撃退したころ、夕の本来いる次元ではまだ戦闘は続いていた。
「これで、1569……!」
「数えてたの!?いやまぁ私も1328体目だけど!」
「二人合わせて2897体ですか……!私はこれで!2005体目!」
「そろそろ5000じゃないか……と思ったがどうやら敵はかっきり5000のようだ……」
「教会に寄せられた撃破報告が98体ですからね。もう敵影はありません。」
「状況終了か。」
「数だけだったねー。とはいえ、疲労や被害はそこそこっぽいし……ここから内政が大変だろうなぁ……」
「そうだな……女神が出て戦闘をするという事そのものが緊急事態だから……」
倒すだけ倒したのち、プラネテューヌ市街の様子を見る。どうにかこうにか被害は最小限といったところだ。しかし……鈍ったな。10年も外に出てなかったらこうもなるだろうが。
「悪魔が女神と肩を並べる、か。この世界で、俺を知らぬものなどもういなくなってしまったというのに。」
「そんなに悲しい顔をしないでよ。それとも……色あせて見える?」
「色あせる、か……容赦のない物言いだな、茜。」
「あははー、でも……そうでしょう?」
俺は茜の問いに答えなかった。この後の仕事のことを考えることで精いっぱいなふりをしている。それが茜に無意味なことも、知っていながら。
あの戦闘のあと、俺はいつもよりも多めの書類の山を捌いていた。
だろうな、と思う反面世界が動いた、動いてしまったということに一抹の不安が拭えない。やれやれ……
「23:00……頑張りすぎたか……」
書類の全てを片付け、伸びをする。ほかの教会職員もだいたい終わったようだ。……まさか俺に女神しか触れない書類以外のほぼ全てを回されるとは……しかも書類整理のチームリーダーにするなんてどういう風の吹き回しだ全く……俺はもうそんな柄じゃねぇってのに……
「疲れたな……全員もう寝ろ……余った分は明日か俺に回せ。」
一人になりたい一心で発した言葉はうまくヒットしたらしく、一人、また一人と一言二言俺に言ってから去っていく。そうだ、それでいい。
「もうひと頑張りしておきたい気もするが……」
書類に手を伸ばすも手が震えていることに気づく。血糖不足か。
「限界か、さすがに寝よう……」
立ち上がる。もうずっと座りっぱなしで立ち眩みがひどい。あぁそうだ、最近は座りっぱなしじゃなくても酷いってのに。
「大丈夫ですか、影さん。」
「……ギアか。それは、夜食か?」
「はい。ちょっとだけですけど……」
「助かる。」
ネプギアの持っていた盆の上に置いてあったおにぎりをほおばり、血糖を補給する。
「ごちそうさま……ギアの仕事は終わったのか?」
「はい。少し前に。皆さんは影さんが返したんですね。」
「一人になりたくてな……」
「皆さんに一個ずつ作ったのに、もったいないですね。」
「……ラップをかけて保存しておけば問題あるまい。仕事はそれで捗るだろうしな……」
「そう、ですか。ところで影さん、眠らなくていいんですか?いつもこの時間じゃぐっすりなのに……」
「緊急事態の直後でぐっすり眠れる人間じゃねぇよ……最中のほうが眠れるまであるが……」
「どういうことですか……」
実際、緊急事態の真っ最中なら何が起こるか予想しやすいために眠れるというものがあるが……解決した直後は何が起こってもおかしくない。平和が崩れた直後なのだからなおさら。眠れるわけがない。
「……なぁ、ギア。後悔してないか。」
「後悔、ですか。……そうですね、してないと言ったら嘘になります。影さんを引っ張り出さなくても、数だけだったから、もう少し被弾したり被害は出たりするけど、よかったんじゃないか、そう、思います。でも、それは間違ってるんです。私は女神ですから……この国が、この国に住む皆さんが安心で、安全じゃなければいけないから、後悔してても、これが最善です。」
「……驚いた。いつかの俺と同じ覚悟ができている。」
「同じ……いいえ、似て非なるものです。」
「そうかい。」
ネプギアは女神として、自らは選びたくない最善手を選んだ。世界のために。
「眩しいよ、ギアも。」
「眩しい、ですか。」
「あぁ。影ってもんは、光がなければ存在すらできないからな。」
「……私は、影さんにとっての光になれているのでしょうか。国民の皆さんの、光になれているでしょうか。」
「十年、一人で切り盛りしてきたんだ。それは誇っていいことだ。……どの口が言うかって話だけどな。」
こんな世界にしたのは俺だからどの口が言う、なんて言葉になったが……本心だ。俺はどこまでも罪人なのだから。
「影さん一人で……世界をこんなにした、だなんて……それは思い上がりです。」
「……強くなったな、ギア。」
あぁそうだ、こんな世界にしてしまった旅は、いつも隣にギアがいたじゃないか。茜を助けるために。
「強くなんてないですよ。強すぎる人に置いていかれないように必死で……強すぎる人を、一人にしないようにするのに必死です。」
「そうか。……頼りにしてるし、縋りもする。ギア……俺は……」
「……やめてください。私はあなたを恨んで、憎んで……あなたを……!」
「いいさ、それでいい。恨み続けてくれて構わない。そうじゃなきゃ、俺は許されてしまう。そんなこと、俺が許せない。」
「……私たち、おかしいですね。」
「今に始まったことじゃないだろう。歪み歪んで、ありのまま。茜とは違う方向に、俺達も一種の共依存、かもな。」
「共依存……ですか。」
「あぁ……」
夕は……今頃どうしてるかな。頑張ってほしいとは思うけれども俺のような無茶だけはしてほしくない……そして、目的を達成できなかったとしても……ちゃんと、帰ってきてほしい。俺のようになんて、させてたまるか。
「そうかもしれませんね。」
「え……?」
ネプギアは、俺に背を向け仕事部屋を去ろうとする。その足取りは何か隠してそうで、でも何と言えばいいかはわからない。結果、思ったことをそのまま言うことにした。
「……似た者同士、なのかもな。俺と、ギアは。」
「似て非なる者、です。ほんと、影さんには似てる人が多いですね。私含めて。」
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きている資格がない……どこかで誰かが言っていたような言葉だ。俺は、優しくなんてないのに。」
「逆ですよ。……あなたは優しすぎるんです。」
ネプギアはそう言って、部屋から出る。
残された俺はただぽつんと、ギアの言葉を反芻していた。
「優しすぎる、か。我が妹ながら……いや、だからかな。」
ひとつ、大きなため息をつく。
罪というか、責任というか。凍月影はまだまだ逃げることは許されないらしい。
「逃げるつもりも、ないけどね。」
次回、第六話「クエストハンター凍月夕」
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