カワラナイモノ   作:紅卵 由己

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 自分が変化した後の戦闘能力がどれほどの物なのか、実のところ青年自身もよく解ってはいなかぅた。

 全力で走ってどこまでの速度を出す事が出来るのか、力ずくで殴ってどれほどの硬さまでなら砕く事が出来るのか、どの程度の攻撃までなら直撃しても耐え切れるのか――疑問を上げればキリが無い話だが、自らの力がどこまで通用するのかどうかという指針は、実際に全力を発揮せざるも得ない状況に立たされなければ限界の目安を知る事も出来ない。

 青年は、決して自身の能力を過大評価しないようにしていた。

 戦う時には、常に確実に敵を倒すよう全力を出そうと意識していたつもりだったが、大抵の相手は猛毒の爪で一裂きしただけで死に至ってしまうため、常々自身の変化した身体の『強さ』に実感を得る事は出来ていない。

 これから先も安全に確立に仕留められる相手だけと遭遇するのであれば、それはそれで問題も無いのだが――決してそう都合良い話にはならないだろう。

 事実として、眼前に立つ骨の竜の巨体はこれまで対峙したどの怪物よりも更に巨大で、隣に見えるマンションの半分程度の身長は誇っていた。

 マンションが遮蔽となって姿を隠していたとはいえ、何故こうして近付くまで気付く事が出来なかったのか、不思議に思えるレベルだった。

 そして何より、その身体から吹き出る気配そのものが、青年の直感に危険さを示している。

 この骨の竜は、こちらを『殺せる』だけの能力を持っている――と。

 

(……とんでもない話だな。こんなの、殆ど死んでるも同じじゃないか)

 

 骨の竜の三本指の鉤爪による攻撃を跳んで避け、その動作を目に慣れさせつつ青年たる獅子の獣人は考える。

 眼前の怪物は身体の殆どに筋繊維が見えず、それでいて骨だけで動いている。

 その事実から見ても、その存在は他の怪物と比べてひたすらに異常さを極めている。

 何処かに、死体とも呼べる骨だけの身体を動かすための『何か』が存在する――と考えるのが無難な理由だろう。

 であれば、まず第一に怪しい部分は、僅かに残っている生身の部分。

 

(……どちらかの、肉の塊か)

 

 背後から姿を目撃した際に見えた、脊椎に形成されていた橙色の蠢く肉の塊。

 そして、正面から見て首の下――肋骨に覆われる形で存在している、脊椎のそれと同色の心臓のような外見の鼓動する肉の塊。

 元が生物であったのであれば、どちらかと言うと後者の方が急所としては適切だ。

 生身の部分であれば、猛毒の爪で腐らせ死滅させる事も出来る。

 とはいえ、

 

(あそこを爪で攻撃するには、相当近付かないといけない……俺に、出来るか?)

 

 黒い恐竜に対してやったように懐に潜り込み、その場で跳躍したとしても心臓を狙う事は難しい。

 心臓の周りを分厚い肋骨が覆っている以上、少なくとも心臓より下の角度からの攻撃は肋骨に遮られてしまう。

 あるいは肋骨と肋骨の間に指一本でも通せるだけの隙間があれば狙えるかもしれないが、仮にその方法を試して失敗した場合、返しの牙で殺されてしまう可能性が非常に高い。

 確実に、骨に遮られる事なく心臓を爪で抉り裂くためには、心臓よりも僅かでも上の角度――首元の付近から狙う必要がある。

 そして、

 

(……アイツには、あまり期待は出来ないな)

 

 半ば勝手に共闘させてもらっている相手の鬼人の手に、武器らしい武器は見当たらない。 

 せめて長い刃物か何かでも持ち合わせているのであれば、肋骨の隙間を通して心臓を貫く事が出来たかもしれないのだが、獅子の獣人たる青年と同じく徒手空拳しか武器として扱えるものは無いらしい。

 互いに死なない程度に囮の役を担えれば御の字だろう――と、割と適当に共闘相手の扱いを内心で決めていると、当の鬼人から大声でこんな言葉が飛んで来た。

 

「へいへーい!! お前はただ避けるだけか腰抜けー!! 情けないぞ色々とー!! その腕っ節は飾りかー!? ホント何しに来たんだお前!! 足引っ張りに来たんなら帰れ!!」

 

 全体的に小馬鹿にする調子の声だった。

 というか、喋ってる暇があったら打開策を考えてほしいと青年は切に思う。

 そして、単純に言葉の内容に対して多少腹が立った。

 よって青年も吠えるように言い返す。

 

「こちらはそもそも戦おうと此処に来たわけじゃないんだよ!! 気になったから見に来ただけだ!! というか、囮になってやってるんだから隙を見てお前があの心臓を狙ったらどうなんだ!!」

「あぁん? 心臓……って、まさかアレのことか? というか骨だけなのに何で心臓あんの? 骨の内側に血管でも詰まってんの? 全体的にどうなってんの?」

「そんな事を俺が知るか!! 少なくともあそこ以外に急所らしい急所は無いだろう!!」

「お、おう……それもそうか……」

 

 何処か理解出来ていないような調子だが、鬼人も一応は青年の考えに乗ってみる事にしたらしい。

 これで気を引いている内にどうにか近付いて、心臓を攻撃してくれれば良いのだが――と考え骨の竜の攻撃を避け続けていた青年だったが、突然骨の竜が青年の事を追う事を止めた。

 思わず疑問を浮かばせる青年だったが、そこで鬼人が突然慌てたような声色で青年に向けてこう言った。

 

「……っておい、待て!! 離れすぎるな!!」

 

 青年には、突然投げ掛けられた鬼人の言葉の意味をすぐには理解出来なかった。

 少し離れた位置から骨の竜の姿を見て、ある一点に疑問を浮かべた時には遅かった。

 直後、脊椎に肉付けられていた橙色の肉塊が、突如上方に向けて射出される。

 

「……ッ!?」

 

 その形状を見て、青年の脳裏に『ミサイル』という単語がただ過ぎる。

 脳に刻まれた知識の通りであれば、それは人間が作り出した大規模な破壊を生じさせる兵器。

 そう、思えばこの場に来たそもそもの発端は遠方からも強く響いた爆発音ではなかったか。

 射出された『ミサイル』は一度上空に向けて放り出されたかと思うと一度放物線を描き、直後に青年の立つ場所に向けて急降下してくる。

 よく見るとその『ミサイル』には緑色の目と口が存在していて、外観からしても無機質な兵器というよりは生きた怪物のような印象を受けた。

 アレが起爆した場合、爆発の範囲はどれほどのものになるのか。

 音だけでも遠方にまで響き、この場に転々と存在する破壊痕から見ても、生身の身体に直撃でもすれば肉片すら残ることがない事を容易に想像が出来た。

 

(まずい……っ!!)

 

 獅子の膂力でもって気持ち全力で駆ける青年だったが、ふと『ミサイル』の方へと視線を向けると、今も尚猛烈な速度で大地に向かって直進していたはずの『ミサイル』は、明らかに軌道を曲げて青年を追跡していた。

 信じられないことに、追尾機能を有していたのだ。

 このままでは到底避けきれない――そう判断した青年は咄嗟に地面に散らばっている瓦礫の内、片手で持てる程度のサイズのものを右手で持ち、それを礫として振り向きざまに全力で投げ放った。

 獅子の獣人の腕力でもって銃弾の如き速度を得たアスファルトの礫が、あと三秒もあれば直撃する距離にまで迫っていた『ミサイル』に命中する。

 骨の竜が放った『ミサイル』は、人間の作ったそれとは異なり外殻が鋼鉄ではなく肉によって構築されているものだ。

 内部構造まで詳しく知る由は無いが、それが知識の中にある『ミサイル』と同じであれば、何らかの物体に衝突したりする事によって生じる衝撃の影響で起爆する。

 知識として有していた上方を頼りにした対応方法であったため、骨の竜が放った肉塊の『ミサイル』にも人間が造ったものと同じ理屈が通じるかどうか怪しい所ではあった。

 結論から言えば、間違ってはいなかった。

 幸いにも、とは付け加えられないが。

 

 直後、青年の間近で肉塊の『ミサイル』は起爆し、光と共に莫大な量の熱と音を撒き散らす。

 当然ながら、爆発の範囲内に立っていた青年は無事では済まなかった。

 爆音が、獅子の絶叫すら掻き消した。

 

 直撃こそ免れはしたが、起爆した肉塊の『ミサイル』から生じた熱は身体を焼き、音は鼓膜を鋭く貫き、そういった痛みに苦しむ声を上げる間も無く、青年の身体が一○メートル以上は軽く吹き飛ばされてしまう。

 地面の上に背中から叩き付けられ、二転三転。

 うつ伏せになって倒れこむ青年の意識が、一瞬朦朧とする。

 頭が痛い。身体が熱い。喉が渇く。

 それでも、生きている――その事実を強く認識し、歯を食いしばって起き上がる。

 

(死んで……たまるかっ……!!)

 

 骨の竜が、青年にトドメを刺そうと迫り来ようとする。

 だが、その前に骨の竜の真横から鬼人が叫んだ。

 

「おおおおおおおおおおおおっ!! 覇ァ!! 王ッ!! 拳ッ!!」

 

 動作に気合を込める程度の効果しか無いはずの言葉だった。

 だが、直後に鬼人が骨の竜に向かって突き出した拳から、紫色の巨大な怪物の顔のような何かが射出された。

 それは勢いを伴って骨の竜の顔面に当たると、骨の竜の頭部が実際に殴られたかのように横を向いた。

 その攻撃の内容に、青年は何処か覚えがあるような気がした。

 鬼人の攻撃によって脅威の優先度が変わったのか、骨の竜の注意が青年から鬼人の方へ逸れる。

 鬼人の方へと振り向く骨の竜の脊椎に『ミサイル』は存在しなかったが、一定の時間が経過すれば新たな『ミサイル』が肉付けられる事は容易に想像がついた。

 もう一度同じ事をされれば、次は致命傷――最悪死に至るかもしれない。

 

(アイツの言っていた、『離れるな』という言葉……)

 

 骨の竜の『ミサイル』を封じるための間接的な手段は、既に鬼人が叫んでいた。

 つまり、

 

(……『ミサイル』の破壊力が強すぎるから、爆発があの化け物自身を巻き込んでしまう間合いでは発射出来ないんだ。単に爪で攻撃した方が有効だからって可能性もあるけど、最低限生存本能ってやつがあるのなら化け物だって『自分を傷付ける』選択は本能的に避けるはず……)

 

 対処法は理解した。

 骨の竜が放つ『ミサイル』を超える速度で動ける者がいれば、あるいは追尾してくる『ミサイル』を意図的に誘導し、骨の竜自身に叩き込む事も出来たかもしれないが、獅子の獣人の膂力ではそこまで都合の良い方法を実現させる事は出来ない。

 であれば、最早取れる手段は接近戦以外に無い。

 それはそれで爪で裂かれる危険が付き纏うわけだが、追尾してくる『ミサイル』の脅威に曝されるよりは幾分マシだと思えた。

 

「今行く……!!」

 

 鬼人に対してというよりは、自分自身に言い聞かせるように青年は呟く。

 骨の竜の意識が鬼人の方へと逸れた今この時こそ、青年が比較的安全に攻撃を出来る好機だった。

 痛みを堪え、青年は自ら骨の竜の下へと全力で駆け出す。

 その接近に、骨の竜もまた気付いたらしい――骨と化す前は尻尾だったのであろう長い尾てい骨を無造作に振るってくる。

 視界の外からの攻撃に回避は間に合わない――青年は右の腕から肩までを押し付けるような一撃で尾てい骨の一撃を迎撃する。

 まるで鉄板にハンマーを振り下ろしたかのような轟音が響くと共に、骨の竜の尾てい骨が獅子の獣人の膂力に押される形で動きを止める。

 再び振るわれる前に駆け抜け、骨の竜の足元にまで近付き、膝にあたる部分の裏側に向かって跳び――渾身の蹴りを放つ。

 

「っ……!!」

(硬い……だが!!)

 

 ミシィ!! と()()()骨が軋む高い音が鳴り、強制的に骨の竜の左の膝がくず折れ、姿勢が崩れる。

 転倒を免れようと動いた左の手が地に着き支えとなるが、それだけでは自重を支えきれずに左の膝も地に着いた。

 その結果、少しだけ急所と思わしき心臓の位置が低くなっている。 

 着地し、吠えるように言葉を放つ。

 

「今だ!!」

「当然!!」

 

 青年が伝えるまでも無く、攻撃の回避のため下がり気味に立ち回っていた鬼人が、一転して骨の竜の下へと駆け出す。

 骨の竜が支えに使っていない右の手で鬼人の体を掴み取ろうとするが、鬼人はその手を飛び越えるように跳躍し、骨の竜の心臓目掛けて拳を放つ。

 ドスッ!! という肉を打つ音が重々しく響き、続いて骨の竜の口から感高い絶叫が響いた。

 その反応から見ても、やはり心臓らしき肉の塊が急所であった事は間違い無いようだ。

 だが、

 

「っ!! うおっ!?」

 

 急所に一撃を貰ったはずの骨の竜は、痛みを叫びとして訴えながらも戦闘行為を中断しようとはしなかった。

 先ほど空を掴んだ右手で心臓に拳を突き放っていた鬼人の事を掴み取り、そのまま握り潰そうとしている――いや、あるいは口元にまで寄せて牙で噛み砕くつもりか。

 鬼人は必死に掴む右手から逃れようとしているようだが、このままではどちらにせよ助かる見込みは無い。

 選択肢は二つ。

 すぐにでも鬼人を助けることを優先するか、あるいは無防備になった骨の竜の心臓を猛毒の爪で抉るか。

 青年は殆ど衝動的に叫び、動いた。

 

「やめろおおおおおっ!!」

 

 青年は骨の竜の足元から懐へと移動し跳躍――骨の竜の右の手首を思いっきり殴り付ける。

 だが、拳の威力が足りないのか、あるいは方法自体が間違っているのか、右手の掴む力が弱まっている様子は無い。

 重力に引っ張られ、落ちる。

 そうして無駄な時間を過ごす間にも、鬼人の口から苦悶の声が漏れている。

 

(くそっ、どうする……このままだとアイツが……!!)

 

 獅子の獣人には、その身体にある部位以外に攻撃に使えるものは無い。

 骨の体を両断出来るような得物も無ければ、粉砕出来るほどの膂力があるわけでも無い。

 であれば先に心臓を狙ってみるのも一つの手ではあるのだが、ここに来て青年は思考に疑問を生じさせてしまった。

 猛毒の爪で心臓の肉を抉ったとして、その時点で骨の竜は殺せるのか。

 いやそもそも、あの心臓が本当に骨の竜の活動を司る核なのか。

 少なくとも、過ちの対価が別の誰かの命になってしまうこの状況においては、決して抱いてはならない疑いの念だった。

 

 青年は思考する。

 骨の竜が放った『ミサイル』の爆発によって倒れ伏し、危うくトドメを刺されかけたその時、骨の竜に向かって物理現象では説明がつかない飛び道具を放って骨の竜に一撃を食らわせていた。

 アレは怪物となった者だけが行使出来る『能力』なのか、あるいは『技』なのか。

 同じ事を、自分にも出来るのか。

 出来たとして、それは骨の竜に通用するのか。

 

(……やるしかない)

 

 助けるための選択肢に、他のものは浮かばなかった。

 鬼人が飛び道具を放つ際、何か特別な動作をしていたようには見えなかった。

 ただ突き出した拳の方から、未知の力――『気』としか表現出来ないエネルギーが形と威力を伴って射出されたように見えた。

 であれば、そこに複雑な理論や理屈は存在しないのだろう。

 大事なのは、それを実現させようとする意思の方だと不思議と思う。

 

「――――」

 

 右手を拳の形にし、左手だけを骨の竜の右腕に向け狙いを定める。

 拳から放つ『気』のイメージは、不思議と自然に構築出来た。

 知識としてではなく、怪物の身体が技能――あるいは機能として知っているような感覚があった。

 その感覚に身を任せ、拳を突き出しながら、頭の中に浮かんだ言葉を叫ぶ。

 

「食らえ――獣王拳ッ!!」

 

 直後に、獅子の顔の形をした紫色の『気』が、青年の右手より解き放たれた。

 獅子の『気』は拳の軌道と同じく直進し、牙を剥いて骨の竜の右腕に食らい付く。

 そして、

 

「噛み砕けッ!!」

 

 命じるような言葉と共に、握り締めた拳に更なる力を込める。

 すると、その動作に連動する形で骨の竜の右腕に食らい付いていた獅子の『気』が力を強め、一息に骨の竜の右腕を噛み砕く。

 バキィッ!! という音と共に砕けた骨が散らばり、骨の竜が絶叫にも等しい奇声を上げる。

 右腕が噛み砕かれた事により繋がっていた右手は重力に従い地面に落ち、鬼人もまた手の中から脱出して着地する。

 その顔は、驚きの情を浮かべていた。

 

「お前、その技……」

「…………」

 

 青年自身もまた、自分が『技』を放てたことに対して少なからず驚きを覚えていた。

 骨の竜の右腕を噛み砕いた獅子の『気』は空気に溶けるように消失し、骨の竜は奇声を上げながら残った左手を振り下ろしてくる。

 それを青年と鬼人は互いに左右に分かれる形で避け、双方共に視線を再び骨の竜の心臓に向ける。

 

「それじゃあ、もう一発いくぞ!!」

「……わかった……!!」

 

 右手を失い立つ事さえ難しくなった骨の竜が、そのままの姿勢で何かをしようとした。

 威嚇の咆哮でも上げようとしたのか、自らに及ぶ被害をも無視して『ミサイル』を放とうとしたのか。

 どちらにせよ、二人の行動を遮るには遅かった。

 

「獣!!」「覇ァ!!」

「「王ッ!!」」

「「拳ッ!!」」

 

 鬼人と獅子の獣人――その拳からそれぞれ異なる外観と色を伴った『気』が放たれる。

 鬼の牙と獅子の牙が骨の竜の心臓に食らいつき、双方が拳に力を込めると共に肉を潰す音が炸裂した。

 双方の『気』の蹂躙はそれだけに留まらず、心臓の裏側に存在していた『ミサイル』の発射口でもある脊椎までも貫通し、肉付けの終わっていない未完成の『ミサイル』を起爆させた。

 ドゴァァァッ!! という断末魔の如き大きな音と共に、骨の竜の体が爆発に呑まれる。

 生じた爆風によって広がる灰煙に、青年と鬼人は咄嗟に腕で視界を遮り自らの目を守った。

 やがて爆風が吹き抜けた事を実感した青年は腕を下ろし、骨の竜の姿を改めて視認する。

 

 瞳から、緑色の光は消えていた。

 全身からは焦げ臭い黒煙を上げ、胴部に見えていた心臓は残骸すら吹き飛んだのか残っておらず、脊椎やそこから生える百足の脚――あるいはそう見えるだけで骨と化す以前は翼であったのかもしれない部位は砕け、最早見る影も無く。

 そこにあるのは、動かぬただの骸の姿だった。

 

「…………」

 

 アレも、元は人間だったのだろうか。

 外敵として遭遇した以上、考えてもどうしようも無い事ではあったが、それでも思ってしまった。

 眼前で、骨の竜の身体が細やかな粒となって分解されていくのが見える。

 これまでも何度か見た事のある光景ではあった。

 見る度に疑問に思う事もいくつかあったが、その殆どに答えは出ない。

 確信を得られたのは、死に果てれば自分もああなるということぐらいだった。

 

「……ん?」

 

 ふと、骨の竜の消滅を見ながら立ち尽くしていた青年は、視界の中におかしなものを見た。

 いつの間にか鬼人が、消滅しようとしている骨の竜の方へと向かっていたのだ。

 何やら、砕けて分散した骨の竜の残骸に視線を泳がせているようで、やがて一本の骨を手に取った。

 それはただの人間であれば両手を用いてようやく掴める太さを誇る骨だったが、鬼人の手は人間のそれよりも一回りほど大きなもので、易々と片手で竜の骨を掴み取っていた。

 不思議な事に、鬼人が手に取った骨だけは途端に分解されなくなっていた。

 まるで、鬼人の武器としてその存在が切り換わるように。

 

「……おー、しっくり来るな。武器が欲しかった所だしちょうどいい」

 

 先ほどまで闘っていたとは思えないほど、軽い調子の声だった。

 鬼人の表情を見れば、骨の竜の消滅に対して感傷を抱いているようにも見えない。

 それが、青年にとっては少し羨ましく思えた。

 物色が終わったのか、鬼人は右手に竜の骨を棍棒のように携えながら青年の近くにまで歩いてくる。

 

「まぁ、一応礼は言っておくぜ。一人じゃ勝てなかったっぽいし」

「……お互い様、だと思うがな。お前が助けてくれなければ俺はやられていた」

「しっかし、俺と似たことが出来るとは思わなかったな。あんな事が出来るんなら最初からやってくれりゃよかったのに」

「自分でも出来るとは思っていなかった。偶然の産物とでも思ってくれ」

「……偶然にしては、出来すぎだったがな」

 

 鬼人が小さく漏らした言葉は、青年の脳裏にも同じ疑問を抱かせるものであった。

 しかし、今は答えの出ない事について長々と考えている暇は無い。

 目の前には自分と同じく、知性や理性が人並みに残った相手がいる。

 ひとまず外敵を撃破し、ある程度の余裕がある時間を作れた以上、今はその貴重な時間を言葉を交えることに使うべきだ。

 

「とりあえず、もし良かったら場所を移して休憩しないか。必要なら食料も分ける」

「お、そいつは俺としても願ったり叶ったりだな」

 

 鬼人自身からも承諾を得て、青年は元居た場所へと歩を進める。

 眠気もすっかり覚めてしまい、用件も増え、今日の夜更かしは長引きそうだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 数分後。

 獅子の獣人の姿のまま、青年は鬼人と共に荷物のリュックサックを置いていた木造のアスレチックの中へと戻って来た。

 途中、戦闘の音に引き寄せられる形で別の怪物と遭遇する可能性も考えられたが、何事も無く移動を済ませる事が出来たのは幸いだった。

 青年は自ら毒爪を触れさせぬよう注意しつつ、リュックサックの中から食料をビニール袋ごと取り出し、自分と鬼人の間に置く。

 ラインナップとしては、焼きそばやらハンバーグやらを生地の中に同梱した惣菜パンやおにぎりといったコンビニの売れ残り(確実に消費期限切れ)が主だった。

 その内容に鬼人は特に不満そうな顔をすることもなく、適当な調子でマスタードを乗せたウィンナー入りのパンを覆う包装のビニールを手で裂く。

 口に銜え、口元から張った肉の折れる音を鳴らしながら言葉を発する。

 

「しっかし、こうして見るとライオンってだけじゃなくてゾンビっぽくもあるな。その姿」

「ゾンビ、か。こうして『生きて』いる時点で実感は湧かないが……」

「例えだから気にすんなって。一応カッコいいと思うぞ、黒くて」

「一応と言ってる時点で皮肉染みているがな」

「……お前、もしかしてその姿嫌いだったりする?」

「少なくともカッコいいと思ったことは無い」

 

 青年は自分で並べた食料に手を伸ばそうとはしなかった。

 特に空腹になっていたわけでもなかったし、うっかり毒の爪を掠めて貴重な食料を腐らせてしまう事は避けたかったからだ。

 尤も、鬼人の言う通り、獅子の獣人の体が死体のように根本的に腐っているのであれば、腐った食料であろうと平らげることは出来るのかもしれないが。

 

「……で、こちらはこちらで聞きたいことがあるんだが」

「何だ。前置きしとくけどこっちも正直知ってる事は少ないぞ」

「普通の人間達が避難してる場所が何処か知らないか。方角だけでもいい」

「知らん。そもそも今のこの世界に普通の人間が生き残れているのか、それすら解らん状態じゃあな」

「……そうか」

 

 どうやら鬼人も、青年と同じく避難した人間達が何処へ向かったのか、見当もつかないらしい。

 最悪、もう既にこの世界に『普通の人間』が存在しない可能性も頭に浮かんでいるようだ。

 その可能性は、青年もまた考えていないわけではなかったが、そうであってほしくないと思っている。

 思わず苦味を帯びた表情を浮かべてしまった青年に対し、鬼人は続けて『つぶあん&マーガリン』と書かれたコッペパンの袋に手を伸ばしながら、適当な調子で問いを返す。

 

「お前は普通の人間を探しているのか?」

「厳密には家族。名前も顔もロクに思い出せてないがな」

「ふーん。記憶を失ってるのは俺だけと思ってたけど、お前もなのか」

「……お前も記憶を失ってるのか」

「まぁな。記憶喪失がこの力の対価によるものなのか、あるいは別の切っ掛けによるものなのかまでは解らんけど」

 

 言葉の内容に対して、鬼人の口調は軽かった。

 失った記憶に対して執着が無いのだろうか。

 そう思っていた青年だったが、ふと鬼人がこんな問いを出して来た。

 

「お前にとって、家族ってのは大切なものなのか」

 

 一瞬、青年はその問いに言葉を詰まらせた。

 青年にとって、それは当たり前の前提だと思っていた事だった。

 だから、青年は逆に問いを返した。

 

「……お前にとっては違うのか?」

「違うな。だって、俺の方には記憶として残っちまってるし」

「……何?」

「覚えてるんだよ。何故か、家族の事は。覚えてて嬉しくもねぇけど」

 

 予想外の返事だった。

 単なる疑問と思っていただけに、鬼人が口にした内容は青年に驚きを感じさせるに値するものだった。

 鬼人は続けて、その事実から考えられる事を口にした。

 

「それが大切だと思っているお前は忘れていて、大切じゃない俺は覚えている。もしかしたら、俺達は力と引き換えに、人間だった頃に大切と思っていた事を思い出せなくなっちまったのかもしれねぇな」

 

 それは、単なる予想の話だった。

 だが、決して軽視出来ることではなかった。

 もしも、鬼人の語った言葉が真実だったとしたならば。

 今も尚、大切なものだと信じているものの全てが、これから先失われる記憶のリストであるという事になってしまう。

 最終的に人間としての全ての記憶(あかし)を失った時、自分は果たして狂わずにいられるのか。

 人間としての自分は、生きていられるのか。 

 目に見えない何かに貪られているような気がして、青年は不安を感じずにはいられなかった。

 結局、この日も眠れなかった。

 

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