カワラナイモノ   作:紅卵 由己

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 率直に言って、違和感しかなかった。

 図書館という場所は過去の自分自身にとって重要な思い出に関わっていないためなのか、どのような場所であるのか――その印象、イメージを曖昧ではあるが青年は覚えていた。

 基本的には静かで、生徒が落ち着いて本を読むための場所であると。

 だが、今――怪物の力を宿していると思わしき『同類』達の集うこの図書館は、そういった感想からはかけ離れた空間となっている。

 辺りからは話し声どころか菓子類をバリボリと噛み砕く咀嚼の音が響き、そもそも読んでいる本にしても本来学校には置かれていないはずの漫画の単行本や週刊誌といった娯楽一直線のものばかりで、元々収納されている本は殆どが棚の中に放置されている有様だった。

 テーブルの上には菓子類の袋やジュース類の詰まったペットボトルなどもあり、最早学び舎の一部としての面影は無く単なる遊び場と化していた。

 ひとまず体格を戻すために人間の姿に戻った青年は、背負ったリュックサックを下ろしてから椅子に座り、間に木製のテーブルを挟む形で怪物としての側面を持った『同類』達を統率していると思わしき黒いサングラスの男を見据える。

 鬼人は椅子に座る気も人間の姿に戻る気も無いらしく、そのままの姿で同じく椅子に腰掛けたが、季節外れな黒いサングラスが目立つ男の口元には笑みという形で余裕が表れている。

 仮に鬼人がその手に持った骨の棍棒で殴り掛かったとしても、返り討ちに出来るという確信があるのだろう――と青年は推理した。

 サングラスの男が、世間話でもするような軽い調子で口を開く。

 

「随分と苦労したみたいだなぁ、そのボロボロの服を見るに」

「色々と。そういうアンタは随分と楽をしているように見えるな」

「これでも苦労はしてたんだけどなぁ。ま、この体たらくだとそう見えて当然か」

「一応確認するが、アンタが此処のリーダーって事でいいのか。俺の『王国』予定地とか言っていたけど」

「その認識で正しいから、その点では安心していい。新しい社会を作るのには時間が掛かって当然だろ? だからまだ予定地止まりなのさ」

 

 双方の表情や口調は対照的だった。

 サングラスの男の口調が楽しげな一方で、対照的に言葉を返す青年の口調は常に一定で。

 青年の表情が冷たさを感じさせるほど固くなっている一方で、サングラスの男の表情は喜びや楽しさを表す色に染まっていた。

 左手を腰に当て、怪訝そうな眼差しを向けながらも鬼人が言葉を発する。

 

「『王国』とはまた随分と大袈裟だな。日本って『王』によって成り立った国じゃなかったと思うんだが」

「例えだよ例え。少なくとも『帝国』よりは控えめにしたつもりなんだが、やっぱそう思うか?」

「自分の縄張りに『国』なんてくっ付けてる時点で十分大袈裟だって」

「何事もやるならスケールはデカい方がいいだろう? その方が楽しいしやり応えを感じられる」

 

 その楽しげな口調の言葉に、青年はつい少し前に出会った女性や住民達の居た場所の風景を思い返してみた。

 何というか、例えの大袈裟っぷりも相まって、まったくイメージが嚙み合わない。

 だが、所感を口に出す前に、サングラスの男の方が先に問いを出してくる。

 

「さて、まぁ手短に聞きたいんだが、何でお前達は俺に会いに来たんだ? 新しい『同類』に会えるってのは素直に嬉しく思うが、やっぱり仲間入り志望なのか?」

「仲間入りするかどうかも含めて、これからの動向を決めるための指針が欲しかったからだ。……単純に『同類』として話も聞きたかったって事情もあるけどな」

「『同類』として? 何の話をだ?」

「単刀直入に聞く。アンタは結果として得た怪物の力の事をどう思ってる」

 

 その問いに、初めてサングラスの男が真顔になった。

 何故そんな事を聞かれたのか、とでも言いたげに首を傾げている。

 だが、直後に笑みを深めてこう言葉を返してきた。

 

「そんなもの決まってるだろ? この力は証だ。力を持つ者として、人間を超えた存在として生きる事を許され、世界に選ばれた証。最高の贈り物だよ……快感だ」

「……こんな、呪いにも等しい力が? 押し付けられて迷惑だとは思わないのか」

「いや全く? 何でそんなネガティブに考えないといけないのかね。力が手に入ったんだぞ? 人間を超えた力が。気に入らない奴を跳ね除けて、好き放題に世界を変えられる力が。嬉しく思えないのか?」

 

 サングラスの男の口調は、本当に喜々に満ちている。

 青年には、その理由が何も理解出来なかった。

 確かに得た力は人知を超えていて、ただでさえ怪物の蔓延る今の世界において力を得た事は、 知性や理性を失った怪物として彷徨う事になるよりはずっと幸運な方だと考えられるのかもしれないが、それでもここまでの歓喜を顔や声に出せるほどの情感に青年は共感する事が出来ない。

 この男は、ただの人間ではなくなった事に対して明らかに喜んでいる。

 ただの人間ではなくなったという事実を坦々と受け入れている(ように見える)鬼人より、遥かに異常な感性だとしか思えない。

 

「……思えない。生き残るために散々利用してきた力だが、嬉しいと思った事は多分一度も無い」

「ふぅん? そっちの兄ちゃんはどうなんだ?」

「ま、少なくともラッキーとは考えてるつもりだ。流石に『選ばれた』だとか、そんな飛び抜けた解釈をした事はねぇけど」

「別に飛び抜けてはいないさ、単なる事実だ。もっとその幸運を誇ればいい」

 

 鬼人の返事は相変わらず適当な調子だった。

 だが、その内容に青年は確かに安心する事が出来た。

 少なくとも鬼人は、このサングラスの男とは違うと思えたからだ。

 サングラスの男はその視線を再度青年に向け直す。

 ただし、呆れの色を混じらせながら。

 

「んー、どうやらお前は自覚が足りないみたいだなぁ。そんなに人間なんかに未練があるのか?」

「ある。出来る事なら、時間が巻き戻って元の日常を返してほしいと思う程度には」

「……わかんねぇなぁ、脆弱な人間の体にそこまで執着してる理由が全くわからねぇ。椅子に座る前に見せていたあの姿、中々悪くないと思ったんだが」

「最近同じ事を言われた事があるが、答えは同じだ。大きなお世話だ、放っておいてくれ」

「いいや放ってはおけないな。人間を超えた存在として義務を果たそうともせず、意味も無く人間の暮らしに戻ろうと足掻いてるだけだなんて。そんなカワイソーな奴、とても放ってはおけない。そういう奴をしっかり導いてやるのが王様の役目ってやつだからなぁ……」

「…………」

 

 何か、嫌な予感がした。

 気付けば、図書館に集っていた『同類』の面々の視線がいつの間にか青年の方へと集まっている。

 悪目立ちしている場違いな異物を見るような、そんな視線が。

 本を読む手も、菓子を歯で砕く音も、語らう声も――既に止まっている。

 ただ、この場に集う『同類』達を纏める王の言葉だけが続く。

 

「うんうん、まぁせっかく苦労してここまで来たのは見れば解る。だから、そんな奴を相手に早々こんな事をするのも心苦しいんだがな、郷に入らば郷に従え……だっけ? そういう言葉もあることだし、実際俺としてもさっさと『らしく』なってくれた方が好ましいし……これはもう、仕方無いよなぁ」

 

 男の口角が上がる。

 その顔が再び笑みの形を作る。

 右手が上がり、意を汲み取った『同類』の面々が席から立つ。

 そして、嫌な予感が的中した。

 

「……捕らえろ」

「……ッ!!」

 

 サングラスの男の命令と共に、図書室に集っていた『同類』達がそれぞれその身を怪物へと変じ始めた。

 ある者は真っ黒い悪魔の姿に、ある者は一つ眼の黄色い異形の姿に、ある者は鶏にも似た巨大な鳥のような姿に、またある者は赤い獣毛に身を包んだ細い体の狼の姿に。

 危機感が緊張を一瞬で変化に要するラインを超えさせる。

 意識するまでも無く、青年の体は人間から獅子の獣人の姿へと変じていた。

 座る事に使っていた椅子を右手で掴み、腕力に任せてサングラスの男へと投げ付ける。

 バキィ!! と骨が折れる音にも似た音が響くが、それは骨ではなく椅子が砕ける音だった。

 

「……いきなりキング狙いは無謀じゃあないか?」

 

 見れば、サングラスの男の体も既に人外の姿に変わっている。

 その姿は、ある意味において先日遭遇した骨の竜よりも異質なものだった。

 サングラスの男が変じた姿の外観を直球で述べると――それは知識として刻まれた『猿』と呼ばれる動物のようだった。

 全身の筋肉がいったい何処でどれほどの鍛錬を積んだのかと疑う程に発達しており、胸の部分には刺青か何かなのか赤い文字で『最強』と描かれている。

 尻尾が生えていたり髪の毛らしきものが見当たらない点を除けば、その姿は人外でありながら殆ど人間に近い輪郭をしているように見えた。

 変化したにも関わらずかけられたままのサングラスが、尚の事人間の面影を主張している。

 だが、そういった人間の面影や獣の要素などから導き出される全ての印象を――全身余すところなく染め上がっている銀色の体色が全て塗り潰す。

 笑みと共に見せた金色の歯も相まって、体の全てが金属で出来ているように見えてしまう。

 あの人外の体は、そもそも生物なのか、あるいは機械なのか――そんな単純な疑問に即答出来る者など、いるのだろうか。

 異質極まる姿を目の当たりにした青年の本能が、これまで以上の危機感を訴える。

 

 ――駄目だ、こいつは……ヤバい!!

 

 実際に戦いとなる前から、そう思えるだけの何かを感じてしまった。

 ただでさえ、それ以外にも図書室には敵として襲い掛かってくるつもりであろう『同類』が集っている――真っ向からぶつかって勝てる見込みなど微塵も無い。

 だが、そもそも青年は最初の一手からして間違っていた。

 状況が不利だと理解していたのであれば、椅子を投げたりなどせず最初から逃げる事を優先していれば良かったのだ。

 直後、逃げる――その選択を先送りにしてしまった結果が、当然の結果が襲い掛かってきた。

 

 ゴパッッ!!!!!! と、凄まじい轟音が図書室に響いた。

 金属質の猿人間と化したサングラスの男が、獅子の獣人たる青年の腹部に向かって拳を放った音だった。

 青年は咄嗟に後方に跳んで拳を避けようとしたが、予測を超える速さで踏み込んできた猿人間の拳から逃れきる事は出来なかった。

 衝撃に伴う威力を軽減させる事こそ出来たものの、それでも肺の中から空気が全て漏れる。

 殴られたというより抉られた――そう錯覚してしまいそうになる程度には、放たれた拳の威力は凄まじいものだった。

 

「ぐ、は……っ!!?」

 

 一気に図書室の壁に叩き付けられ、当たり所が悪かったのか青年の意識が明滅する。

 尻が床に落ち、立ち上がろうと支えにする腕に力を込めるが、うまくいかない。

 そして、

 

「んー、捕らえろってわざわざ言ったのに結局俺が捕まえちまったなぁ。いやはや」

 

 いっそ退屈そうな調子で、金属質の猿人間が間近で呟いていた。

 その手に頭を乱暴に掴まれ、そのまま力ずくで床に振り下ろされる。

 顔面に伝わる鈍い衝撃と共に、抵抗する間も無く青年の意識が埋没した。

 

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