魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-3 新型①

 ディストとの戦いを終えたエレファント、ブレイド、プレスの3人は、魔法界にある喫茶店に集まっていた。

 マギホンを睨みつけるように凝視しながら何か操作しているブレイド。プレスはそんなブレイドを横目で眺めながらメロンソーダをブクブクと泡立てている。あまり良い空気ではないが喧嘩をしているわけではないため、エレファントも特に何か言うつもりはなく、黙々とパンケーキを口に運んでいる。

 

 ふと、ブレイドがマギホンの操作を止めた。直後に三人が囲むテーブルの上が輝き出し、カボチャ頭のジャックが現れた。

 

「いや~、遅くなったラン! めんごラン!」

「あの魔法少女は何?」

 

 何事もなかったかのように、かつて3人をサポートしていた時のように話し出したジャックに対して、ブレイドは直球で要件を切り出した。

 

 戦いの後、ブレイドは魔法少女タイラントシルフの話を聞くため、すぐにジャックに連絡を取った。普段魔法界に立ち寄ることがほとんどないブレイドたちが今ここに居るのは、ジャックからその場所を指定されたからだった。

 話をする気がないのなら場所を指定する必要などない。どの程度までかはわからないが、ジャックにはタイラントシルフの話をする意思がある。ブレイドはそう判断して余計な手順を省き聞きたいことを尋ねた。

 

「君たちもちょっとは調べたんじゃないラン? 僕があの娘の側に居るってことが何を意味するのか、それくらいは自分で考えてくれないと困るラン」

「魔法少女タイラントシルフ。咲良町の新しい魔法少女。魔法少女になったのは大体一週間くらい前で、使う魔法は風。調べて出てくるのはこのくらいよ」

「さすがブレイドラン。チームの頭脳は健在ラン」

「お世辞はいいわ。あなただって私たちの言いたいことくらいわかっているでしょう? あの強さは一体なに? とても新人とは思えない」

 

 余計な話をするつもりはないという態度のブレイド。プレスとエレファントも口と手を止めてジャックのことを見つめている。

 ブレイドは前からこんな感じでジャックとあまり仲良くはないが、プレスとは軽口を言い合ったり、エレファントとは普通に会話する程度の間柄だった。

 そんな二人がブレイドに任せて口を噤んでいるということは、ブレイドの問いはチームとしての総意であるということ。

 ジャックとしては今サポートしている魔法少女、タイラントシルフの意向を最大に尊重するつもりだが、あまりにも過剰な秘密主義は疑心を生む。

 

 ジャックは一拍間を置いてから、観念したように話し出した。

 

「君たちが驚くのも無理はないラン。僕も彼女を最初に見つけた時は見間違いかと思ったラン。エレファント、君が最近一人で戦ったディストを覚えてるラン?」

「えっ? えーっと、コモンクラスのディストだったかな……? 一週間ちょっと前くらい……」

 

 急に話を振られたエレファントは動揺しながら記憶を掘り返す。

 一週間と少しだけ前の夜、コモンクラスのディストを一人で蹴り倒したことがあった。

 コモンクラスのディストを倒すのに魔法少女は3人も必要ない。だから一人で戦った。

 

 別に珍しくもない話で、エレファントはそれ以上の何かはとくにないと記憶していた。

 

「エレファントの認識は間違ってないラン。魔法少女と僕とは知覚に大きな違いがあるラン。魔法少女としてはあの夜は何も特別な日ではなかったラン。単に、人間が一人欺瞞世界に紛れ込んでいただけの話ラン」

「へぇー、そうだったんだ。全然気づかなかったよ」

 

 欺瞞世界は現実世界を模して作られた偽りの世界であり、通常であれば魔法少女でもない一般人が紛れ込むことなどありえない。

 しかし、なんらかのイレギュラーによってその可能性が僅かに生じることは0ではない。過去にもそういった事例は僅かにだが存在していた。とはいえ、そう言った人間は魔法界側が即座に感知して元の世界に送り返していたため、そのことを知る魔法少女はほとんどいないのだが。

 

「じゃあそれがシルフィーちゃんだったんだ?」

「そうラン。彼女の魔法少女としての才能は圧倒的だったラン。僕にはそれがわかるラン。あの才能は絶対に逃すわけにはいかなかったラン。どんな手を使ってもラン」

「ああ~、だからあの日は急にいなくなったんだね。っていうか言い方が物騒だよ」

「ちょっと待って。だったら何? 偶然凄い才能のある娘を見つけて、偶然魔法少女になることを承諾されて、実際魔法少女になってみたら新人なのに滅茶苦茶強かったとでも言うの? 馬鹿馬鹿しい。いくらなんでも出来すぎだわ」

 

 才能がある者はいるだろう。魔法少女になることもおかしくは感じない。だが、それでも一週間程度であれほどの強さを手に入れたなんてことはブレイドには信じられなかった。自身が魔法少女としてそれなりに戦い、ほかの魔法少女とも交流があるからこそ現実味を感じられない。

 たとえば才能があるわけでもないわけでもない普通の人が、スポーツに一年間真面目に取り組んだとしよう。それを、凄まじい才能があるからと言って僅か一週間で上回ることなどあるだろうか? それも大幅に。

 

「出来すぎってほどのことじゃないラン。魔法は今の人間が築いている科学文明とは根本的に異なる技術ラン。そういうこともあるラン」

「でもシルフちゃん、魔法少女に誘われてすぐに魔法少女になるって決めたんだね。私なんてすっごく悩んだのに、凄いなぁ」

 

 エレファントが心底感心した様子で呟いた。

 実際、何不自由なく暮らしていて魔法少女に憧れもないような少女は即決即断で魔法少女になったりはしない。よほど追いつめられていたり現実が見えていなければともかく、大半の少女はある程度悩んだ末に魔法少女になる。

 

「まあシルフィーちゃんがほんとに新人で超強いってのはそれでいんじゃね? で、どんな娘なん? ジャックちん教えて~」

「あんまり言えることはないラン。紹介ページ見たならわかるラン。基本的に自分のことを知られるのは好きじゃない娘ラン」

「え~、私は友達になりたいな~。ジャックから言っといてよ」

 

 ジャックとプレスの話にエレファントが割り込んで主張する。ブレイドがタイラントシルフに対して思うところがあるということはエレファントも感じ取っていたが、自分は感謝の気持ちの方が大きかった。タイラントシルフの助けがなければ間違いなく3人とも負けていただろうし、危険な存在なら自分たちを助けたりはしないだろうと。

 

「これだけは確認させて。悪い娘ではないのよね?」

「悪人ではないラン。聖人君子ってほど良い娘でもないけどラン」

「……ならいいわ。怪しまれたくなければ一回くらい話をするように言っておきなさい。もちろん、指定があれば私から出向くのも構わないから」

 

 ブレイドとて、わざわざ助けに来てくれた相手のことを心から悪人であると疑っていたわけではない。エレファント同様、感謝もしている。

 しかし、普通の魔法少女ならばあの場面で何も言わずに帰るというのはないだろう。仮に別の地区の魔法少女で縄張りを気にして逃げたというならわからなくもないが、タイラントシルフは咲良町の魔法少女だ。こっちは死に体だったし、逃げる理由などない。

 

 人は未知を恐れる。それは本能に刻まれた恐怖であり、だからこそ人は火を使い夜を解き明かした。

たとえ無害な存在だとしても、それを相手が知らなければ警戒され、恐怖が生まれ、争いに発展する。平穏を維持したいのであれば相互理解は欠かすことが出来ない。

 

「私も、わかりあいたい。できるのなら友人になりたいわ」

「あたしもあたしも~! 今度一緒にゲーセン行こうって伝えといてよ~」

 

 疲れてため息を吐くように呟いたブレイドとは対照的に、プレスはノリノリで楽しげにジャックに伝えた。

 

「一応伝えておくけど期待はしないで欲しいラン。それと、僕も君たちに言っておくべきことがあるラン」

「用事?」

 

 それまでどこか、悪く言えばへらへらしたような、良く言えば気楽だったジャックの空気が一転して真面目なものに変化する。

 その落差に思わずと言った様子でエレファントは聞き返した。

 

「今日君たちが戦ったディストについてラン。今日中にマギホンにも通知があると思うけど、ついでだから言っておくラン」

「丁度良いわ。それも聞いておきたかったの」

「通知だとバロンクラスになっててたしかにそんな感じの強さだったけどさぁ、急に強くなったよね~」

 

 参った参ったと楽しそうに笑うプレスだが、他の二人とジャックは真剣そのもの。いつもと違う空気に、やべっミスったかなぁ……と気まずい気分を味わう。

 

「私たちもシルフちゃんみたいにもっと強くならないとね!」

 

 エレファントは両手で作った握り拳を胸の前に構え、鼻息荒く決意表明する。

 

「それもそうだけど、問題はそこじゃないわ」

「そうラン。最近、と言っても昨日今日の話だけど、ディストが欺瞞世界で急激に強くなる事例が何件か発生してるラン。魔法界は原因究明に向けて動いてるけど今のところはなにもわかってないラン」

「私たちは最大でもバロンクラスまでしか倒したことがないけど、今日のあれは階級で言うと何?」

「ヴィカントクラス、その中でも強い方ラン」

 

 元々ブレイドたちが戦っていた感じでは、普通のバロンクラス程度の強さだった。それがヴィカントクラス上位にまで急激に強くなった。

 

「昨日今日のデータだと、最大で2ランク上がってるケースがあるラン。バロンクラスがアールクラスになったラン」

「その時に戦っていた魔法少女はどうなったの?」

「偶然毒虫の魔女が近くにいたラン。負傷者は0ラン」

「魔女……、フェーズ3の魔法少女だったわね」

 

 万を超える魔法少女の中で、僅かに12人だけ存在する最高戦力。魔法少女の到達点。その誰もが単騎でマーキス級を蹴散らす実力者であり、数人が集まればデューク級すらも倒してしまう。それがフェーズ3、第3の門を開いた魔法少女。通称、魔女。

 

「魔女はいつでも助けに来れるわけじゃないラン。だから今後は本来のランクよりワンランク落としたディストの発生が通知されるラン」

「えー! 稼ぎが落ちる!」

 

 大人しくしていたプレスが思わずと言った様子で頭を抱える。通知が来なければディストを倒すための戦いに参加出来ないし、その通知のランクが下がるのであれば取得できるポイントが下がるのも当たり前だった。

 

「命あっての物種よ。とは言っても……」

 

 どの地区にも魔女やフェーズ2の魔法少女がいるわけではない。当然、これまでの咲良町のようにフェーズ1の魔法少女しかいない地区はいくつもある。

 そんな地区で強力なディストが発生した場合、近い地区の魔法少女に通知が行く仕組みになっている。しかし距離が離れるほど転移に時間がかかるため、近場に強力な魔法少女がいなかった場合、周辺の魔法少女ほぼ全てに通知がされる。数の暴力で無理矢理押しつぶすというわけだ。

 咲良町の近くにはフェーズ2の中でも有名な魔法少女がいるため、これまでそのようなことは発生しなかった。ブレイドはその魔法少女とも面識があり、強力なディストを代わりに狩ってくれていることを感謝していた。

 

 今後はその役目を、おそらくタイラントシルフがこなすこととなる。しかも、ブレイドたちへの通知がワンランク下がるということは今まで以上にその頻度は高くなる。

 元々別の地区の魔法少女に助けて貰っていることを心苦しく思っていたブレイドだったが、それでもヴィカントクラス以上の発生率はそれほど高くない。だからそれほど大きな負担にはならないと言われ、気を遣ってくれているとはわかっていたが甘えさせて貰っていた。

 

「エレファントの言うとおり、強くなりましょう。少なくとも、3人でヴィカントクラスを確実に倒せるくらいは」

 

 バロンとヴィカントには、その発生率にも強さにも大きな開きがある。一種の壁とも言えるだろう。

 これまではゆっくりと力を付けて行けばいいとブレイドは考えていた。だがそうも言っていられなくなった。

 

「同じ地区の後輩に舐められっぱなしにはいかないわ」

「鶴ちゃん……」

 

 静かに、されどギラギラとした目で語るブレイドを見て、エレファントは相変わらずだなと苦笑する。

 ジャックが言ったとおり、ブレイドはチームの頭脳であり普段は冷静沈着だが、最も熱くなりやすいのもまたブレイドだった。

 後輩にばかり負担をかけられないという気持ちも当然あるが、舐められたくないという発言も照れ隠しではないことをエレファントは良くわかっていた。

 

「君たちが奮起してくれるのは僕にとっても嬉しいラン。ヴィカントクラスなんて言わず、魔女を目指してくれて構わないラン」

「えー! もしかしてシルフィーちゃんってもう魔女なの!?」

「え!?」「まさか……」

「そのうちわかるラン。HPを要チェックラン」

 

 ブレイドたちにはフェーズ2もフェーズ3も強すぎてその差を正確に感じ取ることは難しく、タイラントシルフの一撃を見ただけでは流石に魔女であるかまではわからなかった。

 しかし、無意識のうちにまさか魔女ではないだろうという思いこみをしており、フェーズ2の魔法少女であると考えていた。

 

「じゃあ僕はこれで帰るラン」

 

 混乱しているブレイドたちを後目に、ジャックは転移の魔法を起動し、消えた。

 

「タイラントシルフ、ね……」

 

 ふと誰かが噛みしめるように呟いたその言葉は、二人の耳に入ることなく空気の中に消えていった。


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