魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode3-閑 毒虫の魔女

 紫と黒を基調とした毒々しい衣装の少女が転移光と共に欺瞞世界に降り立ち、何かを探す様にキョロキョロと辺りを見回して不思議そうに首を傾げた。

 少女の名はディスカース。毒虫の魔女という通り名でも知られる魔女のお茶会(ウィッチパーティー)のナンバー2。詠唱以外で言葉を発しているところを誰一人見たことがないほど無口であり、その性格や人となりは謎に包まれているが、積極的に任務をこなす姿勢や金銭に執着を見せない行動から少なくとも自己中心的な悪人ではないとお茶会では認識されている。

 

 ディスカースが欺瞞世界に転移して来たのは当然ディスト発生の通知を受けたからであり、先ほどまではキャプテントレジャーやブルシャーク、シメラクレスたちと共にお茶会の部屋でウィッチカップを観戦しているところだった。

 彼女たちが集まっていたのは魔法局の指示であり、9人もの魔女がウィッチカップで身動きが取れない状況で好き勝手行動させないように、高位ディストが発生したら即座に対応できるようにするためだ。

 そしてタイミングが良いのか悪いのか、ディスカースが担当している町で侯爵級(マーキスクラス)ディストの発生が検知され通知を受け取った。ところが、急いで駆けつけて見ればディストの姿が見当たらない。ディスカースの担当している町にはフェーズ2の魔法少女がいないため、他の魔法少女が倒したと言うのは考えにくい。念のためにディスカースがマギホンを確認してみても、討伐完了にはなっていない。つまりまだ、ディストはこの場所にいる。

 

「どうもどうもー」

「……?」

 

 虚ろな表情のまま警戒を続けるディスカースの目の前で、見覚えのない魔法少女が転移光をまとって現れた。毛先がカールした美しいブロンドの長髪に、ゴテゴテとしたゴシックロリータの衣装。ディスカースはこの町を守る他の魔法少女とそれほど親しいわけではないが、それでも外見と名前くらいは覚えている。つまりディスカースに見覚えがないということは、その魔法少女が余所者であることを示していた。

 

『誰です?』

「やや、これは失礼。あたしは魔法少女プレスっていいます! 以後お見知りおきを~」

 

 少女はディスカースが持つマギホンから発せられた機械音声を気にもせず、ニコニコと笑いながらさりげなく距離を詰め、素早く手を握って大袈裟にぶんぶんと上下させる。

 

「普段は違う町を担当してるんですけどね、今日はどうしてもディスカースさんにお願いしたいことがあって来ちゃいました!」

「……」

 

 プレスと名乗った魔法少女に手を握られているためマギホンの操作が出来ず、喋るに喋れないディスカースは、一先ずディストを倒してからにするべきだと考えたのか、目の前の少女から視線を外して再び周囲に気を配る。

 目の前の少女も魔法少女である以上、この場に現れたのはディスト発生の通知を受けたからのはずであり、であれば言葉にしなくても意図は伝わるだろうという思惑もあったのかもしれない。

 しかし、落ち着かないディスカースの様子に気が付いた少女が発した言葉はディスカースがまったく予想もしていないものだった。

 

「ああ、ディストならいませんよ。出現反応は私の偽装なんで」

【離しなさい】

 

 呟くように淡々と発せられたその一言は、されど爆弾が爆ぜるかのようなビリビリとした圧力を伴って少女に叩きつけられ、ゴスロリ衣装のところどころから一瞬青白い炎が立ち上り消えて行く。

 ディスカースの手を握っていた少女の手は、さびたロボットのようにぎこちなく固い動きで少しずつ力を弱めていき、最後はディスカースによって強引に振りほどかれた。

 

「……」

 

 少女の手を振りほどいたディスカースは素早いバックステップで距離を取り無言のまま専用武器である小さな杖を構える。

 

「マジかー。言霊対策のお守りが今ので全部おじゃんとか、ないわー。しかもレジスト出来てないんですけど……」

【誰です?】

 

 言葉とは裏腹にどこか余裕の見える少女に対し、ディスカースは一番最初に投げかけたものと同じ言葉で再度問う。違いをあげるのであれば二つ。一つはマギホンを経由しての機械音声によるものか、ディスカース自身の肉声によるものかということ。そしてもう一つは、その言葉に込められた真意。

 

「熱尾遊里、どこにでもいるしがない魔術師ですよ。つっても、恩恵(ギフト)がデカすぎてまともな術式は使えませんけど」

 

 最初から抵抗するつもりがなかったのだろう。自嘲するように話す魔法少女プレスには、ディスカースの言霊による強制を受けたもの特有のぎこちなさがなかった。

 ディスカースの言葉には常に呪いがかけられている。それは絶対支配の呪いであり、直接的に作用する魔法に対してプロテクトを持つ魔法少女であってもその影響を逃れることは出来ない。その理由は魔法ではなく呪いだから、などという屁理屈ではない。それよりももっと理不尽で単純な、力の差によるものだ。ディスカースの呪いは魔法少女という存在を凌駕している。

 

「あたしの使える唯一の魔術は【偽装】。そんじょそこらの魔術師が使うのとはレベルが違う特別製。こいつを使えばディストの反応を偽装するのだってお茶の子さいさい。魔法界の連中だろうが魔術師どもだろうが誰も見破ることなんて出来やしない」

 

 魔術師とは何なのか、そもそもそれがディスカースにはわからなかった。魔法少女とは違うのか。魔術というのは魔法ではないのか。少女が言葉を連ねるたびに疑問は積み重なったが、ディスカースは一先ず聞きに徹することにした。

 先ほどのディスカースの言葉は、お前は何者で、何が目的か、ということを問うものだった。呪いに支配された状態で嘘を吐くことは出来ない。だから今までの話は全て真実であり、これから話すであろうこともそうだ。

 どこか芝居がかった口調で楽しそうに話している様子を見るに、少女自身最初から全てを語るつもりであったことはディスカースにも伝わった。ならば質問をするのは話が終わってからでも良い。

 

「だからディストの心配はしなくて良いですよ。あれはディスカースさんを釣り出すための餌なんで。タイミングはいつでも良かったんですけどね、念には念を入れて今日にしましたよ。なんでか知りませんが妖精どもはウィッチカップにご執心ですから。警戒が緩んでる」

 

 少女の言葉を受けてディスカースがもう一度マギホンを見てみれば、いつの間にかディストは討伐されたことになっていた。

 

「連中は魔術師を魔法少女にしない。いいや、魔術師だけじゃない。呪術師や退魔師、陰陽師、一般的にはフィクションでしかありえないとされてる、だけど現実に確かに存在してる神秘の存在。そういう術師は、魔法少女に選ばれない。だけどあたしは普段から一般人に偽装してるから気づかなかったんでしょうね。ま、そういうわけなんで知られるわけにはいかないんですよ、あたしが魔術師だってことは。ディスカースさんも秘密にしといてくださいね」

 

 ならばなぜ自分は魔法少女に選ばれたのか、などという疑問をディスカースは抱かなかった。

 

「正直、どうしてディスカースさんだけが呪術師でありながら魔法少女に選ばれたのか、それだけがわかりませんでした。だから迂闊に動けなかった。まあ、結局その答えは今も出てませんけど、少なくとも悪い人じゃなさそうだし、他に方法も思いつかなかったんで一か八かに賭けることにしたんです」

 

 ディスカースは呪術師でありながら魔法少女に選ばれたのではない。

 魔法少女に選ばれた後に、呪いを知ったのだ。

 その呪いによってディスカースは多くのものを失ったが、引き換えに大きな力を得た。

 

「勘違いしないんで欲しいんですけど、別に喧嘩を売りに来たわけじゃないですし能力を見せびらかしに来たわけでもないですよ。最初に言った通り、お願いがあるんです。無理を承知でお願いします」

 

 それまでのどこかふざけているようにも見えた軽い態度から一転して、少女の表情が真剣みをおびる。

 

「もしもあなたが儀式呪術を使えるのなら、あたしの友達を助けて欲しいんです。くだらない運命からあの子を引っ張りあげるのを手伝って欲しい。あたしはそのために、そのためだけに、魔法少女になったんだ」

 

『私に出来ることがあるのなら、力になりましょう』

 

 縋るように、それでありながら鬼気迫るように訴えかける少女に対して、即座に頷いてみせたディスカースに、絶対支配の言霊によってそれが真実であるとわかっているから、というのはあまりにも無粋だろう。

 呪いによって感情の大部分を失っているディスカースだが、そんな状態でありながらも生まれついてのお人好しは変わらなかったほどだ。仮に少女が支配を受けていない時にその話をしたとしても、同じように頷いていたことだろう。

 

『ところで、儀式呪術とは何ですか』

 

「……は?」

 

 ただし、それはそれとしてディスカースは少女の話をほとんど理解出来ていなかった。嘘ではないことはわかっていても、魔術師だの呪術師だのと専門用語を並べ立てられてはわかるはずもない。確かにディスカースは呪いの力を使う。それは魔法少女ともまた異なる力であり、序列第二位という実質的な魔法少女のトップに立つに当たって大きくディスカースの支えとなった特殊な力だ。だが、それにまつわる歴史を、それを取り巻く環境を、それを操る者たちを、ディスカースはほんの少しも知りはしないのだ。

 

 それでも、少女が友のために助けを求めていることは理解できた。友を想う少女を助けるのに、それ以上の理由は必要なかった。

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