小さな魔法少女が大杖を抱えた瞬間、三又の竜巻が現れ空を蹂躙した。一息には数え切れないほどの大群だったディストが瞬く間に減っていく。
ラビットフットはその様子をただ呆然と眺めることしか出来なかった。
他の魔女がつかまらなかったから、精々囮が出来るくらいでいい。そう考えて連れてきた魔法少女がこれほどの強さを持っているなど、ほんの少しも考えていなかった。
「ラビットフットさん! 落ちてきたディストをお願いします!」
蜂型ディストの数が減ったことで声が聞こえるようになり、少女の声がラビットフットに届いた。
(あのクソガキ……!)
たかだかフェーズ2の魔法少女如きに指図されるのは心底屈辱的だったが、ラビットフットが手をこまねいている間に大きな成果をあげたのも事実。
もちろん、やろうと思えばラビットフットにもこの程度のディストを倒すことはできるが、対多数向きの魔法少女ではないため時間がかかってしまう。
大量の雑魚を蹴散らすことに限って言えば、少女の能力がラビットフットを上回っていることは間違いない。
ラビットフットはとにかく他人を見下しているが、それを理由に相手の実力を見誤ることはない。
怒り狂う内心に蓋をして、冷静に判断する。怒鳴りつけるのは戦いが終わってからで良いと。
「はっ! このあたしに後始末をさせようなんて生意気なガキね! やってやろうじゃない!」
怒りを発散するように地面に落ちたディストを蹴り飛ばすラビットフット。
少女の活躍で大半のディストは消滅するか墜落しているが、ちらほらと空に残っているディストはいる。
それから少女が全てのディストを空から排除するのにかかった時間は、数分と言ったところだろうか。
高速で動き回りながらも視界の端で竜巻の存在を捉えていたラビットフットは、それが消失したことによって戦いの終わりが近いことを悟る。
実際、それから全てのディストを消滅させるまでにかかった時間はそれほど長くなかった。
(ふふん、思わぬ掘り出し物だったわね。あいつらが気づく前に取り込んでおきたいわ)
暴れ回ったことで少女から指図されたことの怒りは完全に晴れていた。それどころか、あのいずれは魔女に至るであろう才能を他の魔女に奪われることを危惧し、ラビットフットにしては珍しく優しく勧誘してやろうと考えるほどだ。
しかし、戦闘が終わってラビットフットが辺りを探してみても、少女の姿はさっぱり見つからない。
「あいつ……! 先に帰りやがったっ!!」
・
ディスト討伐を終え、魔法局に戻ったラビットフットが不機嫌そうに真っ白な扉を蹴り開けると、そこでは9人の少女が思い思いにお茶会を楽しんでいた。
乱暴に開かれた扉に驚いたような顔をしている者もいれば、気にせずお茶を啜っている者もいる。
「はあ? なんでこんなにいるのよ。お茶会(笑)はまだ先よね」
この部屋は魔女だけが入ることを許された特別な一室で、月に一度ミーティングと称したお茶会が開催されている。
強制参加というわけではないが参加することが望ましいとされており、普段から入り浸っている魔女は勿論、基本的にこの部屋に寄りつかない魔女たちも一人を除いて全員が集合する。
しかし、ラビットフットの記憶が正しければ今日はお茶会の日ではないはずだった。
集まっているメンツのうち、2人は自分が呼びつけていたからまだ理解できる。残りの7人のうち、2人は普段からこの部屋をよく使っているからそれも理解できる。
わからないのは5人。氷の魔女、パーマフロスト。海賊の魔女、キャプテントレジャー。竜の魔女、ドラゴンコール。毒虫の魔女、ディスカース。重力の魔女、レッドボール。
「クローソさんに呼ばれたの!」
「出来れば聞いておいて欲しいことがあるってな」
「そう言われたら断れないよね」
「……」
「っていうか~、兎ちゃんもそれで来たんじゃないのぉ」
にやにやと笑っているレッドボールを無視してラビットフットは糸の魔女、ウィグスクローソに視線を向ける。
ラビットフットにはそんな連絡は来ていなかった。
「ラビットフットさんはノルマで出撃中と聞きましたので、邪魔になってはいけないと思い連絡は控えました。どちらにせよ、こちらに来ることはわかっていました」
静かにティーカップを置いたウィグスクローソは、鮫の魔女、ブルシャークと磁力の魔女、エクスマグナに視線を向けつつ答えた。
ラビットフットがマーキスクラス以上の討伐に向かう際、二人のどちらかと必ず一緒に行くのは周知の事実だった。極稀に一人で行くときも、必ず現地のフェーズ2魔法少女を複数人サポートに付けさせる。
一人で行くときというのは大抵二人が何らかの用事で都合が付かない時なのだが、討伐が終わって帰ってくるとラビットフットは必ずそのことについて文句を言う。二人をこの部屋に呼び出して。そうなると常連である魔女にその光景が見られているのは当然だった。
「あははっ! ま~だ付き添いしてもらってるんだ~! 兎ちゃんは怖がりでちゅね~」
「うっさい! あんたみたいな慢心してるバカが足をすくわれんのよ!!」
「負け犬遠吠えみっともなーい。わんわんって鳴いてみ」
「レッドボールちゃん?」
ラビットフットが無言でブチギレる寸前、蛸の魔女、ドッペルゲンガーがレッドボールの言葉を遮った。
「ちぇ~、つまんないの~」
「では、ラビットフットさんも席に着いて下さい」
「ちっ、わかったわよ」
ラビットフットにとって、ウィグスクローソやドッペルゲンガーは間違いなく格上の魔女だ。やたらと突っかかってくるレッドボールをぶちのめそうと考えたことは1度や2度ではない。しかし、その度に二人に邪魔をされてきた。
二人のことは認めているが、レッドボールのような品位のないクソガキを庇うことだけは許せなかった。
(あのクソガキ、今に見てなさい……)
ラビットフットにとって到底認めがたいことだったが、純粋な戦闘力だけでみればレッドボールは自身を上回っている。しかしそれも時間が解決するとラビットフットは考えている。
すでに完全解放に至っているクソガキと、今はまだ限定解放である自分。同じ土俵に立てば間違いなく自分の方が強いという根拠のない自信があった。
怒りの炎を胸に秘め、ラビットフットは10という数字が刻まれた椅子に座る。
ウィグスクローソは、確認を取るように一人の少女に視線を向ける。少女は無言のまま小さく頷いた。
[欠席]
序列第一位
眠りの魔女
「……」
序列第二位
毒虫の魔女
「これで、今日のメンバーは全員揃いました」
序列第三位
糸の魔女
「まったく、会議を始めるだけで一苦労だわ」
序列第四位
蛸の魔女
「このお菓子美味しい~!」
序列第五位
氷の魔女
「誰のせいだろうね~」
序列第六位
重力の魔女
「お話ってなんだろう……!」
序列第七位
竜の魔女
「喧嘩なんざ満足するまでやらせときゃあいいだろうに」
序列第八位
海賊の魔女
「魔女同士の喧嘩って派手で見応えありそ~」
序列第九位
磁力の魔女
「で、話ってなによ?」
序列第十位
兎の魔女
[欠席]
序列第十一位
剛力の魔女
「……賑やか」
序列第十二位
鮫の魔女
☆ ☆ ☆
「本題に移ります」
ウィグスクローソのその言葉で、思い思いに喋っていた全員が口を閉じた。
「正式な通知は出ていないのでここだけの話にして欲しいのですが」
それほどまでに勿体ぶる必要のある話なのかと、さほど興味のなさそうだった魔女たちの表情も真剣みを帯びる。
「新たな魔女の誕生が確認されました」