魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-5 弱点①

 ラビットフットに強制連行された日の翌日、マギホンを使って適当にネットサーフィンをしていると、一件の通知がポップアップされた。

 内容を確認すると、マーキスクラスを倒したことでポイントが付与されたというものだった。今までに倒してきたディストと比べても結構な量で、また一歩元の姿に戻ることに近づいた。

 

「昨日の分のポイントが振り込まれたラン?」

「うわっ! いつのまに帰ってきたんですか……」

 

 仕事をすると言ったきり帰ってきてなかったジャックがいつの間にか部屋の中にいた。

 いや、というかそもそも、

 

「なんで昨日のことを知ってるんですか?」

 

 まさか、監視されてたのか?

 だとしたら昨日妙な動きをしなかったのは逆に正しかった?

 この外道カボチャなら常に俺の動向を把握しようとしていてもおかしくはないからな。

 

「ラビットフットが良一のことを探し回ってるラン。ほかの魔女には気づかれないようにこっそり調べてるみたいラン。これは何かあったなって思ったら案の定ラン」

 

 やれやれと言いたげにカボチャ頭をふるジャック。うざい。

 

 しかし、ラビットフットが俺を探している? 面倒なことにならないようそそくさと帰ったのに、なんで向こうから絡んでくるんだ。あの短時間で何か用事が出来たのか?

 

 あとこっそり調べてるんだったらなんでジャックは知ってるんだ。

 

「ラビットフットは動画を公開にしてる魔法少女ラン」

 

 事前に動画公開に関する設定をしておくことで、魔法局の魔法道具が戦闘模様を自動で撮影してくれる。しかも動画編集をしてくれるサービスまである。

 これらは有償でありポイントを支払う必要があるが、魔法少女自身は煩わしいことを何もせず、公式サイトへ動画投稿を行い自分を宣伝することが出来る。

 しかもその動画は再生数に応じてポイントが付与されるため、一定以上の再生数をコンスタントに確保できる魔法少女は、その動画投稿だけでもポイントの収支を黒字に出来る。

 

「だから本当なら昨日の戦いもこれから魔法局で編集されていずれは公開されるはずだったラン。でもそれをわざわざ非公開設定に変更してるラン。ほかの魔法少女にはどうしても知られたくないみたいラン」

 

 単純に俺を探していることを隠したいだけなら、動画を非公開にする必要はない。

 元々普段から動画を公開してるなら、隠したいことは自分のことではないはずだ。

 ラビットフットが隠そうとしてるのは、おそらく魔法少女タイラントシルフという存在。俺は公式サイトの自己紹介ページでもほとんど情報を公開していない。俺の詳細な情報が広く知れ渡ることは、ラビットフットにとって何らかの不都合があるのだと思う。

 

「情報を隠したうえで探してるってことは、ほかの魔法少女よりも先に接触したいってことラン。より正確に言うんならほかの魔女よりも先にラン」

「ジャックには心当たりがあるんですか? 私にはそんな回りくどいことをしてまで探される理由に心当たりはないですよ?」

 

 会いたいんなら動画を公開して、この少女を知らないかと広く周知をかけた方が早いに決まってる。

 わざわざほかの魔女よりも早く接触したいなんて、一体どんな理由があるんだ?

 

「最初は派閥争いかと思ったラン。でも生命派の魔女にも話してないみたいだから多分違うラン。僕も心の中までは見通せないから予想だけど、個人的な戦力として良一のことを囲いたいんだと思うラン」

 

 派閥争いだの生命派だのはよくわからないが、つまり俺と手を組みたいってことか。

 だったらあまり気にする必要もないかもしれない。名乗ってすらいないからそもそも見つかるかどうかもわからないし、仮に見つかったとしても警戒する内容ではない。

 もちろん魔法少女と深く関わるつもりはないため、会いに来たとしても協力することは出来ないが。

 

「どうせしばらくしたら良一もお茶会に参加することになるラン。いずれはまた会うことになるラン。そのときにでも話を聞くと良いラン」

「え? どういうことですか?」

 

 お茶会ってなんだ?

 

「言ってなかったけど、魔女は定期的にお茶会を開いて集まってるラン。強制じゃあないとはいえ、一回くらいは顔を出しとかないと今後やりづらくなるラン」

「でも私の存在は知られていないんですよね?」

 

 ジャック曰く俺は第三の門を開いた魔法少女、いわゆる魔女に当たるらしいが、さっきまでの話を聞く限り俺の存在は他の魔女に露見していない。ラビットフットも俺が魔女であるということまでは知らないはずだ。

 

「それは新しい魔女を登録する手続き中だからラン。魔法局の手続きが終わったら魔法界でも公式サイトでも新しい魔女の誕生は周知されるラン。タイラントシルフの存在が知れ渡るのも時間の問題ラン」

「聞いてませんよ!?」

「急いで伝えることでもないラン」

 

 うっ、社会を離れて自堕落な生活を続けていた影響か、行きたくないイベントの話を聞いて胃が痛くなってきた。前までならこの程度のストレスで胃が痛くなるなんてことはなかったのに。

 ストレス耐性が下がっている……?

 

「ディストが出たラン!」

 

 爆音で鳴り響くマギホンの警報と共にジャックがわめき始める。

 何度聞いても騒がしいというかうるさいな。

 

「行きましょう……」

 

 現実逃避には丁度良い。

 ディストを蹴散らしてストレスを発散しよう。

 

 

 

 

 

 

 転移すると同時に魔法少女に変身して空を飛びます。

 高いところから見下ろすと、ディストが居る場所が一目でわかりました。

 今回のディストはバロンクラスですから、あの3人は来ないはずです。

 

 急ぐ必要もないので、いつも通り新型ディストかどうかの検証しながら戦おうと思ってディストに近づいていきます。風の刃の射程に入ったあたりでディストもこちらに気が付いたのか、顔と思わしき部位をこちらに向けました。

 

 真っ黒な羊のディスト。大きさはサラブレッドの馬くらいはあるでしょうか。何よりも特徴的なのはその長い首が根本から二つに分かれていて、双頭であるということです。

 

 気持ち悪いです……。生理的な嫌悪感を感じます。

 ですが、それ以上に嫌な予感がしました。

 相手はバロンクラスのディストです。魔女である自分が負けるはずがないと思いますけど、このディストは今すぐに倒さなくちゃいけないような気がして仕方ないです。

 

「――――――!」

「仕掛けてきたラン! 警戒するラン!」

 

 魔法少女になってから初めての感覚に困惑してる間に、双頭羊のディストが動き始めました。

 

 鳥肌が立つほど不気味な声を上げ、ディストは歌い始めたのです。

 ジャックに言われるまでもなく、困惑していたとはいえ攻撃には備えていたのですが、いきなり視界がグラリと揺れました。

 

「っ――」

「良一!? どうしたラン!?」

 

 思考が鈍く、体が言うことを聞きません。

 

 なんっ、ですか、この……眠気は……!

 

「いし、き……が……」

 

 魔法すら維持できずに地面に墜落してしまい、その痛みでほんの僅かに眠気が晴れましたが、ディストの歌を聞いているとまたすぐに眠気が襲ってきました。

 

「催眠魔術ラン!? 直接作用する魔術が魔法少女にここまで効くわけ……っ!?」

 

「不……症……。良……とって……悪の……ラン!」

 

 立ち上がろうとしても徐々に体の力が抜けていき、ジャックの声すら途切れ途切れに聞こえるようになってきました。

 

「ぐぅっ!」

 

 意識が途切れる寸前、凄まじい衝撃が身体を突き抜けました。

 いつの間にか近づいてきていたディストに蹴り飛ばされたみたいです。

 サッカーボールのようにバウンドしながら数メートルほど地面を転がりながら、身体中を駆け巡る痛みをあえて享受します。

 

 痛いです。歯を食いしばりたくなるくらい痛いです。

 でも、眠気は吹っ飛びました。

 

 相手が馬鹿で助かりました。

 一息に止めを刺されていたらどうすることも出来ませんでした。

 

風掴む翼腕(フライウイング)!」

 

 ぐでっと地面に倒れた状態から間髪を容れずに飛び上がります。

 静からの動、これだけ予備動作を見せずに行動を起こせば、反応できないはずです!

 とにかく一度距離をとって……!

 

 このときの私は失念していました。

 いえ、そんなことを考えている余裕もなかったのが正しいです。

 音波攻撃、その射程距離は高速で飛翔する私に十分届くほどでした。

 

「……っ。そっ、んな」

 

 高度を上げながらも、その破滅的な歌声が耳に届いたとき、知らず知らずの内に私の身体は震えだしていました。

 

 負ける? こんなあっさり? まともに戦えば絶対に負けないのに? いやです。死にたくないです! こんなことで……! こんな、こんなふうに……!

 

「こ…ん…な……」

 

 恐怖に震える心さえも、少しずつ鈍っていく思考では認識できなくなっていきます。

 魔法を維持できずに落ちていき、あと数秒もすれば大地に身を投げ出すことになります。

 

「まだ……で……す……」

 

 痛みが眠気を誤魔化してくれることはわかってるんです。

 落ちた瞬間、そこで今度は攻撃をするしかありません。

 これほどの高さから落ちて、無事に戦えるのかはわかりません。

 でも、こんなところで終わるわけにはいかないんです。

 

 そう強く、心を奮い立たせながら、目を閉じてその時に備えました。

 

「…………っ……?」

 

 落ちていく感覚がなくなった瞬間、眠気に蝕まれ半分眠った状態の私は僅かな違和感を覚えました。

 少しも痛くありません。それはまるで、誰かに受け止められたかのように。

 

「――――」

 

 瞳を閉じたことが致命的だったのか、強烈な眠気に呑み込まれ、その言葉を聞き取ることは出来ませんでした。

 ただ、なぜかはわかりませんが、とても安心するような、優しげな声音のような気がして、私の意識はその誰かに身を委ねるように途切れていきました。


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