魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode5-2 王族級⑤ 糸&兎

 宮城・仙台市街地

 

 雲一つない晴天の下、戦いの余波でいくつもの家屋が倒壊した欺瞞世界を、小柄なメイド服姿の魔法少女が素早く駆け回る。頭部からピンと立った白い兎耳が生えているその少女は、序列第十位兎の魔女ラビットフットだ。

 対峙する王族級(ロイヤルクラス)ディストは青白い肌の人型。腕や足の末端、それから胸部や局部が黒い結晶のような鱗に覆われており、オールバックにした髪の生え際からはヤギのような二本の黒い巻角が生えている。さらに背中にはコウモリのように皮膜の張った翼が広げられており、一見して与える印象は悪魔。2mに届くほどの体躯に加えて豊かな胸部と臀部を持つ、ラビットフットとは対極な外見をしている女悪魔だ。

 

「ラビットフットさん……、もうすこし優しく……」

「これでもいつもよりスピード落としてんのよ! わがまま言うな!」

 

 ラビットフットに背負われながら、両手で抱えた機械仕掛けの大筒で魔力砲弾を撃ちだしている魔法少女が、顔を青くして乗り心地の悪さを伝えるが、ラビットフットはこれ以上速度を落とすわけにはいかないと聞く耳を持たず、ジグザグに軌道を変えながら走り続ける。

 

「ちょこまかと逃げ回る。魔女と言っても大したことはないようだな」

 

 悪魔型ディストが見えない椅子に腰かけるような体勢で空中に浮かび上がったまま軽く手を振るうと、ラビットフットの通り過ぎた場所や進路を変える直前の通り道が突如グニャリと歪み、その付近にあった道路はえぐり取られるように半円の窪みが生じ、電柱や自動車が握り潰されたようにグチャグチャに潰れていく。

 

 女悪魔は歪んだ『空間』のディスト、下賜された力は『歪曲』。

 空間を歪ませることでその場に存在する全てを捻り潰す凶悪な異能であり、巻き込まれれば魔女であってもひとたまりもない。そんな致死の一撃が距離の制限なく無造作に繰り出されるため、一か所に棒立ちすることなど出来ず、ラビットフットは先ほどから砲撃手を抱えたまま逃げ回っているのだ。

 

 ラビットフットに抱えられながら悪魔型ディストに牽制の攻撃を行っているのは、魔法少女カノン。明るい赤のポニーテールにオレンジを基調とした衣装を身に纏っている。司る力は「砲撃」であり、専用武器の携帯大砲から魔力の砲弾を絶え間なく撃ちだすことで、ディストの空間歪曲攻撃の頻度を落とす役割を担っている。

 

「クローソ!!」

無量魔法(フィールドマジック)(コクーン)』」

「何度やっても無駄だ。そんなこともわからないのか、愚かな人間ども」

 

 罠のようにあらかじめ設置されていた空間歪曲で進路を潰され、立て続けに退路も歪まされたことで袋のネズミになったラビットフットが良く通る大声で呼びかけると、倒壊を免れた民家の中に潜んでいたウィグスクローソが姿を現し津波と見紛うほどの大量の糸が悪魔型ディストに襲い掛かる。

 しかし、糸の濁流はまるで川の水が大きな障害物に阻まれて進路を変えるかのように、ほぼ全ての糸が使用者の意に反して悪魔型ディストを避けるように軌道を変え、本来とは異なる挙動となったことで、僅かにディストへ届きそうだった他の糸と絡まり合い、ほつれはどんどん大きくなって糸の濁流は止まってしまう。

 

 悪魔型ディストの空間歪曲の真価は攻撃よりもむしろ防御にこそある。自身の周囲の空間を歪ませることで、あらゆる攻撃の軌道を捻じ曲げ無効化することができるのだ。この異能が原因で、戦闘開始から今に至るまでラビットフットとウィグスクローソは王族級(ロイヤルクラス)ディストに対して真面な攻撃を通せていない。

 

 ただし、同時に歪ませることの出来る空間には限りがあり、自身を完璧に守ろうとすると攻撃が手薄になることを激しい攻防の中で二人は看破している。そのため、カノンに魔力砲弾をばらまかせることで攻撃の密度を下げ、ラビットフットが避け切れなくなりそうになったらクローソが大規模魔法で攻め立てることで危機を脱する、という流れを繰り返している。

 

「チッ、また隠れたか」

 

 膨大な糸の波はダメージこそ与えられていないが、一時的に悪魔型ディストの視界を遮ることができるため、クローソはその隙に再び身を隠してラビットフットが限界まで逃げ回るのを待つことになる。

 今この場にいる魔法少女で最も機動力があるのがラビットフットであるため囮の役を任せているが、本当ならばクローソとしても子供にそんな危険な役割をやらせたくはなかった。

 しかし人形遊び(パペットプレイ)空色の錨(ワイヤーアンカー)切り裂く鋼の糸(メタルフィレット)など、その他にも様々な魔法を試したが悪魔型ディストにダメージを与えることは出来なかった。直接戦闘で囮が出来ないのなら自分が逃げ回るとも提案したが、結局その結論なら自分が一番向いているとラビットフットに押し切られてしまった。機動力に優れるラビットフットが囮になるのが一番合理的であるということを、ラビットフット自身が理解し、自らその役目を買って出たのだ。

 

「無力とは、こんなにも口惜しいのですね」

 

 魔法少女として優れた才能を持つクローソは久しく感じていなかった無力感に歯噛みしながら、ただ待つことしか出来ない。

 

 演算が完了するのを。

 

「もう良い、飽き飽きだ。貴様らに戦う気がないのなら現実を攻めるとしよう」

 

 やれやれと言いたげに大仰な仕草で肩を竦めた悪魔型ディストは、組んだ足を降ろしおもむろに立ち上がってラビットフットへの攻撃をやめた。現実と欺瞞世界を結ぶ綻びはディストの大量発生で発見されてしまっており、魔法少女に邪魔されなければいつでも現実へ侵攻することが出来る状態だった。悪魔型ディストは自身の勝利を信じ切っていたからこそ、厄介な魔女を潰した上でゆっくりと現実に攻め入ろうと考えていたようだが、明らかに時間稼ぎをされていることを察して重い腰を上げたようだった。

 

「ちっ、思ったより馬鹿じゃなかったわね……。あんたは隠れてなさい」

「ちょ! 駄目――わ、わあぁぁ!?」

 

 背負っていたカノンを遠方に投げ飛ばしたラビットフットが、一瞬でトップスピードまで加速し全速力で駆け出した。

 王族級ディストが魔法少女を無視して現実へ侵攻しようとした場合の対処は、あえて話していなかった。逃げ回るだけならまだしも、自分から近づいて肉弾戦をしようというのなら他の魔法少女を背負っている余裕などない。そしてすでに現実と繋がる地点がバレている以上、他の魔法少女と足並みを揃えている余裕もない。つまり僅かな時間ではあっても、一人で戦いを仕掛けることになる。危険な行為であることは言うまでもなく、王族級ディストと戦っている最中に他の魔法少女を説得している時間などなかった。囮の役目でさえ押し切る様に無理矢理引き受けたのだ。

 

 何もラビットフットは底抜けにお人好しで仲間思いの優しい魔法少女だとか、命知らずの無鉄砲な魔法少女というわけではない。性格はどちらかといえば利己的であり、ノルマが侯爵級であっても一人では戦わない程度に安全マージンの確保を重視している。

 

 ではなぜ自分の身を危険に晒すような戦いに臨むのか。

 それは自分たちの存在理由を、戦う意味を、敗北の定義を知っているだけだ。

 

「――っ!!」

 

 現実へ繋がる綻びに接触するため地面に降りてきている悪魔型ディストの背後から猛スピードで接近したラビットフットが、魔法を使わずに勢いのまま後頭部めがけてハイキックを繰り出した。現実へ侵攻することに意識を向けているのなら、不意打ちは通るかもしれないという目算であえて詠唱は行わなかった。しかし振りぬいた右脚はディストを捉えず、受け流されるように軌道を変えて盛大に空振りすることとなった。

 

「さきほどのは嘘だ」

 

 体勢を大きく崩したラビットフットが軸足をバネにして飛び退こうとするが、それよりも悪魔型ディストがラビットフットの腕を掴む方が早かった。結晶に包まれた硬質な指がラビットフットの白く柔らかい肌に食い込んで僅かに血がにじみ出る。ラビットフットは咄嗟に振り上げていた右脚を踵落としのように振り下ろしたが、それすらもディストを避けるように勝手に軌道を変えてしまう。

 

「良い声で鳴いてくれよ」

 

 気色の悪い笑みを浮かべた悪魔型ディストがそう告げるのと同時に、掴まれたラビットフットの右腕が勢いよくねじり上げられたかのように回転しメキメキと鈍い音を立てた。

 

「い゛い゛いいぃ゛ぃぃ゛っっ!?」

 

 魔法少女に変身すると痛みをある程度軽減する機能が働き、多少怪我をしたくらいなら痛みで継戦不能にはならないようになっているが、腕一本を丸ごと、それも単純に切り離すのでもなくあえて苦痛を与えるように破壊されれば軽減したとしても尋常ではないダメージを負うことになる。普通の少女ならば泣き叫んで許しを請ってもおかしくはないほどのダメージを。

 

 ラビットフットは痛みをこらえるように歯を食いしばりながら膝を付いて背を丸める。それは普段のラビットフットならであれば絶対にしない行動だった。敵が目の前にいる中でそんなことをすれば、煮るなり焼くなり好きにしてくださいと言っているようなものだ。

 

「あぁ、良いぞ! そうだ、それが聞きたかった!! もっと、もっとだ!!」

「あ゛ぁ゛っ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛っ゛!!」

「ハハハハハ! これが楽しいということか!! これが感情!! なんて素晴らしい!! 楽しい!! 楽しいぞ!!」

 

 隙だらけのラビットフットに止めを刺すことなどいつでも出来ただろう。だが悪魔型ディストはラビットフットを見下ろしながら、ねじ曲がった腕を踏みつけ、ぐりぐりと足蹴にして痛めつけ、耳を覆いたくなるほど痛々しい悲鳴を聞きながら心底楽しそうに笑っていた。初めて手にした感情に酔いしれるように。

 

「――む?」

 

 有頂天になって笑っていた悪魔型ディストは、いきなり足置きがなくなったことで足を踏み外し疑問の声をあげた。

 

「ありがとうございます、ラビットフットさん。後は私たちに任せて、避難していてください」

 

 糸の魔法でラビットフットを引き寄せ優しく抱き留めたクローソが、穏やかな声でそう告げるが、ラビットフットは首を横に振って意思を示し、額に玉のような汗を浮かべながら民家の壁を背の支えにして立ち上がった。

 

「ま、だ……、負けて、ないわよっ……!」

 

 即座に傷が全快するようなRPGのような魔法薬は存在しない、少なくとも魔法少女には流通していないが、強い鎮痛作用のある即効性の魔法薬は存在する。その場でポイントと交換したラビットフットは勢いよく薬を飲み干し、青い顔をしながらも戦いの意思を見せた。

 

「仲間のためにのこのこ出てくるとは、頭が悪いな」

「もう黙りなさい。あなたは大人しく私たちに消されればいい」

 

 普段からクローソは無表情の鉄面被に感情の籠っていない平坦な声だが、今はいつにもして凍えるような冷徹さを感じさせる。ラビットフットへの所業に対する怒りは勿論、それを防ぐことの出来なかった自分にも怒りを覚え、そしてそれを晴らすのが自分でないことも腹立たしいのだ。

 

「演算終了。反撃開始」

「いくよ、オペレイトちゃん!」

 

 片目が隠れた暗い青色のボブカットにサイバーパンク風の銀と水色を基調とした衣装の魔法少女、オペレイト。

 黄色く長い髪を背中あたりで一つに結び、黄色い衣装の上から半透明な羽衣のような薄布を纏った魔法少女、バリア。

 

 戦いが始まり悪魔型ディストの性質が明らかになってからずっと身を隠していた二人が姿を現し、両手を繋いで高らかに宣言する。

 

「「合作魔法(コーラスマジック)増幅反射結界(ブーステッドフィールド)」」

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