作戦を練り終えたエクステンドは、手槍を地面に突き刺して少し離れてから、手招きするようにクイクイと両手を動かした。猫人型ディストに無手であることをアピールしつつ挑発しているのだ。また、そのエクステンドの行動と同時にサムライピーチとナックルは転移光に包まれてその場から姿を消してしまった。通常のディストよりも知能があるというのなら罠であることは簡単にわかるだろうが、しかしエクステンドたちを無視して現実へ侵攻しようとしないことから魔法少女を殺すことに並々ならぬ執念を持っていることは間違いなく、猫人型ディストはエクステンドの読み通り無防備な魔法少女を殺すために再び動き出した。
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実際に猫人型ディストが動くか動かざるかに関わらず、エクステンドは作戦通りに創世魔法を発動。猫人型ディストが動き出したことを目視してからでは間に合わないため、これで動くだろうと言う予想を前提にした賭けだった。そしてエクステンドは一つ目の賭けに勝った。
「やはり来たか」
エクステンドの創世魔法『拡張世界』は、一定範囲内に拡張の理を書き加えた世界を創り出す。その創造された世界において、何をどのように拡張するかはエクステンドの思うがまま、詠唱を必要とせず即座に効果を発揮する。
自らの時間の流れを拡張することで、猫人型ディストが自身に向かって突撃して来ているのを確認したエクステンドは作戦を次の段階に移行させる。
「どれほど速く動けても、落ちる時には無意味だろう?」
「ァ゛ァ゛ァ゛!?」
手槍を地面に突き刺したのは、無手であることをわかりやすくアピールしてディストを釣る目的もあったが、同時にもう一つ理由があった。
手槍によって地面に生じた小さな穴が、スナック菓子の袋をパーティー開きでもするように唐突に広がって大きなクレーターの如き落とし穴へと変貌した。周囲の建物や電柱、車両など、様々な物を巻き込みながら猫人型ディスト、そしてエクステンドも穴の中へ落下し始める。
これこそがエクステンドの秘策、動くのが速いなら動けなくすればいいじゃない作戦。
仮に猫人型ディストがエクステンドの知覚すら超えた速度で動けるのだとしても、その速さを活かすことの出来ない戦場に引きずり降ろしてやれば良い。
もちろんこの状況ではエクステンドに出来ることも限られているが、エクステンドにはディストと違って頼れる仲間が居る。
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空から落下するように大穴の上に現れたサムライピーチとナックルが、それぞれの領域魔法を発動して穴の中へ叩きつける。
サムライピーチの魔法は千の刀を召喚し自由自在に操作し、ナックルの魔法は黄金の拳が一千ほども出現して絶え間ない殴打の嵐を叩きつける。まだまだ未完成の領域魔法であり、無量の名には到底及ぼないが、それでも二人がかりでなら侯爵級を倒すことの出来る切り札だ。先の攻防でディストの耐久力はそれほど高くないことはわかっているため、直撃すれば命を削れるのは間違いない。
この場に残った魔法少女がエクステンドだけであるということをわかりやすく偽装するために、サムライピーチとナックルは転移によってこれ見よがしに移動したわけだが、その移動先がどこであるのかということまではディストも見抜けなかったらしい。二人はディストの目を掻い潜るのと同時にそのまま攻撃へ移れるように、エクステンドが構えた場所の上空へ転移していたのだ。
「ふぅ、ギリギリセーフかな」
手元に転移させた手槍を拡張して穴の壁に突き立てたエクステンドは、ブラブラとぶら下がりながら穴の中心部に叩き込まれる魔法を眺めてそう呟いた。一歩間違えればエクステンド自身も巻き込まれかねない危険な策だったが、リスクを取らずに勝てるような相手ではなかった。今までのディストとは毛色の違う強さであり、見た目のこともあってまるで魔法少女を相手にしているようなやり辛さがあった。
「結局、特殊な能力っていうのはあの速さだったのかな?」
魔法局局長からもたらされた情報はほとんど役に立たなかったが、エクステンドはそれだけが気がかりだった。時間を拡張した自分でも追いつけないほどの速さともなれば、それが特殊な能力だとしてもおかしな話ではない。そうだったのなら今回の作戦は敵の能力を封殺して勝てたと言えるが、もしもそうでなかったのなら
「――っ!? なんだ、これは?」
戦いはまだ終わっていない。
奇妙な悪寒がエクステンドを襲うのと同時に、雨のように絶え間なく降り注いでいた魔法が止まっていた。打ち止めやガス欠ではない。まるで時間が止まったかのように、無数の刀と黄金の拳が空中で停止しているのだ。
「ア……ガ……ヤッド、ワガッダ……、ゴレガ……、ワダジノ……」
「喋れるのか!? いや、それよりも」
穴の底に叩きつけられ、身動きも出来ず魔法によって身体を削り続けられていた猫人型ディストが立ち上がる。全身が穴だらけで深い切り傷がついており、両手は肩から先がなく、両足も千切れかけだったが、あっという間にそれらの傷は再生してしまう。
得体の知れない力と人語を解する特異なディストの姿に思わず気圧されたエクステンドだったが、聞き取れた言葉から相手に時間を与えるのはマズイと判断して手槍を引き抜き穴の底へ飛び降りる。言葉を発することに慣れていないのか非常に聞き取り辛かったが、やっとわかった、とエクステンドには聞こえた。それが意味することはつまり、ナックルの予想の後者が当たりだったということ。
「無傷ではないだろう?」
今までにないディストである以上、再生限界がいつ訪れるのかもエクステンドにはわからなかったが、少なくとも先ほどの満身創痍の姿を見るにサムライピーチとナックルの魔法が大きなダメージを与えていたのは間違いない。ならばあと少しで削り切れる可能性もある。
「魔法が動かせなくなっちゃったよ!」
「恐らく奴の能力だ!! 時間に干渉しているぞ!!」
エクステンドに続いてサムライピーチとナックルが穴の底へ降り立ち、武器を構えてディストに対峙する。
「時が止まっている」
「……プロテクトで弾かれてるから魔法少女本人は止められない、てところかな?」
猫人型ディスト。速さに特化した身体能力に極めて低い知能、そして凶悪な異能を持つ
ナックルが予想した通り、猫人型ディストは当初自身の持つ歪みの力を全く制御出来ていなかった。つまりこれまでは身体能力に任せた強引なスピードで戦っているだけだった。しかし知能を与えられた猫人型ディストは、魔法少女を殺し憎悪をはらすため、戦いの中で成長し、まさに今自らの持つ力を理解しようとしていた。
「これ以上強くなる前にここで終わらせるぞ!!
「肉弾戦は苦手なんだけどなぁ。
「倍率マックスで全員の時間を拡張する! 畳みかけるよ!!」
身体強化の魔法を使用したサムライピーチとナックルはエクステンドからの支援を受けてディストを挟み撃ちするように左右に分かれて襲い掛かり、正面からはエクステンドが斬りかかる。
従来のエクステンドの時間拡張は自分のみ対象であり、接触している間はその相手にも効果はあるが今回のように他の魔法少女にも自由に効果を及ぼせるものではなかった。しかし拡張世界においてはそれが可能となる。その分消耗も早いが、出し惜しみして勝てる相手でないのは今までの攻防で良く分かっている。
今日の戦いの中でも最高速での同時攻撃。いくら時間を止められると言っても魔法少女を直接停止させることは出来ない以上、全てを無傷で捌き切ることは出来ない。
「アア、オ、オそ、おそい」
はずだった。
「なっ、ば、かな――」
「ぅあぁあ、やっば――」
「じょうっだん、……だろう?」
一瞬、ディストの姿がブレたように見えた次の瞬間、エクステンドたちはいつの間に攻撃を受けたのかもわからないまま鮮血をふき出していた。
サムライピーチとナックルは胸から腹部にかけて深く長い爪痕を刻まれ、そのまま崩れ落ち意識を失ってしまう。エクステンドは右腕をざっくりと切りつけられて手槍を取り落としてしまうが、意識を失うほどの重症ではなかった。しかしそれはエクステンドが回避や防御に成功したからではなく全くの偶然。サムライピーチとナックル同様、エクステンドもまた猫人型ディストの攻撃に全く反応出来ていなかった。
「はや、すぎた」
「自分の力に振り回されてるのか」
今まで散々急所を狙ってきていたディストがあえて外すとも考えにくく、急成長する自分の能力を制御し切れていないのであろう。エクステンドもそれを察して、手槍を左手に呼び戻して臨戦態勢を崩さぬまま逆転の糸口を探す。
猫人型ディストの速さは圧倒的であり、最早勝ち目が0に等しいことはエクステンドにもわかっている。しかしだからと言ってそれは諦める理由にはならない。ここで自分が諦めてしまえば目の前の猫人型ディストは自由となり、他の魔女に襲い掛かり、現実へ侵攻するだろう。そして何より、大切な仲間の命を救うことも出来なくなってしまう。
「私は
拡張しろ
「この私の後ろには、ディスト如きが踏みにじることなど許されないものが山ほどある!!」
拡張しろ
「だから負けない、負けられない! お前なんかに負けるもんかぁぁぁぁ!!」
拡張しろ、自分の可能性を
「