魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-5 弱点③

 目覚めると、見慣れない部屋にいた。真っ白なベッドに寝転がっている。体を起こすと青色の患者衣を身に付けていることに気がついた。

 

 寝ぼけた頭が徐々にクリアな思考を取り戻し、息が詰まるほどの恐怖を感じて咄嗟に胸に手を当てる。

 

「動いて、ますよね……」

 

 心臓の鼓動を確かに感じた。頬をつねってみると、痛い。

 

 良かった、死んでない……。

 

 

 意識を失うまでのことは明確に覚えてる。

 双頭羊のディストと戦おうとしたら急に眠くなって、結局ろくな抵抗も出来ず、自らに迫る死を感じ取りながら俺は眠ってしまった。

 それから、奇妙で長い夢を見ていたような気がするが、目が覚めたらこの部屋に居た。

 

患者衣のポケットに入っていたマギホンを見てみると、あの戦いの日から三日も経っている。

 

「何があったんですか……?」

「ここは魔法界の病院ラン。良一はディストの魔法で眠り続けてたラン」

 

 誰かに問いかけるつもりで発した声ではなかったが、それに答える者がいた。神出鬼没のカボチャ頭、ジャックだ。

 俺が気付かなかっただけで最初からここに居たのかもしれない。心臓の鼓動の音が更に大きくなったような気がする。

 

 死にかけたことで久しぶりに感じた恐怖を塗りつぶすように、ジャックへの、いや、魔法界への怒りがふつふつとわき上がる。

 

「危ないところだったラン。今回のディストは眠りを催す魔法を使って来たラン」

 

「本来なら魔法少女にそんな魔法は効かないラン。でも、心の底から眠りたいと思ってる良一には致命的な攻撃だったラン」 

 

「前にも言ったけど、相性次第で魔法少女にも直接干渉型の魔法は効くラン」

 

「エレファントが助けに来てくれなかったら、どうなってたかわからないラン」

 

「エレファントさんが……?」

 

 訳知り顔で恩着せがましく講釈を垂れるジャックが不愉快で、憎らしくて、話を無視して睨みつけていたが、予想していなかった言葉につい反応してしまった。

 

 なぜそこで、エレファントの名前が出てくる?

 

「そうラン。エレファントが良一の代わりにディストを倒してくれたラン。しかも一人でラン。感謝するラン」

「そんな、どうして……」

 

 俺はあの娘にひどいことを言って遠ざけた。厚意を切り捨てて一人であることを選んだ。差し伸べられた手を払いのけたんだ。助けなくたって誰もあの娘を責めたりはしない。

 それに、あの娘の適正ランクはナイトクラスだったはずだ。バロンクラスは普段一緒にいる仲間たちと協力して倒していたはず。今は非常事態でそもそもバロンクラスの発生通知は行かないはずじゃ……、っ!

 

「まさか、ジャックが……?」

「そうラン! 感謝するラン! 正式な通知は送れなかったから個人的に連絡を取って助けに来てもらったラン! ブレイドとプレスは気づかなかったみたいラン。でもエレファントが来てくれて本当に良かったラン! 良一は僕にも感謝するべきだと思うラン!」

 

 自慢げに、胸を張るように、声を踊らせて答えるジャック。

 なにがそんなに嬉しいんだ? なにがそんなに楽しいんだ?

 わかっていたことのはずだった。こいつは信頼できるような奴じゃないって。こんな姿にされて、魔法少女になることを半強制されて、戦うことを強いられて、わかっていたつもりだった。

 この部屋で目覚めて、やっぱりこいつは屑だって改めて理解した。そのつもりだった。

 だけどそれ以上に、こいつはもっと、想像していたよりもずっと、ずっと!!

 

「どうして!!」

 

 感情を抑えられず、大声で叫ぶ。

 ジャックは驚いたように一瞬びくりと震え、困惑した表情で俺をみた。俺が何に対して怒っているのかなんて心底わかってなさそうで、それが余計に俺の怒りを燃え上がらせる。

 

「どうしてエレファントさんに助けを求めたりしたんですか! あの娘一人では勝ち目が薄いなんて、そんなのわかってたはずです!」

「それは結果的にそうなったって話ラン。僕は元々エレファント、ブレイド、プレスの三人に助けて貰おうと思ってたラン」

「でも結局戦ったのはあの娘だけでした! ああ、あれは夢なんかじゃなかった……。夢なんかじゃ、なかったんです!!」

 

 偽りの過去を夢見ていたさなか、泡沫のように一瞬で消えてしまったあの光景。

 血塗れになりながら、それでも俺の伸ばした手を握ってくれた少女の姿。あれはエレファントだった。あれは夢なんかじゃなかった。あんなに傷だらけに、血を流してまで戦って、それでも優しく笑ってくれた。

 

 痛かったはずだ。苦しかったはずだ。

 戦いが終わった今でさえ、元は大人だった俺でさえ、こんなにも恐怖を感じているのに!

 あんな年頃の女の子が! 怖くなかったわけがないんだ! 本当は怖くて怖くて仕方ないはずなんだ!

 だけどそんな感情を、俺たちは……!

 

「勝てるかどうかなんてわからなかったはずなんです! 負けていたかもしれないんですよ!? 死んでいたのは自分だったかもしれないんです! なんで! どうして!? 私なんかのために!?」

「お、落ち着くラン。良一は錯乱してるラン」

 

 錯乱してる!?

 ああそうだろうとも!

 こんな、こんなことが冷静でいられるものか!!

 ああ……! どうして気づかなかったんだ! どうして……!

 

「あなたは! 私の力を失いたくなかった! だから他の魔法少女が死ぬことになっても私だけは助けようとした!! そうでしょう!?」

「そんなつもりはないラン。僕はあの場で出来る最善の判断を下したつもりラン。それとも良一は自分なんて見捨てれば良かったって言いたいラン? それで死んでも他の魔法少女が危ない目に遭うよりは良かったって、そう思うラン?」

「そんなわけない!!」

 

 自分が死んでも良かっただなんて、そんなことあるはずがない!

 

 死ぬのは怖い。

 死ぬのは嫌だ。

 危ないことなんてやりたくない。

 痛いのだって大嫌いだ。

 

 ずっとそうだ。そのはずだった。

 俺はそういう人間だったんだ。

 

 魔法少女になれなんて言われて、ディストと戦えなんて言われて、最初は嫌だったし怖かったし不安だった。

 あの時の気持ちを今でもハッキリと思い出せる。

 

 それなのに

 それなのに!

 

 ディストと戦い始めた途端に恐怖なんてなくなって! 勇気が無限にわいてくるような気がして! 不安なんて少しもなくなって! 戦うのが嫌だなんて、思いもしなくなった!

 

 奪われてたんだ! 変えられてたんだ! 心を!

 

 そんなの、そんなの俺じゃない!

 そんなのは自分じゃない!

 

「私の! 私の心を返して下さい! 私の恐怖を! 不安を! 奪わないで下さい!!」

 

泣き出しそうな心を怒りで塗りつぶして声をあげる。

泣いてしまえば、涙を流してしまえば折れてしまう気がして。

 

 自分が自分じゃないようで怖い。不安で不安でたまらない。

 だけどこの感情も、また戦えば消えてしまう。

 この世界を守るために不都合な感情が消されてしまう。

 今、泣きそうな俺はどこにもいなくなってしまう。

 俺が、俺じゃなくなってしまう。

 

 どうして、どうして気が付かなかったのか。自分でもわからない。

 まるで物語のヒーローにでもなったかのように、戦う自分に、疑問を抱かなかった。おかしいと思わなかった。それが当たり前のように感じられた。勇ましく戦って、勝利して、それが当然だと感じていた。

 

「何言ってるラン? 恐怖と不安なんて戦うのに邪魔ラン。肝心なところで足がすくんだら困るのは自分ラン」

 

 煽りでも何でもなく、ジャックは心底不思議そうに言った。

 戦うのに邪魔だと。足がすくんだら困るからと。

 

 きっと本当にわからないんだ。それが魔法少女として戦う上で最良の選択だから。人としての尊厳や誇りなんて、関係がない。興味がない。

 その方が効率的だから。効果的だから。

 

「そんなことより元気になったならエレファントのお見舞いに行くラン! 大怪我して今も入院してるラン! ちゃんと感謝を伝えるラン!」

「出てって下さい! あなたの顔なんて二度と見たくない!」

「前にも言った――」

「出てけぇぇっ!!」

「――わかったラン。エレファントは二つ上の階の404号室に入院してるラン」

 

 それだけ言ってジャックは出て行った。

 

 一人になったことで、戦うべき敵がいなくなったことで、燃え上がっていた心の炎が消えていく。

 孤独が不安を一層大きくし、胸が押しつぶされそうになる。

 

「泣いたら駄目です…」

 

 歯を食い縛って感情を押さえつける。

 何度も何度も深呼吸して、荒れ狂う気持ちを落ち着ける。

 

 そう、そうだ。一人でじっとしてると悪いことばかり考えてしまう。

 お礼を言いに行こう。ジャックの言うとおりにするのは癪だが、助けてもらったことのお礼はしなければいけないし、気分も多少は変えられるかもしれない。

 ちょっと話して、お礼を言って、それで終わりだ。

 

 大丈夫、俺は落ち着いてる。

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