魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-5 弱点④

「それじゃあ、私たちは帰るけど明日の検査が終わるまで安静にしてるのよ?」

「バイビ~」

 

 患者衣を身に付け、上体を起こしてベッドに腰かけるエレファントをブレイドは最後まで心配そうにしながら退室し、プレスは笑いながら手を振ってそれに続いた。

二人を見送ったエレファントは、病室のベッドに寝転がる。

 

 双頭羊のディストとの戦いは熾烈を極め、最終的にエレファント一人で倒すことに成功したが、エレファントが受けたダメージは大きかった。

 科学と魔法、その両面から発達した医療の力を使ってなお完治までに三日間を費やしたほどだ。骨折くらいなら一日で治せる技術レベルだと言えば、エレファントの傷がいかに大きいものだったかということがわかるだろう。

 

 幸いにも、表面的な外傷や内部へのダメージはこの三日間でほとんど治療されており、あとは念のための検査を残すだけとなっている。

 入院当初は身動きをするだけで激痛を感じ苦悶の声をあげていたエレファントだが、今は痛みもなく、心配そうな表情を浮かべる程度まで落ち着いてる。

 

 怪我の治療はほぼ完了しているにもかかわらずなぜ心配そうにしているのかと言えば、それは彼女が助けた小さな魔法少女、タイラントシルフを気にしているからだった。

 

(シルフちゃん、まだ目が覚めないのかな)

 

 エレファントが最初に目を覚ました時、ブレイドとプレスはちょうどお見舞いに来ていた。ジャックの救援要請やエレファントが一人で戦い勝利したこと、その結果として入院することになったことなど、全てが終わった後に事情を知って大急ぎで駆けつけたのだ。

 その時は身体に残ったダメージが大きくまともに話も出来なかったが、治療が一段落したところでブレイドとプレスから心配されたりお説教されたりしつつ、タイラントシルフが無事であるということを聞いた。

 

 最初、ブレイドたちから話を聞いたエレファントは嬉しさで表情が緩むのを止められなかった。

 ブレイドやプレスがお見舞いに来てくれたことは嬉しかったし、バロンクラスを一人で倒せたことも嬉しかった。しかしエレファントにとって何よりも嬉しかったのは、タイラントシルフを守れたという事実だった。

 

 大切な人を守るために魔法少女になったエレファントだが、町や世界を守るというのは直接的に成果が見えづらいものだ。

 エレファントの戦いがこの世界を守ることの一助になっていることは疑いようもないが、目に見える形で実感することは難しい。

 そんななかで、友達になりたい女の子を間違いなく自分の手によって守ることが出来た。これが嬉しくないわけがなかった。

 

 たとえ、友達になれなかったとしても、自分が守りたいと思った人を守れたことがエレファントにとっては何よりも重要なことで、だからエレファントはこの戦いの顛末についてもう満足していた。

 まさか恩着せがましくも、この件を材料に友達になろうだなんて考えてもいなかった。ほとぼりが冷めた頃に、また改めて友達になりたいと伝えに行こうと考えていた。

 

 しかし、その翌日にタイラントシルフが目を覚まさないということをジャックから聞かされたことで、喜びは不安に変化した。

 さらに翌日もタイラントシルフは目を覚まさず、もしかしたらこのまま一生目を覚まさないんじゃないかと考えてしまい、不安は余計に増すばかり。

 

 だから、エレファントにとってその訪問は青天の霹靂だったと言っても過言ではない。

 

 控えめにノックされたドアの音。

 

「シルフです。入ってもいいでしょうか」

 

 忘れられるはずもない、天使の歌声のごとく可愛らしい声。

 ずっとずっと心配していた少女の声が聞こえたことに、エレファントは大きくあわてふためいた。愛らしくも凛としたその声が前回と違い僅かに震えていることに気づかないほど。

 

「えっ!? シルフちゃん!? あ、入って大丈夫だよ! 」

「失礼します」

 

(良かった、目が覚めたんだ……。ああもう! 可愛いなぁ)

 

 青い患者衣を身につけたシルフを見て、エレファントは内心で目を輝かせた。

今までは変身後の衣装しか見たことがなく、それも非常に愛らしかったが、同時に仰々しさを感じさせるものでもあったため、エレファントとしてはもっと可愛さを全面に押し出した服を着てみせて欲しかった。

 

 シルフちゃんは何を着ても似合うんだろうなと妄想の翼で飛びたとうとするエレファントだったが、ふと、シルフの様子がおかしいことに気が付いて踏みとどまった。

 普段の何者も寄せ付けないような凛とした空気ではなく、どこか強がっている、例えるなら身を守るために必死に威嚇をする小動物のような、そんな空気をエレファントは感じ取った。

 

「ありがとうございます。私のことを助けてくれて」

 

 エレファントが感じた違和感に言及するよりも早く、ベッド脇に移動したシルフが深々と頭を下げて感謝を述べる。

 

「そんな、いいよお礼なんて! 当たり前のことだし、お互い様だもん! 怪我だって大したことなかったし!」

 

 過去に助けられた時のことを思いだし、エレファントは無邪気な笑顔で応えた。

 

 普段は仲が良くなくても、会ったことがなかったとしても、魔法少女同士は助け合う。エレファントにとってそれは当たり前のことだった。

 

 実際のところ、魔法少女全員が全員そんな立派な心構えをしているわけではない。しかし偶然にも、これまでにエレファントが出会ってきた魔法少女は、多少信念や損得勘定に違いはあるものの大きくその考え方を逸脱していない者ばかりだった。

 それを否定するような魔法少女や、理解できない魔法少女に会ったことがない。

 

 だからエレファントにとって、魔法少女とはそういうものなのだ。

 

「それよりシルフちゃんの目が覚めて良かったよ! もう目を覚まさないんじゃないかって、すっごく心配したんだからね!」

 

 わざとらしく頬を膨らませて怒っていますとアピールするエレファント。

 もちろん本気で怒っているわけではないが、あまり無茶はしないでほしいという心配からくる怒りがあるのは事実だった。

 

「当たり前、ですか……。それに心配。これが本物ということなんでしょうか……」

「え?」

「ああいえ、こちらの話です。それよりも、まだ自己紹介すらしてなかったですね。ご存知のようですが、私はタイラントシルフっていいます。風の魔法少女です」

「うん! 同じ咲良町の魔法少女としてよろしくね!」

 

 タイラントシルフとようやく真っ当なコミュニケーションを取れたことに感動を覚えつつ、エレファントは手を差し出した。

 わざわざお見舞いに来てくれたことや、改めて自己紹介をしてくれたことから、これからは仲良く一緒に戦えるのだと思って。

 

 だが、タイラントシルフはその手を握らなかった。

 

「私を助けてくれたことには感謝してます。最低限の礼儀として、こうして直接お礼を言いに来ました。ですが、私は他の魔法少女と馴れ合うつもりはないです。だから、ごめんなさい。私はあなたの手を取ることは出来ないです」

 

 表情を凍らせ、先程と同じように深く頭を下げるタイラントシルフ。

 エレファントはその言葉を聞いて、まだ早かったかな、と一旦引き下がろうとした。タイラントシルフと友達になることを諦めるつもりはないが、無理に迫っても逆効果だからだ。しかし、頭を下げているシルフの肩が少しだけ震えていることに気がついて、気づけば声をあげていた。

 

「あいたっ! いたたたたっ!!」

 

 わざとらしい悲鳴をあげながらお腹を押さえるエレファント。ブレイドやプレスのように事情を知る友人が見れば、それが下手な演技であることなどすぐに見抜いていただろう。

 だからこそシルフは気づかない。自分を助けるために命がけで戦い大怪我を負ったエレファントが、すでにほとんど完治していることなど知らないのだから。

 

「エレファントさん!? 大丈夫ですか!? ナ、ナースコールをしないと!」

 

 顔を青くして慌てているその姿に先ほどまでの冷たさはなく、エレファントはこれこそがシルフの本当の姿であることを理解した。

 他人を遠ざけようとしていること、感情を見せないようにしていることにはなにか理由があって、けれどそんな強い自分を演じきれず体を震わせるほどに、追い詰められている。

 

(ここで引いたら、ダメな気がする)

 

 理屈などない。直感だった。

 

「待ってシルフちゃん! 背中をさすって欲しいな。そしたら楽になりそうなんだ。いたたっ」

「わ、わかりました」

 

 動揺を見せながらも、疑いもせずにエレファントの言葉に従うシルフ。

 エレファントが痛くもないお腹を自分でさすり、タイラントシルフはエレファントの背中を心配そうにさする。

 

「ありがとう、だんだん痛くなくなってきたよ」

「そうですか? それなら良かったです。……こほん、それでは私はーー」

 

 空気を仕切り直すように小さく咳払いしたシルフが別れを告げようとするが、エレファントがそれを遮った。

 

「シルフちゃん!」

「な、なんですか」

 

 急な大声に驚いたのか、ビクッと肩を揺らすシルフ。

 

「私ずっと入院してて暇だったから、今日は気分転換に出かけるつもりだったんだ。でも、さっきみたいに痛くて動けなくなっちゃったら困っちゃうから、今日だけ私に付き合ってくれないかな?」

「えっ……」

 

 もちろんそんな予定はないしお腹の痛みだって嘘だ。だが、その嘘は非常に効果的だった。

 普段のタイラントシルフであれば一蹴していたであろう提案だが、今のシルフにはエレファントが大怪我をしたのは自分のせいだという負い目がある。

 エレファントはシルフのせいだとは全く思っていないが、シルフが負い目を感じていることには気がついていた。

 そんな優しいシルフの気持ちを利用するようなことは本当ならしたくなかったが、普通に頼んでも断られてしまうのは間違いない。

 

 元々シルフを助けたことを恩着せがましくするつもりはなかった。だが、今ここでシルフを一人にしてはいけないと、ここで帰してはいけないと、エレファントの直感が囁くのだ。

 

「……わかりました」

「やった! シルフちゃんありがとー! 一緒にお出かけするんだから私たちもう友達だよね!」

「き、今日だけですからねっ」

 

 かくして、エレファントはタイラントシルフを口八丁でだまくらかし、デートに誘い出すことに成功したのだった。


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