魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode5-6 最終決戦④

 収束しきった嵐の塊を維持し続けることは一秒足りとも出来なかった。だけど、それでいい。大杖を天に向け暴れまわる力を誘導するためのレールとする。一見してトルネードミキサーによく似た、杖から漆黒の竜巻が放出される状態。けれど、その竜巻に秘められた力は九頭極点すら足元にも及ばない、地に向けて放てば星を粉々に打ち砕きかねないほどの膨大な力の奔流。それが今、天を覆いこの世界を食らおうとする怪物へと放たれた。

 

「撃ち抜けええええぇぇぇ!!」

 

 あまりにも大きすぎる力の反動で大杖が軋むような悲鳴をあげ、先端に取り付けられた美しいエメラルドの如き宝玉に亀裂が走る。だが、それでも力を緩めることはしない。むしろもっと強く。宝玉だけではなく木製の杖そのものにも小さな罅が刻まれていくが、それでもなお強く。

 

 そして、巨大な嵐が空に浮かぶ黒い雲にぶつかる直前、軌道を変えてUターンするように引き返してきた。

 

「なっ!?」

 

 なんだよ、それ!? ふざけるな!! そんなのありかよ!?

 

 必死で軌道を修正しようと制御を試みるが、荒ぶる嵐は微動だにせず一直線にこちらへ戻ってくる。

 当たり前だ。制御を維持し続けるのが難しいから大杖をレール代わりに誘導して、あとは力を解放するだけにしたんだぞ。今さら操作なんて出来るわけない!!

 

 どうする、どうすればいい!? 星を砕くほどの魔法だぞ!? 俺は死なないとかそういう次元の問題じゃなく、欺瞞世界を貫通して地球が滅ぶ!!

 

 想定しておくべきだった!! 耐性が戻ってるなら空間を歪める能力だって、戻ってて当然だ!!

 ……! そうだ!! グラスホッパーさんなら!! あのワープ魔法なら!!

 

次元跳躍(ディメンションホッパー)空穴(ホール)!」

 

 考えることは同じだったようで、俺が何か言うよりも先にグラスホッパーさんは嵐の軌道に先回りしてワープホールを開いていた。だが、足りない。致命的に穴の大きさが足りない。通常のトルネードミキサーを呑み込むだけなら十分なサイズだったが、その十倍以上の規模の嵐はとても呑み込めない。多少は威力を減衰させられるかもしれないが、焼け石に水だ。

 

「飛蝗の魔女に出来るなら! あたしにだって出来なきゃ! 道理が通らないのよ!! 次元を超えて兎は跳ね(ディメンションフット)る・空穴(ホール)!!」

 

 勢いよく空中へ跳び出したラビットフットさんが空に開いた穴の端っこに足を引っかけて大きく蹴り上げると、まるで切れ込みを無理矢理広げるようにワープホールが拡大された。

 物理的な干渉でどうこう出来るものではないはずで、本人の言う通りこの土壇場で次元跳躍魔法を習得したのか!?

 始まりの魔法少女の影響を受けて引き上げられているのは、シメラクレスさんや俺だけじゃないってことか!!

 

「ここまで拡がれば後はこの私に任せて貰おうか! 拡張対象(エクス)次元空穴(ディメンションホール)』!!」

 

 駄目押しとばかりに発動したエクステンドさんの拡張魔法によってワープホールは嵐の環境武装を上回るほど巨大に拡大され、凄まじい勢いで黒い嵐を呑み込んでいく。

 

「合わせろウサミミメイド! 次元跳躍(ディメンションホッパー)!」

「あんたが私に合わせなさいよバッタ女!! 次元を超えて兎は跳ね(ディメンションフット)る!」

 

「「空蹴(シュート)!!」」

 

 なんだかんだと言い合いながらも初めてとは思えないほど息の合った連携によるワープで空間の歪みを搔い潜り、二人は歪みの王・天蓋に蹴りをお見舞いした。直後、襲い来るのは当然ワープホールに呑み込まれた大嵐。次元の跳躍は三次元的な概念すらも超越するらしく、単なるワープではなく方向を歪みの王・天蓋へと変えて吐き出された。

 

『オ゛オ゛ッ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛オ゛オ゛!! コノ私ガァ゛! 歪ミノ神デアルコノ私ガァ゛ァ゛ァ゛!! 魔法少女如キニ負ケルハズガナイィ゛ィ゛!』

 

 今度こそ歪みの王・天蓋へと直撃した環境武装は、歪みの王の肉体を構成する黒雲を凄まじい勢いで削り散らしていく。

 だが一方で、歪みの王も大人しく肉体を削られているわけではなく、先ほどまで地球を覆うために広げていた黒雲を今度は逆に集め始めた。そして、嵐の環境武装と押し合いになるほどの凄まじいパワーで、集めた黒雲、いや、ディストの肉体を構成する黒い靄をビームのように収束させ放出し始めた。

 

 しかし妙だ。いくら歪みの王に魔法の耐性を得る能力があるとは言っても、フレイムさんの環境武装でぶち抜けたことを考えればこんなに早く俺の環境武装に拮抗されるのはおかしい。仮に耐性を得ているのであれば押し合いになるのではなく、こちらの魔法が無効化され一方的に押し返されるはず。

 もしかしたら歪みの王は、このまま長期戦を続ければ耐性を作り終える前に再生力を削り切られると判断して賭けに出たんじゃないのか? 環境武装を回避しようとしても、グラスホッパーさんたちが居る限り避けることは出来ないだろう。だから真正面から環境武装を叩き潰し、そのまま欺瞞世界を破壊して現実も叩き壊す、そのために今全ての力を集約して俺の環境武装にぶつけているんじゃないのか?

 

 確かな根拠なんてない。

 全て推測の域を出ない。

 だけどどちらにせよ、今俺に出来ることは一つしかない。

 歪みの王の目的がなんであれ、力の押し合いをしようというのなら全力で迎え撃つだけだ!!

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ゛!!」

『オ゛オ゛ッ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛ォ゛オ゛ォ゛オ゛オ゛!!』

 

 巨大な黒い嵐と極太の黒い光線がぶつかり合い、その余波によって暴風を巻き起こす。削り取られた黒い風と黒い靄が激しく宙を舞い、空へと溶けて消えていく。

 

 拮抗していた天秤が傾くのにそれほど時間はかからなかった。

 片や限界を超えるほどの力を使っているのに対して、もう一方は少しずつその力で受けるダメージが減っていくのだ。環境武装が少しづつ、ほんの少しずつ、けれど確実に押され始めていた。

 

 視界の端に魔女たちが歪みの王に攻撃をしかけている様子が映るが、今すぐに削り切れるというようには見えない。ダメージがないわけではないと思うが、このままじゃ押し切られる。

 

 クソ、クソっ、クソ!! ここまで来て、それでもまだ足りないのか!?

 アース!! お前は何のために俺の人生を、家族を滅茶苦茶にしたんだ!?

 ここで勝てなきゃ、何の意味もないじゃないか!! 双葉を見放してしまったことも! 家族に向き合えなかったことも!! 独りぼっちで生きてきたことも!! 今この時のためだったんだろ!?

 

 許さない、絶対に許しはしない、だけど!!

 

 俺の人生は無駄じゃなかったって!!

 

 傷ついて、苦しんで、悩んで、そうやって生きて来たことに意味はあったんだって!!

 

 だからちさき(・・・)さんを、双葉を、仲間を、家族を、守れたんだって!!

 

 そう思わせてくれよ!!

 

「もっと! 力を!!」

 

 どうすればもっと強くなれる!?

 怒ればいいのか!? 憎めばいいのか!? 

 アースに対する負の感情なんて、意識すればいくらだって湧き出てくる!!

 

「もっと、もット、モット、チカラヲ――」

 

 今この瞬間に感じている怒りや憎しみだけじゃない

 一人で生きていくためにずっと閉じ込めていた、心の奥底に蓋をしていた感情を思い出せ

 もう二度とこんな思いはしたくないって、忘れた振りをしてきた記憶を

 閉じ込めた扉の鍵を、こじ開けろ

 

「ア――ァ――!」

 

 悲しみが、

 不安ガ、

 葛トウガ、

 コドクガ、

 

 アフレ――

 

「駄目だよシルフちゃん、そんな得体の知れない力に頼っちゃ」

 

 耐えがたい心の苦しみによって徐々に意識が真っ黒な感情に塗りつぶされていき、暗く淀んだ海の中に沈みそうになった俺を、誰かがそっと支えて引き上げてくれたような気がした。

 

 俺はその声を知っている。だけど、ここに居るはずがない。だって、

 

「お姉さんに任せなさい」

 

 だってその魔法少女は、

 

「ふたば……?」

 

 煌めく雷光のように美しいブロンドのポニーテールに、アメジストのように輝く勝気な瞳、黒をベースに紫電の刺繍があしらわれた派手な改造修道服。全身が雷に包まれたその姿は、まさしく雷神の称号に相応しいもので……

 彼女はかつて、眠りの魔女を除けば歴代で最強の魔女とうたわれた雷の魔女モナークスプライト。

 何を隠そう、その正体は俺の妹である双葉のはずで、だけど双葉はもう魔法少女を引退したはずで……

 

「ドッペルゲンガーさん、ですか?」

「本人だよー! あと名前はしーっだからね!」

「あっ、ごめんなさい……」

 

 誰にも聞かれなかったとは思うが、確かに軽率だった。

 いや、というか、なんでここに居るのかとか、なんで魔法少女に変身出来てるのかとか、気になることは沢山あるけど、それよりも!

 

「いつの間にか、滅茶苦茶押されてます……!」

 

 気が付けば嵐の環境武装がもうすぐそこまで押し込まれている。お喋りをしてる余裕なんかない!

 

「っと、確かにこっちが優先か。環境魔法(フィールドマジック)(テンペスト)』」

 

 俺が今操っている嵐の環境武装とは別の、風速で言えば俺の環境魔法より下だがその代わりに落雷を伴う嵐が広範囲に発生し、その直後、凄まじい速度で収縮して双葉の身体が暴風と雷に包まれる。

 

「こんなに面白い技術があったんだね。知らなかったよ」

 

 なん、だと……?

 身体が雷になってる時点で神格魔法を発動しているのはわかってた。

 環境魔法が俺と同じ『嵐』ということも勿論知っていた。双葉がモナークスプライトだって知った時に色々調べたしな。

 だけど、環境武装を使うのが初めてだって? 確かにモナークスプライトの動画や資料には環境武装なんてものは乗ってなかったし、だからこそ俺もフレイムフレームさんに見せてもらうまで知らなかったわけだが、双葉は今のが初挑戦で、しかも何の苦も無く成功させたって言うのか?

 

「シルフちゃん、私たちの環境魔法なら合わせられるはずだよ」

「それは、相性は良いかもしれないですけど……」

「出来る出来る、絶対出来るよ! 確信が魔法の一番のコツだもん! いくよ、合作魔法(コーラスマジック)!」

「こ、合作魔法(コーラスマジック)!」

 

 ええい、もうなるようになれだ!!

 どうせ俺一人じゃ勝ち目がない!!

 

「「嵐神(スサノオ)」」

 

 嵐に包まれた双葉の手が、大杖を持つ俺の手を支えるように重ねられると、二つの嵐は混ざり合い、真っ黒な嵐が灰色になって雷を帯び始めた。

 壊れかけていたはずの大杖が逆再生するように修復されていき、先端の宝玉の色が勾玉を二つくっつけたかのように、緑と黄に綺麗に分かれた。

 

 雷の性質を帯びたことで耐性を貫通するようになったとか、そんなチャチなものじゃなくて、耐性なんてあってもなくても関係ないほどの圧倒的な力で、二人の嵐が歪みの王の攻撃を押し返す。

 

 今の俺たちは風と雷そのものであり、そして二人で一つの嵐の神でもある。

 重なり合った体が溶けて混ざり合うみたいに、双葉の記憶が俺の中に流れ込んでくる。

 

 幼いころ一緒に遊んだ記憶

 魔法少女となって初めてディストを倒した時の記憶

 仲間が増えて、みんなで遊んで、戦って、楽しさに溢れた記憶

 俺が魔法少女のことを正しく認識できなくて、すれ違い始めた記憶

 大切な仲間を失って、傷ついて、辛くて、俺との関係が壊れてしまった記憶

 残された仲間たちと支え合って、立ち上がって、俺とも仲直りしようとしたのにあいつに邪魔された記憶

 俺に見捨てられて、家政婦も出て行って、家では孤独を感じ、友情を支えに戦いつづけてきた記憶。

 そして、今の俺と出会った時の記憶

 

 ごめん、ごめんな、双葉。

 気づいてやれなくてごめん。

 お前も孤独だったんだな。

 一人の家に帰るのは、寂しいよな

 俺はお兄ちゃんだったのに、自分のことばっかりで……。

 

「ううん、違うよお兄ちゃん。私が、わたしがわるかったんだもん……。ごめんなさい……。たくさんひどいこと言っちゃって、あの時のお兄ちゃんには、わからなくて当然だったのに……、なのに、わたし……。ずっと、ずっと謝りたかった……許してもらえないかもしれないけど、ごめんなさいって、伝えたかったの……」

「それは俺が逃げたから、お前に向き合えなかったからだ。俺は自分が傷つくのが怖くて、まだ子供だったお前を置いて逃げ出したんだ。ごめん、本当にごめん、寂しい思いをさせて、辛い思いをさせて、ごめんな……」

 

 双葉の記憶が俺に流れ込んできたのと同じように、双葉にも俺の記憶が流れ込んだのだろう。本当に水上良一なのかなんて、そんなこと確認するまでもない。俺たちは今、すれ違っていた空白の時間を埋めるように、誰よりもお互いのことを理解しあっているのだから。

 

「あの頃みたいにとはいかないかもしれないけど、でも、もう一度やり直そう。今度はちゃんと、家族として、兄妹(きょうだい)として」

「……うん、うん! やり直そうね! 今度はちゃんと姉妹(きょうだい)として!!」

 

『ア゛リ゛エ゛ン゛ン゛ン゛!! ナン゛ダコノ力ハ!! ア゛リエ゛ナイ゛!! アッテイ゛イ゛ハズガナイ゛ィ゛ィ゛!! 』

 

 さあ、仲直りは済んだ。

 これ以上無粋な真似はやめてご退場願おうか。

 俺たちは示し合わせたように顔を合わせて大きく頷き、突き出した大杖に全ての力を注ぎ込む。

 

「「いっけえええええぇぇぇぇぇっっっっーーー!!」」

『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛ッ゛ッ゛ー゛ー゛ー゛ー゛!! ワタシハ、ワタシハァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ー゛ー゛!!』

 

 嵐に呑み込まれて肉体を完膚なきまでに削りつくされた歪みの王が、消えていく。

 ただ目の前にいるだけで死を感じさせるほどの圧倒的な存在感が急速に薄らいでいく。

 

『タダ……、ワタシタチノセカイガ……、ホシカッタンダ……』

 

 そして歪みの王は悲しげにそう言い残して、塵の一つも残さず、完膚なきまでに、完全に、空へ溶けるように消滅したのだった。

 

 空を覆い尽くしていた黒雲が消えたその先には、雲一つない美しい青空が広がっていた。

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