魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode5-7 雷鳴公主③

「環境魔法『嵐』」

 

 かつてモナークスプライトが現役だった頃は、雷神の力を使って屠ることのできないディストと戦ったことなどなかった。だからモナークスプライトはこの力の使い方を出来なかったのではなく、知らなかった。技術とは必要に応じて発展していくものであり、モナークスプライトには神格魔法を超える魔法など必要なかったのだから。

 

――落雷を伴って広がっていた大規模な嵐が、凄まじい速さでモナークスプライトの元へ回帰し纏わりつく。

 

 だが、今空を覆う歪みの王を討ち滅ぼすためには神格魔法だけでは足りない。

 天蓋と化した歪みの王を一目見てそれを感じ取ったモナークスプライトは、誰に教わるでもなくその力の使い方を理解した。

 お手本は目の前にあるのだから、真似すれば良いだけだった。

 

 本来広範囲に渡って破滅的な力を振りまく環境魔法を、己の身に圧縮するように集めることで、一歩間違えれば自分自身がこの世界を破壊してしまいそうなほどに強大な力へと昇華させる。

 

 それは、名前も知らない自然系統魔法の最終地点。

 

――環境武装、雷鳴公主(モナークスプライト)

 

「いくよ、合作魔法(コーラスマジック)!」

「こ、合作魔法(コーラスマジック)

 

 自分とシルフの二人ならば、必ず合作魔法を発動できるという確信がモナークスプライトにはあった。

 それは二人の環境魔法が多少の性質の違いはあれど同じ嵐であるということや、二人が家族であるからなど、確信の源泉となっている理由はいくつかあったが、モナークスプライトにその自覚はなかった。

 ただ、ただひたすらに信じているのだ。そしてその確信こそが、才能や研鑽の果てに魔法を成功させる最後の一押し。

 

「「嵐神(スサノオ)」」

 

 二人の身体は神格魔法によってそれぞれ風そのものと雷そのものと化しており、明確な形や境界が揺らいでいる状態にあった。

 そこへさらに神格の合作魔法を重ねることで、二人は一柱の神と化した。

 シルフの身体を支えるため後ろから抱き寄せるように密着していた箇所が、風と雷という個別の事象の境界を越えて一つの嵐となり、その存在がほんの少しだけ混ざり合った。

 

 その瞬間流れ込んできたのは、タイラントシルフの、水上良の、そして水上良一の記憶。

 自身の心を守るために、良一自身が蓋をして忘れていたはずの記憶までもが、感情と共に双葉へ共有される。

 

 まだ物心つく前から、そしてその後も、幼少期に度々投げかけられた人格を否定するような聞くに堪えない言葉の数々。

 愛を知らないまま家族に置き去りにされ、自分に自信が持てなくなり、人と上手く関わることが出来ずに孤独だった少年の記憶。

 新しい家族を、双葉という妹を、家族の分まで自分が愛し、守るのだという決意。そして絶望。

 友も恋人も出来ず、身に覚えのないことで嫌われ、虐げられた学生時代の恐怖。

 大切だったはずの妹から逃げて、誰も居ない家に帰る。一度は忘れたはずの孤独との再会。

 結局大人になっても親しい者などいないまま、劣等感や自己嫌悪を抱えて過ごす社会人としての日々。

 ようやくそんな生活にも諦めがついて、せめてこのまま普通に生きていきたいと思えるようになったというのに、強制的に幼い少女へと変えられ、命を懸けた戦いに巻き込まれた不安。自分が自分でなくなるような恐怖。

 

 そして、魔法少女エレファントとの出会い。

 

 彼女と出会い友達になってからの記憶は、それまでの冷たい灰色の記憶を忘れさせるような、良一の抱えていた悲しみも、苦しみも、孤独も、全てを癒してくれるような暖かさに溢れていた。

 

 タイラントシルフが、水上良こそが双葉の探していた兄であったという事実は驚きだったが、同時に納得も出来た。良は10歳の子供にしては物分かりが良すぎる部分があったし、今にして思い返してみれば行動のところどころにかつての兄の面影はあった。双葉はそれを良一の娘だからだと解釈していたが、良一本人だったのならば重なる部分があったのも当然だった。

 それでも単に言葉で説明されただけでは信じられなかったかもしれないが、こんなに生々しい記憶を、かつての自分の記憶とも一致する、疑いようのない記憶を見せられては信じるしかない。

 

 もしも良一が自分を許してくれて、また昔みたいに仲良くなれたなら、話したいことが沢山あった。

 行方不明だと思っていた兄がとっくに自分の近くに居て、そして兄もまたやり直したいと思ってくれていることがわかった。

 

 だったら後は、この戦いを終わらせるだけだ。

 

「「いっけえええええぇぇぇぇぇっっっっーーー!!」」

 

 二人の力が合わさった巨大な嵐が、歪みの王の力を真っ向から押し返し、空を覆う黒雲の天蓋を完全に削り散らし消滅させ、そして澄み渡るような青空が世界に戻った。

 

「流石ですスプライトさん。ドッペルゲンガーさんがこの場にいないことが残念です」

「…………」

「グォォォ!!」

「ホログラムの前のみんな見てるぅ~? あたしたちの完全勝利!!」

「終わったか、これで俺らもお役御免ってわけだ」

「シャーク、終わったから出て来なさいよ」

「不謹慎かもしれないけれど、少しだけ残念でもあるね。まだまだこの力は発展途上だというのに」

「……勝った、ブイ」

「結局良いところ持ってかれちまったな。報酬はちゃんと出るんだろうな?」

「終わったんだね。これからの身の振り方を考えないと……」

「妖精どもが何とかしてくれんだろ? あたしらは世界を救うために未来に来た英雄様だぜ?」

「無論私はこの力でヒーローを続ける」

「……知っていたのですね、アイス」

 

 歪みの王が消滅し、現代の魔女がそれぞれマギホンでディストの反応がなくなったことを確認し、戦いが終わったことを認識してそれぞれの反応を見せる。

 

 歪みの王が再生する気配は感じられず、モナークスプライトもまた他の魔女たちと同じように肩の力を抜いた。

 歪みの王を倒し嵐の神格魔法を解除した影響か、いつのまにか雷の神格魔法の効果も切れ、身体に実体が戻っていた。それはタイラントシルフも同様のようであり、モナークスプライトに体重を預けるように力を抜き目を閉じてもたれかかっている。

 

 これで終わった。長かった魔法少女の戦いの歴史も、自分と良一のすれ違いも、悪いことは全部終わって、これからは平和で、幸福で、みんなで仲良く過ごせる、そんな日々が始まる。

 

 そう、双葉は信じていた。

 

「シルフちゃん? どうしたのシルフちゃん?」

 

 あまりにも力の抜けているタイラントシルフにちょっとした悪戯のつもりで頬を突っついてみたモナークスプライトは、全く目を開く気配のないタイラントシルフを軽く揺さぶって声をかける。

 強大な力の反動で意識を失ってしまっただとか、疲れ切って眠ってしまっただとか、休息を取るためならばなんの問題もない。

 だが、ずっとモナークスプライトの胸の中で燻っていた嫌な予感がここにきて今までにないほどに膨れ上がった。

 

 もしかしたら自分は勘違いをしていたのかもしれないと、あのずっと感じていた嫌な感覚は歪みの王との戦いに対してではなく、その更に先にある何かを感じ取っていたのではないかと。

 

「シルフちゃん!? ねぇ、どうしちゃったの!? シルフちゃん!?」

「疲れて眠ってるだけじゃねーの? つーかお前どうやって魔法少女になったんだ?」

「シルフさんとお知り合いだったのですか?」

 

 モナークスプライトが引退したのはほんの数か月前の話であり、現代の魔女はエクステンド以外は全員面識があるが、その中でも古参の部類に入るキャプテントレジャーと直接指導をしていたウィグスクローソは現役時代から話をする機会が多く、どこか様子のおかしいモナークスプライトに他の魔女が尻込みしてる中率先して声をかけた。

 

「……シルフちゃんとは現実でちょっと関係があるんだ。魔法少女になれたのは妖精に頼まれてもう一回鍵を貰えたから。ねえ、シルフちゃん眠ってるだけだと思う?」

 

 魔法の使い過ぎで意識を失ったなんて話は誰も聞いたことがないが、別に呼吸をしていないだとか心臓の鼓動が止まっているのでもないなら普通に眠っているだけだろうと、何をそんなに慌てているのかと大半の魔女は不思議そうにモナークスプライトを見ていた。

 

 だが、この場にいる魔女の内二人だけはモナークスプライトにではなく眠っているタイラントシルフに視線を向けていた。

 

「私たちの戦いは終わったよ。だけど、タイラントシルフの戦いはまだ終わってない」

「……え?」

「雷の魔法少女、あなたの存在によって全く異なる未来に分岐したのかと期待しましたが……、結局こうなってしまうのですね。だとすれば、もう……」

「どういう、こと……?」

 

 氷の魔女パーマフロスト、そして時の魔法少女クロノキーパー。二人の言葉は明らかにシルフの身に何が起きているのか、シルフが意識を失ったのがただの眠りなどではないと知っていることを示していた。

 

「本当は私がその役目を担うはずだった。だけどもう、私の黒心炉じゃ足りない」

「私の視た未来では絶対にこの少女がその役目を担っていました。最初からアースはそのつもりだったのでしょう」

「役目って、何? なんの話をしてるの……?」

 

 とてつもなく大きな、嫌な予感が、収まらない。

 

 その先に続く言葉がろくなものでないことを、二人の表情や声音が物語っている。

 

 モナークスプライトの声は知らず知らずの内に震えていた。

 

 ようやく再会できた、ようやく仲直りできた、ようやくまた一緒に歩きだせるはずだった。

 

「ディストは世界の歪みから生まれる怪物」

「ですがディスト自身が世界の歪みを生み出しているわけではありません」

「世界の歪みを発生させてる大本を叩かないと、ディストとの戦いは終わらない」

「そして彼女は、その大本を破壊するための力の動力に選ばれた。選ばれていた。きっとずっと昔から」

 

 心当たりはあった。

 良一と双葉の家族が妖精によって滅茶苦茶にされたというのは、良一の記憶でついさっき知った。

 そしてその理由が、良一の持つ「負の感情」をエネルギーに変換する力を十全に活かすためだったのだろうことも。

 

 良一はそれを、歪みの王を倒すためだと解釈していた。

 アースもその力で歪みの王を討ち倒せと言っていた。

 

 だがそもそも、目的のためなら何でもするような、一人の人間の人生を、家族を崩壊せるような妖精が、素直に本当のことを言っていたなどと、なぜ言い切れるだろうか?

 

「もうわかるよね?」

「彼女はこの世界を守るための人柱なのです」

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