「さすがにこの服で出かけるわけにもいかないし、まずは着替えないとだね」
エレファントが身に着けている患者衣を指さすと、シルフもそれに無言で頷いた。
魔法界で活動する魔法少女は、そのほとんどが変身後の衣装を身に着けている。統一感などあったものではなく、奇抜な服装をしていても浮いたりはしないが、二人揃って同じ患者衣を身に着けているというのはさすがに悪目立ちしてしまう。
「ぽちっ」
ベッドの上から降りたエレファントがマギホンを操作すると、瞬く間に患者衣から空色のフリフリとした衣装への着替えが完了する。
魔法少女は変身している状態ならば、マギホンを通じていつでも自らの衣装を呼び出すことができるのだ。
「天地悉く、吹き散らせ」
「えぇっ!?」
変身済みの状態で患者衣を身に着けていたエレファントに対し、変身前の状態だったシルフはキーワードを詠唱して変身を完了する。
その姿は聖職者の法衣のようなもので、エレファントも何度も見ている衣装のはずだったが、まるで信じられないものを見たかのように驚愕の声をあげた。
「シ、シルフちゃん変身してなかったの!?」
「……? そうですね。目が覚めたら変身は解除されてたので、そのまま来ましたよ」
半ば怒鳴りつけるような勢いで問いかけるエレファントに対し、シルフは何をそんなに興奮しているのかわからないという様子で小首を傾げながら答えた。
そんな仕草すらも可愛らしいと内心で親指を立てつつ、エレファントは捲し立てるように説明を始めた。
「魔法少女は認識阻害の魔法がかかって、魔法少女の正体に関することとかを一般の人が疑問に思わなかったりするのは知ってるよね?
でも認識阻害がかかってるのは一般の人だけじゃなくて私たち魔法少女も同じなの。魔法少女の変身前と変身後がどれだけ似てても、だれもそのことに気づかないようになってるんだ。
だから魔法少女としての自分を知られても、現実の自分を知られることはないの。
でも、変身前の状態を相手が知ってるなら話は違ってくるよ。変身前の姿が分かればどこに住んでるとか、本名とか、いくらでも調べられるんだから。
とくにシルフちゃんは小さくて可愛いんだから、気をつけなきゃ。本当に信用できる相手以外には見せちゃダメなんだからね」
(まったく、ジャックはなにやってんの!)
エレファントは説明しながら新人魔法少女のお目付け役に怒りを覚えた。
こんなことは教えておいて当然の話だ。いかに魔法少女が良い人ばかりだとは言っても、中には悪い娘もいないわけじゃない。エレファント自身は悪い娘の魔法少女など見たことがないが、噂程度に聞こえてくることもある。
不幸中の幸いだったのは、シルフの姿が変身前も変身後もほとんど変わらないため、一見して変身前だとはバレないであろうことだった。エレファントでさえ目の前で変身されるまで気が付かないレベルなのだから、大してシルフのことを知らない人間はなおさらわからないだろう。
(それにしても……)
見れば見るほど変身前と変身後の姿に違いを見受けられず、エレファントはその完成された愛くるしさに惚れ惚れとした。
エレファント自身、魔法少女になったことで変身前の髪色や瞳の色は変化しているが、顔立ちは変わっていない。しかし変身すると、元の面影を残したまま10人中9人が振り返るレベルの美少女となる。これはそう珍しいことではなく、ほとんどの魔法少女が変身後の姿の方が美しくなると言われている。
そんな中で、変身の補正を受け付けないほどの生まれついての美しさ。エレファントが見惚れてしまうのも無理からぬ話だった。
「そうだったんですね。でも、大丈夫だと思います。今日はエレファントさん以外誰とも会ってないですから」
「そ、そっか。それなら大丈夫かな……」
(ん? 待って!! それって私のことを信頼してるって遠回しに言ってるのかな!?)
シルフが深く考えずに発した言葉で内心大興奮のエレファントだが、それを表には出さず冷静に会話を続けようとする。
「じゃ、じゃあまずはショッピングでもしよっか!」
テンションこそ普段通りを保てているが、口元のにやつきは抑えられていないエレファントだった。
・
膝下まで丈のある真っ白なワンピースに身を包んだタイラントシルフが、恥ずかしそうに顔を赤らめながらスカートを押さえる。普段着慣れない、というか着たこともない洋服に戸惑いを隠せないようだった。
「あ、あのっ、今日はエレファントさんの気分転換なんですよね? なんで私がこんな服を……」
二人は現在、魔法界にあるショッピングモールに来ていた。現実の某大型ショッピングモールを参考に作られたその商業施設には10を超えるアパレルショップの他、様々な店舗が出店していて、多感な時期の魔法少女に大変な人気を誇っている。
エレファントは当初ショッピングなどと言っていたが、実のところ最初からタイラントシルフを着せ替え人形にするつもり満々だった。
シルフは店に連れ込まれエレファントの選んだ服を手渡された段階でその目的を半ば察し、最後の最後までこんな服着たくないと嫌がっていたが、これを着てくれたら気分が良くなる気がするとゴリ押しするエレファントの勢いに勝てなかった。
「良い! すっごく可愛いよシルフちゃん! 似合ってる!」
「うぅ~、もう終わりですっ!」
外見年齢にして10歳前後という未成熟な危うさをはらんだ可愛らしさに加え、年齢に不相応な賢さがもたらす羞恥心のコンボに、エレファントは大興奮で賛辞をおくるがその言葉で余計に恥ずかしさを煽られたシルフは身を隠すようにカーテンを閉めてしまう。
もちろん本人に自覚はないがその仕草すらもあざとく愛らしいもので、エレファントはとにかく今の光景を網膜に焼き付け脳内に永久保存するため余韻を楽しんでいた。
だが、それにあまり時間をかけてしまえばシルフが試着室を出てきてしまうと気が付き、気持ちを切り替え、シルフが着替えている最中に選んでおいた服を手渡すため試着室に特攻をしかける。
「シールフちゃん!」
「うきゃあぁ! は、入って来ないで下さい!」
着替え途中だったシルフは咄嗟に脱ぎたてのワンピースで全身を隠した。
「女の子同士なんだから、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫大丈夫! 次はこれね!」
「い、いつの間に選んでたんですか。というかまだ続けるんですか……」
差し出されたホットパンツとボーダーのニーハイ、それから少し大きめのTシャツを見て、シルフは嫌そうに表情を歪めるが、ワクワクとした表情で目を輝かせているエレファントにそれ以上反論はせず大人しく受け取った。
「Tシャツの裾は横で結んでおへそが出る感じで着てね!」
「えぇぇ……。着方にまでそんな細かい注文をするんですか……?」
シルフはぶつぶつと文句を言いながらも大人しくそれに従った。今日はエレファントへのお礼も兼ねて同行しているのだから、これで気が済むのなら今日だけ我慢しようと割り切っているのだ。
「これでいいですか?」
着替え終わったシルフはさきほどよりもずっと冷静だった。
へそ出しというスタイルは経験がないシルフだがお腹を出すという行為に羞恥心は覚えないようで、ホットパンツはズボンのようなものだしニーハイも靴下が長くなっただけという捉え方をしている。
だが、注文を出した本人はそうとは捉えない。
「凄いよシルフちゃん! シルフちゃんは天才だよ!」
(ぷにぷにのお腹にホットパンツとニーハイの絶対領域! しかもこんな露出の多い恰好なのに全然恥ずかしがってないところがポイント高すぎるよ! こなれてる感が尋常じゃないよぉ!)
こんな姿は私以外には見せられないと、このコーディネートを封印することを誓うエレファント。
「これ、動きやすくて結構いいですね」
一方で、魔法少女としてではなく、普通の少女として外出する際に着ていくまともな服がないことに悩んでいたシルフは、本当の女の子がコーディネートした服なら間違いないだろうと考えて購入を検討し始めていた。
以前、魔法少女は認識阻害がかかっているというジャックの話を勘違いし、平日の日中にブカブカのTシャツ一枚で外出して警察に声をかけられたこともあるのだ。
シルフもいずれ何とかしなければと考えてはいたが、女ものの服を買うなんて経験のない面倒ごとは後回し後回しにしていた。
「ダメダメ!! そんな恰好で外を歩いたりしたら駄目だからね!」
「だ、駄目なんですか?」
「絶対ダメー! だったらさっきのワンピースの方が良いよ絶対! それか、こっち!」
またしてもいつの間にかエレファントは新しい服を持ってきており、シルフが文句を言う間もなく押し付けて試着室のカーテンを閉じた。
「ふぅ、素材が良いから活かし方も難しい、ってとこかな」
汗などかいていないが額の汗を拭う動作をして、訳知り顔で呟くエレファント。その表情は熟練の職人のような渋さを醸し出していた。