魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

207 / 215
episode5-8 世界の滅び⑪

 固く閉じられた記憶の扉の先、薄暗い部屋の中で一人の少年がテレビを見つめていた。

 

「待ちくたびれたよ」

 

 あれは……、昔の自分だ。

 両親に置いて行かれ、まだ双葉が生まれておらず、友達もいない、孤独だった俺自身。

 

「ごめんなさい、ずっと向き合えなくて」

 

 あの頃の俺には、双葉が生まれるよりも前の俺には、幸せな時期なんてなかった。

 思い出そうとすればきっと惨めで死にたくなるような思いをするだけで、それが怖くて、ずっと目を逸らしていた。

 

「もう良いの? 僕を受け入れるのは、きっと辛く苦しいだけだよ?」

「わかってます。だけど今はそれが必要なんです」

 

 それに、それだけが理由じゃない。

 いつかは必ず、向き合わなければいけないことだった。

 このままかつての自分をなかったことにして全部やり直すなんて、そんなこと出来るわけがない。

 

「……羨ましいな。僕にはそんなに必死になれる何かは、なかったから」

 

 俺が見ているテレビに映っているのは、タイラントシルフとして活躍し、エレファントさんと友達になり、楽しそうに笑っている俺の姿だ。

 

「だけど望んでいたはずです。人並みの幸せは望まない、普通でありたいなんて、そんなの惨めな自分を慰めるための言い訳だったはずです。本当は家族と一緒に過ごしたかった。友達と笑い合いたかった。一人は嫌だった。そうでしょう」

「そうだよ。だけどそんなの、今更どうしようもない。僕は過ぎ去った日の記憶。過去は変えられない。僕の中には、辛い思い出しかない。それでも、僕を受け入れられる?」

「どれだけ忘れたい、辛く苦しい記憶だとしても、あなたは私です。あなたを受け入れて初めて、私は本当の意味でやり直せるんだと思います。水上良一としての自分を、私の根幹を作り上げたあなたを切り捨ててしまえば、それはきっともう私じゃないから」

「……そっか、覚悟は出来てるんだね」

 

 過去に向き合うこと

 水上良一としての自分を切り捨てないこと

 そしてそのうえで、全てを背負って新たな道を生きること

 

 困難な道だということはわかってる

 もっと楽で簡単な選択があることはわかってる

 けれど大丈夫、覚悟は出来ている

 

「行きましょう、私」

「期待してるよ、僕」

 

 差し伸べた手を、テレビの前に座っていた自分が振り返り掴む。すると彼の姿が霞のように霧散して、俺の元へと集まり吸収されるように消えていった。

 

 過去の自分の孤独や寂しさが胸の中に広がると同時に、全てを思い出す。

 

 物心つくよりもずっと前から投げかけられていた罵詈雑言

 両親からの愛を求め、けれど決して得られず、寂しさを紛らわせるように最も身近な大人に頼ろうとして、けれど突き放された絶望

 そのくせ、何食わぬ顔で居座り続けたあの家政婦の異常性

 

 ずっと忘れていた、いや、きっと辛い過去を忘れたいと言う気持ちを利用されて、忘れさせられていたんだ。

 だって俺は、あの家政婦さんを頼れる大人だと思ってた。あれだけ酷いことを言われて、ただ家事をこなすだけで親代わりに愛してくれたわけでもないあの人のことを、最も身近な大人だと思っていた。

 ちゃんと向き合えば、思い出せさえすれば、気づけていたのかもしれない。全ての元凶であることまではわからなくても、無条件に誰からも信頼を寄せられていたあいつの異様さや気持ち悪さに。

 

 自分自身の意思で目を逸らし続けていたんだと思ってた。

 自分が思い出したくない過去だだったから忘れていたんだと思ってた。

 

 けれどそれすらも、あいつの掌の上だったってことか。

 

「ごめんなさい、気づいてあげられなくて」

 

 だけどもう、これ以上あいつの思い通りにはさせないから、だから……!

 

 

 

 

 

 

「私に力を! 黒心炉(ネガティブエモーションドライブ)ゥゥゥ!!」

 

 燃料を追加された黒心炉が激しい力を生み出して魔法の出力を底上げし、ゆっくりと減速していた異世界が突風に押されるようにその動きを止める。

 そして少しずつ、少しずつではあるが、二つの世界の距離が離れ始めていた。

 

「行けるわ! 向こうの世界を本来の軌道に戻しさえすれば勝手に離れていくはずよ!!」

 

 無理矢理押し戻すのではなく、風をクッションにして衝突を回避し本来の軌道へ戻す、イメージとしてはむしろ受け流すという方が近いかもしれない。

 

 いや、そんなこと今はどうでも良い。

 とにかく今は出来得る限りの全力で、魔法を放ち続けるだけだ!

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」」

 

 ちさきさんが無理をして手に入れた力も、俺が黒心炉によって手に入れた力も、もうほとんど底をつきかけている。これ以上はもたない。だけど手応えは、この世界へ近づいてくる圧迫感は少しずつだがやわらいでいる。

 

 あと少し、もう少しのはずなんだ!

 

「「押し込めええええええええええぇぇぇぇーーーー!!」」

 

 残された力を振り絞り、蝋燭が燃え尽きる直前に炎の勢いを増すように、全身全霊で力を解放する。

 

 そして、世界規模の魔法の風が収まる頃、ついさっきまで感じ取れていた異世界の気配がまるで感じられなくなった。

 そのうえずっと続いていた地震がいつの間にか収まっており、世界が滅びるような前兆は感じられなくなっていた。

 

 やった、のか……?

 

「どう、なったん、ですか……?」

「ロウ、世界は!?」

 

 今までにないほど消耗した俺は息も絶え絶えになりながら、エレファントさんはまだ体力的には余力がある様子で、ロウを問い詰める。

 

「……遠ざかっていくわ。さっきまですぐそこまで迫っていたからまだかなり近くにあるけど、それでも本来の軌道に乗って離れ始めてる」

 

 それは、つまり

 

「お疲れ様、二人とも。あなたたちの勝ちよ」

 

 勝った。

 俺たちが、勝った。

 そうか、勝ったのか……。

 

 あまりにも今までの戦いと規模が違いすぎて、何だかすぐには実感が湧いてこない。

 

 だけど、さっきまでの今にも世界が滅びる直前というような気配はすっかりなくなっていて、落ち着いて周囲の様子に気を配れるようになってくると、これで終わったのだということは頭では理解出来た。

 

 終わったんだ、やっと、俺の、俺たちの戦いは……

 

「あ、あはは、何か安心したら腰がぬけちゃった。シルフちゃんを助けるのに夢中だったけど、そういえば私たちって世界を守るために戦ってたんだよね」

「大丈夫ですかちさきさん!? どこか痛いところとかありませんか?」

「だいじょぶだいじょぶ、流石にちょっと疲れちゃっただけだよ」

 

 尻もちをつくように座り込んだちさきさんが全身で伸びをしながら仰向けに寝転がった。この戦いでどこか傷を負ってしまったのかと心配したが、出血や外傷は見当たらない。本人の言う通り、疲れてしまっただけのようだ。

 

「ありがとうございます、ちさきさん。ちさきさんが助けに来てくれなかったら、きっと私は私ではなくなってました」

「私だけの力じゃないし、それに私が助けたいと思ったから助けたんだよ。気にしないで」

「だけど、私を助けるって決めてくれて、助けに来てくれたのはちさきさんですから。だから、本当にありがとうございます」

 

 あの時、諦めずに戦うつもりだったけど、それでも勝ち目なんて見当たらなかったあの時、ちさきさんが助けに来てくれたことがどんなに嬉しかったか、安心出来たか、きっとどれだけ言葉を尽くしたって伝えきれない。

 

「えへへ、なんか照れちゃうね。あ、じゃあなにかご褒美が欲しいなぁ、なんて――」

 

 だから、言葉だけじゃなくて行動で伝えることにした。

 これがご褒美だなんて、自信過剰なんじゃないかって不安にもなるけど、だけど、今の俺にはまだ勇気が必要で、都合の良い言い訳がないととても出来そうになくて……

 

「りょ、良ちゃん!? 今、ほっぺにっ」

「今はまだ、これが限界です。駄目、ですか?」

 

 自分なんかがって気持ちをすぐになくせるわけじゃないけれど、ちさきさんが喜んでくれるなら、こんな自分にも価値はあるんだって思える。

 

「~~っもう! 良いに決まってるじゃん! 私からもお返ししてあげる!」

「くすぐったいですよ、ちさきさん」

 

「ああっー!? お、お、お兄ちゃん!? 何してるの!?」

「双葉? どうやってここに?」

「あわわわ、えっと今のは違くて、いえ違くはないんですけど、というかお兄ちゃん!? 双葉さんなんですか!?」

 

 まさかこいつ、自力で最後の門をぶち破って来たのか……? ロックがかかってるんじゃなかったのか? アースが居なくなったからロックが外れたのか? だったらもっと早くここに来てただろうしやっぱり自力でロックをぶち破ったのか?

 ちさきさんは恐らく俺と似たような力、白心炉だったっけ? それを使ったんだろうけど……。

 よく考えると双葉は現役時代あのディスカースさんより強かったってのもとんでもない話だ。俺やちさきさんみたいに何か特別な力があったりするんだろうか。でもだったらアースにもう少し利用されててもおかしくないような気がするけど……。

 

「二人とも正座! 交際を認めないとまでは言わないけど不純異性交遊……、同性? どっちにしてもそういうことはまだ早ーい! 大人になってから!! それにエレファントちゃん、いくらなんでもお兄ちゃんに無理矢理迫り過ぎ!! お兄ちゃんも流されちゃ駄目でしょ!! 破廉恥なのは許しません!!」

 

 そういえば記憶を全部見られたから俺とちさきさんのことも、これからの俺が選ぶ未来も、全部バレてるのか。参ったな、戦ってるときはその辺のことにまで気をまわしてる余裕はなかった。

 

「なんなのこの子……? 術式なしでこの魔力……。まるでシステムに適合するために生まれたような適正……。しかも何で普通にここまで来れてるの……? 道理でアースがもたついてたわけだわ。この子の引退を待ってたのね」

「そこの妖精! あのバカ地球儀はどこ!? なんで素直に協力してくれって言わないかなぁ……!」

「黒幕気取りのあいつが非術師に助けてくれなんて言えないわよ」

「ひじゅつし……? また何か隠してるし! この際全部説明して!!」

 

 正座させられてる俺たちを放って何やら双葉はロウと言い合いを始めてしまい、俺とちさきさんは顔を見合わせて笑ってしまった。

 

 騒々しい双葉を見ていると、なんだかようやく、全部終わって日常が戻って来たんだなと実感できた。




カウントダウンを始めましょう。

最終話まで、あと3話。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。