タイラントシルフを散々着せ替え人形にして楽しんだ後、エレファントはシルフが着替えている隙に会計を終わらせた。実は試着の最中から裾上げなどの調整を店員に依頼しており、魔法の力であっという間に終わったそれらをシルフに気づかれないように素早く購入していたのだ。
「やっと終わりですか。長かったです……」
「ごめんね、長々と付き合わせちゃって。お詫びにこれ、受け取って欲しいな」
自分の暴走にシルフを付き合わせてしまっている自覚のあったエレファントは、謝罪代わりにと購入した洋服をプレゼントする。
暴走などしなかったとしても何かと理由を付けてプレゼントするつもりではあったため、むしろあれは暴走ではなく計画的な犯行であったともいえる。
「そ、そんな、もらえないです! 今日は私がお礼に付き合ってるんですよ?」
「どうせ私じゃサイズ的に着れないし、この店は返品不可だから受け取ってくれないと無駄になっちゃうなあ」
サイズの話は本当だが返品の話は嘘だ。というかそんなことは確認していない。だが、こういうの勢いが大事だとエレファントは考え、シルフが店員に質問したりしないよう畳みかける。
「私がそれを着てるシルフちゃんを気に入ったから、私が買ったの。また今度、その服を着て見せてよ」
「……っ、なおさら受け取れないです。私がエレファントさんにお付き合いするのは、今日だけですから」
「間違えた! シルフちゃんがその服を日常生活で使ってくれるとそれだけで嬉しいな! これは私の我儘だから! そうだ、ファンからのプレゼントだと思えばいいんだよ! 私シルフちゃんのファンだもん!! 推しが私のプレゼント使ってくれたらそれだけで嬉しいなー!」
一瞬方向性を間違えたエレファントだったが、即座に舵をとって軌道を修正した。
その余りにも必死な言いつくろい様に、シルフは思わず笑ってしまい、それくらいならまあいいかなと思わされてしまう。
「ふふっ、わかりました。服がなくて困ってたんです。ありがたく使わせて貰います」
「うん!! 写真を送ってくれてもいいよ!」
「それは嫌です」
マギホンを取り出して遠回しに連絡先の交換を要求するエレファントだが、笑顔から一転してばっさりと切り捨てられてしょんぼりと肩を落とす。
「次はどこに行くんですか? この服のお礼に私が払います」
「ちっちっち、年下にお金を出させるほど私は落ちぶれてないからね! 今日は全部私の奢り!」
「あ、ちょっと待って下さい」
年下にお金を出させるほど落ちぶれてないという言葉は深くタイラントシルフに突き刺さったが、何を言っても外見だけ見ればシルフの方が年下なのはたしかだ。シルフからエレファントへの罪滅ぼしの場ということもあり、強く推されれば断るに断れないという状況でもある。
シルフは友達になるつもりはないが、この借りはいつか何らかの形で返そうと心に決め、今日だけはエレファントの厚意を甘んじて受け入れることにした。
アパレルショップを出てエレファントが向かったのは、モールに併設された総合娯楽施設。その施設の1フロアを占領するカラオケ店だった。
「シルフちゃんはカラオケ来たことある?」
「ないです。生まれて初めて来ました」
慣れた様子で受付を済ませたエレファントは、伝票のようなものと透明なプラスチックのコップを二つ受け取るとシルフの質問に答えながら歩き出した。
「機種って何なんですか?」
「カラオケの機材にもメーカーごとの違いがあるの。まあ基本的にトップ2のどっちを使うかって話なんだけど、あんまり気にしなくて良いよ」
「カラオケって歌を歌うんですよね? マイクは受付でもらえないんですか?」
「このお店は部屋に置いてあるんだと思うよ。受付で貰えることもあるからお店次第なんじゃないかな。あ、ドリンクバー付けたから部屋に行く前に入れちゃおっか。ドリンクバーって知ってる?」
「むっ、それくらい知ってます。ファミレスとかにあるやつですよね」
一般常識レベルの知識をドヤ顔で披露するタイラントシルフ。その姿にエレファントの内なる獣が目覚めかけたが、なんとか理性で抑え込むことに成功する。
「あれはなんですか?」
「コスプレ衣装だよ。私はやったことないけど、コスプレして歌う人もいるらしいよ」
初めてのカラオケということで忙しなくキョロキョロと周囲を見ているシルフはまるでお上りさんのようだった。
ふと悪戯心の芽生えたエレファントが、ドリンクバーの機械の前でシルフにこそこそと耳うちをする。
「カラオケ店のドリンクバーは最低でも5杯以上飲まなきゃいけないってルールがあるんだよ。ほら、ワンドリンク制みたいな感じで」
「えぇ? でもドリンクバーなら何回飲んでも値段は一緒ですよね? それって何の意味が?」
「この飲料会社の広告みたいなものらしいよ。だから何回も利用してもらうとお店としてもお得なんだって。このコップでどれくらい飲み物が注がれたかわかるようになってるんだよ」
「そうなんですか。最近はコップ一つもハイテクなんですねぇ」
エレファントから手渡されたプラスチックのコップをまじまじと見つめるタイラントシルフ。一見するとただのプラスチック容器にしか見えず、そんなハイテクな機能があるようには見えなかった。
一方、まるで機械に疎いお祖母ちゃんのような反応を示すシルフがツボに入り、笑いを堪えるためにエレファントは肩を揺らしていた。
「エレファントさん? どうしたんですか?」
「ふー、ふー、う、ううん。あ、今の話嘘だよ」
「……え? ど、どこからが嘘だったんですか? あ、回数はこのコップじゃなくてこっちの機械ではかってるんですか?」
「5杯以上飲まなきゃってところから嘘」
「なっ! 全部嘘じゃないですか!」
「ごめんね! 純粋に信じてくれるからつい、ね。許して?」
ぷりぷりと可愛らしく怒りをあらわにするシルフに謝り倒し、なんとか許してもらえたエレファント。
「これはなんですか?」
「デンモクっていう機械で、これを使って歌を探したり、曲を流したりするの」
部屋についたシルフが見慣れない機械について質問すると、エレファントは今度は嘘じゃないよと証明するように使い方を実践しながら教えていく。
「いまさらですけど人前で歌を歌うのなんて恥ずかしいです……。私は聞いてるだけじゃ駄目ですか?」
「うーん、出来れば1曲だけでも歌って欲しいけど、無理強いはしたくないし……」
人前で歌うのがどうしても無理だという人は一定数存在する。学校でみんなで歌う合唱などとは違い、一人で歌うというのは人によっては勇気のいる行為だ。エレファントも誰しもがカラオケ好きじゃないということは理解している。
「そうだ! じゃあ一緒に歌おっか! それなら恥ずかしくないよね!」
「う……、まあ、それなら……」
期待のこもった眼差しで見つめられ、断り切れず流されるようにシルフは頷いた。
「シルフちゃん、何かこれなら歌えそうって曲ある? あ、これとかは?」
「知らない歌ですね。よく考えると、私あんまり歌には詳しくないです……」
「そっかぁ、このランキングとかでわかる曲とかはあるかな?」
デンモクに表示されているランキングには、最近流行りの歌と思わしき曲名がズラリと並んでいた。
しかし最近ではテレビすら見なくなったシルフには、どの曲も見覚えがない。
「あっ」
困ったなと思いながらランキングをスクロールしていたシルフは、かなり下の方に見覚えのある曲を見つけ声をあげた。
「どれどれ……。これ、結構古い曲だね。15年前くらいに流行った奴だよね? お父さんが世代だったから私も知ってるけど、シルフちゃん良く知ってたね」
「わ、私も父が世代で……」
「そっか! じゃあこれ、歌おっか!」
「わ、ま、まだ心の準備が」
「大丈夫大丈夫! こういうのは勢いが大事だから!」
マイクを持って緊張したように固まっているシルフの肩に腕を回し、エレファントは曲が始まると同時にノリノリで、あえて大声を叩きつけるように歌いだした。上手に歌おうとなんかしなくて良い。ただ、大きな声で一緒に歌うだけで気持ちいいんだとシルフに伝えるように。
そんなエレファントに触発され、最初はか細い声だったシルフも段々と声量が上がってくる。歌いなれていないからか、聞き惚れるような上手さというわけではないが、致命的に音を外しているわけでもない。これなら、あとは慣れてしまえば大丈夫だとエレファントは判断し、徐々にシルフの歌い方に合わせていく。
一曲が終わるころには、人生初カラオケとは思えないくらい普通に二人で歌えていた。
「ね! 楽しかったでしょ!」
「そう、ですね。少しだけスッキリしたような気がします」
照れくさそうに顔を背けて頬をかくシルフだが、エレファントはしっかりと見ていた。笑顔で楽しそうに歌っているシルフのことを。
「じゃあ、次の曲行こう!」
「も、もうですか!? かなり体力を使ったのであと10分は休憩したいです」
「そ、そっか。じゃあとりあえず私一人で歌うからシルフちゃんは聞いてて。もし入れそうだったらシルフちゃんも歌っていいからね」
シルフちゃん体力ないなー、と思いながらも言及はしないエレファント。魔法少女に変身している以上、実際にはもっと体力があるはずだが、初カラオケということで戦いとは違う精神的な疲労もあるのかもしれないと忖度してくれていた。
それから、エレファントの歌声にシルフは感心しつつ、時に混ざってデュエットを行いながら二人は二時間ほど楽しんで店を後にした。