魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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epilogue 魔法少女タイラントシルフ

 あの決戦の日からそれなりの時間が経ち、季節は冬、12月24日。

 二学期最後の登校日であり、終業式を終えた私は吹き付ける冷たい風に身体を震わせながらいつもより少し量の多い荷物を持ち、真新しいランドセルを背負って帰路についていました。

 ちさきさんと一緒に買いに行った子供用のコートとマフラー、それから手袋のおかげで大分軽減されてはいますけど、それでも寒いものは寒いです。もっとずっと昔、私が少年だった頃は子供というのは寒い中でも元気いっぱいというイメージがありましたけど、実際自分が改めてその立場に立ってみると子供だからみんながみんな風の子だとは限らないのだと思い知りました。

 あるいは精神性の問題なのでしょうか。翠練第一小学校四年三組の水上良、それが現在の私を現す肩書と名前ですけど、実はほんの一年前まで私はれっきとした成人男性で、社会の歯車としてひーこら言いながらも生活していたのです。そんなくたびれた大人の精神を持っているのが、寒さに負けて怠けてしまいたくなる理由の一つなのかもしれません。

 

「ただいま」

「はーい、おかえり。わ、大荷物だね」

 

 寒さに耐えきり何とか我が家にたどり着いた私が、この家の主に聞こえるように少し声を張ってそう告げると、ラフな格好をしたブロンドヘアにアメジストの瞳の成人女性、水上双葉が出迎えにやってきて私の荷物を持ってくれました。

 

「ありがとうございます、双葉」

「もー、何回言ったらわかるの良ちゃん? 双葉お姉ちゃんでしょ?」

「私は今でもお兄ちゃんです」

 

 今の戸籍上双葉は私の叔母ということになってますけど、本来の関係性で言うなら私は兄で双葉は妹です。100歩譲っても私が姉です。

 あの決戦の日、確かに私は今のこの姿で、10歳の女の子として生きていくことを決めましたけど、だからと言って双葉と違う関係性でやり直すつもりではありませんでした。例え女の子になったとしても、これまでの私が、水上良一として生きて来た30年分の私が消えてなくなってしまうわけではないんです。女の子になったとしても私は双葉の兄なんです。けれどなにやら双葉は私が女の子として生きていくつもりだということを知って勝手に妹判定していたみたいです。

 

「良ちゃんは強情だなぁ」

「私のセリフですよ」

 

 もはや何度繰り返したかもわからないやり取りであり、双葉も本気で矯正しようなどというつもりはないのか、それ以上の追及はありませんでした。

 

「それにしても、良ちゃんが学校に通い始めてからもう一か月近く経つんだね。冬休みはお友達と遊ぶ約束とかあったりするの?」

 

 アースに代わって魔法局長に就任した理の最高位妖精ロウに対し、私は女の子として生きていくための手助けをして欲しいと願いました。ロウはそれを快諾し、戸籍の改竄や出生記録・経歴の捏造など、一人の人間を新たに社会へ放り込もうとする際に凡そ生じるであろう問題を全て解決して、肉体年齢に合わせて小学四年生の女の子として再スタートする道を用意してくれたのです。

 魔法少女として活動していた時はいつか元の自分に戻るつもりだったので学校なんて行く意味も必要もないと思っていましたけど、これから水上良として生きる上では逆に学校へ通わない理由がありません。学力的には不必要かもしれないですけど、一般的な経歴として義務教育すらも受けていないような人間は大変な苦労をすることになるでしょう。学力や一般常識を身に着けるためではなく、水上良という人間が小学校を卒業し、中学校を卒業し、そして高校を卒業したという経歴を得る必要があるのです。

 まあ、ロウに頼めば実際には通わなくても高校や大学を卒業したと言うことには出来るかもしれませんけど、そういう自分の努力でどうにでも出来ることまでロウに頼ってはいけないと思います。

 

 私はこれから先、水上良という一人の人間として生きていくのですから、自分の人生には自分で責任を持たなきゃいけません。

 

「クリスマスパーティーをするそうで、気を遣ってくれたのか一応招待してもらってます」

 

 それに学校は人と人のコミュニケーションや集団行動を学ぶ場でもあります。一度目の私は、あの忌々しい地球儀のせいでそんなことすら満足にできませんでしたけど、奴の呪縛から逃れた今、それもちゃんとやり直すべきです。

 

「良かったね! そっかそっかクリスマスパーティーかぁ。プレゼント交換とかするの?」

「みたいです。プレゼント選びはこれからちさきさんに手伝ってもらいます」

 

 なにせクリスマスパーティーやプレゼント交換なんてものは初めてなので、失敗をしないようちさきさんにも手伝ってもらうことにしました。私よりちさきさんの方が10代の子の感性には詳しいでしょうし、それに元々今日は二人で一緒に遊ぶ予定でしたから。

 

「絶対今日中に帰ってくること。いかがわしいことはしないこと。いいね?」

「そんなに何度も言わなくてもわかってますよ」

 

 暗に今日はちさきさんとデートであるという旨を伝えると、さっきまでニコニコしていた双葉が唐突にスンと真顔になって平坦な声で言い含めるように何度も聞いた言葉を告げてきました。

 あの決戦の際、お互いの記憶を共有し私がかなり強引なアプローチで恋に落とされたことを知って警戒しているようでした。一応ちさきさんから正式な報告を受けて交際は認めているらしいので、ちさきさんのことが嫌いと言うわけではないみたいですけど……。というか、私の事情を知ってるなら元は大人である私のことより、私がちさきさんに変なことをしないように忠告するのが普通だと思います。

 

 水上良として新たな人生を送るということは、水上良一としての人生は閉ざされるということであり、一人暮らしをしていた時の家にいつまでも居座り続けることは出来ないということになります。そこで双葉は私の保護者の役割をすること提案してくれて、私は双葉の家に迎え入れられることとなりました。今の私は水上良一の娘と言うことになってるので、親戚にあたる双葉が保護者というのは世間的にも疑問を抱かれない良い隠れ蓑だったのです。

 それ自体は凄く感謝してますし、双葉とまた仲良く一緒に暮らせるのは私も嬉しいんですけど、この過保護さだけはどうにかして欲しいところです。

 

「うーん、でもクリスマスイブかぁ。一般的には恋人たちの夜……。やっぱり良くないんじゃ……」

「わ、私もう行きますね! お昼はちさきさんと食べますから!」

「あ、ちょっと良ちゃん!」

 

 集合時間まではまだ時間がありましたけど、このまま家に居ると双葉の気が変わって聖夜のデートなんて認めないとか言い出しかねないので、私はそれだけ伝えて荷物を自分の部屋に放り込み、逃げるように家を出ました。

 

「尾行……、でも、良ちゃんに嫌われたくないし……」

 

 その気になれば雷神の魔法を使える双葉をまくのは不可能なので、双葉が変な気を起こさないよう祈るしかありません。

 

 

 

・  ・  ・

 

 

 

 せっかくのクリスマスイブなんですから、ほんとはもっとオシャレしてちさきさんを喜ばせてあげたかったのに、そんな余裕がなかったせいでいつものお出かけと変わらない恰好になってしまいました。

 別に、双葉が懸念してるようなことなんてないんですから、あんなに神経質にならなくても良いと思うんですけど……。

 

 期せずして時間に余裕ができてしまったので、私はゆっくりと歩いて町の風景を眺めながら待ち合わせ場所を目指すことにしました。双葉の家は咲良町とそれほど離れているわけではなく、まあ普通なら電車を使いますけど歩けない距離でもありませんから。

 

 ディスト氾濫による被害は全国各地の至る所で生じていて、それは双葉の暮らすこの翠練町も例外ではありません。この辺はまだマシみたいですけど、それでも倒壊した家屋や亀裂の入った堀などが目につきます。

 

 そして何より目立つのは、天を突かんとばかりに聳え立つ塔です。あの塔は最終決戦の前までは存在しなかった建造物であり、戦いが終わり、私とちさきさんが異世界を押し戻した後、いつの間にかそこに出現していたのです。

 そんな正体不明の建物はこの翠練町だけではなく世界各地で発生しており、その数は未だに増えているのだとか。私は内部に入ったことはないですけど、無謀というか勇気があるというか、とにかく中に侵入してみた人曰く、そこは「ダンジョン」なのだそうです。

 ゲームやファンタジーに興味がない人にはあまりピンとこないかもしれませんけど、逆にそうした文化に親しみのある人にとっては当たり前の概念。

 

 あれはまさにその概念を具現化したような、中には凶悪なモンスターが蔓延り、同時にお宝が眠る、そして強大な力を手に入れられる場所なんだとか。

 

 実を言うと、そんな普通ならばありえないと断じられるような、フィクションの中でしかありえないと思えるような不可思議な事象は、件のダンジョンだけではなく世界中の様々な場所で、様々な形で発生しているらしいです。

 

 いわく、突如超能力に目覚めエスパーとなった。

 いわく、町中に突然モンスターが現れて人間を襲い始めた。

 いわく、一般的に超能力や魔法と呼ばれるものとは全く違う特殊な異能を手にした。

 いわく、悪魔に取りつかれその力を振るえるようになった。

 いわく、停滞していたはずの様々な技術研究が目を見張るほどの進捗を見せ始めた。

 いわく、獣のような耳や尻尾が生えた。

 いわく、髪色や瞳の色、肌の色や肉体の形状が、一般的なそれとは違うものに変化した。

 いわく、朝起きたら性別が変わっていた。

 

 などなど、他にも様々な噂がネットやテレビを通じて実しやかに囁かれていますが、ロウに聞いたところによれば少なくとも今列挙したものは全て事実らしいです。なんでも、異世界があまりにも近づきすぎたことで世界の法則が乱れ、混沌としているのだとか。

 

 人類社会は現在進行形で大混乱に陥っていますけど、それでも学校や会社というものは簡単に止まってはくれないようで特段休学になることもなく私は終業式を迎えたわけです。

 例えば世界的なパンデミックが起きたとして、きっとその危険性を何となく認識していながらも、実際に問題が出始めるまで人々は自分には関係がないことのように感じているのでしょう。

 世界の法則が乱れたことによって生じたいくつもの混沌は、けれど人類に害をなすものばかりというわけではなく、むしろうまく扱うことが出来れば更なる発展と繁栄をもたらす可能性もあるのです。

 まあ、世界中の国々がどう考えて今後どう動こうとしているのか、今何をしようとしているのかなんて私にはわかりませんけど、この混沌は私たち魔法少女にとっても追風となりました。

 決戦が終わった当初、どういうわけか現実に被害が出たことの責任を魔法少女に求める声が一部から上がっていました。もちろんそれはごく一部の声が大きいだけの雑音に過ぎなかったのでしょうけど、一方で魔法少女と言う存在への疑問や好奇心、そして決して良いものばかりはない興味も集めてしまっていました。けれど世界中が混沌に包まれたことによって、人々の興味は分散していったのです。

 

 きっとこれからの世界は今までとは全く違ったものになるんだと思います。

 けれど今の私には、この混沌とした世界を生き抜く力と意思があります。

 魔法少女の力は手放してませんし、今は宝物庫を通さずに自力で魔法を使う訓練もしてます。

 もしも混沌が火の粉となって襲い掛かろうと言うのなら、その時は払いのけてやるだけです。

 

 当初は時間をかけて魔法少女の大半を引退させる方針だった魔法局も、こうなって来てしまうと流石にそうも言っていられないらしく、当面の間希望する魔法少女には自衛の手段として宝物庫の鍵を預けたままにする予定のようです。ただしあくまでも自衛のためのなので、ディスト討伐と違って混沌を払いのけても報酬は出ないみたいですけど。

 

 私含め、魔女も一人を除いて全員が現役なので、万が一ロウたちの手が回らないような状況になったとしても、そう簡単に世界が混沌に呑み込まれるようなことはないでしょう。

 最強の魔法少女であるレイジィさんがいればより確実だったのですけど、彼女は異世界との衝突を回避したあといつの間にか忽然と姿を消してしまっていました。ちさきさんから聞いたところによると、なんでも彼女はただの魔法少女ではなく、私に酷似した外見をしていたそうです。私の暴走を収めるのに一役買ってくれたり、エレファントさんに力を貸してくれたりと、悪い人ではなかったのだと思いますけど、一体何者だったのでしょう。今となっては本人に聞くことも出来ません。

 

「……あれ?」

 

 町のそこかしこに見られる混沌の形跡を探して、考え事をしながら歩いているといつの間にか目的地、集合予定地の駅についていました。

 時間はまだ1時間ほどあるはずで、どこかで時間でも潰そうかと思ってキョロキョロと視線を彷徨わせたところで、思わず声をあげてしまいました。

 

「ちさきさん?」

「わっ、良ちゃん。随分早いんだね。まだ結構時間あるよ?」

 

 待ち合わせの場所にはすでに、ちさきさんが待っていたのです。

 薄桃色の袖が膨らんだニットにクリーム色のロングスカート、頭には白のベレー帽を乗せて、水色のマニキュアをつけてます。

 

「私はちょっと、家を早く出なければいけなかったと言いますか……。ちさきさんこそ」

「あはは、良ちゃんとのデート、楽しみすぎて待ちきれなくて」

 

 ちょっと気恥ずかしそうに頬を赤らめて照れ笑いを浮かべるちさきさんは、めちゃくちゃ可愛いです。追い立てられるように家を出た私と違って理由まで可愛らしいです。私の恋人が可愛すぎます。

 

「ごめんなさい、折角のクリスマスイブなのに、私お洒落出来てないです」

「もー、なんでしょんぼりしてるの? 今日の良ちゃんもすっごく可愛いし、私が選んであげたお洋服を着てくれてるの、とっても嬉しいよ?」

「ちさきさん……。ありがとうございます」

「ほら、折角のデートなんだから一杯楽しも!」

「はい!」

 

 ちさきさんが私の手を取って駅の中へ向かおうとした、その時

 

「うわああああああぁぁぁぁ!?」

「モンスターだ!! モンスターが出たぁぁ!!」

「ホルダーは!?」

 

 突如として何もなかったはずの場所に身長1メートル程度の小柄な二足歩行の半透明な犬が6体現れました。あれは確か、コボルトゴーストでしたか? 世界にあふれる混沌の中で比較すれば大した脅威ではありませんけど、何の力も持たない人々にとっては簡単に自分を殺し得る大きな脅威です。

 ホルダーとは、混沌によるよらないにかかわらず、特異な能力を持つ者の総称として使われている俗称です。特別な力を使う者、ゆえに「持つ者(ホルダー)」。それは超能力者であったり冒険者であったり術師であったり悪魔憑であったり魔法少女であったりと様々です。

 

 まったく、せっかくのデートだというのに、あんなのに暴れられて電車が止まりでもしたら予定が狂ってしまいます。

 多少戦えるホルダーなら我先に名乗りを上げて力を見せびらかすように戦い始めるはずですけど、どうやら運悪くこの場にそのようなホルダーはいないみたいです。

 

「少しだけ荷物をお願いしても良いですか?」

「私も戦うよ」

「いえ、ちさきさんは見ていてください」

 

 大きな関心を寄せられたことで魔法少女への認識阻害は以前よりも大幅に効果を落としています。混沌によって興味が分散した後も、今までのようにとはいかず、魔法少女の存在に疑問を覚えさせないというほど強力な力ではなくなってしまったのです。けれど最も重要な部分である、正体が露見するリスクだけは変わらず徹底的に排除されています。

 

 だから必要のない心配かもしれないですけど、それでも私は、ちさきさんには戦わせたくない。

 

「天地悉く、吹き散らせ」

 

 強烈な突風が私の身体を包み込み、纏わりつき、されどそれは反抗ではなく恭順。かつては私を蹂躙しようと暴れていた風が、今は私を守るように激しく循環しています。

 

 今の私は借り物の力である宝物庫の魔法で無理矢理暴風を押さえつけているだけではなく、自らの力によってこの暴れん坊を従えているのです。

 

 さあ、さっさと終わらせてデートを始めます!

 

削り散らす竜巻(トルネードミキサー)!」

 

「ホルダー!?」

「いや、あれは……!」

「あの魔法は!!」

 

 以前よりも格段に精度の上がった竜巻で町への被害を一切出すことなくあっと言う間にモンスターの討伐を終えると、その場に居た人々の視線は宙に浮く私へと集まっていました。

 最終決戦の際、歪みの王・天蓋との戦いが終わるその時まで戦闘は生中継されていたらしく、止めを刺した私と双葉は随分と有名になってしまったようで、その視線からは恐れや不安ではなく羨望や憧憬、感謝のような感情が感じとれます。

 

「魔法少女タイラントシルフ!」




どうしても、最後にタイトル回収がしたかったのです。

ちょっと強引だったかもしれませんが、ヨシ!

ひとまずこれでストックが切れましたので毎日更新はここまでです。
これとは別にアースのその後やレイジィのその後、シルフちゃんの日常などをそのうち書きたいと思ってます。
他にもこんな後日談や閑話がみたいよというご要望があれば検討させていただきます(あまり期待はしないでください)。
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