カラオケの次はゲームセンターだった。
総合娯楽施設の一角に作られており、某オタクの町のゲームセンターほどではないものの、それに準ずるレベルの品ぞろえを誇るゲーマー魔法少女御用達のコーナーだ。
しかし残念ながら、今回のエレファントの目的は豊富なアーケードゲームではなくクレーンゲーム。元々ゲームセンターの筐体でゲームをすることに馴染みのないエレファントはクレーンゲームの景品を楽しそうに吟味していた。
「見て見てシルフちゃん! 象のぬいぐるみがあるよ! 可愛い!」
「可愛いのは可愛いですけど、こういうのって大体買った方が安いんじゃないですか?」
「もーっ! わかってないなーシルフちゃんは。こういうのは取るまでにかけた苦労の分だけ喜びが増してプレミア感が出るものなの! ぬいぐるみと一緒に思い出をとるの!」
夢のない発言をするシルフに今度はエレファントがぷりぷりと怒り、ムキになったエレファントはこの象のぬいぐるみを取れるまで連コインする羽目になった。
「うわー! なんでそれで取れないのー!」
「あとちょっと! あとちょっと!」
「今ボタン離した! ね! シルフちゃんも見てたよね! 今私ボタン離したよね!」
「ハァハァ、これで40ポイント分。4000円もかけてる……」
「お、お、おおおおおっ!! やった! やったよシルフちゃん! 取れたよ!」
1プレイごとに騒がしく一喜一憂するエレファントは時々チラチラと見知らぬ魔法少女から視線を送られていたが、まるで気にせずプレイに熱中していた。
シルフはそんなエレファントを少し離れて他人の振りをしながら眺めていた。
「あれ!? シルフちゃんどこ!?」
「ここですよ。エレファントさんがあまりにも騒がしいので少し避難してました」
「えぇ? ひどいよシルフちゃん……」
しょんぼりとしながら景品の象のぬいぐるみを抱きかかえるエレファント。
シルフはそんなエレファントを無視して、黄色の国民的大人気キャラクターが景品の台にマギホンをタッチした。
「あれ、シルフちゃんこのキャラ好きなの?」
「特別に好きではないですけど、エレファントさんがあまりにも楽しそうなので私も少しだけやってみたくなりました。このキャラクターならいらなくても買い取り手くらいつくでしょうし」
「えぇー、転売屋の卵だよ……」
「むっ」
エレファントの言葉に一瞬むっとしたシルフだったが、それ以上言いあってもしょうがないと気持ちを切り替えて台に向かい合う。
熱くなっているエレファントを遠目にしっかりと観察した。冷静に、的確にプレイすればこんなもの簡単だろうと高をくくり、ボタンを押した。
「なんでですか! なんであそこまで行って戻ってくるんですか!」
「もう少しのはずです! もう少し!」
「この台壊れてませんか!? 私ボタン離しましたよ!」
「ううぅ、もう40ポイントもかけてます。今更後に引けません……」
「あ、あ、ああああっ!! やりました! 取れました! エレファントさ、ん……」
途中から、代ろうかと声をかけるエレファントに結構ですと強がり、ポイント払おうかというエレファントにそれじゃあ意味がないですと拒否し、どんどん熱くなっていったシルフ。
エレファントはそんなシルフをずっと近くで見守っていた。それはもう生温かい目で、微笑ましいものを見るように見守っていた。
「ち、ちがいますからね。別に私は熱くなったりしてませんから。今のはエレファントさんの真似ですからね」
「うんうん、そうだね。そういうことにしておこうね」
自分の不利を悟り、これ以上何を言っても無駄だと無言で景品を袋に詰めるシルフ。
エレファントはそんなシルフを見て、あることを思いついた。
「シルフちゃん、良かったらこの景品とシルフちゃんの景品交換しない?」
「え、なんでですか?」
「思い出作りだよ思い出作り。だってシルフちゃんが付き合ってくれるの今日だけなんでしょ? じゃあ今日の思い出になるようなものが欲しいなぁ」
「その象のぬいぐるみじゃ駄目なんですか?」
「自分でぬいぐるみ取るなんていつでも出来るからね!」
「そうですか。別にいいですけど」
転売屋と言われたことを気にしていたのか、シルフは素直に交換に応じた。
「じゃあこの象さん、私だと思って大切にしてね!」
「変なこと言わないでください。押し入れに入れておきます」
「ひどいよ!」
エレファントのリアクションを見て、シルフは楽しそうに笑う。
それからエレファントはいくつかの景品を手に入れたり諦めたりしながら、荷物が一杯になったところでクレーンゲームを切り上げた。
「転送サービスは使わないんですか?」
「結構ポイントかかるからね。持ち歩ける物は持って帰るよ」
そうは言ってもシルフの目には結構な量のように見えたが、エレファント的には大して苦でもないようだった。
「そうだ! 折角ゲームセンターに来たんだし、プリクラは撮って帰りたいよね!」
「思い出の品ならもう一杯お持ちじゃないですか」
「それとこれとは話が別だよ!」
あきれた様子のシルフを引き連れ、エレファントはプリクラの撮影機に入る。ゲットしたばかりのぬいぐるみを抱え、人数やフレームを選ぶと撮影が始まった。
慣れた様子でぬいぐるみを抱えながらポーズをとり、笑顔を浮かべるエレファント。
それに対してシルフは、直立不動で象のぬいぐるみを抱えながら緊張した表情をしていた。
「シルフちゃん、そんな身構えなくていいから。ほら、私の真似して」
「そ、そんなこと言われてもですね……」
片手でぬいぐるみを抱えながらあごの下でピースをしたり、ぬいぐるみを抱えた両手でハートマークを作ったり、エレファントは次々と可愛らしいポーズで撮影をこなしていくが、シルフはそんな可愛いポーズは出来ないと言いたげに、むすっとした表情を浮かべるのが限界だった。
撮影が終わり落書きブースに移動すると、案の定そこにはチグハグな二人の姿が写っていた。
「こういうのも味があっていいよね~」
「面目ないです……、って何書いてるんですか!?」
ズッ友、親友、などという落書きに始まり、メッセージアプリNINEでの友人間のやり取りを模した落書きなどもあり、とにかく友達という設定に拘った落書きばかりをエレファントは書き加える。シルフは何を書けばいいのかわからず、されどこのような遊びでムキになって落書きを消すことも躊躇われ、何もできずに時間は終わってしまった。
コマ割りなどを選択した後は外で印刷されるのを待ち、無事印刷されたものを見てみると、とても友達同士のプリクラとは思えない表情で写っているにも関わらず落書きはやたらと友人関係であることを主張する奇妙なプリクラが出来上がっていた。
「あははははは! これ面白いよ!」
「恥ずかしいです。プリクラなんて二度とやりません……」
どうして流されてしまったのかと自己嫌悪に陥るシルフをエレファントが慰める。誰でも最初は初心者なのだから落ち込むなと。
別に可愛らしく写りたいわけではないシルフからすれば余計なお世話だった。
・
ゲームセンターを出ると15時を過ぎたころであり、エレファントはちょうど良いと言ってシルフをベンチに待たせ一人でどこかに行ってしまった。
待っている間とくにやることもなく暇をしていたシルフだが、ただじっとしていると嫌なことを思い出してついため息が出てしまう。
「はああぁぁ」
「あはは! おっきい溜息だぁ! 幸せ逃げちゃうよぉ?」
俯いていたシルフが顔を上げると、そこには黒髪ツーサイドアップの足元まで真っ黒なローブに身を包んだ少女が立っていた。ローブの中は暗闇になっていて見ることがかなわず、露出している顔以外は全てが真っ黒だ。一目見て、シルフは中二病の塊みたいな人と感じた。
「どちらさまですか?」
「えー? あたしのこと知らないのー?」
黒曜石のように美しい瞳がシルフの目をのぞき込み、よく見てと言いたげに顔を近づけてくる。
この状況に、シルフは少しだけ既視感を感じていた。
「申し訳ないですが私は新人なのであまり魔法少女に詳しくないんです。その口ぶりから察するに、あなたは魔女ということですか?」
「ピンポンピンポーン! だいせいかーい! 知らないならしょうがないよねぇ。あたしはレッドボールちゃんでーす! 重力の魔女なんて言われてるよぉ。よーく覚えてねぇ、あはは!」
「ええ、よく覚えました。失礼ですけど、私は今人を待ってるので用事がないならもう行ってくれないですか?」
「用事なんてないよぉ! バイバーイ!」
「さようなら」
唐突に現れ嵐のように去っていた少女の後姿を見つめ、魔女は変な人ばかりですねと再度溜息をつくシルフ。よくみると、去っていったレッドボールが今度は違う魔法少女に絡んでいるのが見える。用事がないというのは本当だったのだろう。誰彼構わず話しかけているようだった。