魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-6 デート④

 レッドボールの姿が見えなくなったころ、逆方向からエレファントが駆け足で戻ってきた。

 

「お待たせシルフちゃん! おやつ、どっちが良い?」

 

 戻ってきたエレファントはバニラとチョコの二つのソフトクリームを持っていた。

 

「あの、どちらでも大丈夫です。すみません、さっきから払ってもらってばかりで……」

「今日は奢りって言ったでしょ! 気にしなくていいの! どっちでもいいなら半分こにしよっか!」

「ありがとうございます。いただきます」

 

 エレファントからバニラのソフトクリームを受け取ったシルフは、お礼を言ってから深く考えもせずに口をつけてしまった。その直後、半分こという言葉の意味に気が付いて硬直する。

 

「は、半分こって言うのは……」

「んー! 冷たくておいしー! じゃあバニラも一口もらうね!」

「待っ!」

 

 シルフが制止するよりも早く、エレファントはシルフの持つ、食べかけのソフトクリームに口をつけていた。それを見たシルフは、青い顔をしてあわあわと狼狽えだす。

 

「だ、だめですよこんな、こんなのか、か、間接ですよ!」

「あれ? もしかしてシルフちゃん回し飲みとか駄目だった? ごめんね気づかなくて。汚いよね」

 

 シルフの過剰反応に、興奮を示すのではなくしょんぼりとした様子のエレファント。

 エレファントのことを傷つけてしまったと勘違いしたシルフは、うまい言い訳を思いつかず、エレファントを慰めるためについ本音をさらけ出してしまう。

 

「ち、ちがっ! 私が汚いからです! 私の食べかけなんて食べちゃダメです! 絶対後悔します!」

「なーんだ、じゃあ大丈夫だね」

 

 落ち込んだ様子はどこへ行ったのか、ケロッとした様子で急に元気なったエレファントは、もう一口とあえてシルフが口をつけていた部分を舐める。

 

「汚くなんてないよ。ほら、シルフちゃんも舐めて」

「だめ、だめなんです。それは、だめなんです」

 

 エレファントから差し出されたソフトクリームを前に、怯えた様子で左右に首を振るタイラントシルフ。その尋常じゃない様子に流石にこれ以上は無理だと察したエレファントは、大人しく差し出していたソフトクリームを引っ込めて自分で舐め始めた。

 

「ごめんね、無理言っちゃったみたいで。半分こはやめよっか」

「……すみません、空気が読めなくて。でも駄目なんです」

「気にしなくて良いよ。誰にだって人に言えないことはあるもん。ほら、溶ける前に食べて食べて」

「……はい」

 

 それまでの楽しかった空気が完全に霧散して、二人の間には気まずい空気が流れていた。

 だが、そのことをエレファントは後悔していなかった。会話の途中で、この半分こがシルフにとっての地雷であることはわかった。それでも引かずに踏み抜いたのは、そうすることでシルフのことを助けたいと思ったからだ。

 

 今の一連の会話で、エレファントは薄っすらとだがシルフの抱えている事情がわかったような気がした。

 

(多分、いじめかな。シルフちゃんは自分の容姿が人並み外れてることはわかってるみたいだけど、それを誇ったり嬉しそうにしたりしない。人と違うことがコンプレックスなのかも。汚いとかって言ってたから、もしかして菌扱いされたりとか……っ!)

 

 エレファントはシルフに気づかれないようにギリギリと奥歯を噛み締める。

 こんな可愛らしい少女をいじめて、自分で自分が汚いと思うようになるまで痛めつけるなんて、温厚なエレファントでもとても許せない行いだった。

 自分と関わるなというのは自己防衛のためか、あるいは関わろうとする人間を守るためか。

 どちらもあるのだろう。他人を恐ろしいと思いながらも、傷つけたくないと思える優しい女の子。

 

 いますぐにシルフのことを抱きしめて思う存分甘えさせたい気持ちで一杯になった。けれど、今それをしても怖がらせるだけかもしれないという危惧もある。

 それに、ここまでのことは全てエレファントの推測でしかない。もう少し、何か確証があるか、もしくはシルフが直接助けを求めてくれれば、エレファントだって迷わずに動くことができるのに。

 現時点では、ただの勘違いであるという可能性も捨てきれないのだ。

 

 事実、すべてエレファントの勘違いなのだが。

 

 エレファントは悔しさで胸がはち切れそうだった。普段の押しの強さは自覚しているが、ここぞというところで踏み出しきれない自分に、頼りがいのない自分に。

 激情を抑え込み、努めて冷静に会話を続けるエレファント。

 

「シルフちゃんは、休日って普段なにして遊んでるの?」

 

 気まずい空気を打ち破るように、ソフトクリームを舐めながら世間話を始める。

 

「え? 普段はゲームを……、あっ、いえ、友達の家で遊んだりとか、ですね」

 

 会話が途切れて油断していたシルフは、つい本当のことを口走ってしまうが、年相応の少女の趣味ではないと気が付き慌てて軌道修正する。

 

「そっか、友達は大事だよね~」

「は、はい、そうですね」

 

 穏やかに笑うエレファントを見て、何とか誤魔化せたかと一息つくシルフ。

 対照的にエレファントの心情は筆舌に尽くしがたいものだった。

 誤魔化せたわけがない。普段はゲームをやっているということは勿論ばれている。

 

 エレファントはその答えを聞いて、余計に誤解を深めることとなった。

 ゲームならば、友達がいなくても一人でも遊べる。だけど、自分を心配させないためにわざわざ友達の家で遊ぶなんて言いなおした。

 エレファントはそう解釈した。

 

「学校は楽しい?」

「……もう、私の話は良いじゃないですか。まだどこかに行きますか? それとも帰ります?」

 

 その答えを聞いて、エレファントは確信を持った。

 学校のことは思い出したくもないのだと。誤魔化すこともできないほどに、辛く苦しいのだと。

 実際には、これ以上突っ込まれてボロを出すのをシルフが嫌がったというだけの話だが。

 

「そうだね……、最後に、あそこに行こうか」

 

 エレファントが指さしたのは、ショッピングモールの外にある観覧車だった。

 

 

 

 

 

 

「観覧車なんて初めて乗りました。結構揺れるんですね」

「あはは、もしかたら落ちちゃうかもね」

「えっ!? ……あ、さてはまた嘘ですね! もう騙されませんよ!」

「ごめんごめん、シルフちゃんがあんまり簡単に騙されるから可笑しくって」

「まったくもう!」

 

 ぷりぷりと怒った様子を見せながらも、どこか楽しそうなタイラントシルフ。その姿はこれまでに戦いの中で見てきた冷たさを感じさせる魔法少女とは全くの別物で、年相応の少女のようだった。

 

「ねえ、シルフちゃん」

「はい? なんですか?」

「私、今日一日すっごく楽しかった。付き合ってくれてありがと」

「な、なんですか急に改まって。どういたしまして……」

「シルフちゃんはどうだった?」

「え?」

「今日、楽しかった?」

 

 ゆっくりと登っていく観覧車の中で、ギシギシと揺れる音だけが響く。

 答えを待つエレファントの表情は、今日一番の真剣さで、とても冗談やからかいで聞いているようではなさそうだった。

 

「べ、別に、私は魔法少女と馴れ合うつもりはありませんから。楽しくなんて……」

「シルフちゃん」

「う……」

「この答えが、お礼の最後だと思って答えて欲しいな」

 

 顔を赤らめながら照れ隠しのようにそっぽを向いたシルフに対して、エレファントは静かに、まっすぐに、正直に答えて欲しいと告げる。

 今朝、シルフの前で見せた大げさな痛がり方が嘘であったことはシルフもとっくにわかっている。だから、お礼のことを持ち出されたからと言って素直に従う必要もない。

 ただ、それでも、今日だけはエレファントの気持ちを裏切りたくないという想いがシルフにはあった。

 

「あの、その、友達にはなれないですけど、……今日は楽しかった、です」

「そっか。嬉しいな。シルフちゃん、こっちに来て」

 

 しどろもどろになって、それでも本音で答えたことを褒めるように、エレファントはシルフを隣の席に座らせて頭を撫でた。

 

「あ、あの、これはどういうことでしょうか?」

「ねえ、シルフちゃん。怖かったよね?」

「……え?」

 

 されるがままになっていたシルフの体が硬直する。まるで図星を突かれたように。

 エレファントは構わず頭を撫でながら続ける。

 

「シルフちゃんはまだ魔法少女になったばっかりで、それなのにとっても強くて、だから負けたことなんて今までなかったよね」

「……はい」

「だから、わけわかんないディストにいきなり負けちゃって、死んじゃってたかもしれないって思ったら、怖くなっちゃったんだよね?」

「……っ」

 

 今日の一連の出来事で、シルフがいじめを受けている可能性に気が付いたエレファントだったが、それは昨日今日始まった話ではないはずだ。

 にも拘わらず、これまで普通に魔法少女として振舞っていたタイラントシルフの様子が急におかしくなった。この切っ掛けが日常的ないじめではなく、つい先日の敗戦にあると気が付くのにそう時間はかからなかった。

 

「わかるんだ。最初は私も怖かったもん。負けて、体が動かなくなって、もう駄目だって、死んじゃうんだって思った。それでも何とか助かって、だけど戦うことが怖くなって、戦える自分が怖くなった」

「なら、どうしてですか……?」

 

 今日の朝、シルフはエレファントから魔法少女は助け合うのが当たり前という言葉を聞いた。口で言うだけならば簡単であろうその言葉を、実際に自分を助けるために格上の敵に立ち向かった少女が口にした。

 エレファントは死んでいてもおかしくなかった。戦いが始まればその恐怖だって消えて、戦えてしまう。

 

 シルフは、そんな恐怖すら感じず、世界のために戦える存在こそが本物の魔法少女なんだろうと、エレファントはそういう存在なんだろうと理解した。

 そうでなければおかしかった。

 

「どうして私を助けてくれたんですか? 私はあなたに酷いことを言いました。優しく話しかけてくれたあなたに、二度と関わるななんて偉そうに。拒絶されることがどんなに辛いかなんてよくわかってたのに。私を見捨てたって誰もあなたを責めたりしませんでした。私なんて、あなたが命をかけて助けるような人間じゃないです。私を助けるのは当たり前なんかじゃないです。それなのに、大した怪我じゃなかったなんて嘘までついて、どうして……」

 

 恐怖を感じずに戦えるのなら、納得できた。

 エレファントが聖人のように慈悲深い人で、どんな人でもわが身を顧みずに助けられるのなら納得できた。

 だけど、そうじゃないならなぜ

 

「助けたいと思ったから」

 

 難しい理屈などエレファントにはいらなかった。

 

「怖いなんて言ってられないくらい、じっとしてなんていられないくらい、シルフちゃんを助けたかったから。その気持ちは本物だから、恐怖なんてあってもなくても関係ない」

 

「恐怖を奪われたって、シルフちゃんを助けたいと思った私は本物だもん。戦ってる途中で足が竦まないから、むしろラッキーかも」

 

 冗談めかして笑うエレファント。

 

「誰かを、何かを守りたいって、そう思ったから私は魔法少女になったんだ。だから、そのためなら私は戦える」

「……すごいです」

 

 心からの、純粋な賞賛だった。

 シルフには、これから先自分が戦い続けることができるのかわからなかった。

 

「無理しなくていいんだよ、シルフちゃん」

「え?」

「嫌ならもう、戦わなくても良いと思う」

 

 シルフは、エレファントが何を言っているのか一瞬理解できなかった。

 たしかにシルフはバロンクラスのディストに負けたが、それは相性の問題であり、双頭羊を倒したエレファントがシルフよりも強いというわけではない。

 自分がいなければ高ランクのディストが発生した時の対処に困るはず。だからエレファントは、自分を立ち直らせるためにこんな話をしているのだと思っていた。

 

「逃げるのが悪いことなんて、だれが決めたんだろうね? 辛かったら逃げていいし、悲しかったら泣いてもいい。立ち直れないなら、ゆっくり休めばいいと思う。魔法少女だけじゃなくて、私生活でもね」

「私……、私は……、逃げてもいいんですか……?」

 

 エレファントに身を委ね、されるがままに撫でられていたシルフが、救いを求めるようにすがりついた。

 

「怖いんです……うぅ、戦うのが、恐怖を奪われるのが、死んじゃうのが、ぐすっ、怖いでずっ……。本当はっ、私、戦いたくないでずっ」

 

 ずっと我慢していた涙が、あふれ出す。

 涙を流せば折れてしまいそうで、戦えなくなってしまえそうで、ずっとずっと我慢していた。

 戦わなければいけないから。元の姿に戻るため、この街を、世界を守るため、戦わないと駄目だから。

 

「もういいよ、シルフちゃん。よく頑張ったね。もう、戦わなくていいから」

 

 観覧車が地上に戻っても泣き続けるシルフをおんぶして、エレファントは病院への転移を開始した。

 

「シルフちゃん、辛かったら私を呼んでね。敵はきっと、ディストだけじゃないから」

「ぐす……はい……?」

 

 よくわかっていないがらも、エレファントの言葉には何か意味があるんだろうと解釈して頷くシルフ。

 

「連絡先は、袋の中に入れてあるから」

 

 今後シルフが欺瞞世界に出入りしないなら接触する手段がなくなってしまう。

 できればシルフのいじめについても自らの手で解決したいエレファントだが、学校というコミュニティで発生する出来事は外部の人間にどうこう出来るものじゃない。

 注意して表面上沈静化したとしても、時間をおいてまたいじめが再開、あるいは悪化する可能性もある。

 

 それに、そもそもシルフは魔法少女だ。力任せに解決しようとするのなら、自分の手で簡単にできてしまう。

 それをしていないということは、戦っているのだ。魔法少女としてではなく一人の人間として。

 なんと強い少女だろうか。魔法少女の力を悪用するような者もいる中で、まだ10歳程度の少女が己を律して戦いに身を置いている。

 もしかしたら、自分の出る幕なんて最初からないのかもしれない。

 

 だからエレファントは、シルフの逃げ場であることを選んだ。

 もしシルフがどうしようもなくて逃げだしたくなった時、その逃げ場所に自分がなると決めたのだ。

 

「現実から逃げ出したくなったら、ううん、どんなことでもいいから、気軽に連絡してね」

 

 もちろん、いじめなど受けていないシルフにはエレファントの意図はわからなかったが、それでもそこに優しさがあることを感じ取り、小さく素直にうなずくのだった。




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