魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-7 友達②

 黒い靄の塊で形作られた、100メートルを超える巨大な人型ディスト。

 巨大ディストがただゆっくりと歩くだけで、欺瞞世界の建造物や道路が崩壊していく。

 新型でもなんでもない、ディストの中では比較的戦いやすいと言われる人型のディストだが、それでもマーキスクラスともなれば決して侮ることは出来ない。

 その肉体の大きさはそれだけで凶悪な武器であり防具なのだから。

 

「飛翔する剣!」

「圧し潰す掌!」

 

 巨人の動線に重ならないよう、背後から二人の魔法少女たちが攻撃をくわえる。

 高速で撃ちだされた剣は巨人のアキレス腱に突き刺さり、圧力がさらにその剣を押し込んでいく。

 しかし、巨人の歩みは止まらない。二人の攻撃を歯牙にもかけず、何かを探すように歩き回る。

 

「くっ! 私たちじゃ火力が足りないわね!」

「自然系統の魔法少女がいればまだわかんないけどさー」

 

 崩壊を免れたマンションの屋上で、ブレイドとプレスが言葉を交わす。

 マーキスクラスのディストを相手に時間稼ぎすることが今回の役割だと聞いて、二人は難しいのではないかと考えていたが懸念は現実のものとなった。

 

 本来、魔法少女には格上のディストの発生は通知されない。いたずらに戦いを挑んで命を散らすことを防ぐためだ。

 しかし、マーキスクラスやデューククラスのように、万が一欺瞞世界を抜けて現実に現れた時、その影響が大きすぎるディストの場合は話が別だ。

 もちろん、それらのディスト発生をフェーズ1や2の魔法少女に知らせるのは、彼女たちに倒させるためではない。彼女たちの役割は、魔法界にとっての最大戦力である、第三の門を開いた魔法少女が到着するまでの時間稼ぎだ。

 とはいえ、時間稼ぎをしろと言われて簡単に出来るほど上位のディストも甘くはない。そもそも攻撃が通らず、そのうえでディストが欺瞞世界が偽物であることに気づいている場合、ディストは欺瞞世界を破壊して現実に侵攻することを優先する。

 上位ディストを相手に時間を稼ぐには、最低でもある程度のダメージを通せる程度の火力が必要となる。

 

 フェーズ1の魔法少女でも高火力の魔法を使える者はいるが、基本的に火力が高いのは自然系統の魔法少女だ。ブレイドとプレスのような創造系統や法則系統は、どちらかと言えば搦め手や妨害を得意としている。

 

「強きこと象の如く!」

 

 身体能力を強化する魔法を使ったエレファントが、崩壊した瓦礫を巨人に投げつける。

 時速にしておよそ200キロを超える豪速球は、ディストの肉体をほんの少しだけ削ることに成功したが、マーキスクラスが持つ再生ストックからすれば50メートルプールの水を一滴掬い取った程度でしかない。

 

 身体強化系の魔法を多く持つ生命系統の魔法少女は、フェーズ1に限って言えば自然系統に次ぐ火力を持っている。

 そんなエレファントの魔法を以ってしても、巨大ディストを止めることができない。

 いくつか瓦礫を投げ付けたエレファントが二人に合流すると、プレスは肩をすくめた。

 

「やっぱ近づかないと無理っしょ」

「……そうね。そもそも格上のディスト相手に、近接型の私たちが遠距離で牽制しようなんて無理があったわ」

「じゃあ私が最前線でかく乱するよ」

 

 身体強化魔法の恩恵で最も素早く行動できるエレファントが囮をかってでる。

 しかし、ブレイドとプレスはその提案をあっさりとはねのけた。

 

「小回りだけで言えばどんぐりの背比べじゃない。全員でやるわよ」

「賛成~」

 

 身体強化の魔法は、使用する魔法少女によって効果が大きく異なる。

 それは強化の幅もそうだが、強化される能力もだ。

 例えば、エレファントの象魔法は名前の通り象をモチーフにした身体強化魔法であり、膂力や頑丈さこそ大幅に強化されるものの、敏捷性や小回りは大して恩恵を受けない。

 エレファントの肉体強化はいわゆるタンク向きなのだ。

 

「ちょっと待つラン!」

 

 納得していないながらも、言い争っている時間はないと諦めたエレファント。

 三人がディストに向かって飛び出す直前、出鼻をくじくように空中に転移の魔法陣が出現し、中からジャックが現れた。

 

「今タイラントシルフを説得してるラン! 前線に行くなんて命を捨てに行くようなものラン! 落ち着くラン!」

 

 三人はジャックの近くにマギホンが浮いているのを見た。

 その画面は通話中になっており、発言から通話先の相手がタイラントシルフであることを理解する。

 そしてそれを理解した瞬間、まずはエレファントが動き出した。

 一拍遅れて、ブレイドとプレスが動く。

 

「なっ!? 何するラン!?」

「来なくていい!」

 

 ジャックの手からマギホンを奪い取ったエレファントが大声で語り掛けた。

 それを止めようとしたジャックは、ブレイドとプレスに取り押さえられ身動きが取れなくなる。

 

「シルフちゃんは、来なくていいから。私たちに任せて」

 

 それだけ言ってエレファントはマギホンを握りつぶした。

 

「ああっー!? ボクのマギホンが壊れたラン!?」

「私は言ったよね、ジャック」

 

 三日前の出来事を、エレファントは仲間やジャックに話していた。

 もちろん、シルフにとってプライベートな部分や人に聞かれたくないだろう部分は省いたうえで、タイラントシルフはもう戦えないかもしれないと。

 加えて、ジャックにだけは釘をさしていた。

 

 シルフちゃんが自分の意志で魔法少女に戻る時が来るまで、そっとしておいてほしいと。

 そうしなければ、戦いに負けるよりも先に心が壊れてしまうと。

 

 ジャックはそれを了承した。だからこれまでシルフに接触していなかったのだ。

 

「状況が違うラン! マーキスクラスのディストなんてタイラントシルフじゃなきゃ倒せないラン! 魔女の派遣だって遅れるラン! 本当ならここにはマーキスクラスを倒せる魔法少女がいるからラン!」

 

 そもそもなぜ、上位のディストが発生すると魔女が派遣されてくるのか?

 それは当然、魔女でなければその討伐が難しいからだ。

 つまり逆に言ってしまえば、その地域に上位ディストを倒せる魔法少女がいるのなら魔女の派遣など必要ないということになる。

 魔女が活動している地域に他の魔女を派遣しても意味がない。

 

 そしてタイラントシルフは、すでに一度マーキスクラスのディストを倒している。

 魔女が同行していたとはいえ、それがほぼタイラントシルフ単独の功績であったことを、魔法局は把握している。

 だからジャックの予想では、他の魔女が来るまでにそれなりの時間が必要となることは間違いなかった。

 現時点ではまだ、魔女の派遣要請すら通っていないだろうと。

 

「だったら来るまで持たせれば良いだけの話じゃない。単純明快だわ」

「戦いたくない子に戦わせるなんてさ~、マジ昭和か? って感じじゃんねー」

「これ以上シルフちゃんには背負わせないよ。私たちが、絶対に」

 

 軽口を叩きながらジャックを開放するブレイドとプレス。

 まるでこんなことは簡単だと言いたげに、気負いを見せず巨人を見据える。

 エレファントの宣誓と同時に三人が駆け出した。

 

「なんでラン? 世界を守るために最善の選択がどうして出来ないラン? 良一もちさきたちも理解できないラン」

 

 ジャックはその姿を、心底不思議そうに眺めて呟いた。

 

 

 

 

 

 

 接近戦に移行したことで魔法少女たちが鬱陶しくなったのか、あるいはそれまでは距離があったためにあえて見逃しただけだったのか、ディストの行動原理は不明だが、とにかく接近して攻撃を開始したエレファントたちをディストは無視しなかった。

 

「間剣泉!」

 

 足を止めて魔法少女を叩き潰そうとするディストに向けて、大量の剣が襲い掛かる。

 ビルの側面に魔法陣を描き、足元からではなく真正面から剣を放出する応用魔法。

 だがその魔法も、ディストが鬱陶しそうに腕を振るうだけで消し飛んだ。

 

圧し貫く一指(プレスザフィンガー)!」

 

 魔法の出力は変わらない。しかしその範囲を絞ってやれば、相手を押さえつけて妨害するだけだった魔法も貫通力を持つ攻撃魔法に変化する。

 今までは手のひらから圧力を放っていたプレスが、人差し指に一点集中して解き放つ。それはさながら圧力の弾丸で、たしかにディストの体を削ったが貫通には至らない。

 

「硬すぎて萎えるんだけどー」

 

 プレスは文句をこぼしながら少しずつディストの巨体を削っていく。

 圧し潰す掌では力負けしてしまうため何の意味もないのだ。

 

強きこと巨象の如く(パワーオブエレファント・ツー)!」

 

 新たに覚えた従来よりも強力な強化魔法を使い、エレファントはディストを蹴りつけた。

 ディストを蹴りつけた勢いで即座に退避して、またディストに飛び掛かる。

 巨人のディストはその巨体ゆえの鈍間さでエレファントの動きを捉えられず、苛立ったかのように腕を振り回した。

 

「まず――」

 

 エレファントが地面を蹴ってディストに飛び掛かるのと、唐突にディストが腕を振り回し始めたのはほぼ同時だった。

 しかも最悪なことに、振り回された腕の軌道が飛び出したエレファントの軌道に重なっている。

 咄嗟に防御しようと腕を交差させるエレファント。

 しかし衝突の寸前、交差した腕の隙間から見えたのは真っ黒なディストの腕ではなく、

 

巨人拳(ギガントパンチ)

 

 揺らめくオレンジ色の炎のようなもので作られた大きな拳だった。

 振り回されたディストの黒い腕とオレンジ色の拳がぶつかり合い、両方が弾き飛ばされた。

 腕をかちあげられたことで大きく体勢を崩したディストに対し、オレンジ色の拳を繰り出した魔法少女は危なげなく地面に着地する。

 

「ナックルさん!!」

 

 腕の軌道から逃れたエレファントは、攻撃を入れてから素早く離脱して、拳の魔法少女に駆け寄った。

 エレファントたちよりもいくつか年上に見える少女で、オレンジと赤を基調にした戦闘服のような衣装を身に纏っている。腕には大きなガントレットが装着されており、ゆらゆらとオレンジ色の炎のような何かを発している。

 

 彼女の名は魔法少女ナックル。

 咲良町の隣にある純恋町の魔法少女であり、エレファントたちにとっては何度か共闘もしたことのある頼れる先輩だ。

 普段はあと二人の魔法少女と一緒に行動しており、驚くべきことに彼女らは全員がフェーズ2に至っている。

 

「さすがにマーキスクラスなだけあるね。今ので相打ちになるとは思わなかった」

「大丈夫ですか?」

「ダメージは大したことないよ。それより、魔女は?」

「まだです。ジャックは時間がかかりそうだって言ってたので、全員で足止めしてました」

「時間がかかるだって? エクスがいるからかな? こっちはこっちで大変だってのに」

「エクスさんとピーチさんは純恋で戦ってるんですか?」

「エクスはそう。こっちでもマーキスが出てね。ピーチは――」

 

「ウキャキャキャキャ!!」

「グルルルルッ!」

「ケェェェン!」

 

 二人の会話を遮るように、どこからか動物たちの騒がしい鳴き声が響き渡る。

 直後、空に桃色の光が輝いた。

 

退魔桃色斬(ピーチスラッシュ)!」

 

 流星のように高速で落下する桃色の光がディストの腕と直撃し、その巨大な拳を斬りおとした。

 土煙を巻き上げながら着地した桃色の光は、ちかちかと点滅しながら徐々に消えていき、最後には完全に消失してしまう。その光の消えた跡、土煙の中にたたずむ一人の少女。

 少女は右手に持った刀で土煙を振り払い、名乗りをあげた。

 

「魔法少女サムライピーチ、見参!」

 

 桃色のポニーテールに時代劇のような衣装を着た少女。

 その脇にはやたらと狂暴そうな猿、犬、雉が控えており、全員が血走った目でディストを睨みつけている。

 

「この私の前でこれ以上の狼藉は許さんぞ!」

 

 刀をディストに突き付けて叫ぶ少女の名は、魔法少女サムライピーチ。

 ナックルの仲間であり、同じくエレファントたちにとっては先輩にあたる魔法少女だ。少々独特な感性の持ち主だが、その実力は折り紙付き。マーキスクラスの拳を斬りおとしたことからもその強さが伺える。

 

御爺さんの黍団子(ドーピングダンプリング)!」

 

 集団強化魔法を使い駆け出したピーチに続き、お供たちもディストに突っ込んだ。

 猿のひっかきはディストの体を深くえぐり取り、犬の噛みつきは簡単に齧り削る。雉が勢いよくディストに突っ込むと、ディストの体を貫通して風穴を開けた。

 ピーチの振るう刀もお供たちに負けず劣らず、次々と切り傷を刻み付けていく。

 

「――まあそういうことさ」

「な、なるほどですね。えっ!? じゃあエクスさんが一人でディストと戦ってるんですか!? それってマズイんじゃ!?」

 

 エクスはナックルたちのリーダー的魔法少女であり、三人の中でも頭一つ抜けた強さだった。とはいえ、だからと言って一人でマーキスクラスのディストを倒せるかと言えば話は別で、ナックルとサムライピーチの二人が加勢に来てくれたことはエレファントとしても嬉しかったが、それでエクスが危険に晒されては意味がないのではないかと考えてしまう。

 

「ほんとにエレフちゃんは優しい子だよね。大丈夫だよ、君たちの知るエクスと今のエクスの強さは別物だから。それより、僕たちも行くよ」

「はいっ!」

 

 心配ではあったが、自分よりもエクスのことをよく知るナックルが言うのなら問題ないのだろう。エレファントはそう判断して気持ちを切り替える。

 二人のフェーズ2魔法少女が来てくれたことで戦況は大幅に良くなったが、それでも自分達だけでは打倒に至らない。

 マーキスクラスの一撃がエレファントたちにとって致命的であることにも変わりはない。

 魔女が現れるまで、どれほど時間がかかるのかだってわからない。

 

(それでも生きて帰る。生きて戦いぬいて、シルフちゃんが戦う必要なんてないことを証明するんだ)

 

 決意を胸に踏み出して、ディストを見上げるエレファント。

 その視線の先に、光が見えた。目を凝らすとギリギリ見える。それは、転移魔法陣の光。

 

「エクスのやつもう終わったのか?」

 

 ナックルにも見えたのだろう。魔女は遅れると聞いており、それならばあの光は自分たちのリーダー以外にありえないと考えた。だからこそ、あまりにも早すぎると訝しんだ。

 逆に、エレファントはエクスの正確な強さを知らないがゆえに、こんなに早く倒せるなんてと凄いと尊敬のこもった視線を向けている。

 

 誰も予想していなかった。

 その光の中から現れる存在を。

 

「誰だ……?」

「何者だ……?」

 

 二人は知らなかった。その魔法少女が誰なのか。

 

「あはは、やるじゃん☆」

「覚悟は出来たってことね」

「そんな……、どうして……?」

 

 三人は来るはずがないと思っていた。その魔法少女はもう戦えないと知っていたから。

 

 風にはためく聖職者の法衣と、エメラルドグリーンのツインテール。

 その両手には身の丈ほどもある大きな杖が握られていて、俯いた顔からは今少女が何を思い、どんな表情をしているのかわからない。

 

 魔法少女タイラントシルフ。

 

 暴風の支配者が現れた。

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