魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-7 友達③

 今でもエレファントは覚えている。

 あんなに強くて気丈だった少女が、小さな体を震わせて自分に縋り付いたことを。

 戦うことが、命を失うことが怖いと涙を流していたことを。

 

 だから、守らなければならないと思った。

 これ以上、この少女を戦わせてはいけないと思った。

 

 それなのに

 

「シルフちゃん……!」

 

 少女は今、エレファントの視線の先で戦場に立っている。

 

「――――」

 

 その少女、タイラントシルフが大杖を掲げ、口を動かした。

 天高く浮かび上がるシルフの言葉までは聞き取れなかったが、それが魔法のキーワードであることはその場にいる全員が理解した。

 

 風が、唸りをあげて巻き上がる。

 

 誰も見たことがない獣のように雄叫びをあげて、三つの竜巻がシルフの大杖から放たれた。それらは意思を持つ蛇のようにその巨体をくねらせながら、巨人のディストに襲い掛かる。

 

「凄い規模の魔法だ。しかも完全に制御されてる。手練れだね」

 

 竜巻が発生するのと同時にエレファントを抱えてディストから距離をとったナックルが、タイラントシルフの魔法を見て感嘆の声をあげる。

 自然系統の魔法は高火力のものが多いが、制御が甘いとその余波が大きく広がってしまう。その点、タイラントシルフの魔法は的確にディストとその周辺にのみ襲い掛かっており、少し離れた場所で観察しているナックルたちは強烈な風を叩きつけられる程度で済んでいる。

 

「しかしあんな魔女は聞いたことがない。フェーズ2だとしてもあの実力で無名ということはありえんだろう」

 

 ナックルと同じようにブレイドとプレスを抱えて避難したサムライピーチが合流し、疑問を投げかける。

 現在公表されている情報では魔女は12人。外見や使用する魔法、それから魔法少女としての名前や主な活動地域も広く知れ渡っており、その12人の中にタイラントシルフの名前はない。

 また、魔女ほどではないにせよ強いフェーズ2魔法少女というのは自然と名前が売れていくものだ。彼女たちのリーダーである魔法少女エクステンドも、その界隈で知らない者はほとんどいないと言える程度には名前が通っている。

 サムライピーチの見立てでは、タイラントシルフはエクステンドに並びうる魔法少女だ。それほどの魔法少女がこれまで一切知られていなかったというのは考えにくい話だった。

 

「あの娘は最近魔法少女になったばかりなんです」

「動画とかも出してないっぽいんすよねー」

「筋は通るか。新人であの強さというのもそれはそれで不可解だが……」

「なくはないよ。眠りの魔女なんか最初から最強だったらしいからね」

 

 ブレイドとプレスが会話にまざってシルフの話をしている中で、エレファントだけは魔法を操るシルフのことをただじっと見つめていた。

 

 荒ぶる竜巻は4人が会話している間にもどんどんディストの巨体を削り散らし、再生した次の瞬間にはまた粉みじんにされている。

 ディストは肉体を再生させることが精いっぱいであることに加え、強烈な暴風に阻まれてまともに身動きすら取ることができない。

 次第に再生のスピードは徐々に落ちていき、ものの数分でディストは消滅してしまった。

 

「終わったみたいだね」

「ん? あいつ転移しようとしてないか!?」

「シルフィーちゃんは孤高の魔法少女なんすよ」

「ちょっと、エレファント!?」

 

 戦いが終わり魔法少女たちが一息ついていると、シルフの体に光り輝く転移魔法陣が重なり始めた。

 タイラントシルフが協調性を見せないということは咲良町の魔法少女には慣れたものだったが、純恋町の魔法少女はこれほどの激戦の後にも拘わらず一切言葉を交わさずに立ち去ろうとするのは予想外だった。

 驚く二人にプレスが適当な説明をしている中、ブレイドが大声を上げた。

 

 三人がその声に驚いて視線を動かすよりも早く、エレファントは跳びあがった。

 

 崩壊前の民家やアパート、マンションを足場にしてどんどん駆け上がっていき、最後は全力の身体強化魔法で大空へとジャンプする。

 

「シルフちゃん!」

「っ!? エレファントさん……」

 

 転移の光に包まれつつあったシルフにエレファントが抱き着いた。

 こんなことをしても一緒に転移ができるわけではない。それはエレファントもわかっている。

 それでも無茶をしてここまで来たのは、タイラントシルフと話がしたかったからだ。

 

 しかし一歩遅かった。

 エレファントが何かを言おうとした直後、光は一際大きく輝き、タイラントシルフの姿と共に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 転移の光が収まり、まぶしさに閉じていた瞼を開くと、エレファントは見たことのない部屋の中にいた。

 部屋にはベッドや小さな机、テレビなど様々な物が置かれていて、誰かがここで生活していることを感じさせた。

 

「来てしまったんですね、エレファントさん」

「うえぇっ!?」

 

 とても近く、自分の真上から聞こえて声に視線を上げると、そこには呆れた表情のタイラントシルフがいた。変身は解除されており、ツインテールだった髪の毛は寝ぐせの付いたロングになっていて、服はブカブカのTシャツを一枚着ているだけ。

 慌てて変身を解除しつつ腕をはなし、自分がタイラントシルフにしがみついていたことを思い出すエレファント。

 そして状況を理解した。エレファントはタイラントシルフの転移に巻き込まれてしまったのだ。

 

「な、なんで……?」

 

 本来、転移中の魔法少女に接触していたからと言って転移に巻き込まれるようなことはない。そのことはエレファントも知っており、だからこそこうしてシルフの転移先についてこれてしまったことに困惑している。

 

「誰かが介入したんでしょう。こんなことをしそうなのは一人しか思いつかないですけど」

 

 本来あってはならないことが起きているはずなのに、極めて落ち着いた様子のタイラントシルフ。

 どこか吹っ切れたような、迷いがなくなったような、これまでの強がりによる冷静さではない、たしかな余裕があった。

 

「ごめんねシルフちゃん。私、付いてくるつもりなんて」

「わかってますよ。エレファントさんは強引ですけど、それでも本当に踏み込んでほしくないことには配慮してくれる人ですから」

 

 申し訳なさそうにしているエレファントを見てクスクスと笑うシルフ。

 そんなシルフを見て、エレファントは申し訳ない気持ちよりも嬉しさが沸き上がってきた。

 あの日、一日だけの友達として遊んだ時もシルフは楽しそうにしていたが、今のシルフはそれよりもさらに自然体でいるように見える。

 シルフがようやく心を開いてくれたのだと、エレファントは内心で狂乱していた。

 

「来てしまったものは仕方ないですからね。狭いところですけど、ゆっくりしていって下さい。食べるものは常備してないんですが、飲み物は麦茶でいいですか?」

「え、あ、うん、大丈夫だよ」

 

 まるで友達が遊びに来たかのようなシルフの態度に、エレファントは戸惑った。

 

(今更だけど、ここってシルフちゃんのお家なんだよね……。お父さんとかお母さんにも挨拶した方が良いのかな?)

 

 友達の家に初めて遊びに来た時のような、ドキドキワクワクとちょっとの居心地悪さが混ぜこぜになった複雑な気分を味わいながら、麦茶を取りに行ったシルフの帰りを待つ。

 待っている間、少々手持無沙汰になったエレファントは部屋の中をなんとなく見回して、象のぬいぐるみが飾ってあるのを発見した。

 

(シルフちゃん、大事にしてくれてるんだな。でもぬいぐるみはこれだけだし、部屋の中もすごくシンプル……)

 

 女の子特有の可愛らしい小物やぬいぐるみなどは一切見当たらず、機能性を重視したようなレイアウト。

 全員が全員可愛いものが好きというわけではないとエレファントは理解しているが、それにしても小さな女の子の部屋にしては殺風景だなと感じていた。

 

「お待たせしました。お客さんなんて来ないのでコップを探すのに手間取りました」

「ううん、全然待ってないよ!」

「それで、どうかしたんですか? 何か私に用があったんですよね?」

 

 付いてくるつもりがなかったとは言っても、いきなり飛びついて来たということは何か用事があるのだとシルフも察しており、だからこそ追い返すようなことはしなかった。これがエレファント以外の魔法少女であれば話は別だが、シルフはエレファントのことを無碍には出来ない。

 

「そう! そうだよ! シルフちゃん!!」

 

 怒涛の展開に当初の目的を忘れていたエレファントは、シルフに言われてようやく自分が何を言いたかったのか、何を聞きたかったのか思い出した。

 

「シルフちゃんは戦うのが怖いって言ってたよね? 恐怖を奪われることも怖いって。それなのに、どうして戦いに来ちゃったの? 私は、来なくても良いって言ったよ? ほかの魔法少女も助けてくれたし、多分シルフちゃんが来なくてもなんとかなってた。もう無理しなくていいんだよ? 戦いたくなければ、逃げてもいいの。それでもし私たちが負けちゃったとしても、それは私たちが選んだことの結果だよ。それをシルフちゃんが気に病んだりすることないんだよ?」

 

 エレファントは、シルフが責任を感じて戦いの場に現れたのではないかと心配していた。

 タイラントシルフという魔法少女の強さは圧倒的だ。5人がかりでようやくまともに足止めできそうだったディストをあっという間に消滅させるほどその実力には違いがある。

 しかしだからと言って、タイラントシルフが戦わなければならない理由などない。

 強者であることに責任などない。その力を何に使うのかなんて、自分で決めることだ。

 

 これからの戦いで多くの魔法少女が命を落とすことになったとしても、それとタイラントシルフには何の関係もありはしない。

 

「シルフちゃんは優しいからそんな風には考えられないかもしれないけど、シルフちゃんがやりたくないことはやらなくていいの」

 

 もしもシルフが、自分と同じように命をかけてでも守りたいものがあるのなら、エレファントは止めるつもりはなかった。いや、理由はなんだって良い。シルフが自らの意志で戦っているのなら、それを止める権利なんてない。けれどシルフは言ったのだ。本当は戦いたくないと。戦うのが怖いと。

 だからエレファントはシルフを止める。自分の本心を隠して戦おうとするのなら、なんどだってその本音を聞きだして止めるつもりだった。


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