魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-閑 プレスの休日

 黒を基調としたゴスロリベースのドレスにチェックのスカート。大胆に開かれた背中には魔法の文様が刻まれており、耳には黒い十字架のイヤリング。

 毛先がカールしたプラチナブロンドの長髪を揺らして歩くその少女は、本棚に敷き詰められたハードカバーの背表紙を眺めながら歩いていた。

 

「やっぱり、一般的な歴史の本しかないなー」

 

 そう小さく呟いたその少女の名前はプレス。

 圧力の魔法少女プレスだった。

 

 プレスは一つ一つのタイトルを流し見しながら、古代から近代までの歴史書の中で時折気になったものを手に取り、簡単にぱらぱらとめくっては本棚に戻すという動作を繰り返し、お手上げだと言わんばかりに溜息をついた。

 

 ふと、プレスの視界の端に転移魔法陣出現の光が映る。

 本棚に向けていた視線を魔法陣へ移したプレスは、その場を離れるか一瞬逡巡して留まることを選んだ。

 

 プレスが今居る場所は魔法界の図書館なのだが、普段は閑古鳥が鳴くほどに来客が少ない。

 特別な書物が置いているわけでもなく、特筆して蔵書量が多いというわけでもない図書館であるため、わざわざ魔法少女としてこの施設を利用する意味は薄いからだ。

 静寂を好む魔法少女が何名か利用することはあるが、プレスはその利用者の大半を記憶しており、その中に転移で図書館にやってくるような無粋なものは居ない。

 わざわざ自らの近くに魔法陣が現れたことも加味して考えた結果、おそらく自分の知人が転移してきたのだとプレスは考えた。

 

 プレスが簡単に周囲に目を向けると、魔法陣の光に若干迷惑そうな視線を送っている魔法少女もいる。そんな魔法少女たちに対して、おそらくは自分の知り合いであるという意味を込めてプレスが掌を合わせて頭を下げると、仕方ないなと言いたげに目を細めてから視線を本に戻していった。

 

徐々に光が収まっていき、現れたのはカボチャのシルエット。

 

「やあプレス! こんなところで何してるラン?」

「こんなところだから静かにしてくんないかなぁ?」

 

 いつも通り声を張り上げたジャックに小声で注意しつつ、プレスは人の少ない方向へ移動する。

 プレスの意図を汲んだジャックも無言でそれに付いていき、周囲に人が少なくなったところで口を開いた。

 

「君がこんなところにいるなんて珍しいラン。どういう風の吹き回しラン?」

「いやいやいや、その前に何しに来ちゃったのジャックちん? あたしになんか用?」

「大した用じゃないラン。タイラントシルフに追い出されたからしばらくプレスのサポートをするラン。プレスは咲良町じゃ二番目に新人ラン」

「ハハ、面白い冗談言うね」

 

 乾いた笑い声をあげながら顔を引きつらせるプレス。

 言葉とは裏腹に、ジャックの発言が冗談でもなんでもないことを理解しているのだ。

 

「冗談じゃないラン。それで、なんで図書館なんかにいるラン?」

「はぁ~。まー来ちゃったもんはしゃーないか。あと人を見かけで判断するのはよくないと思うんですけどー。こー見えてあたし勉強とかはちゃんとやる方だし本も普通に読むかんね」

 

 自分の見た目が不真面目であるというイメージを与えることはプレス自身わかっているのか、わざとらしくぶーぶーと抗議の声をあげる。

 

「それは申し訳ないラン。でも前に僕がサポートしてた時はあんまり勉強とか読書してるとこなんて見かけなかったラン」

「あの頃はまだ余裕なかっただけだし」

「人は見かけによらないものラン。それで、なにを調べてたラン?」

「……、わざわざこんなとこで調べてるんだから答えは一つじゃね~?」

 

 一瞬の沈黙の後、へらへら笑いながら答えるプレス。

 

「魔法についての本がないかなーって思ってさ。歴史なり理論なり、なんかしらわかれば魔法の使い方の参考にもなるじゃん? 最近腕前も行き詰ってるしぃ、切っ掛け? みたいなのを求めてるんだよねー」

「魔法は感覚的に使うのが一番良いラン。理屈っぽく考えるのは逆効果ラン」

「ジャックちんはわかってないなー。スポーツとかでも感覚でやってるだけじゃいつかは行き詰るもんなの。どんな天才だって理屈を学ばなきゃ上には行けないってこと」

「前にも言ったけど現代の科学と魔法は全くの別物ラン。理論なんて気にする必要ないラン」

「やってみて駄目だったら納得出来るけどさー、自分でやってみるまでは諦めらんないよね~」

「どっちにしろ魔法に関する本なんてないラン。魔導書とか魔法道具は基本的にそれぞれの魔法少女の宝物庫にあるラン。僕だって見たくても見れないラン」

「そこなんだよねー」

 

 執拗に感覚での使用を勧めてくるジャックだが、プレスはさらさら諦めるつもりがない。しかし、そうは言っても肝心の資料が見つからない。

 現状はまさしく感覚だけで魔法を使用しているような状態であり、そこから自分の身一つで理屈を見つけ出すことは不可能に近い。

 この魔法という力を生み出した、あるいは発明した者が一切何の資料も残していないということはありえないとプレスは考えているが、物が見つからないのでは無いのと同じことだ。

 

「この図書館、ほんとにただの図書館なんだよねー」

 

 プレスはすでに何度か図書館に足を運び、館内の隅々まで見て回っている。時には司書をしている妖精に話を聞いたこともあるが、魔法に関する情報は出てこない。

 図書館に限らず、一般的な魔法少女が利用できる施設はほとんどが現実で利用できる施設と変わらない。

 プレスはそれを、魔法に関する情報は表面的なもの以外秘匿されているのではないかと感じていた。

 

「そうだ! ジャックちんなら魔法局に伝手とかあるんじゃないの? あそこなら何かしらわかるでしょ」

「無理ラン。僕だって末端ラン。魔法局の中に伝手なんてないラン」

「ちぇ~、使えないな~」

 

 プレスは仕方ないかと一旦魔法に関する情報収集を打ち切ることにした。

 本当にこの図書館に資料がないのか、ジャックが魔法局と繋がりがないのかはわからないが、どちらにせよジャックが傍にいる状態では事態を進展させることは難しいと判断したのだ。

 

 ジャックはプレスが何も言わないうちから、調べ物は何かと問いかけた。

 図書館ですることが必ずしも調べものとは限らず、単に暇をつぶすための小説を探しに来たという可能性だってある。にも拘わらずそのように聞いたということは、すでにプレスの動きをある程度把握していたということだ。

 

 プレスは遠回しにでも妖精に確認したのは早計だったかと内心で舌を打つ。

 

(あの連中が魔法少女なんて面白そうなもんを放っておくとかありえないんだよねぇ。なのにちょっかいかけて来ないってことは認識阻害が連中にも漏れなくかかってるってことで……。亜神が絡んでるのは間違いないけど情報は全然出てこない。明らかに規制されてるよねぇ。嗅ぎ回ってるのが本格的にバレたらやばいかも。魔法少女には裏側のことを教える気ないってことかな~)

 

「しょうがないから今日はゲーセン寄って帰ろっかなー」

「勉強はしなくて良いラン?」

「骨折り損のくたびれ儲けだかんね。ストレス発散しないとやってらんないし」

「ゲームもほどほどにするラン。あんまり遅くなったら親御さんが心配するラン」

「あー、うっさいうっさい。これだからジャックちんが居ると嫌なんだよねぇ」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら図書館を出ていくプレス。

 その後姿を静かに見つめる司書妖精の存在にプレスは気づいていたが、やましいことなど何もないというように堂々とした態度を崩さない。

多少怪しかったとしても、現時点でプレスは魔法の仕組みに興味を持った魔法少女という範囲を超えずに行動している。それが幸いしてか、探るような視線は図書館の外までは付いて来なかった。


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