魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-1 変身②

 ズキズキと痛む頭を押さえてスマホを見ると、時計は朝の7時を示していた。一時期、全く一睡も出来なかったころに比べれば随分とマシになったが、それでも眠りが浅いと頭が痛む。いい加減にこの不眠症ともおさらばしたいところだが、今のところ完治する気配はない。

 

 ベッドの上で寝転がったまま、うとうとしつつSNSを眺めていると、魔法少女の記事が流れてきた。いつもならあまり気にせず流し見するだけだが、今日は妙に気になってしまって記事を開いた。

 別に特別なこともない、人気の魔法少女や強い魔法少女を紹介している記事で、魔法少女の公式HPへのリンクが記事の最後に貼られている。

 公式HPというものがあることは知っていたが、それを見たことは一度もなかった。人は興味のないものに対してはとことん無関心なものだ。魔法少女のゲームだって暇つぶしにインストールしているだけで、特別に好きというわけでもない。

 ただ、昨日の出来事の衝撃は、興味がないの一言で済ませられるほど軽くはなかった。なんとなく、魔法少女のことを知りたいと思った。

 

 魔法少女の紹介ページや、怪物と戦っている動画、人気投票など、HPには様々なコンテンツが用意されていた。無料で利用できるサービスもあれば、会員登録をすることで利用できる有料サービスもあるようで、思っていたよりも夢のない俗な活動をしているみたいだ。

 魔法少女が元は普通の少女という説もありえなくはないのかもしれない。戦う対価に給料を貰っているとか、ありえなくはない。

 

 ファン同士の交流掲示板のようなものを見てみると、昨日轟雷ちゃん? とかいう魔法少女が引退したらしく随分と盛り上がっていた。魔法少女には引退なんてものもあるのか。

 

 一通りHPのコンテンツを回りながら、昨日の魔法少女の情報はないものかと探してみたが、それらしいものは見あたらなかった。

 そもそも暗くて細かい見た目まではわからなかったし、手がかりは戦っていた地域と時間帯だけ。動画や掲示板を探せば見つかるかもと思ったが、見つかったのは大して生産性がなかったり、悪趣味な書き込みばかりだった。

 

 そうして動画を見たり検索をかけたりしているうちに、いつの間にか1時間が経っていた。さすがに眠気も飛んでいて、今更二度寝する気にはなれない。身体は怠いし頭痛もあるが、起きるとしよう。

 

 いつも通り歯を磨き顔を洗い、髭を剃る。今日は出かける予定もないし、髪は直さなくても良いか。

 いつも通りのルーチンを終えて最後の確認として鏡を見る。

 

 背後で顔のあるカボチャが浮いていた。

 驚いて振り返ると、カボチャは表情を変えて

 

「おはようラン! 水上良一! 良い朝ラン!」

 

 ハキハキとそう喋った。

 

「うわああああああああっ!?」

 

 大嫌いな虫が出てきた時でさえ声はあげなかったというのに、自分でも驚くほど情けない悲鳴を上げたのと同時に腰が抜けた。この奇妙なカボチャの怪物から逃げたいのに、一歩も動くことが出来ない。

 

「な、な、なんなんだよぉ!?」

 

 朝っぱらからご近所迷惑だとか、そんなことを考えている余裕は一切なかった。

 訳の分からない存在、なぜか自分の家の中にいること、逃げることが出来ない状況。様々な要素が絡み合って、パニックに陥った。

 

「さすがにそこまで怖がられるのは心外ラン。とって食べたりはしないラン」

「だ、だからお前はなんなんだよ!? なんで俺の家に居るんだ!?」

「僕はジャック! 魔法少女のスカウト兼サポートラン!」

「ま、魔法少女……?」

 

 心当たりがあるかないかで言ったら、ある。まず間違いなく昨日のあれだろう。もしかすると、見てはいけないものを見てしまった? 記憶を消されたりするのかもしれない。

 表情が恐怖で歪み、冷や汗をかいているのが自分でもわかる。

 この奇妙な存在は、何のためにやって来たのか。

 

 静かに錯乱する自分とは対照的に、カボチャの怪物は、そんな緊迫した空気を感じていないかのように、楽しげに、言い放った。

 

「水上良一、君に魔法少女になって欲しいラン!」

 

 

 

 

 

 

 古来より、この世界は周期的に歪みを生み出す。その周期は100年や1000年ではなく、有史以来人類が直接的にその現象に直面したことは一度としてない。

 だがそれでも、魔術、呪術、陰陽道、あらゆる力を用いて、人類はその歪みの存在を知った。そして、いずれこの歪みこそが、自分たちを滅ぼすことになるのだと確信した。

 いずれ来る滅び。その災厄に対抗するために作り出された戦闘システム。

 

 それが、魔法少女。

 

 魔法少女の使命は、歪みから這いずり出る超常の怪物を討伐し、人類を滅びから救うことにある。

 魔法少女は誰にでも出来る役割ではない。大人に成りきる前の不安定で清らかな少女だけが、その力を十全に、あるいは設計者の想定すら超えて引き出すことが出来る。

 

 魔法少女とは選ばれし英雄だ。

 世界を守る使命を背負う戦士だ。

 

 彼女たちがいなければ、この世界はただ滅びを待つしかない。

 

「っていう理解であってるか?」

「完璧ラン! さすが僕が見込んだ魔法少女候補ラン!」

 

 魔法少女になって欲しいなどとわけのわからないことを言われた時は、深く考えもせず即座に断った。そもそも自分は女性ではないし、仮に女性だったとしても少女なんて年齢じゃない。言ってしまえば、魔法少女なんていう肩書きからは対極にある人間だ。

 だがカボチャ頭の怪物、ジャックは諦めなかった。断った理由を話しても、そんなことはどうとでもなると豪語し、まずは話だけでも聞いて欲しいと懇願してきた。

 

 はっきり言って、何を言われたとしても魔法少女なんてものをやるつもりはさらさらなかった。

 ただ、一方で魔法少女という存在に対する疑問を抱いていたこともたしかで、この状況は渡りに船だったとも言える。

 ジャックも、話だけでも聞いて欲しいと言っているからには、話を聞いた結果断っても文句はないだろう。

 

 そんな打算のもと、とりあえずジャックの話を聞いた結果がこれだった。資金集めかなにかは知らないが、意外と俗な活動をしているわりには随分と壮大な背景があるらしい。

 最初からそんな気はなかったが、聞けば聞くほど魔法少女なんてものになる気はなくなっていた。

 

「世界を守るために戦うラン! なにも無料で戦えと言っているわけじゃないラン! 魔法少女はその功績に応じて様々なサービスが受けられるラン! お金だって貰えるラン! 普通に働いて死んだように生きていくよりもずっと刺激的で楽しいラン!」

「……悪いけど、やっぱり魔法少女にはならないよ」

「どうしてラン!? 世界が滅びても良いラン!?」

「そりゃ良くはないけど、だからってじゃあ俺が戦えって言われたらそんなのごめんだ」

 

 命をかける代わりに刺激的で楽しい人生。そんな人生に魅力を感じる人も居るんだろう。考え方は人それぞれで、自分とは違う思想の人間を否定する気はない。

 ただ、俺は嫌だ。なんのために安定した仕事に就いたと思ってる。今の仕事は全然楽しくないし、むしろストレスを抱えていつも辞めたいと思ってる。でも、本気で辞めるつもりなんて微塵もない。

 俺は先の見えない人生は嫌だ。人生をかけた博打は打ちたくない。整えられたレールの上を歩いて生きたい。

 たしかに刺激は少ないかもしれない。ただ生きるために生きている、面白味のない人生かもしれない。だけど俺はそれでいい。いや、それがいい。

 

「俺は普通に生きていたい」

 

 それが全てだ。

 

「良一には凄い才能があるラン! 魔法少女になっても危険なんてないラン! 安定して稼げるラン!」

「今の仕事でも十分に生きていけるくらいは稼いでる」

 

 安月給だが男の一人暮らしならギリギリ収支は黒字だ。

 

「子供たちが命をかけて戦ってるラン! 胸は痛まないラン? 良一が魔法少女になれば、他の魔法少女の負担が減るラン!」

「感謝はするけど同情はしない。それはその子自身の選択だ」

 

 何不自由ない少女が刺激を求めたのか、逃げ場のない少女が力を求めたのか、孤独な少女が仲間を求めたのか、理由なんていくらでもあるだろう。

 それでもそれは自分で決めたことだ。ジャックが強制してこないことからも、本人の同意がなければ魔法少女にできないことは間違いない。彼女たちは自らの意志で魔法少女になったんだ。それに勝手に同情して、助けてやろうだなんて烏滸がましい。

 

「どうしても、どーしても魔法少女になる気はないラン?」

「ない」

 

 本気であることを示すために余計なことは一切言わず拒絶する。何度だって言ってやる。

 

「俺は魔法少女にはならない」

 

 30になったおっさんの台詞としてはあまりにもシュールだ。しかも声音は至って真剣。この歳になって黒歴史が増えるとは思わなかった。

 

「残念だけど、そういうことなら仕方ないラン。今日のところは縁がなかったと思って諦めるラン。あ、でももし気が変わったら公式HPのフォームから連絡してくれると嬉しいラン」

 

 本当に、心底残念だという様子で宙に浮かび上がるジャック。

 

「ああ、覚えておくよ」

 

 忘れるまではな。

 

「じゃ、さよならラン!」

 

 その声が響くのと同時に、ジャックの姿は消えてなくなっていた。

 一人になった部屋の中に、冷蔵庫の駆動音とエアコンの音が響く。

 いつも通りの、たった一人、やることもない、退屈な休日が始まった。

 

 余韻が残る非日常を払拭するために、スマホゲームでもやろうかとして、止めた。

 元々暇つぶしで、それなりに楽しんでいた魔法少女ウォーズ。だけどもう、純粋な気持ちで楽しむことなんて出来そうもない。

 現実の魔法少女をモデルにして作られたゲーム。このゲームのキャラクターを見る度に、こんな少女たちが命をかけて戦っているんだという事実が気になってしまうだろう。

 

 俺はゲームをアンインストールして、公式HPを開いた。そこには魔法少女の人気や戦績のランキングが掲載されている。人気は言わずもがな、戦績ランキングは倒した怪物の数や強さで決められているらしい。上位3人が上から順に「レイジィレイジ」「ディスカース」「シメラクレス」と名前が掲載されており、一緒にデカデカと解説と写真も付いている。それより下の順位は名前だけみたいだ。

 

 このサイトでは有料のポイントを購入することで特定の魔法少女を応援することが出来、応援された魔法少女には何らか還元があるらしい。

 俺はポイントを購入して戦績ランキングの上位3人を応援した。

 

 胸が痛まないなんて嘘だ。だけど、それでも俺は魔法少女になんてなりたくない。

 だからせめて、俺の応援が少しでも魔法少女たちの助けになることを願う。

 

 それが俺に出来る精一杯だった。


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