魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-閑 Tシャツ一枚

 ちょっとだけ開いたカーテンの隙間から差し込む日差しが、エアコンによってキンキンに冷えた自室に小さな陽だまりを作っていた。

 なんとなくその陽だまりに足を踏み入れて、ふと思った。

 

「コールドスイーツが食べたいです」

「食べれば良いラン。お得意の宅配で注文すればあっという間ラン」

 

 部屋の中をフワフワと浮遊しながらマギホンの操作をしていたジャックが雑に答える。

 やれやれ、これだからこのカボチャはダメなんだ。何もわかっちゃいない。

 

「こんなよく冷えた部屋の中で食べたってしょうがないでしょう。そんなこともわからないんですか」

「だったらエアコン切れば良いラン。一日中付けてたら体に悪いラン」

「そうしたら部屋が暑くなっちゃいます。また冷やすのにだって時間がかかるんですよ? ちょっとは考えて発言してください」

「面倒くさいラン。結局良一は何が言いたいラン?」

 

 視線を向けもせず面倒くさそうに話すジャック。

 そもそもジャックに話しかけたわけじゃないから嫌なら出ていってくれて構わない。

 

「コンビニに行くってことですよ。かのビッグスタートは大手コンビニチェーンに一歩も二歩も劣りますが、コールドスイーツだけは並ぶものなしと言われてますからね。幸いにもここから徒歩5分程度です。ありつける頃にはすっかり暑さにやられてるはずです」

「出不精の良一に外出を決意させるなんて凄いラン。僕はやることがあるからここで待ってるラン」

「勝手にしてください。思い立ったが吉日です。早速行ってきます」

 

 出かける前にあれをやろうとかこれをやろうとか考えていると、いつまで経っても外出出来ずいつの間にか日は落ちてやっぱり良いかと諦めてしまうのが俺の習性だ。だから思いついたらすぐに出かけなければ、タイミングを逃してしまう。

 

 財布とマギホンを引っ掴んで玄関のドアを開ける。

 後ろの方からジャックの声が聞こえたが、玄関を開閉する音にかき消されて良く聞こえなかった。

 まあでも、大した話じゃないだろう。俺はとくに気にもせずそのまま家を出ることにした。

 

「あれ、良一もしかしてあの恰好のまま行ったラン? ……まあ、すぐに気づいて戻ってくるラン」

 

 

 

 

 

 

 そういえばすっかり忘れていたが、今日は魔法少女になってから初めての外出だ。

 いや、正確にはゴミ出しとか郵便物の確認で外に出る機会はあったから初めてじゃないかもしれないが、ちゃんと出かけるのは初めてということだ。

 

 こんな小さな少女の体にされて、更には魔法少女になって、困ったこともあるが助かっていることや便利なこともある。それはマギホンで使えるサービスだったりディストの討伐報酬だったりと色々あるが、その中の一つに認識阻害というものがある。

 この現実世界で生きる人々には認識阻害の魔法がかけられていて、魔法少女のことやそれに関する不可思議な物事を正確に認識することが出来ない。街中に魔法少女がいても、そもそもその姿を認識することが出来ないし、こんな派手な髪色の少女がいてもそれをオカシイとは思わない。

 

 今まで俺が外出嫌いだった理由の一つに、服を着替えて身だしなみを整えてと色々面倒くさい手順を済ませなければならないというものがあったのだが、この大きな障害は認識阻害によって取り払われたと言っても過言ではない。

 なにせ人々は魔法少女である俺に対して違和感を認識することが出来ないのだ。部屋着として使ってる、今となっては膝下まで覆い隠せるほどブカブカの男物Tシャツ一枚で出歩いても、誰も俺のことをオカシイとは思わない。髪の毛はぼさぼさで寝ぐせも付いてるがそれだって直さなくて良い。ああ、なんて楽なんだろうか。

 面倒なことがあるとすれば、Tシャツ一枚でズボンを履いていない関係上財布とマギホンを手で持っていなければいけないことだろうか。とはいえ、いちいち着替えたりする手間に比べれば遥かにマシというものだ。

 

 ああ、それにしても暑い。

 突発的にコールドスイーツが食べたい気分になって家を出たが、早くも後悔し始めている。こんなクソ暑い中をどうして俺は歩いているんだろか。

 

 暑さに嫌気がさしながらも歩み続け、大通りに出たところでふと視線を感じた。見られている。誰か特定の人にというより、周囲からチラチラとした視線だったり凝視するような視線を感じる。

 

 なんだ? 変身してないから認識されないわけじゃないが、それでも認識阻害で違和感は感じないようになっているはずだ。

 理由はわからないが、なんだか不気味に感じて歩みを早める。クソ、こんなに遠かったか? 歩幅が小さくなっていつもより遠く感じているのかもしれない。

 

 予想外に視線を集めていることや、思っていたよりも時間のかかる足取りにイラつき始め、更には暑さによって真っ直ぐ前を見る気力も萎えていき足元を見ながら歩いていると、ふと大きな影がさした。

 

「お嬢ちゃん、学校は?」

「ひぇっ」

 

 俺の行く手を遮るように立っていたのは、青い制服に身を包んだ30代程度の男性。おまわりさんだった。

 

 え、なに? 学校? なんのことだ? 俺はなにも悪いことしてないぞ?

 

「それに、そんな恰好で出歩いたら危ないよ。お母さんかお父さんは一緒じゃないのかな?」

 

 目線を合わせるようにしゃがみ込み、優しく笑顔を浮かべながら話しかけてくる警察官の男。

 後から考えれば気を使ってくれていたんだろうが、パニックに陥ってしまった俺にはそんなことはわからない。

 

「うーん困ったな。怖がらせちゃったかな」

 

 警察官が一瞬視線を外した瞬間、俺は来た道を戻るように走り出した。

 別に隙を突こうと機会を伺っていたとかじゃなくて、気が付いたらそうしていた。無意識だった。

 

「わあああああ!」

 

 幼女の甘ったるい声で情けない悲鳴をあげていたのも無意識だったと思いたい。

 

 なんでだ? この恰好がオカシイと思われてる? というか、学校のことを聞かれたのって、今が平日の真昼間だからってことか?

 認識阻害が働いてない? いや、そんなことはないはずだ。このド派手な髪色や瞳の色に一切触れてないどころか奇異の視線を向けてこないことから、認識阻害にかかっていることは間違いない。

 だとしたらなぜ? 学校にも行かずぶらついてることやTシャツ一枚という恰好だけがオカシイと思われた?

 

「あ、ちょっと! 待ちなさい!」

 

 一拍遅れて駆け出した警察官の男性。

 このまま普通に鬼ごっこをしていたら間違いなく捕まる。

 俺は咄嗟に来た道とは違う曲がり角を曲がり、変身した。

 

「天地悉く吹き散らせっ」

 

 荒ぶる風が私を包み込んで、一瞬のうちに変身が完了すると、警察のお兄さんは私を見失ったようにキョロキョロと辺りを見回して不思議そうに首をかしげています。

 やっぱり、認識阻害が働いていないわけじゃないみたいですね……。

 

 コールドスイーツは楽しみでしたが、ここは一旦帰りましょう

 危ない橋は渡るべきじゃないです。

 

 

 

 

 

 

「そういうことは先に言って下さい!!」

「良一が勝手に勘違いしただけラン。そもそも認識されなかったとしてもそんな恰好で出かける方が間違ってるラン」

 

 無事自宅に帰り変身を解除した俺はジャックに先ほどの経緯を話したのだが、それに対してジャックはそんなの当然だというようにその理由を答えた。

 

 認識阻害はあくまで魔法少女に関することで、一般的でないものをカモフラージュするための魔法で、それは例えば魔法少女の存在そのものであったり、日本の一般常識ではありえない髪色だったりするわけだ。

 対して、10歳前後の少女が平日の真昼間に学校にも行かずぶらぶらしているのは魔法少女と一切関係なくオカシイことであり、さらに言うならその少女の恰好が破廉恥極まりないものというのも魔法少女に一切関係なくオカシイということだ。

 

「今まで何度かあのまま外に出てたんですから、忠告ぐらいしてくれてもいいじゃないですか!」

「夜中にゴミ出しするだけだったらその格好でも何もオカシクないラン。普通に外出しようとするなんて思わないラン」

「ぐ、ぐぬぬぅ~」

 

 ぐぅの音も出ないとはこのことだった。

 そもそも外出で身だしなみを整えるのが面倒くさいという価値観を持っている以上、俺だってあんな恰好で出かけるのはオカシイということくらいはわかる。

 

 でも認識されないんだったら別に良いと思うだろ!!

 

 それ以来、俺の出不精はさらに加速することとなったのだった。


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