魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-閑 ブレイドの特訓

 閑静な夜の住宅街に、両刃の剣を持った少女が立っていた。少女は純白のブレザーのような衣装の上に、急所を守るように部分的に鎧を装備している。綺麗で長い黒髪を風になびかせるその少女は、魔法少女ブレイド。

 相対するのは乗用車程度の大きさの真っ黒な猪だった。猪型ディストのクラスはバロン。本来であれば真正面から一人で挑むことなどありえない敵だったが、挑戦しなければいつまで経っても越えることは出来ない。

 ブレイドはディストのほんの些細な動きすら見逃さないように注意を払いながら、普段は封印している魔法を起動した。

 

剣の舞踏(ソードダンス)

 

 ブレイドの持つ剣とまったく同じ物が宙に三本浮かび上がり、一人でに動き出す。それぞれの剣が意思を持って踊るように舞っているのかと言えば、答えは否。その三本は剣にのみ干渉できる透明な腕によって振るわれており、その腕を操っているのはブレイド自身。すなわち、ブレイドは現在四本の剣を自らの意志で操り戦っているのだ。

 

 剣の出現と同時に状況の変化を悟った猪型ディストが地面を蹴る。まさしく自動車の急発進のような勢いでブレイドに迫るディストだが、あまりにも直線的なその突進をブレイドはサイドステップで回避。すれ違いざまに空中の剣でそれぞれ一太刀を浴びせ、ディストの身体に三つの切り傷を刻む。

 

 回避されたディストは勢いをそのままに民家の壁へ突っ込み、そのまま3枚、4枚といくつも壁をぶち抜いてからようやく停止した。刻まれた傷口からは煙のように黒い靄が溶け出し宙に消えていくが、その傷口もすぐに再生されてしまう。

 

(動きは見える。十分に対処できる)

 

 剣の舞踏の使用にはそれなりの集中を要するため、他の魔法少女と共闘する時に使っている余裕はない。周囲が見えなくなって同士討ちが起きては本末転倒だ。だからブレイドは普段、遠距離攻撃の手段を持たないエレファントに前衛を任せ、自分は前衛と中衛を臨機応変に対応している。

 本来のブレイドの戦闘スタイルは、中距離からの牽制を織り交ぜた白兵戦なのだ。剣の舞踏によって手数を増やし、火力はないがいくつもの傷をつけることで削り倒す。飛翔する剣や間剣泉はその補助であったり、当たればラッキー程度の決め技に過ぎない。

 

「フゴオオオオ!」

 

 何度も何度も突進を回避され、そのたびに小さな傷をいくつも刻まれるディストは怒ったように雄叫びをあげて地面を蹴った。

 感情任せの直線的な突撃。今まで通りであれば避けることは容易い。しかし、ブレイドは今まで以上にディストの動向を警戒する。

 

 走り出したディストは今まで通り壁に激突するまで直進し続ける。この質量が全力でスピードを出せば急に止まったり方向転換は難しい。それでもブレイドは警戒を怠らない。

 ディストの突進を回避し、すれちがう直前それは起きた。ディストの横腹がボコボコと泡立ち、槍のようにブレイドへと伸びた。時間はほんの一瞬、今まで通りの展開だと予想して油断していたら絶対に回避不能なその一撃を、ブレイドは自身の持つ剣の腹で受け止め、受け流した。

 

 ブレイドが四本の剣のうち三本だけを攻撃に回していたのは、単純に自分の持つ剣で攻撃した場合勢いに身体を持っていかれるからという理由もあったが、同時に保険として防御用に残していたという理由でもある。

 ブレイドの用心は功を奏し、不意を打つ一撃を完全に防ぎ切った。

 もちろん、それで戦いが終わるわけではなくそれからも死闘は続き、集中力の低下によりかすった攻撃で吹き飛ばれたり、蓄積したダメージにより動きが鈍ったりと、想定とは異なる泥臭い戦いが繰り広げられた。

 

 それでも、十数分による死闘の末にブレイドは勝利した。バロンクラスディストを打倒した。正真正銘、自分一人の手で。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 疲れ切ってもう動くことさえままならいというように、大の字になって地面に寝転がるブレイド。そんなブレイドの視線の先で、夜の住宅街が少しずつ薄くなっていき、最後には真っ白い大きな部屋に変化した。

 その様を見ていたブレイドに驚いた様子はない。それもそのはずで、ここは魔法局にあるトレーニング用の空間であり、戦闘のフィールドやディストの強さを設定したのもブレイド自身なのだから。

 

「ブレイドさん、後が閊えてるんで終わったら早く出て下さいね」

「わ、かってる、わよ!」

 

 スピーカーを通してトレーニングルームを管理している妖精から早く出て行けと催促を受けたブレイドは、途切れ途切れに言葉を発しながらも疲れた体をなんとか持ち上げトレーニングルームを退室した。

 トレーニングルームはそれなりの数が用意されているが、そうは言っても休日ともなれば多くの魔法少女で賑わうため、なかなか一人が確保できる時間は短い。

 さきほどのディストとの訓練も時間制限付きであり、タイムアップしていれば勝敗に関わらず即座に退室させられてしまう。

 

 ブレイドはベンチに腰掛けて持参していたスポーツドリンクに口を付ける。

 体を動かしていたからというのもあるが、命のやり取りというのはほんの僅かな間でも消耗を強いられるものだ。今回はトレーニングであり実際には命の危険はないものの、目の前にディストが現れるとその線引きが自分の中で曖昧になり、本当に戦っているように錯覚することもある。ブレイドも夢中で戦っているうちに、それが訓練であるということをどこか忘れて戦っていた。

 

「精が出るな。見ていたぞ」

「こんにちわ。ピーチさんも特訓ですか?」

 

 声をかけられて初めて、サムライピーチが居ることに気が付いたブレイドは挨拶もそこそこに疑問を投げかけた。

 

「ああ。とはいえ、朝一で一度使った後の順番待ちだがな」

「どんな設定にしたんですか?」

「この前のマーキスクラスだ。まあ、結果は聞いてくれるな」

 

 その物言いで、手ひどく負けたのだろうと察したブレイドは何も言わずに飲み物を煽る。

 ディストの怖いところは、何をしてくるかわからない部分もそうだが、同時にその持久力にもある。高位のディストになればなるほど、何度致命傷を与えても瞬く間に再生し、底が見えない。その終わりの見えない戦いに心が折れて精彩を欠く魔法少女も居れば、単純に魔力が保たず戦えなくなってしまう魔法少女もいる。

 先日の戦いではサムライピーチの攻撃はマーキスクラスに通っているように見えた。余裕ではないにしろ、善戦しているように感じられた。ある程度通用していたのは事実だが、それでも再生限界には到底届かないレベルだったのだ。

 サムライピーチもトレーニングルームで最後まで戦ったことでそれが良く分かった。

 

 ただ時間稼ぎをするだけなら、魔力を節約して、救援が来るのを待てばいいのだからどうとでもなる。しかし、魔法少女の本来の目的はディストが現実世界に逃げる前に倒すことにある。時には時間稼ぎだけではなく、どれほど絶望的な状況でも打倒するために戦わなければいけない。

 

「また、同じ設定でやるんですか?」

「当たり前だ。勝つまでは何度だって挑戦する」

「相変わらずですね」

 

 ブレイドは現在の咲良町ではエレファントと並んで一番の古株だが、当然今よりも前には自分よりもっと先輩の魔法少女もいた。サムライピーチやナックル、エクステンドとの付き合いはそうした先輩に紹介を受けて始まったものだが、そのころからサムライピーチの強さを追い求めるストイックさは変わっていない。

 

「なに、私とお前の違いは経験の有無でしかない。お前ならいずれ私程度の強さには至れるだろう」

「私程度なんて、謙遜が過ぎますよ」

 

 サムライピーチはフェーズ2の中ではトップクラスというほど強いわけではない。それでも、魔法少女という枠組みで見れば間違いなく上の上、上位10%に食い込むほどの強さを持っている。

 ブレイドとて諦めるつもりはさらさらなく、いずれは魔女にすら至るつもりでいるが、その道のりは長く先が見えずにいるのも事実。

 

「私のことはいい。それより、まだやるのか? 目的は達したんだろう?」

「まだですよ。確実に勝てるようにならなければ意味がありませんから」

 

 これまでもブレイドは何度もバロンクラスに単身で挑んでいるが、勝率は5割程度。最近は勝ち越すことが増えており、戦いにも余裕が出てきているが、まだ確実にバロンを上回っているとは言い切れない。

 確実に、何が起きても勝利する。そしてバロンを超えることが出来たと納得すれば、次はヴィカント、その次はアールと続けていく。

 

「まったく、人のことを言えた義理ではないぞ」

 

 負けん気に溢れたブレイドを見て、サムライピーチは楽しそうにくつくつと笑う。

 負けず嫌いで頑固者なのはお互い様だな、と。


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