魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode2-1 拡張の魔女①

 華やかで可愛らしい小物や、愛くるしいぬいぐるみで彩られた部屋の中で一人の少女が2台のスマートフォンを前に険しい表情を浮かべていた。

 年のころは10歳前後だろうか。背中の半ばまでのびた白髪に真っ赤な瞳。一見してアルビノのようにも見えるが、彼女のそれは後天的であり、なおかつ遺伝子疾患によるものではない。それは、魔法少女としての鍵を持つことの証だった。

 

 少女は右手で操作しているマギホンで魔法少女の公式サイトを確認し、左手で操作する普段使い用のスマホで旅行仲介サイトの様々なプランを調べている。

 スマホに小さく表示された時刻を見ると、午後2時を少し過ぎたところだった。それは少女にとって必ずしも今すぐやらなければいけないことではないが、今終わらせた方が都合のいいことでもあった。タイムリミットは午後3時。あまり時間がないと、少女は僅かに気を逸らせる。

 

 何も少女とて、ギリギリになってから焦って動き出したわけではない。

 

 今日の日付は7月25日の土曜日で、つい昨日一学期の終業式を終えて夏休みに突入したばかりだ。

 この日、少女には特段の予定はなかったが、だからと言ってただ惰眠を貪って時間を浪費することは考えられないことだった。だからひとまず、少女は宿題に手を付けた。

 

 今日はたまたま友人や家族との予定がなかったというだけで、少女はいつも暇を持て余しているというわけではない。まして、マギホンを持つ存在、すなわち魔法少女である以上、火急の用事が出来る可能性はいつだってある。さらに言えば彼女はただの魔法少女ではない。ただの魔法少女以上に突発的な対応を求められる特別な存在だった。

 そんな少女にとって、夏休みの宿題というのは余裕のあるうちに処理しておくに越したことはないものだ。ギリギリになって大慌てで机に向き合うなど、そんな無様な真似を晒すなど少女には考えられない。

 

 かくして、少女は午前中一杯と午後の時間を少し使って宿題に向き合い、少し遅めの昼食を済ませ、食後の休憩をとっていた。それがおおよそ、30分前だろうか。そして気が付いた。魔法少女の公式HPで新しく魔女になった者、すなわち第三の門を開いた魔法少女が発表されていることに。

 当初、新しい魔女が誕生したというトピックスを目にした段階では、少女に驚きはなかった。当然だ。なぜなら事前にそのことを知っていたのだから。だが、トピックスのリンクを開き、その詳細を目にしたとき、少女は大きく目を見開いた。

 

「はあ!?」

 

 発表された新しい魔女の名前はエクステンド・トラベラー。

 そしてもう一人。少女の聞かされていなかった、しかし見たことのある名前。

 風の魔女、タイラントシルフ。

 

 それは、奇しくも少女の知る名前だった。

 

 

 

 

 

 

 魔女のお茶会、それは魔法少女の中でも極一部の選ばれた存在だけが参加することを許される、月に一度のミーティングだ。開催されるのは決まって月末の休日であり、それ以外のタイミングで緊急招集があった場合でも月末のお茶会が繰り越しになることはない。

 ゆえに、新たな魔女の出現によって緊急の会議が開かれたこの月においても、月末のお茶会が開催されるのは当然のことだった。

 

 開催時刻は午後3時00分。お茶会の会場に設置された壁掛けの時計は、すでに2時55分をさしている。お茶会の開催までにはあまり時間がないが、長机に用意された14個の椅子は完全に埋まっていなかった。

 

「レイジィは置いといて、シメラクレスちゃんは今日も欠席っぽいわね」

「新しい魔女の歓迎会を兼ねているのですから、今月くらいは参加して欲しいものですが」

 

 1と刻まれた椅子を一瞥した蛸の魔女、ドッペルゲンガーが11と刻まれた椅子に視線を移して小さくため息を吐いた。

 そんなドッペルゲンガーに対し正面に座る糸の魔女、ウィグスクローソが淡々とした声音で応じている。

 

「傭兵稼業が順調なんでしょうね。声はかけたんでしょ?」

「開催の連絡は皆さんにしていますよ」

 

 お疲れさまと小さく呟いて伸ばしかけた手を、ドッペルゲンガーはハッとした様子で引っ込める。

 つい、いつもの感覚で頭を撫でようとしてしまい、他の魔女が居ることに気が付いたのだ。

 あと数か月もして自身が引退した後は、癖の強い魔女たちをウィグスクローソが纏めていくことになる。その時のことを考えれば、人前で頭を撫でて威厳を落とすような真似は出来なかった。

 

「ねえねえ、兎ちゃんまだ~?」

「まだ~?」

 

 ドッペルゲンガーの右隣、6と刻まれた椅子に座っている重力の魔女、レッドボールが机の上に上半身を投げ出してパタパタと腕を振る。

 それを見た氷の魔女、パーマフロストがレッドボールの仕草と言葉を真似て同じように机を腕で叩き始めた。

 

「真似しないで!」

「真似しないで!」

 

 子供のような喧嘩を繰り広げる二人を見て、ドッペルゲンガーは再度溜息を吐いた。

 威厳がどうのと気にしてみたが、そういえば自分が全く彼女たちを統率できていないということを思い出したのだ。

 

「ラビットフットさんは皆勤賞だったのですが、今日は欠席でしょうか?」

 

 普段通りならば、この時間帯にはすでに着席して磁力の魔女エクスマグナや鮫の魔女ブルシャークと談笑したり、レッドボールと口喧嘩をしているラビットフットだが、今日に限ってはその姿が見えない。

 パワーゲームの真似事を好んでいるラビットフットが、新しい魔女が初めて参加するお茶会に出席しないことは非常に考えにくかったが、同時にウィグスクローソとドッペルゲンガーはその可能性がありえないものではないとも理解していた。

 

 釘を刺される前に動き出した。

 行動力のあるラビットフットならばその可能性は十分にあり得るものだ。

 しかしながら、結果から言えば二人の推測は杞憂だったことになる。

 

「勝手に欠席にしてんじゃないわよ」

 

 不機嫌そうな声と共に扉を開けて入室して来たのは、兎耳にオレンジ色のエプロンドレスを着た少女、ラビットフットだった。一瞬、全員の視線がラビットフットに集まり会話が止まる。

 僅かな静寂の中で、ラビットは一度視線を動かして室内を見回し、大きく舌を打った。

 

「エクステンドがまだ来てないじゃない」

 

 ラビットフットの視線の先、13と刻まれた新たな椅子には、たしかに誰も腰掛けていなかった。

 序列第十三位、エクステンドトラベラー。新しい魔女は、お茶会の開始5分前を切っても姿を見せていない。

 

「参加するという意思の確認は出来ています。心配はいりませんよ」

「あっそ。それよりあんた、あれはどういうことよ!?」

 

 ズカズカと大股で、見るからに自分は怒っているとアピールしながらウィグスクローソに近づいたラビットフットが、自身のマギホンを突き付ける。

 

「連絡先の交換がしたいのですか?」

「んなわけないでしょ!? 14人目の魔女! タイラントシルフのことよ!!」

 

 ラビットフットのマギホンに表示されていたのは、新しい魔女が二人誕生したという、まさに今日公式サイトで告知された内容だ。

 ドッペルゲンガーはそんなラビットフットの様子を見て、やっぱりこうなったかと内心で愚痴をこぼす。

 

「あんた、これを知ってたんじゃないでしょうね!?」

 

 それはラビットフットだけではなく、今この室内に居るほぼ全ての魔女からウィグスクローソとドッペルゲンガーが聞かれた内容だった。

 さすがにここまで興奮した様子だった者は他に居ないが、誰もがタイラントシルフという未知の魔女について興味を抱いていた。

 

 だが、ドッペルゲンガーたちからすればこの魔女が何者なのかということはむしろ自分たちが聞きたいくらいだった。

 少し前、魔法局のとある筋から新しい魔女が誕生したという情報を手に入れたドッペルゲンガーたちは、すぐに緊急の集会を開いてその情報を共有したが、その時に聞いていた新しい魔女というのはエクステンドトラベラーのことのみだった。

 タイラントシルフなどという魔女が同時期に誕生していたなどということは全くの寝耳に水であり、ラビットフットたち同様、今日の正式な発表があるまでほんの少しも知らなかったのだ。

 

 公表からほとんど時間を空けずに魔法局に問い合わせをしたところ、どうやらこのタイラントシルフは魔女として魔法局に登録されるための手続きが滞っていたようで、そもそも魔法局の上層部でも最近までその魔女の存在を認識していなかったらしいことがわかった。

 ウィグスクローソは魔法局を経由してお茶会の誘いをかけようかとも考えたが、当日のお誘いというのは流石に非常識であるということと、今日の主役はエクステンドトラベラーだということもあり、今回の招待は見送ることとなった。

 

「ふーん……。ならまあいいけど」

 

 若干の疲労を感じさせながら語るウィグスクローソに、ラビットフットは腑に落ちていない様子を見せながらも大人しく引き下がった。

 ドッペルゲンガーはそんなラビットフットを珍しく素直だなと僅かに疑問を抱いたが、まあそういう日もあるかとあまり気にしなかった。

 魔法局や他の魔女に対する直接的な対応はウィグスクローソが行っていたとはいえ、予想外の事態への対応に精神的な疲労を感じているのはドッペルゲンガーも同じことだ。纏め役の指導という立場である以上、問題が発生した場合は他人事とも言っていられないのだ。

 

「次のお茶会はまた一か月先ですが、それまで放置というわけにはいきません。後日私の方でタイラントシルフさんとは話をしておきます。他の皆さんにも言いましたが、それまで余計なことはしないように」

「わかってるわよ。ま、あたしもプライベートの方でちょっと忙しくなるし、新入りにちょっかいかけてる余裕なんてないわ」

 

 一瞬、視線をエクスマグナとブルシャークに向けたラビットフットが笑って答える。ブルシャークはよくわかっていないようだったが、エクスマグナはそう言えばというような表情で納得した様子を見せる。

 ウィグスクローソはラビットフットをじぃっと見つめ、エクスマグナの様子を確認し、さらにもう一度、穴が開くほどラビットフットを凝視したうえで、着席を促した。

 

「兎ちゃん遅い! お腹でも痛いの~?」

 

 二人の会話が一段落したところを見計らってレッドボールが薄い笑みを浮かべながら声をかけるが、ラビットフットはそれを無視して10と刻まれた椅子に腰を落とし、チラリと時計に視線を向ける。

 一瞬ムッとした表情で再度口を開こうとしたレッドボールも、ラビットフットの視線につられるように現在時刻を認識して、不満そうに言葉をひっこめっ引っ込める。

 

 時計の長針は12をさしていた。

 

「それでは、お茶会を始めましょうか」

「オイオイ! まだ主役が来てねえぞ!」 

 

 全員が着席し15時を回ったことでお茶会の開始を宣言したウィグスクローソに、海賊の魔女キャプテントレジャーが異を唱えた。

 

「何か用事が出来たのかもしれませんね。連絡はしてみましたが返事もありませんので、いつまでも待っているわけにもいきません」

「いきなりドタキャンなんて、舐められたもんね」

 

 魔女の中でもとりわけ沸点の低いラビットフットが妖精の淹れた紅茶を飲みながら低く呟く。

 

「でもでも、まだ来ないって決まったわけでもないし!」

 

 7と刻まれた椅子に座る竜の魔女、ドラゴンコールがわたわた慌てた様子でエクステンドを擁護する。

 魔女の中では比較的常識人であるドラゴンコールからしてみれば、連絡の一つもせずに欠席や遅刻など考えられず、何か事件に巻き込まれていたり、ディストと戦っているのではないかとエクステンドのことを心配していた。

 

「遅刻は良くない」

「まあその内来るか」

「兎ちゃん、ガム食べる~?」

「はぁ? 急に何よ。あっち行きなさい」

「じゃあ私食べる!」

「氷ちゃんは駄目!」

「え~! 食べる食べる食べる~!」

「ドラゴン、この後飯行こーぜ。昼飯まだなんだよ」

「先輩また遠出してるんですか? あんまり危ないとこ行ったら駄目ですよ」

「いざとなりゃ変身すりゃいいだろ」

「さっきちらちらこっち見てたけどラビットフットは旅行なんだっけ?」

「そうよ。だから忙しいって言ったの」

「……どこへ?」

「ネズミの国よ」

「おっ、いいね~。お土産よろ」

「ちっ、仕方ないわね」

「兎ちゃんネズミの国行くの~? 小動物同士でお似合いって感じだね、あはははは!」

 

 新入り魔女の無断欠席、あるいは遅刻を切っ掛けにそれぞれの魔女が口を出し始め、話題はあっという間に関係ない方向に逸れていき、思い思いに雑談をし始める始末。

 

 女三人寄れば姦しいとは言うが、であれば10人も集まればその騒がしさも3倍以上なのだろうか。

 ドッペルゲンガーがそんな益体もないことを考えながら、ウィグスクローソにどのようにしてこの場を収めさせるか思案していると、激しい音を響かせて扉が開いた。それはちょうど、先日の集会で扉を蹴り開けたラビットフットの様な衝撃で、雑談に興じていた魔女たちの視線が開け放たれた扉に集中する。

 

「やあやあ先輩方、お待たせして申し訳ない」

 

 ゆったりとした青色のドレスを身に纏った、一見ぼさぼさのようにも見える灰色のウルフカットの少女が金色の瞳をギラリと輝かせて立っていた。

 そこには気後れなど一切なく、この魔女だけが立ち入ることを許された空間に、それが当然のことのように踏み入った。

 

 事前に情報を共有されていたことで、魔女たちはその少女のことを知っている。名前もそうだがその恰好や容姿、魔法についても事前にそれぞれが確認している。

 だから誰も、彼女がこの魔女のお茶会に現れたことを咎めない。彼女にもその資格があることを理解しているから。

 

「初めましてだね。この私が、エクステンドトラベラー」

 

 恭しく一礼をして見せるエクステンドトラベラー。

 その洗練された動作だけを見れば、先達に対する礼儀や敬意を払っているようにも見えるが、実際に彼女のまとう雰囲気は全くの別物。今にも魔女たちに食らいつかんとする肉食獣のような、ギラギラとした空気をまき散らしている。

 

「13人目の魔女だ」

 

 自信満々に胸を張り、遅刻してきたことなど意にも介していないように堂々と、少女はそう宣言した。


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