魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode2-1 拡張の魔女②

「初めましての先輩も多いことだし、簡単に自己紹介をさせてもらおうか。活動地域は純恋町、使う魔法は拡張魔法、気軽に拡張の魔女と呼んでくれても構わないよ」

 

 連絡もせずに遅刻してきたというのに一切悪びれる様子のない、それどころかどこか不遜な態度のエクステンドトラベラーを見て、ドッペルゲンガーはまたかと諦念を覚えた。

 魔女の力はフェーズ2魔法少女とは比べ物にならないほど強力だ。第三の門を開いたその時から身体中に力がみなぎり、何でもできるような万能感が全身を包み込む。ディストという正体不明の怪物と命をかけて戦っている以上、魔女が増えるというのは強力な頼れる仲間が増えるということであり、魔法少女全体としてもそれは喜ばしいものである。だが、話はそう単純には終わらない。

 

 何の訓練も、特別な教育を受けているわけでもない思春期の少女が、いきなり周囲を凌駕するほど強大な力を手に入れたとして、果たしてそれを今までと同じように扱うことが出来るだろうか。答えは否。唐突に大きな力を手にした少女は、その力に呑まれてしまう。

 

 ドッペルゲンガーは今の魔女たちの中ではかなりの古参に分類されるが、これまで魔女になった者で力に振り回されて尊大な態度を取る者や、攻撃的な言動をする者を何人も見てきている。今のメンバーの中でも、磁力の魔女や兎の魔女、重力の魔女、竜の魔女などは、魔女になったばかりの頃にやんちゃをしていた。いわゆる、イキっていたというやつだ。

 そして、そうした力に呑まれてイキリ散らかしている魔女というのは遅かれ早かれ他の魔女に喧嘩を売りボコボコにされて少しずつ大人しくなっていくのだ。

 

 もちろん、中には今までと変わらずにその力を振るえる者もいる。だが、この新入りの魔女は明らかに魔女の力に呑まれていた。

 

「いきなり遅刻してくるとは良い度胸じゃねえか」

「主役は遅れてやってくる、そういうものだろう?」

「ハハハ! 違えねえ!」

 

 ククッと芝居がかった調子で笑うエクステンドトラベラーに対し、キャプテントレジャーは大口を開けて豪快に笑い声をあげる。問いかけこそ乱暴ではあったものの、実際には怒っているわけでもない様子だった。

 

「わざと遅れて来たってこと~?」

「おっと、誤解しないで欲しいな。この私が故意に約定を反故にするなどありえない」

 

 不思議そうに首をかしげるレッドボールに、エクステンドは力強く否定の言葉を述べた。

「どちらにせよ、一報はいただきたかったですね」

「戦闘中だったものでね。そうもいかなかったのだよ、糸の魔女殿」

 

 エクステンドはやれやれというように肩を竦めて見せる。

 魔女は強力な力を振るう存在だが、だからと言って無敵というわけではない。未知の怪物であるディストを前にして油断を見せれば、それが致命的な隙にならないとは言い切れない。そういう事情だったのなら仕方がないと、大半の魔女が矛を収めるように口を閉じた。

 

 だがそんな中で唯一、怒りを示す様にガタガタと大きな音を立てて椅子を引き、立ち上がる者がいた。

 

「理由があろうが遅刻は遅刻じゃない。ええ?」

 

 ラビットフットが語気に怒りを滲ませながらエクステンドを指さし、その指を下に向ける。

 

「謝る時は頭を下げるもんよ。あんたは礼の一つも出来ないの?」

「ふむ、この私に非はないものと認識しているが……。幼子にも分かるよう説明するというのは存外難しい」

 

 普段から沸点の低いラビットフットだが、それにしても今日のそれはあまりにも理不尽な物言いだった。また、その声音には確かに怒りが含まれているものの、いつものようにヒステリックに叫び声を上げるような、一瞬で沸騰したかのような怒気は感じられなかった。

 

 ドッペルゲンガーからしてみれば、唐突にそんな些細なことで怒り出すラビットフットは手に余る問題児ではあったが、同時にこの新しい魔女も面倒な性格をしていそうだと内心で溜息を吐く。

 話を聞く限りエクステンドに非がないのは確かだが、もう少し言い方というものもあるだろう。そのような挑発以外のなにものでもない言い方をすれば、この後どうなるかなど目に見えている。

 

「はあ!? あんた、魔女になったからって調子に乗ってるわね!? いいから謝れって言ってんのよ!!」

「どうしても頭を下げさせたいというのなら、力づくで下げさせると良い。序列第十位、兎の魔女殿」

 

 いつものように一瞬でボルテージが上がり怒気をまき散らし始めたラビットフットに対して、エクステンドは更に挑発の言葉を重ねる。ここまでくればエクステンドの目的は明らかだった。この新しい魔女は先達と戦おうとしているのだ。その相手がラビットフットだったのは偶然か、はたまた必然か。

 

「上等じゃない! 泣いて謝ったら許してやるわ!!」

「それはお優しい。感謝するよ、兎の魔女殿」

 

 魔女の力に呑まれるとは言っても、その結果どのような問題行動を起こすのかというのは十人十色だ。そんな中でも比較的多いのが、その力がどこまで通用するのか試したい、限界まで全力でその力を振るいたいという欲求を満たそうとすることだ。エクステンドはまさにこのタイプだった。

 

 これは決して悪人ではない、普段は比較的善良であろう部類の少女や目立たない真面目な少女も陥ってしまう現象で、タイミングが良ければマーキスクラスや、本当に運が良ければデューククラスといった上位のディストと戦うことで満足することもある。

 だがそうした丁度いい機会に恵まれなかった場合、彼女らが標的にするのは同じ魔女だ。面と向かって訓練や決闘を申し込むならまだ良い方で、ディストとの戦闘終了後に襲い掛かってきたり、相手を挑発して無理矢理戦いに持ち込もうとする者も過去にはいたという。

 

 エクステンドが最初からこの展開に持ち込もうとしていたのかまではドッペルゲンガーには読めなかった。多少不遜な態度は目についたが、それとて本来であれば目くじらを立てて追及するほどでもなかった。たまたまだ。たまたまラビットフットの機嫌が悪かった。もしもラビットフットが他の魔女たちのように矛を収めていれば、何の問題もなくお茶会が始まっていたはずなのだ。

 

 仮定の話に意味はない。

 

 二人を中心に肌をひりつかせるほど剣呑な空気が広がっていく。今にも争いが始まりそうだというのに、海賊の魔女や重力の魔女、磁力の魔女は面白そうに二人を囃し立てる。毒虫の魔女はいつも通り無言で我関せずといった様子で、氷の魔女はお茶菓子に夢中だ。竜の魔女はオロオロと狼狽えるばかり。蛸の魔女は紅茶の香りを楽しみつつティーカップを傾けている。鮫の魔女だけは真剣な面持ちで二人を見つめているが、仲裁に入る気はないようだった。

 

「跳び上がれ――」

「広がれ――」

人形よ踊れ(パペット・プレイ)

 

 二人が限定解除のキーワードを唱えようとした直後、それよりも早く唄うような言葉が響き、それぞれが自分の手でその口を塞いだ。

 

「んー!?」

「んんん?」

 

 当然、それは二人が自分の意志で起こした行動ではない。驚いたようにくぐもった声をあげ、続けて身体が自由に動かないことに気が付いた二人は、唯一動かすことの出来た眼球だけを動かし、優雅に紅茶を飲んでいるウィグスクローソに視線を向けた。

 

 二人だけではなく、その場にいるほぼ全員の視線を受けたクローソはゆっくりとティーカップをソーサーへ降ろす。

 

「あなたたちが喧嘩をするのは自由ですが、せめて訓練室でやって下さい。今すぐやりたいというのであれば引き止めはしませんよ」

 

 クローソの言葉に合わせて二人の足が勝手に動き出す。足の向かう行先は部屋と通路を繋ぐ扉だった。

 

「んんー!? んんんん!!」

「んー」

「言いたいことがあるのならどうぞ」

 

 出口へ向けて歩いていた二人の足がぴたりと止まり、自らの口を押えていた両手と固く結ばれていた唇が自由を取り戻した。

 

「わ、わかったわよ! さっきのことはもう良いわ!」

「同意見だ。さすがに初参加で強制退場というのは勘弁してほしいものだね」

 

 二人が若干焦った様子で弁明すると、くるりと身体を反転させ、糸で操られる人形のようにぎこちない動きのままそれぞれ10と刻まれた椅子と13と刻まれた椅子に着席した。

 

「いやはや、流石は序列第三位糸の魔女殿だ。まったく抵抗出来る気がしない」

「ちょっと! 早く魔法解きなさいよ!」

 

 自らの意志ではピクリとも身体を動かせないことにエクステンドは感心した様子を見せ、ラビットフットは甲高い声で怒声をあげる。

 

「……ラビットフットさん、私はあなたのことが嫌いではありませんが何事にも限度があるということを教えてさしあげましょうか」

「っ……ふんっ、今日だけは我慢してやるわ」

 

 それはいつも通り冷静沈着で抑揚のない声音であったが、ラビットフットは捨て台詞と言うほかない言葉を吐いて黙り込んだ。普段は穏やかで物騒なことなど冗談でも口に出さない、特に年少組に対しては心の広いクローソが、脅かすような発言をしたのだ。いかに短気で手の早いラビットフットと言えど、これ以上はマズイということを理解した。

 

「それでは、お茶会を始めましょう」

 

 気を取り直す様に開会を宣言したクローソが、13人目の魔女、エクステンドトラベラーに視線を向けた。


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