少しだけ、あの日の後の話をしましょうか。
本当の私を知ったうえで、改めて友達になってくれたエレファントさんとはマギホンの連絡先を交換して、何度か遊びに出かけています。
彼女と友達のように接することにはまだ後ろめたさがありますけど、それで遠慮をするのは私のことを受け入れてくれたエレファントさんに対して失礼です。それに後ろめたさがあるとは言っても、それとは別に彼女と友人として遊ぶことを楽しみにしている自分もいるんです。
物事を後ろ向きに考えてしまうのは私の悪い癖ですけど、エレファントさんと居る間はいつもより前向きになれる気がします。
私生活で変化があったのはそれくらいで、傍から見れば大した違いではないかもしれません。ゲームやアニメで暇を潰していた引きこもりが外でも遊ぶようになっただけ。真人間に近づいたかと聞かれたら、ハッキリそうだと断言することは出来ないです。でも、私にとっては人生のターニングポイントと言っても過言ではないくらい大きな変化でした。別に私は真人間になんてなれなくても良いんです。
それから今の私のお仕事である魔法少女ですが、こちらにも少しだけ変化がありました。
元々私はチームを組まずにソロで戦っていましたけど、エレファントさんのチームに臨時の助っ人として加入することになりました。高位のディストが出てきた場合は私がメインで戦い、ヴィカントクラス以下の場合は私がバックアップとして補助に回ってエレファントさんたちがメインで戦う感じです。
バロンクラスの双頭羊ディストに負けてしまった以上、意地を張って一人で戦い続けることは出来ません。如何にフェーズ3の魔法少女であっても相性によっては負けることもあるんです。エレファントさんのために戦う覚悟は出来てますけど、だからと言って無駄死にするつもりはないのです。
さて、臨時とはいえチームに加入することになった私ですけど、当初はエレファントさん以外とコミュニケーションを取るつもりはありませんでした。別にこの臨時チームは連携を鍛えて集団としての力を高めようという趣旨ではなく、一人では危険すぎるのでカバーがきくように人数を集めただけだからです。
でも、エレファントさんにその方法は私の目的に沿わないと言われて考えを改めました。エレファントさん曰く、何が何でも他人と関わろうとしない人間と言うのはむしろ他人の興味をひいてしまうそうなのです。実際、エレファントさんも私が頑なに魔法少女との接触を避けていたことを心配して声をかけてきたそうです。
その点、日常会話くらいはするけど深入りはしないという程度の関係性は社会的にありふれたもので、複雑な事情に踏み入って欲しくないならそうした上辺の関係を取り繕う方が確実だということでした。
目から鱗が落ちる思いでした。たしかに会社で働いていた時、私は同僚や上司とも普通に会話をしていましたけど、仲が良いと呼べるような相手は一人もいませんでした。業務上だけの付き合いだったのです。
エレファントさんは流石です。エレファントさんの言うことに間違いはありません。
そんな経緯もあり、私はエレファントさん以外のチームメイトとは近づきすぎず離れすぎない程度の距離感を保っているというわけです。
一緒に食事をしに行くことや遊びに行くことは少々近づきすぎではないかなと疑問にも思いましたが、エレファントさんは女の子なら友達じゃなくても付き合いで遊びに行くよと言っていたので問題ないです。エレファントさんの言うことに間違いはないですからね。
「随分仲が良いのね」
テニスコートを出て木陰で休んでいる私たちのところに戻ってきたブレイドさんが、膝枕で頭を撫でられている私を見て微笑みました。
「べ、別に仲良くなんてないです。普通です」
私は若干焦りながらそれを否定しました。
同じチームで活動するというのに明確に態度に違いを作るというのは不和の元となるので、エレファントさんと友達になったことはブレイドさんたちには秘密です。だから客観的に友達に見えるようなことは人前ではしないことにしています。これもエレファントさんの発案です。
膝枕で頭を撫でられるのは女の子同士なら普通だとエレファントさんも言ってましたし、怪しまれるようなことはないはずです。
「ああ、たしかにそうね。普通だわ」
「じゃああたしも撫でるー!」
どこか棒読みで答えるブレイドさんの様子が少し気になりますけど、プレスさんがいきなりエレファントさんの隣に座って私の頭を撫で始めたのでそんなことを気にしている場合ではなくりました。
「だ、駄目です!」
私は咄嗟にエレファントさんの膝の上から転がり落ちるように身を起こしました。いくら女の子同士では普通とは言っても、プレスさんとブレイドさんは私が本当は男であることを知らないんです。一般的な女子のコミュニケーションとして普通ではあっても、それとこれとは話が別です!
「え~、なんで~? エレちゃんは良いのにあたしはダメなん?」
「う、そ、それは……」
思わず逃げるように拒否してしまいましたけど、表向き私とエレファントさんの関係はブレイドさんやプレスさんと同様に臨時のチームメイトというだけです。エレファントさんは良いのにプレスさんは駄目だと言う合理的な理由が咄嗟に見つかりません。
「あーあ、折角シルフちゃんが逃げられないようにしてたのに、プレスが邪魔するから逃げちゃった」
「! そうです! エレファントさんには無理矢理撫でられてたんです! 助かりました、プレスさん」
咄嗟に機転を利かせて助け船を出してくれたエレファントさんに乗っかって何とか窮地を切り抜けました。この場を乗り切るためとは言え、エレファントさんを悪者にするようなことを言うのは心苦しいです。後でたくさん謝ってお礼を言わないといけないですね。
「フ、フフ、なるほどねぇ~。どういたしまして」
プレスさんが肩を震わせながら引きつった笑顔でそう答えました。
お腹でも痛いのでしょうか?
「思っていたよりも抜けてるのね……」
「? 何か言いましたか?」
ブレイドさんが小さな声で何か呟いたような気がして聞き返しましたが、凛とした真面目な表情で何でもないと言われました。ただの独り言だったみたいです。考え事をしてると小さく言葉にしてしまうことはありますから、そのようなものだと思います。何を言っていたのかは聞き取れませんでした。
「てかもう15時過ぎてるしスイーツ食べに行こー」
「身体も動かしたし栄養補給だね!」
「シルフさんは甘い物は大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
ブレイドさんに話を振られて、つい社会人時代のような調子で対応をしてしまいます。意図してのものではなく、ブレイドさんは怒ってさえいなければ何かと物腰が丁寧なのでなんだか業務上のやり取りをしているような感じと言うか、先輩社員に対するような言葉が自然と出てくるのです。
エレファントさんの言っていた、表面上だけの関係を築くということを考えると、自然とこのような対応が出来るのは好都合ですね。これなら相手も必要以上に私に興味を持ったりはしないはずです。
「折角だし新しい店を開拓――」
プレスさんがマギホンを取り出してスイーツ店を探そうとした直後、そのマギホンの画面が光だし爆音を響かせました。ディスト発生の通知です。
これが現実世界ならこの騒音と言えるレベルの通知が誰かの迷惑になることもありませんが、ここは魔法界です。この娯楽施設で他のスポーツに興じている魔法少女も複数いて、彼女たちの視線が一斉に私たちに集まりました。
私も自分のマギホンを取り出して通知の内容を確認します。
「アールクラスディスト、新型じゃないっぽいね」
「もう一か月くらい前からだけれど、本当によく出るわね」
「シルフちゃん、大丈夫?」
アールクラスディスト、複数人で当たるのであればフェーズ2の魔法少女が何人か必要になるレベルの強さですね。上位のフェーズ2魔法少女ならば一人でも勝てるでしょうけど、エレファントさんたちではまだ勝てる相手じゃありません。だからこそ、エレファントさんは私を心配しているのです。
そういえば、臨時チームを組んでからヴィカントクラス以上のディストと戦うのは初ですね。
「あまり見くびらないで欲しいです」
確かに私は一度折れた魔法少女ですけど、エレファントさんのために戦うと覚悟した私は無敵です!
「転移座標」
「「「「欺瞞世界・咲良町D区画」」」」
幾何学的な魔法陣が私たち四人の身体にそれぞれ重なり、重力を無視したようにふわりとその身体を浮き上がらせます。そういえば、一番最初はわけもわからず随分と困惑したものです。懐かしいですね。……許したわけではないですけど、ジャックは今何をやってるんでしょうか? 目の届く範囲に居ないとまた何か企んでいそうで少しだけ不安ですね。
そんなことを考えているうちに魔法陣から眩い光が溢れ出して、収まるころには私たちは欺瞞世界へ降り立っていました。
「射線に入らないでください!」
転移が完了した瞬間、私は杖を前方に構えて叫びました。
ディストは等級が上がっていくごとに強くなり、同時に大きくなります。バロンクラスの双頭羊が普通の羊の一回りか二回り程度大きかったのに対し、ヴィカントクラスの怪鳥はワシやタカと比べてもレベルの違う大きさでした。さらに言えば、マーキスクラスの巨人はその怪鳥すらも遥かに上回る大きさだったのです。
つまり何が言いたいかというと、高位のディストは探すまでもなく視界に入る、ということです。
転移完了と同時に、私たちはその巨大なディストの存在を認識していました。
蟹です。マーキスクラスほどではないですけど、それでも普通の蟹と比べれば遥かに巨大な蟹が両手のハサミを振り回して民家やマンションを破壊しています。
以前、私は新型ディストのデータを集めるためにあえて戦いを長引かせてました。相手の出方を伺ったり、弱い攻撃をして反応を見てみたり。
知らず知らずのうちに、私は天狗になってたんです。フェーズ3と呼ばれる魔法少女の到達点に居る自分が負けるはずがないと。そうでもなければ、たった一人でそんな危険なことを出来るはずがありません。
なんて愚か。なんて傲慢。
私は幸運にも少しだけ強い力を手にしただけの一般人です。
油断をすれば隙が生まれ、隙があれば足をすくわれます。
勝利を約束された英雄なんかじゃないんです。
だからもう、油断はしません。
「
私の呼びかけに応じてエレファントさんたちが後方に下がるのと同時に、今私が使える中で最大の魔法を発動しました。
今までよりも太さを増した四つの竜巻が、蛇のようにうねりながら巨大蟹ディストの足に絡みつきます。一本一本をミキサーにかけるよう粉砕し、さらにその足の付け根から体内に侵入して徹底的に蹂躙します。よく見れば、蟹の口元から黒い泡が吹かれています。何かの攻撃かもしれないので竜巻で顔面を泡ごと削り散らします。
体内に比べると甲殻類を模しているだけあって堅いようですけど、掘削機の如き竜巻の前では何の意味もありませんでした。時間にして僅か十数秒。アールクラスの巨大蟹ディストは完全に消滅し、黒い塵となって消えていきました。
警戒を緩めずにマギホンを確認すると、ディスト討伐完了の文字が画面に表示されています。
「やっぱり魔女の力は凄まじいわね」
「シルフちゃん大丈夫? 痛いところとかない?」
「これあたしらいらんくね……?」
ディストが消滅したのを確認して、下がっていた三人が戻って来ました。
別に隠していたわけではないですけど、先日魔法少女の公式HPで私が魔女であるということが公表されたので、三人とも私が魔女であるということは知ってます。元から薄々察してはいたようで、公式から発表があった時もやっぱりかという反応でした。
「毎回これほどうまくいくとは限りません。これからも皆さんのお力を貸してもらえると嬉しいです」
「もー冗談じゃん! そんな堅苦しい言い方しないでよー」
「ちょ、ちょっと、やめてくださいっ!」
「えーいいじゃんうりうりー」
ふざけて肩を組み、さらにはほっぺたをすりすりと擦りつけてくるプレスさんを引きはがそうとしますが、体格と膂力の差で全然離れてくれません。
「あはは、ほどほどにね」
「エレファントさん!? 笑ってないで助けて下さい!」
「プレス、シルフさんが嫌がってるでしょ。その辺にしておきなさい」
その後、なんとかブレイドさんの助けもありプレスさんを引きはがすことに成功しました。
ただでさえギャルっぽい感じで得意じゃないんですから、急に距離を詰めてこないで欲しいです。