拡張の魔女、エクステンドトラベラーさん。私よりも先に第三の門を開いた純恋町の魔法少女ですね。純恋町は咲良町の隣にある町なので、お隣さんということになります。
ジャックを追い出してからはある程度公式サイトやまとめサイトを覗いて情報収集をしているので、目の前で手を差し出してる魔女のこともちゃんと知ってます。ラビットフットさんと遭遇した時の私とは違うんです。
それに、そもそも彼女のことは魔女としてではなく魔法少女エクステンドとして知ってました。
隣の純恋町で活動している魔法少女とは親しくしているということは、エレファントさんから聞いていたのです。
「それはどうも。ご存じのようですけど、タイラントシルフです」
あまりよろしくしたくはありませんが、こういうところで握手を拒否したりすることが却って相手の興味を引いてしまうのです。ここは無難に対応しておきます。
「もちろん知っているとも! 表向きは同期とということになるが、魔法少女としても魔女としても私は君の先輩だからね。困ったことがあれば何でも相談してくれて構わない」
「ありがとうございます」
社交辞令ですね。真に受けて相談したら迷惑がられるやつです。別に本気だとしても相談することなんてないでしょうけど。
というか、私は早くエレファントさんとお話したいので用が済んだなら戻って欲しいです。
私にとっては魔法少女も魔女も等しくどうでもいいです。
「エクスさん、おめでとうございます。どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか?」
「ふふ、サプライズだよ。驚いただろう? もっとも、この私は別の意味で驚かされたけれどね」
エクステンドさんがエレファントさんと喋りながら意味ありげな視線を向けてきました。
折角13人目の魔女として大々的に発表されたというのに、まさか同時期に魔女になっている魔法少女がいたなんて寝耳に水だったのでしょう。私も当日発表されるまでエクステンドさんが13人目の魔女になっていることは知らなかったのでお互い様です。
というか、事前に聞いてはいましたけど本当にエレファントさんとエクステンドさんは知り合いなんですね。隣町の魔法少女同士助け合うこともあるでしょうから変ではないですけど、魔女と交流があるというのは中々凄いことなんじゃないでしょうか。
正確には魔女と交流があるというよりは、交流のあった魔法少女が魔女になったというのが正しいんでしょうけど、結果は同じ事です。
なりたてとはいえ二人の魔女と繋がりを持つ魔法少女。
やっぱりエレファントさんは流石ですね!
「いつまでも立ちっぱなしというのもなんだし、とりあえず座ろうか」
エクステンドさんに促されてエレファントさんが同じ席に座ってしまいました。
気づけばいつの間にかブレイドさんとプレスさんは別の魔法少女と一緒の席にいます。
二人と一緒に居るのが隣町のサムライピーチさんとナックルさんだということはわかりますけど、だからってなんでそっちの席に行っちゃうんですか。これじゃあ私はエクステンドさんと一緒の席に座らなきゃいけないじゃですか。
ブレイドさんとプレスさんはエレファントさんと同じチームですからある程度関わりを持つのは仕方ないと思ってますけど、関わらなくて良い魔法少女とは出来るだけ距離を置いておきたいです。
「そう警戒しなくても良い。糸の魔女殿に釘を刺されていてね。あれこれと探りを入れるつもりはないよ。あくまでも、個人的に友誼を深めたいと思っているだけさ」
二つの席を見比べてオロオロともたついていたせいか、エクステンドさんからそんな風に声をかけられました。その個人的に友誼を深めるというのが嫌なんですけど、ここで強情に断るわけにもいきませんね。
しょうがないのでエレファントさんの隣にお邪魔することにしました。
「失礼します」
「ははは、固い固い。まずは甘い物でも食べてリラックスしようじゃないか。なにか好きな物はあるかい? 折角のお出かけに乱入してしまったお詫びに今日はご馳走するよ」
「別に、なんでも良いですけど」
本気で申し訳ないと思ってるなら今すぐ帰って欲しいものですね。
「もうっ、拗ねないのシルフちゃん。みんなで遊ぶのが楽しみだった気持ちはわかるけど、また一緒におでかけしよ?」
「す、拗ねてなんかないです! 勘違いしないでください!」
私は単にエクステンドさんと仲良くする気がないだけですからね!
エレファントさんとお出かけするのは確かに楽しみでしたけど、だからってそれを邪魔されていじけてるからこんな態度を取っているわけなんかじゃ絶対にないです! 私はそんなに子供じゃないです! とっくの昔に成人してる大人なんですから! 口には出せませんけど!
「ほらほら、これなんか美味しそう」
「プリンですか? こっちのタルトなんかも美味しそうですね」
エレファントさんが体を寄せてメニュー表を見せてくれます。
随分とスイーツの充実したお店ですね。逆に軽食と呼べるようなメニューはあまりありません。
まあ、魔法界は魔法少女しかいない関係上、女の子向けの商品の方が売れるでしょうから当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんね。
かくいう私も、以前は偶に思い出したように食べるくらいで特別甘いものが好きだったわけではないですけど、この身体になってからは味覚が変化したのか甘味がとても美味しく感じるようになりました。
「じゃあ一口ずつ交換しよっか?」
「え? で、でも……」
エレファントさんは私の正体を知っています。
そのうえでそう言ってくれてるんですから、躊躇う必要はないのかもしれません。
ただ、理屈でわかっていてもそれに感情が追いつくかどうかはまた別の話です。
「シルフちゃん、私は気にしないって言ったよね?」
「ひぅっ」
私だけに聞こえるように、エレファントさんが耳元で囁きます。優しい吐息が耳にかかると、くすぐったくてつい声を上げてしまいました。き、聞かれてないですよね?
厚手のお洒落なメニュー表で隠されて、正面のエクステンドさんの様子は伺えません。逆にエクステンドさんからも私の表情は見えていないと思います。きっととても赤くなってると思うので、悩んでるふりをして顔の熱が引くのを待つことにしました。恥ずかしいです……。
「風の魔女殿は随分と甘味が好きみたいだね。ゆっくり考えると良い」
「え!? あ、はいっ!」
「ああ、急に声をかけてしまってすまなかった」
「い、いえ」
ど、どうやらバレてはいないみたいですね……。
その代わりに私が甘味大好きでメニューを読むのに没頭してしまうレベルだと印象付けられてしまったかもしれません。
「ね、シルフちゃん。決められないならやっぱり交換しよ?」
「わかりましたっ、わかりましたからぁっ」
「注文お願いしまーす」
ニコニコと笑いながら顔を近づけてくるエレファントさんの圧力に負けて結局受け入れてしまいました。
エレファントさんは嫌じゃないんでしょうか? 今はこんな姿ですけど、私の元の姿は知ってるのに。
私の本当の姿を知ったうえで友達になってくれたことはとても嬉しいです。でも、そんな急に本当の女の子同士みたいに接するのは私には難しいです。どうしても自分は男だという引け目は感じてしまいます。
「じゃあ私も交換させてもらおうかな」
「それは駄目です」
駄目に決まってます。エクステンドさんだからとかではなく、これは相手が誰でもエレファントさん以外の魔法少女は絶対駄目です。
「じょ、冗談だよ……。まあまだ初対面だしね」
「私は大歓迎ですよ!」
「そうかい? じゃあ早速」
エクステンドさんは自分のロールケーキをフォークで一口大に切り分け、ゆっくりとエレファントさんの方に向けました。
「はい、あーん」
「あーん」
「え?」
あ、あーん!? これが女の子同士なら普通のやり取りなんですか!?
スキンシップも普通なんですからこの程度なんでもないのかもしれないですけど、なんだか特別な関係みたいというか。私の漫画から得た知識ではこういうことは恋人同士でやるものです!
うーん、男女の関係と女の子同士の関係と言うのはそんなにも違いのあるものなんですね。きっとこれも女の子同士なら普通のことなんでしょう。
普通のこと、そのはずですけど、二人を見てると何だかモヤモヤします。やっぱりまだ女の子の友達という感覚が馴染まないからでしょうか?
「んー♪ 甘くて美味しいです!」
「やれやれ、感想はそれだけかい? もっとこう、ふわふわの生地としっとりとした生クリームのコントラストが舌の上で調和を生み出している、とかあるだろう?」
「エクステンドさんは何か食べる度にそんな恥ずかしいこと言ってるんですか?」
「はず!? いやいや、その美味しさを他者に正確に伝えるためには出来る限りの言葉を尽くすのが礼儀というものだよ。ほら、風の魔女殿も食べたくなってきたんじゃないかな?」
「あ、いえ、結構です」
「そ、そうか……。恥ずかしいのか……、ナックルは褒めてくれたのだけど……」
後半は声が小さくて何言ってるのか聞き取れませんでしたが、何か呟いてます。
正直、食べたくなったかなってないかで言うとなりました。それはエクステンドさんのこっぱずかしい食レポのお陰ではなく、エレファントさんの反応で、ですけど。でもここは我慢です。今度一人で……、いえ、エレファントさんを誘って二人で来ましょう。その時に食べれば良いんです。
エクステンドさんもこうして直接話してみて、悪い人ではないということはなんとなくわかりましたけど、だからと言ってエレファントさんと同じように接することは出来ません。
ブレイドさんやプレスさんも同じです。たぶん、まだしっかりと話したことはないですけどサムライピーチさんとナックルさんも良い人なんだと思います。エレファントさんのお友達に悪い人がいるわけないですもんね。
……やっぱり少し後ろめたいです。
受け入れてもらえたとは言っても、私みたいな嘘つきがエレファントさんの友達になってもいいのか。
でも、今更やめられません。友達がいるということがこんなにも幸せなことだったなんて知らなかったんです。