魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

43 / 215
episode2-3 糸の魔女②

 少しだけ堅くなった空気をほぐすように、クローソさんはティーカップに口をつけました。

 美人で物静かなお姉さんが紅茶を飲む姿というのは絵になりますね。

 

 ……そういえば私は紅茶なんて飲んだことありませんけど、どんな味なんでしょうか?

 湯気が立ち上るティーカップをそっと持ち上げてフーフーと息を吹きます。とりあえず火傷はしないかなという程度まで冷ましたところでゆっくり味わうように口に含みました。

 

「苦いです……」

 

 想像と現実のギャップからつい感想を口に出してしまいました。

 自分でも眉間にしわがよってるのがわかるくらい顔を顰めてると思います。

 漫画とかアニメでは上品なお嬢様たちが美味しそうに飲んでましたけど、やはり本当のお嬢様でなければ紅茶の良さはわからないのでしょうか。

 

「フフッ、シルフさんにも子供っぽいところがあるんですね」

「子供でも大人でも苦いモノは苦いです」

 

 ポーカーフェイスを崩して思わずと言った様子で楽しそうに笑っているクローソさんについ文句を言ってしまいました。ですがクローソさんも悪いと思います。苦いと言ったら笑うなんて、私のことを子ども扱いして馬鹿にしてるみたいじゃないですか。

 

「そうですね。たしかにその通りです。お砂糖を入れればもう少し飲みやすくなりますから、試してみてはどうでしょう。まずは二つ、三つほど入れるのがおすすめですよ」

「ありがとございます」

 

 優しい声音でそう言ったクローソさんが小さな鍋のような白い陶器の蓋を開くと、真っ白な角砂糖がぎっしりとつまってました。小さなトングで白いキューブを掴み、紅茶の中にゆっくりと投入します。同じことを後2回繰り返し、よく混ぜてから改めて飲んでみると、苦みが完全になくなったわけではないですけどさっきより飲みやすくなりました。

 

「お気に召したようでなによりです」

 

 クローソさんはいつの間にかさっきまでのポーカーフェイスに戻り、楽し気に発せられた笑い声も抑揚のない無機質なものに戻っていました。

 

 当初よりも多少和やかな空気になったところで、クローソさんが話題を元に戻しました。

 

「聞くところによると、シルフさんはすでにマーキスクラスの討伐経験がおありのようですね」

「先日私の地域でも出現しました。実際に戦ってみて、よほど相性が悪くない限りは後れを取ることはないです」

 

 それに、ラビットフットさんとの共同戦線でも群体型のマーキスクラスと戦ってますけど、特に苦戦もしませんでしたからね。油断は禁物ですけど気をつけていればまず負けないと思います。

 

「そこまでご理解されてるのなら、忠告も必要ないですね。ただし、研修も兼ねてこれから数日間の任務には私も同行します。これは善意での提案ではなく私の仕事のようなものなので、拒否権はないと考えて下さい」

「研修ですか? ただ現地に行ってディストを倒すだけではないということですか?」

「正直にお伝えすると、研修と言うのは建前でシルフさんの実力を見せていただくことが目的です。これはエクステンドさんも同様の措置を取っていますので、ご理解願います」

「私は構いませんけど、それって言っても良いことだったんですか?」

 

 実力を見せてもらうだなんてオブラートな言い方をしてますけど、試験や監視のような意味があるってことですよね。

 私の実力が魔女の中でどの程度に位置するのか、素行に問題がないのかとか、実戦を直接見ることで情報収集するのなら、それを本人に伝えてしまうのはどうなんでしょうか。

 

「下手に誤魔化して怪しまれると余計にややこしくなりますから。聞かれなければ、お答えするつもりはありませんでした」

「ぶっちゃけますね」

 

 警戒してるのがバレてますね。

 一見して私にデメリットのない提案を断った時点で、言うことを鵜呑みにするほど信用されてないということはクローソさんも理解しているということでしょう。

 

「信じて下さいと語るだけで信用を得られるのであれば苦労はしません。信用とは行動によって積み上げるものです」

「そうですね。私も同感です」

 

 つまりは一つ目の石を積んだということですね。

 適当に煙に巻かれるよりはたしかに誠実だと思いますけど、それを口に出すから怪しいんですよ。

 

「話を戻します。ノルマは原則、眠りの魔女を除く全ての魔女が平等に負担することになりますが、例外もあります。パターンはいくつかありますが、一番多いのは魔女自身がノルマの増加を望んだ時です。現状でも、ディスカースさんとパーマフロストさん、シメラクレスさんの三人は他の魔女と比べて多くの任務をこなしています」

「それはやっぱりポイントが欲しいからですか?」

 

 魔女については検索してわかる程度のことは一通り調べて来ました。

 

 ディスカースさんは動画も上げてないですしSNSもやってなくて、しかも活動は基本的にソロという少し前までの私みたいな状況なので、ハッキリ言ってほとんど何もわかりませんでした。

 

 パーマフロストさんは随分以前から魔女として活動してるみたいですけど、動画やSNSなど表舞台で目立つようになったのは凡そ9年ほど前からで、それからずっと見た目が変わってません。魔法少女は成長しないなんて都市伝説が囁かれるのも彼女が原因みたいです。動画を見る限り振る舞いも年相応の子供ですし、肉体も精神も本当に成長してないのかもしれません。

 

 この二人がポイントを欲しがって積極的に戦ってるのか別の目的があるのかはわかりませんけど、逆にシメラクレスさんはとてもわかりやすかったです。

 傭兵稼業をやっていて自分の活動を大々的にアピールしてるので、ちょっと調べるだけでも目を通すのが億劫になるほど情報が出てきました。仕事の内容に応じて相場より高めの報酬を要求する上級傭兵らしいです。

 魔法少女の中にはそうやって自分の強さを売りにしてポイントを稼いでる人も一定数居るみたいで、そうした魔法少女を一括りにして傭兵と呼びます。シメラクレスさんは傭兵の中でも唯一の魔女ということで、報酬は割高ですけど引っ張りだこなんだそうです。

 

 ちなみにレイジィレイジさんについては語るまでもないというか、ノルマが課されてないのもそれはそうだろうなというか、記事に書かれてる内容は一目見て本当かなと疑いましたけど、動画を見ると信じざるを得ないです。あの人が序列一位の座を守り続けてるというのも頷ける話です。

 

「みなさんが何を考えて戦っているのかまでは私にもわかりません。シルフさんにも理由があるように、それぞれそうする理由があるのでしょう」

 

 それもそうですね。聞いておいてなんですけど、別に他の魔女がどんな理由で戦ってるかなんて、話の種程度にしか興味がありません。

 ほかの魔女が多く引き受けてくれる分私の負担は減るわけですから、理由はどうあれ私にとっては良いことしかないですね。

 

「今後はシルフさんも任務のローテーションに組み込まれますが、研修期間中は集中的に任務を受けていただくことになります」

「研修はどの程度の期間を想定してるんですか?」

「期間と言うよりは回数になりますが、最低でもマーキスを5回、デュークを1回ですね。デューククラスは滅多に出て来ませんので、とりあえずは5回だと考えて下さい。今後デューククラスが出現した場合、原則シルフさんとエクステンドさん、そして私は強制参加です」

 

 妥当、なんでしょうか?

 実力を見るのに5回も必要なのかという疑問はありますけど、そこの塩梅は私にはわかりませんし、理不尽だと感じるほどの回数でもないです。気持ち的な折り合いという面で見れば、やっぱり妥当ですね。

 

「研修は次の任務から始めるんですか?」

「いえ、まだエクステンドさんの研修が終わってないので少し待っていただくことになります。その時が来たら連絡しますので、連絡先を教えて貰えますか? 毎回魔法局を経由してやり取りするわけにもいきませんから」

「…………はい」

 

 本当は教えたくないですけど、業務上での連絡に社用ケータイを使うのは当たり前です。マギホンは魔法少女用の端末なので、ある意味業務用のスマホとも言えるんですよね。だとしたらお仕事をする一人の人間として、ここで教えたくありませんとは言えないです。

 その結論に至るまでには大きな葛藤がありましたけど、これは仕事です。連絡先を教えるのも魔法少女としての業務の一環です。他意はないので大丈夫です。

 

「無闇に連絡はしませんので安心してください。連絡するのはお茶会の通知や緊急招集の時くらいです」

「勘違いしないでくださいね。クローソさんに教えるのが嫌なわけではなく、誰かに連絡先を教えること自体が嫌なだけなので。でも、お仕事ですから我慢します」

「それはそれでどうかと思いますが……。でも、我慢出来て偉いですね」

 

 露骨に間が空いたのでクローソさんに気を使わせてしまいました。

 私がクローソさんを嫌ってるとか面倒くさい勘違いをされるのも嫌なのでフォローをしておくことにしました。

 なんだか子供扱いされたような気もしますけど、変にこじれるよりはよしとしましょう。

 

「ノルマについての説明は凡そ終わりましたが、何か質問はありますか?」

「義務とは言っても強制的に戦場に転移させられるわけではないですよね? 仮に拒否した場合どうなるんですか?」

「実例がありませんので規定上の話となりますが、その時点で魔法少女としての資格が剥奪されます。やむを得ない事情があれば話は別でしょうが、それを判断するのは魔法局です」

 

 元より拒否するつもりなんてありませんでしたけど、今はまだ魔法少女の力を失うわけにはいきません。大人しく任務とやらをこなすとしましょう。

 

「魔女の義務はノルマだけということでしたけど、今日のお話はこれで終わりですか?」

「いえ、今日ご説明することは魔女の義務だけではありません。最初にお伝えしたでしょう。少し長くなりますと」

 

 私としても派閥の話は聞いておきたいので、むしろこれだけで終わりですかという意味の質問だったのですけど、まだ終わりではないようで安心しました。

 触らぬ神に祟りなしとは言いますけど、何も知らないでいると神様の方が積極的に触ってきたあげく逆恨みして祟られるかもしれませんからね。関わるつもりはありませんけど、状況は知っておきたいです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。