魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode2-3 糸の魔女④

 こういうところがあるから、私は自分のことを優しい人だなんて言えないんです。

 エレファントさんは私のことを優しいなんて言ってくれて、そのことはとっても嬉しいですけど申し訳なくもあります。

 私は自己中心的な人間です。自分が良ければそれでいい。私の知らないところで起きてる事件なんてどうだって良いです。

 そんなことに時間を使ってる暇があったら、ちょっとでもエレファントさんの近くに居てエレファントさんのために戦いたいです。エレファントさんの笑顔を守りたいです。

 

「差し支えなければ、理由を伺ってもよろしいですか?」

「そんな余裕はないからです」

「……なるほど。後進の育成については考えていただけるとのことでしたが――――」

「気が変わりました。それもお断りします」

 

 かぶせるように結論を述べます。さっきと方針が違うことを追及するつもりだったのかもしれませんけど、無駄です。そちらがその気ならこちらも遠慮するつもりはありません。

 

 曖昧に答えたことで、与しやすいという印象を与えてしまったのかもしれません。

 最初からバッサリ断っていればこんな回りくどいやり方はしてこなかったでしょう。

 考えておきますなんて、押しに弱い人の常套句ですからね。

 

 実際のところクローソさんがどこまで考えて話をしてたのかはわかりませんけど、魔女を統括する立場の人間が何の策もなく単純に勧誘してたとは考えにくいです。私のせいで事件を防げないと明言してないところもまたいやらしいです。言葉回しでそれを連想できるように語ってるくせに、決定的な言葉は口にしてません。

 

 別にそういうやり方が悪いとは思いませんけど、私には通用しません。

 私は善人じゃないですから、善意に付け込もうとするなら振り払うだけです。

 

「それは残念です。ですが強制するものではありませんので、気にしないでください」

「はい、ありがとうございます」

 

 単に交渉の一つが決裂しただけの話で、これだけで私とクローソさんが敵対したわけではありません。ですから相手が食い下がらないのであればこれ以上煽るような言動はするべきじゃないです。ただでさえクローソさんは魔女を統括する立場という明確に目上にあたる人物です。許容できないことは当然お断りしますけど、無闇に喧嘩を売るべきではないです。

 

「当初お伝えする予定だったお話は以上ですが、一つ、お伝えしなければならないことが増えました」

「……どういうことですか?」

「シルフさんは狩場という言葉をご存じですか?」

「それは、はい。知ってます」

 

 魔法少女の界隈で狩場と言えば、ディストの出現率が高くて位階も高い、いわゆる稼ぎ所です。咲良町も新型ディストの騒動辺りから狩場と呼ばれるくらい出現頻度の高い地域になってるので、私にとっても他人事ではない話です。

 

「どこの地域を狙うつもりかはわかりませんが、自然系激派が狩場を占拠するために暗躍を始めています。魔女のいる地域を狙うとは考えにくいですが、万が一ということもありますのでお気をつけください。シルフさんは大丈夫でも、お友達はわかりませんから」

 

 っ、どうしてここで友達の話が出てくるんですか……! これじゃあまるで……

 

「……脅しですか?」

「まさか、ありえません。勘違いしないでください。たしかにシルフさんが自然派に入り派閥内の動きを抑えていただければ一切何の心配も必要ないことですが、私に自然派への太いパイプはありません。最初にこの話をしなかったのは、それこそ脅しのようになってしまいますから。誠意ですよ」

 

 後出しでも十分脅しじゃないですかっ!

 ブラフですか? ここに持ってくるためにあらかじめ自然派の引き締めが緩い話をしたんですか? いえ、これで何も起こらなければ脅しというカードが死にます。断った時に実際に決行するからこそ脅しには意味があるんです。

 

 でも、パイプがないっていうのが事実なら脅しでもなんでもなく本当にただの忠告の可能性もあります。そもそもクローソさんは断れば襲うとは明言してないんです。脅しなんてとんでもないと言い張られればそれまでです。

 もしくは単に手元にある情報を使って揺さぶりをかけてるだけで、本当に何の関与もしてないのかもしれません。

 

「ああ、もちろん、自然派はいつでもシルフさんを歓迎されると思いますよ」

 

 わずかに口角を上げて、クローソさんは微笑みます。

 絹のような白い肌の手が、ゆっくりと私の頬を撫でました。

 思考を巡らせるのに一杯一杯で、触られたことを感じるまでその接近にすら気が付けませんでした。

 

 っ……、勝てません。握ってる情報量に差がありすぎます。ポーカーフェイスで何を考えてるのかも全然わかんないです。

 私一人ならどうとでも出来ます。まさか直接魔女が出張ってくることはないでしょうから、本当に襲撃があるとしてもフェーズ2魔法少女までのはずです。

 でも、万が一私がいない時に襲われたら? エレファントさんたちはフェーズ2の魔法少女に勝てますか? もしも負けてしまったら?

 

「魔法局は縄張りには関与しませんからね。もしも任務と襲撃が被ってしまったら、縄張りの防衛がやむを得ない事情だと認められると良いですね」

「っ!?」

 

 だから、ですか!?

 エクステンドさんと私が後どれだけ研修とやらで集中的に任務をこなさなければならないのかはクローソさんが決めたうえで魔法局からの任務があるはずです!

 任務で私を引きはがしたうえで、咲良町を襲うと、この人はそう言ってるんですか!?

 

 今日ここであった話は全て、最初からこの着地点に落とし込むためにあったと言うんですか!?

 

「どうされました? 少し顔色が悪いようですが」

「い、いえ、なんでも、なんでもないです」

 

 知らず知らず声が震えます。

 私は、私は何を勘違いしてたんでしょう。

 そういうやり方が悪いとは思わない? 善意に付け込むつもりなら振り払う?

 違います。この人はそんな生易しいものじゃないです。魔物です。目的のためなら手段を選ばない、悪魔……。

 

「そうですか? ああ、そうそう。先ほどのお話ですが、過激派の動きは正確には掴めていません。ですから、何か対策をされるなら早い方が良いと思いますよ。もしも気が変わられたようならこの場でおっしゃっていただいても結構です。シルフさんは少々、気まぐれのようなので」

「あ、わ、わたし……、私は……」

 

 恐ろしい怪物に射すくめられてるみたいに、喉がひりついて、言葉がうまく出て来ません。

 今の私ではこの人に勝てません……。対抗するための手札も、余裕もありません。

 ここで、ここで派閥に入ると言えば、それで……それで全部、上手く……、エレファントさんも安全に……

 

「わたし、は、」

 

 唇が震えます。これを口に出したもう戻れない。この人に逆らえなくなる。それがわかってるのに、恐怖が私の背中を後押しします。

 

 悪魔はただ、優しい表情で私を見ています。まるで出来の悪い子供を見るように、温かい目で。

 それが余計に恐ろしいです。思考がまとまらなくて、熱に浮かされたみたいで……

 

「は、はばつに……」

「邪魔するわよ!!」

 

 とても大きな、何かを蹴りつけるような音と共に誰かが大声を上げながら部屋に入ってきました。

 白い兎耳に白髪紅眼、オレンジ色のエプロンドレスを着た可憐な魔法少女。

 

 混乱してこんがらがってわけがわからなくなってた頭の中が、一瞬真っ白になりました。

 

「久しぶりねタイラントシルフ!」

「ラビットフットさん、今日は貸切だと施設管理課から連絡がありましたよね? 何の御用でしょうか? というか久しぶりとはどういう――」

「はあ!? 聞いてないわよそんなこと! こいつに用があったから来ただけよ! どうせ話はもう終わってんでしょ! 連れてくわよ!」

「あ、ちょ、うわわ」

 

 クローソさんの答えを待たずにラビットフットさんは私を強引に立ち上がらせて引きずるように歩き始めました。

 転ばないようになんとか体勢を整えながら後方を見てみると、クローソさんが控えめに手を振ってます。引き止めるつもりはないみたいです。

 

 お茶会の部屋を出ても、ラビットフットさんは何も言わずにずんずんと進んで行きます。

 

「あの、どうしてラビットフットさんがここに?」

「黙ってついてきなさい!」

 

 普段ならそう言われて大人しく付いてくわけないですけど、悪魔の脅迫ですっかり心が疲弊していた私は言われるがままに手を引かれました。

 魔法局を出ると、ようやくラビットフットさんは口を開きました。

 

「竜亭に行くわよ! 前みたいに空飛ぶ魔法を使いなさい!」

 

 まさかなんの説明もなく開口一番でタクシー代わりにされるとは思いませんでした。

 ちょっと待って下さい。正直私はあまりの急展開に全く付いていけてません。

 色々と考えなければいけないこともありますし、一旦頭を冷やして落ち着きたいです。 

 

「あの、まずは説明をして欲しいんですけど……」

「はぁ!? 誰があの性悪魔女から助けてやったと思ってるのよ! 良いから言うこと聞きなさい!」

 

 あ、私を連れ出したのは一応は助けるという目的だったんですね。

 ラビットフットさんはただのわがままで行動してるのか何かの目的があって行動してるのかさっぱり見当がつかないんですよ。

 でも、ラビットフットさんのお陰で助かったのは事実です。さっきまでの私は悪魔の雰囲気に呑まれて完全に冷静さを失ってました。その分くらいは、協力してあげるべきですよね。

 

「しょうがないですね。今回だけですからね」

「わかればいいのよ! ほら早くしなさい!」

「ちょ、別に抱えなくても――わわっ!」

「ちょうどいいわ。そうやってしがみついてなさい。跳ぶわよ」

 

 ラビットフットさんが以前と同様に私をお姫様抱っこしてきたのに驚いて、咄嗟に身をよじったら落っこちそうになりました。反射的にラビットフットさんにしがみついてしまい、すぐに離そうとしましたけどそれより早くラビットフットさんがジャンプしたので離すに離せなくなってしまいました。

 

「こんなに密着しなくても大丈夫だと思いますけど……。風掴む翼腕」

 

 跳躍の最高地点を迎えて落下し始めるよりも早く魔法を発動して飛行に移ります。

 

 二人での飛行はラビットフットさんに強引に連行されたあの時しか経験がないので、私の魔法で二人飛べるのかはわかりませんけど、だからって試しもせずにこんなにくっつかなくても良いと思うんです。

 まあラビットフットさんは何だかせっかちそうな感じがするので、他の方法を試してみませんかって提案しても断られそうな気はします。

 

 そういえば前の時もそうでしたけど、ラビットフットさんとは気軽に話せるというか、これだけ密着してても恥ずかしくないですし申し訳ない気持ちにもならないですね。

 

 ブレイドさんやプレスさんはもとより、エレファントさんにも若干の後ろめたさは感じるのに、この違いはなんなんでしょう。

 もしかして……、ラビットフットさんも元男性だったり……?

 

 まさか私は元男なんですけどラビットフットさんもそうなんですか? とは聞けないので、普段は人見知りなんですけど何故かラビットフットさんとは話しやすくて、何か心当たりとかありませんか、と聞いてみました。

 

「ふーん。あたしの魔法のせいかもしんないわね」

 

 なんでもラビットフットさんは常時魅了の魔法を発動してるらしく、その効果で親しみを感じてるんじゃないか、とのことでした。

 魔法少女には直接作用するタイプの魔法に対する強いセキュリティ機能がありますけど、これは直接的に完全無効化してるわけではなく、大幅に減衰させることで間接的にほぼ無効化してるんだそうです。ラビットフットさんの魅了魔法も例に漏れずセキュリティによって防がれてますけど、そこは序列下位とはいえ魔女の魔法です。減衰されたうえでもほんのわずかに効果を発揮してるかもしれないってことみたいですね。

 

「常に魅了の魔法を使ってるなんて悪質ですね……」

「馬鹿言ってんじゃないわよ! 好き好んでんなことするわけないでしょ! パッシブの魔法なのよ!」

 

 そういえば聞いたことがあります。魔法の中には、魔法少女としての存在に紐づいたオンオフ出来ない種類のモノがあると。非常に珍しい魔法らしいですけど、ラビットフットさんの魅了魔法はそれのことだったんですね。

 自分でどうしようもないんですから仕方ないですけど、魔法で気持ちを変えられるっていうのはいい気分ではないです。とはいえ、別にラビットフットさんと仲良くしたいとかそんな気持ちになるほどではないので、効果は本当に僅かみたいですね。

 助けてもらった手前こんなことを考えるのも失礼だと思いますけど、ラビットフットさんとは距離感が近くなりすぎないように気を付けなきゃダメですね。

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