「嫌な予感が当たったわね」
飛行中、ラビットフットさんから何があったのか聞かれ、伝えて良いモノか迷いましたけど正直に全てを伝えたところ、ラビットフットさんはまるでわかってたかのように腑に落ちた表情を浮かべました。
ラビットフットさんが魔女になりたての頃はまだ魔女を統括する立場でもなかった悪魔ですけど、そのころから目的のためなら他人を罠にハメることも厭わないタイプだったそうです。当時は悪魔の権力もそれほど強くなく、またラビットフットさんの魔法が対人でこそ輝く効果だったこともあり危機を脱したのだとか。
「そのくせ証拠は残さないのよね。必要な時、必要な相手にしか本性を見せないのよ。だからみんな騙される」
「悪い噂なんてほとんど聞きませんでしたからね」
顔の広いナックルさんを頼って集めた情報でも悪魔の本性には届かなかったわけですから、どれほど狡猾に立ち回ってるのかもわかるというものです。
「あいつに対抗するためには力がいるわ。だからあたしは今の派閥の体制を変えようとしてるってわけ」
「生命派が内部抗争状態っていうのはそれが理由ですか」
「そうよ。表向きはあたしがパワーゲームに夢中だからってことになってるけどね」
悪魔は魔女同士仲が悪くないから派閥の情報をやり取りしてるみたいに言ってました。派閥に加入してる魔女全員が悪魔の本性を知って協力してるわけじゃないと思いますけど、本当のことを話しても信じてもらえるとは限りません。だからラビットフットさんは自分で対抗する力を身に着けようと考えたんですね。
ただ、説明して信じてもらうのは確かに難しいと思いますけど、権力争いをする上で理由として前面に押し出しても良いんじゃないでしょうか。世の中には逆張りの好きな人も多いですし、悪魔がどれだけうまく人を騙してもアンチがいないということはないはずです。普段は声に出さなくても内心で気に食わないと思ってる魔法少女も居るかもしれません。そんな魔法少女に切っ掛けを作ってあげるんです。そうしたら証拠なんてなくても騒ぎ始める人がいるはずです。
「理由と飴はわかりやすいほど馬鹿が釣れるのよ。あいつの潜在的な敵なんていつでも釣れるわ。でもそれは今じゃない。大して力もないうちに敵対すれば大義名分を与えてこっちが潰されるわ。だからまずは違和感のない理由と飴で力を溜めるのよ。あたしは派閥のトップに立って美味しい思いをしたい、あたしに付いてくればそいつも美味しい思いが出来る。わかりやすいでしょ」
「小さいのによく考えてますね……」
「あんたの方がちっこいでしょ! 舐めてるとぶっ飛ばすわよ!」
思わず本音を零すと、ラビットフットさんはそれまでの理知的な様子が嘘のようにキーキーと騒ぎ始めました。別に演技してるとかじゃなくてこっちもラビットフットさんの素なんでしょうね。
「ったく、目上への敬意がたんないのよあんたは! 折角助けてやったってのにっ」
「感謝はしてますよ。でも、どうして助けてくれたんですか? 言っては何ですけど、ラビットフットさんは善意で人助けをするタイプには見えないです」
「あんたが糸の魔女に篭絡される前にあれこれ吹き込んでこっちに引き込もうと思ってたのよ。あの場に踏み込むまでは脅迫されてるなんて予想してなかったもの。あんた、自分で気づいてたか知んないけど酷い顔してたわよ」
自分の表情なんて気にしてなければわかるわけないですけど、あの状況なら確かに青い顔をしてたかもしれないですね。血の気が引く感覚もありましたし。
というか、悪魔が仕掛けてこなくてもラビットフットさんは最初から私を取り込むつもりだったんですね。魔女になった時点で面倒なことに巻き込まれるのは必然だったってことですか。
他の魔女とは付かず離れずの距離感を維持すれば良いと思ってましたけど、あんな脅迫を受けては無視することも出来ません。
「あんたは派閥に入る気ないのよね」
「そのつもりでした。でも今は、……どうすればいいのかわかりません」
「止めときなさい。今から派閥に入るって言っても絶対あたしの息がかかってるって疑われるわよ。向こうも確信は持てないでしょうけど、疑わせるためにわざわざ面識があることを匂わせたんだから」
一度しか会ってない上に自己紹介もしてなかったのに、久しぶりなんて親し気に話しかけて来たのはそういう意図だったんですか。あの短時間でそこまで考えた上で動いてたなんて驚きです。魔女はそういうずる賢さがないとやっていけないんでしょうか。
「でも、このままじゃ」
「あいつの脅迫はブラフよ」
「なんでわかるんですか?」
「自然過激派が妙な動きをしてるのはあんた以外の魔女全員が知ってるわ。そのうえであいつが糸を引いてるなら、それをわざわざあんたに言うわけない。証拠を残してるようなもんじゃない。たぶんあいつは事実をちょっとだけ脚色して話しただけよ。あんたの縄張りが襲われる可能性も0じゃないけど、あいつはそれに直接関わってない。だからあんたが派閥に入っても止められるとは限らない」
起きるかどうかもわからないことであそこまで平然と罠を仕掛けてきたってことですか……!
「別に何も起こらなかったら起こらなかったであいつにデメリットはないわ。言い得なのよ」
「で、ですが脅迫して何もしなかったら次は通用しませんよ?」
「次の脅迫を無視したら手を出して来るかもしれないわよ? 一回ハッタリかましたくらいで使えなくなるほどあいつの脅しは軽くないのよ。とにかく、あんたが派閥に入っても何にも解決しないわ。あたしの側に付くならあんたが研修でいない間は縄張りを守ってやるわ」
結局、そういうことですよね。
悪魔のような狡猾な罠をしかけてくるよりは遥かにマシですけど、当然ラビットフットさんにも思惑があって私を助けて、ここまで話してるんです。
悪魔の脅迫に屈して自然派に入るか、ラビットフットさんの側に付くか、両方無視するか。
選ばないといけないんですよね。
「あの、ラビットフットさんの側につくというのは具体的に何をさせられるんでしょうか?」
「別に難しいことをやらせようってんじゃないわ。あんたは派閥とか興味ないみたいだし、あたしの戦力としてあたしの陣営にいなさい」
「いずれ他の魔女と戦うってことですか?」
「そうなるかもしれないけど、実際に戦うことが全てじゃないわ。あたしとあんたの武力を背景に脅しをかけるなんてことも出来るでしょ。とにかく暴力装置としてちゃんと機能しろって言ってんのよ。ま、今のところ表立って対立してるわけじゃないから先の話になるわよ。あいつはあいつで簡単に本性を見せられないから普段は何もないように振舞ってるわ。あんたもそうしなさい」
「……少し時間をいただけないでしょうか」
私にとって重要なことはたった一つ、それはエレファントさんを守ることです。
でも私が他の魔女を圧倒出来るほど強いかはわかりません。しがらみを振り払うほどの力がありません。何より私は一人しかいません。
私がどうしてもエレファントさんを守れない時に、私の代わりに守ってくれる人が必要です。
ラビットフットさんの提案は渡りに船のはずで、ここで頷けば悪魔に対抗するための下地が出来るのはわかります。
でも、ラビットフットさんの手を取るのと悪魔の手を取るのに私の嫌悪感以外の違いってあるんでしょうか。
悪辣な方法で私を派閥に組み込もうとした悪魔に対して、私を助け出して事情を話した上で勧誘してるラビットフットさんに好感を抱いてるの確かです。魅了魔法のことを加味しても心証は悪魔の方が悪いです。
ですがそれだけを理由にラビットフットさんと手を組んで、本当にエレファントさんを守れるんでしょうか。
どちらの手をとっても派閥争いという面倒ごとに巻き込まれるなら、悪魔の手をとる方が賢い選択という可能性もありますよね。
それに、ラビットフットさんの話が本当なら別にどちらと手を組まずに今まで通りでも手出しされない可能性だってあるわけです。
どうすればいいんでしょう。どうするのが正解なんでしょう。
わかりません。もっと、もっとよく考えないと……
「ふん、最初からこの場で答えろとは言ってないわよ。一応忠告しておくけど、今のあたしの話は手土産にはならないわよ。表に出してないだけでこっちの狙いなんてあいつも気づいてるわ」
「そんなこと考えてませんよ」
「そんなことも考えられないんだったら大人しくあたしに付いた方が良いと思うんだけど」
「っ、うるさいですね! 私だって何も考えないで良いならそうしてたいですよ! 頼んでもないのに突っかかってくるのはあなたたちの方じゃないですか!」
別にこっちはやりたくて魔女をやってるわけじゃないんですよ!
なんでこんな面倒ごとに巻き込まれなきゃいけないんですか!
私はただ、エレファントさんと一緒に楽しく過ごせればそれだけで良いのに!
「ああもう! 癇癪起こすんじゃないわよクソガキ! もうすぐ着くから少し何か食べてくわよ。あんたもちょっとは落ち着くでしょ」
「……すみません。取り乱しました」
冷静になったつもりでしたけど、自分で思ってたよりも追い詰められてたのかもしれません。ラビットフットさんの何気ない言葉に自分でも驚くほど頭が熱くなって、気持ちを抑えられませんでした。
一度エレファントさんたちにも相談して、それからちゃんと考えた方が良いですね。一人で悶々としてても悪いことばかり頭に浮かびそうです。
自分の思惑があるとはいえ、折角助けに来てくれたラビットフットさんに当たり散らすなんて良くないです。
「そういえば何で私があそこに居るってわかったんですか? 魔女には周知されてたんですか?」
「事前に来てたのは今日お茶会の部屋が使えないって連絡だけよ。魔法局からだったしそれだけじゃあんたが居るとまではわからなかったわ。あんたの仲間からあんたが今日呼び出されてることを聞いたのよ。それでありえそうな場所を片っ端――」
「私の仲間から!? なんであなたが私の仲間と会ってるんですか!? まさか高位ディストが出て派遣されたんですか!? けが人は!? エレファントさんは無事なんですか!?」
ラビットフットさんの話をぶった切って矢継ぎ早に問いかけます。なんでもないことのようにラビットフットさんは言いましたけど私には聞き逃せない情報でした。エレファントさんたちからラビットフットさんと交流があるなんて話は聞いたことありません。だったら突発的に出会う機会があったってことで、一番ありえるのはディストです。
「ちょ!? ばか! 落ち着きなさい! エレファントとブレイドとプレスの三人なら無事よ! たまたま旅行で咲良に行ったらディストが出たから偶然会っただけよ!」
「そ、そうですか。すみません、少し興奮してしまいました」
本当に良かったです。私が居ない間にエレファントさんに何かあったらと思うと……。
「……あんた、もう少し取り繕わないと弱点が丸見えよ。普段仲良くするのはともかく、他人の前でそんなに取り乱すもんじゃないわ」
「う……、それは、そうですよね」
「あんたもし協力しないとエレファントを殺すって言われたらどうすんの?」
「殺しますよ」
「例え話で本気で殺意の籠った目を向けられるとは思わなかったわ。落ち着きなさい。あたしがやるって言ってんじゃなくてそういう脅迫されたくないならもっと振る舞いに気をつけろって言ってんのよ。少なくともさっきのやり取りであんたが大事なのはお仲間全員じゃなくてエレファントだってことは筒抜けだったわよ」
例え話でも言っていいことと悪いことがあります。
「ちっ、このバカ! 落ち着けって言ってるでしょ! あんたがエレファントのことを大好きなのはわかったから正気に戻りなさい!」
「そ、そんな、大好きなんて、そんな、そんなんじゃなくてですね」
私はエレファントさんを尊敬してるのであってそんな大好きとかそういう俗なあれではなくてもっと清らかな気持ちでエレファントさんを守りたいと言いますかそんな大好きなんて言われると照れてしまうというかもちろん嫌いなわけではないというか――
「あんたの情緒はどうなってるのよ……。ああ、あとドライアドとかいうあいつらの先輩が遊びに来てたわね。事情話したら一緒に戦ってくれんじゃない?」
「ほんとですか? それは心強いですね」
面識はないですけど、ドライアドさんはフェーズ2魔法少女で派閥にも入ってないらしいですし、何よりブレイドさんの師匠ですから安心です。
もちろんドライアドさんにも現実の生活があるでしょうから無理にとは言えませんけど、協力してもらえるならとっても頼もしいです。
やっぱりこの場ですぐに結論を出さなくて正解でした。
帰ったらすぐに相談しましょう。