魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode2-4 襲撃①

 出会いは偶然だったが、それは自身の幸運によってもたらされた結果なのだろうと、後になってラビットフットは理解した。

 

 タイラントシルフ。

 かつて一度だけ遭遇し、侯爵級(マーキスクラス)ディストを相手に共闘した魔法少女。ラビットフットが名前を聞く暇もなくいつの間にかいなくなってしまい、後になって探してみても決定的な痕跡が見つからない謎の多い少女だった。

 風の魔法をメインに使うことから、公式HPで関連のありそうな単語で検索をかけた結果、活動の履歴や動画を上げてないことなども含めて最後の3人まで絞り込んだ中にその名前はあった。

 

 新しい魔女が公式HPで大々的に発表されたその日、ラビットフットはタイラントシルフこそがあの日出会った魔法少女に違いないと確信した。あの時点ですでに魔女として覚醒していたと言われても何らおかしくないほど、その実力は確かなモノだったからだ。

 

 ラビットフットがエクステンドではなくタイラントシルフの取り込みに動いたのは、御しやすさを考慮した結果だった。

 それなりの経験を持ち、名前も売れていて、面倒なタイプだという噂のあるエクステンドよりも、実際に直接出会い会話した印象として、タイラントシルフの方が扱いやすいと判断したのだ。

 とは言っても、それはラビットフットにとって扱いやすいという意味ではなく、神算鬼謀の性悪魔女、ウィグスクローソにとって扱いやすそうだという意味になるが。

 

 エクステンドは放っておいても糸の魔女の勢力に取り込まれるかどうか五分五分というのがラビットフットの見立てだが、タイラントシルフはほぼ間違いなく操り人形にされるだろうと確信した。

 魔女のことすら知らないレベルの新人で、押しに弱い。実際ノルマに無理矢理連れて行かれた時も結局は拒絶しなかった。ラビットフットには幸運と魅了のパッシブ魔法があるため、糸の魔女が同じようにゴリ押しでタイラントシルフを手中に収められるかはわからなかったが、可能性は決して低くないと予想した。それはタイラントシルフを甘く見ての判断ではなく、糸の魔女を高く評価しての判断だ。糸の魔女の手札はゴリ押しだけではない。むしろその本領は巧妙な罠で相手を絡めとることにある。

 

 悠長に構えていては手遅れになると考えたラビットフットは、最高の結果はタイラントシルフの取り込み、最低でも糸の魔女の手に渡らせないことを目標に素早く計画を立てた。

 

 元々、最後まで絞り込んだ3人の魔法少女には近いうちに会いに行く予定だった。公式HPを見れば、姿はわからなくても活動地域はわかる。だからわざわざ相互扶助の協定を結んでいるエクスマグナとブルシャークに対して近々旅行を予定していると話しておいたのだ。

 理由もなく遠出して他地域の戦闘に乱入すれば、何のためにそこに居たのか疑われる。だから表向きは、旅行先で偶然ディストが発生し、加勢したということにしておくつもりだった。もちろん水面下では協力を取り付け、いざという時まで切り札としてその存在は伏せておく。

 

 だが、自身の探し人が魔女でありその存在が公に知れ渡ったことで事情が変わった。

 糸の魔女は、魔女を統括する立場を活かして真っ先にタイラントシルフと面会しようとするだろう。そして魔法少女全体のバランスを崩さないためにそれまで余計なことをするな、などと釘をさすはずだ。一見して穴のない、善人のような論調に大半の魔女は騙され、抜け駆け禁止の暗黙の了解が出来上がる。

 その状況で自分だけが動くのは反発を生むだけで、結果として自身の力を削ぐことになる。ラビットフットは、あくまでも偶然にタイラントシルフと出会い交友を結んだという筋書きをなぞる必要があった。

 

 急いでネズミの国のチケットを確保し、咲良町にあるホテルを3泊分予約する。事前に調べた情報では狩場化しており、一日だけでもディストが出現するかもしれないが、そこにタイラントシルフが居合わせる保証はない。保険を兼ねての日程だった。

 新たな魔女の発表が夏休みと被っていたのはラビットフットにとって本当に幸運だった。まだ小学五年生であるラビットフットには普段学校があるし、仮にずる休みして向かうにしても一人で旅行など親が認めない。年の離れた大学生の兄がラビットフット同様夏休みに突入していなければ、こんな強引なやり方は出来なかった。

 

 兄同伴の下、初日にたっぷりとネズミの国を満喫したラビットフットは翌日から兄と一緒にレンタカーで町内と周辺の観光地巡りをおこなうことにした。ディストの通知範囲を考えればあまり町から離れることは出来ない。とはいえ、行動範囲が狭まれば当然観光名所も限られる。

 

(この町なんもないわね。さっさと出て来なさいよ)

 

 昼食を終え、おやつの時間を迎えようという頃にはラビットフットはすっかり飽きてしまい若干不機嫌になっていた。

 いかに年の割に聡い魔法少女とは言っても、まだ10を過ぎたばかりの子供なのだ。無理もない話だろう。

 そんなラビットフットの機嫌を取るため兄がジュースを買いに行ってる隙に、ラビットフットの小さなポーチから爆音が鳴り響いた。だが、周囲の人間はそれを全く気にする様子がない。ディスト発生の通知だ。

 

 マギホンで子爵級(ヴィカントクラス)ディストの発生通知を確認したラビットフットが、転移と共にキーワードを口にした。

 

☆  ☆  ☆

 

「跳び上がれ」

 

 小さなラビットフットの身体に半透明で巨大な白兎が現れゆっくりと重なりあっていく。

 それと同時にラビットフットの私服が光り輝き弾けると、フリルが付いたオレンジ色のエプロンドレスが現れた。

 綺麗な真っ白の頭髪をかき分けるようにぴょこんと兎耳が生え、オレンジ色のストラップシューズから同色のリボンが伸びて黒いタイツに包まれた華奢な足に絡みついた。

 

「魔法少女ラビットフット!」

 

☆  ☆  ☆

 

 変身と同時に転移が完了すると、ラビットフットの頭上に大きな影が現れた。

 ラビットフットはそれを見上げるよりも早くバックステップし距離を取る。直後、さきほどまでラビットフットが居た場所に巨大な猿のディストが落下してきた。アスファルトの道路はその着地の衝撃に耐えられず蜘蛛の巣のようにひび割れ、周辺の地面が一部めくれ上がる。

 

「ちっ、早く来過ぎたわね。月へ届けと兎は跳ねる(グラブザスカイ)

 

 ラビットフットは猿型ディストを視界の端に収めつつ周囲を観察するが、他の人影は見当たらなかった。一番乗りだ。

 特に脚力への比重が大きい強化魔法を発動したラビットフットは、トン、トン、と小さくその場で跳ねあがり、着地の瞬間に動き出した。

 

「ほらっ、ちょっとは頑張りなさい!」

 

 奇声を上げながら民家の壁を蹴り変則的に動き回る猿型ディストに、しかしラビットフットはそれ以上に高速で動き回り逆にディストを翻弄する。単純な直線の走行においては魔法少女最速とされるラビットフットだ。その戦闘機動がたかだか子爵級(ヴィカントクラス)のディストに劣るはずもない。

 

 ラビットフットは一撃でディストを倒してしまわないように手加減しながら小突き回し、興が乗ってきたのか途中からサッカーボールのように一度も地面に落とさずにお手玉をし始めた。いや、手は使わずに蹴り上げているため、お手玉というよりはリフティングだろうか。

 

「つまんないわね!」

 

 元々サッカーが好きと言うわけでもないラビットフットはリフティングにもすぐに飽きてしまい、ボールをゴールにシュートするかのようにディストを地面に蹴りつけた。

 しかしディストはこれを待っていたのか、叩きつけられて苦悶の声を上げながらも素早く起き上がりラビットフットに背を向けて逃走し始めた。

 

「逃げたってことは境界を見つけたのね。めんどくさい!」

 

 通常ディストはどれだけ不利な状況でも魔法少女から逃げることがない。その理由は不明だが、これまで蓄積されてきたデータ上、無爵級(コモンクラス)ですら魔女から逃げることがない。ただし、例外もある。それは奴らの本来の目的と思われる現実世界への侵攻の際だ。ここが偽物の世界だと気づき、より脱出しやすい、現実世界に近い「境界」を発見した時、ディストは戦いを放棄して現実への侵攻を優先する。

 

 魔女ともあろうものがたかだか子爵級(ヴィカントクラス)を取り逃がし現実への侵攻を許したとなれば、責任の追及は免れない。明確な罰が与えられることはないだろうが、ラビットフットの発言力は大きく削がれることになる。

 

「逃げてんじゃないわよ雑魚が!」

 

 運よくディストの発生に遭遇したというのに、肝心なところでツイてないと内心で喚き散らしながら、ラビットフットは一気にトップスピードまで加速し瞬く間に猿型ディストに追いついた。

 最後の抵抗とばかりに振り向きざまに反撃をしようと腕を振るったディストだが、同時に振りぬかれたラビットフットの右脚とぶつかり合いあっと言う間に押し負けた。というか押し合いにすらなっていなかった。自動車が虫を撥ね殺すかのように圧倒的に、ラビットフットは猿型ディストを捻り潰した。

 

「チッ!」

 

 たったの一撃でディストを消滅させたラビットフットは、イライラを解消するように転がっていた瓦礫を空高く蹴り上げた。もちろん全力ではない。ラビットフットが本気を出したら蹴り上げた瞬間に粉みじんになってしまう。

 とはいえ、それでもただの石に魔女の力を受け止めることは荷が重かった。蹴り上げられた瓦礫は散弾のようにいくつにも散らばって、高速で空を駆け上がっていく。

 

「……ん?」

 

 ラビットフットが蹴り上げた欠片の行方を目で追っていると、上空に何らかの飛行物体が見えた。

 その飛行物体はそれまで普通に飛んでいたが、何かに衝突したようにいきなり動きを止め、数秒もしないうちに落ちてきた。しかも、耳を塞ぎたくなるほど不気味な奇声付きでだ。

 

「もう一体いたってわけね」

 

 化け物の如き咆哮を上げて大地に激突したのは。全身が穴だらけになった鳥型のディストだった。普通の鳥と比べれば大きいが、先ほどの大猿ほどではない。精々男爵(バロン)程度のディストだ。

 状態を見るに、ラビットフットが蹴り上げた瓦礫の破片が偶然にも直撃したようだった。ほとんど再生能力を失っているようで、一向に穴がふさがる様子がない。

 

「これは、誰か居るわね」

 

 万全の状態の男爵級(バロンクラス)ならばあの程度の損傷は修復されるはずで、それがされないということはすでに誰かが戦っていたということになるからだ。その先に居るのがタイラントシルフなのかまではわからないが、同じ地域で活動している魔法少女ならば何か知っているかもしれない。

 

 ひとまず鳥型ディストを踏み潰してから、ラビットフットはディストが飛んできた方向に向かって走り出した。


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