「先輩、来るならなんで連絡してくれないんですか。歓迎会の準備にだって時間がかかるんですよ」
「強いて言うならブレイドちゃんがそんなようなことを言うと思ったからかしら。前にも言ったでしょう、一々大げさにするなって。ちょっと遊びに来ただけだからそんなことしなくていいのよ。久しぶりねエレファントちゃん、プレスちゃん」
「お久しぶりですドライアドさん! 夏休みでお友達を尋ねに来たんですか?」
「お久で~す!」
プレスはドライアドと一緒に戦ったことはないが、ブレイドの師匠でありエレファントにとっても先輩に当たる魔法少女だと紹介を受け、四人で一緒に遊んだことが何度かある。ブレイドやエレファントほど気安い仲ではないが、人見知りというものを知らないプレスは年上の友達のようなノリで接していた。
「ええ、そんなところよ。それより少し聞こえてしまったのだけど、タイラントシルフさんは居ないのね? 折角だし一度会ってみたかったわ」
「ウィグスクローソさんに呼ばれているらしいです。もう終わってるかもしれないですし呼びましょうか?」
当初はエレファントにのみ連絡先を教えていたタイラントシルフだったが、友人と言う関係を隠す以上はエレファント以外にも平等に接しなければいけない。実際のところ全く平等には出来ておらずエレファント贔屓であることは誰の目から見ても明らかだったが、本人は至って真面目に隠そうとしているのだ。つまり求められればブレイドとプレスにも連絡先を教えざるを得なかった。
「いいえ、そこまでしなくてもいいわ。そんなに仲が良いわけではないんでしょう? 迷惑になったら悪いもの」
エレファントたちは、タイラントシルフとの関係を対外的にはただのチームメイトということにしている。タイラントシルフ自身がそう考えている以上、変に仲良しチームなどと噂が広がってシルフ本人の耳に入っても困るのだ。仲良くなる気はないと意地を張ってチームを抜けるなどとも言い出しかねない。
実際に4人の関係を見ているエクステンドたちはその実態を把握しているが、ブレイドから稀に話を聞いているだけのドライアドが対外的な部分しか知らないのは当たり前だった。
「むしろ、都合が良いかもしれないわね。
何気なく、会話の中の一言のように自然に呟かれたその言葉に、咄嗟に反応できたのはプレスとエレファントの二人だった。
アスファルトの道路を突き破り、くねくねとねじ曲がった太い幹がブレイドをあっと言う間に絡めとる。気づいたときには手足を完全に拘束され、更には猿轡のように口元を太い枝で塞がれ、ブレイドは身動きが取れなくなってしまった。
「何のつもりですか!?」
「いやマジ、なんすか急に? なんか怒らせました?」
うめき声を上げるだけで明確な言葉を発することの出来ないブレイドに代り、エレファントとプレスが問いかける。だが、言葉とは裏腹にプレスは一時的な感情による攻撃ではないということを何となく感じ取っていた。
ブレイドだけが拘束され、エレファントとプレスが回避に成功したわけだが、それは何もブレイドの戦闘センスや運動能力が二人よりも劣っていたという理由ではない。
プレスはただ単純に、二人ほどドライアドという魔法少女を信じていなかったのだ。一緒に出掛けたこともある軽い友人のような相手ではあるが、言ってしまえばそれだけの関係。ブレイドやエレファントのように背中を合わせて戦ったこともない相手だ。
そもそもが物陰に隠れているというのが怪しかった。間に合わなかったなどと言っていたが、プレスにはラビットフットの指摘を受けて仕方なく出てきたという風にしか見えなかった。何のために隠れていたのかまではわからないが、後ろめたいことがないのであればコソコソする理由はない。
猜疑心により拘束を回避したプレスに対し、エレファントの場合はもっと単純なもので、地面からの物理的な攻撃に対する感知能力に優れているのだ。対ディスト戦はおろか、魔法少女と戦ったとしてもあまり活かされることのない特性だが、それがたまたまドライアドの拘束魔法に対するメタとなった。
「確かにあなたたちじゃ駄目だわ。だから今日からこの町は、私たちが守ってあげる」
「
「
「っ――――!」
「っ!?」
会話に耳を傾けながらも、いつ地面を突き破って現れるかわからない樹を警戒してプレスは意識を下に向けていた。
ドライアドの言葉の意味を理解した瞬間急いで足元だけではなく他の方向にも注意を向けようとしたが、一歩遅かった。プールの中身を丸々持ってきたと思えるほど大量の水が突如降り注ぎ、プレスを中心に球を形作る。
プレスはその中で苦し気な表情を浮かべながらも必死で脱出しようと水をかくが、逃れられない。水球は意思を持っているかのようにプレスへまとわりつき、身体の動きを阻害する。
大きな動きが却って空気を消費させたのか、30秒も経たないうちにプレスはもがき苦しみ始め、1分を待たずに糸の切れた人形のように意識を失った。直後、プレスを包み込んでいた水球は空へと浮かび上がり、重力に引かれ産み落とされるようにプレスだけが大地に残された。そんなプレスの身体をアスファルトを突き破った幹がはい回り、腹を押して飲み込んだ水を吐き出させながらブレイドと同様に拘束していく。
エレファントはそんなプレスの姿を、身動き一つ取れず、言葉を発することも出来ずに見せつけられていた。二人のように樹木に絡めとられたわけではない。しかし金縛りにあったかのように、身体がピクリとも動かない。
「―――! ――!」
ブレイドは必至でエレファントとプレスの名前を呼ぼうとしているが、くぐもった声が響くばかり。そんなブレイドに対してドライアドはいつもと同じように優しく語り掛ける。
「大丈夫、魔法少女はこの程度で死にはしないわ。それに、専門家の仕事だもの」
「おい、人を物騒な専門家にするな。魔法少女を窒息させたことなんて両手で数えられるくらいしかないぞ」
「イヒヒ、そんだけやってりゃ十分専門家だと思いますけどね~」
ドライアドの言葉に応える声が、拘束されたエレファントとブレイドの背後から聞こえた。だが二人は首の向きを変えることすらできず、そこに誰がいるのかわからない。
エレファントは唯一の抵抗とばかりに正面で微笑むドライアドを睨みつけ、ブレイドはただ何が起こったかわからないという戸惑いの表情を浮かべている。ことここに至ってなお、ドライアドから攻撃を受けているということに気が付いてなかった。否、気が付いていながらも、そんなことがあるはずないという思いが理解を遅らせていた。
「可哀想に。苦しかっただろうに」
「サイコですかあんたは~? テメーでやっといて可哀想もクソもないでしょ~に」
「好きでやっているわけではない。そもそも私の魔法は無力化に向いているようなものじゃないんだぞ」
「あなたたち、お喋りはそこまでにして。こちらの要求を伝えないと意味がないでしょう」
ぐったりと力なく拘束されたプレスを憐れむ凛とした声の少女と、そんな少女に呆れたような視線を向ける粘つくような声の少女。
そんな二人の少女を制し、ドライアドはブレイドの口元の拘束だけを解いて、立てた人差し指を唇に押し当てた。それは昔まだドライアドがこの町で戦っていたころに使っていたジェスチャーで、静かに話を聞きなさいと言うものだった。
「っ……、あ……、…………ぅ」
「良い子ね、偉いわよブレイドちゃん」
まだブレイドが魔法少女になったばかりで、何度も足を引っ張ってドライアドに迷惑をかけていた頃、ドライアドの言いつけを守ってしっかりと指示通りに行動出来た時はこうやって頭を撫でて褒めてくれていた。
ブレイドは暖かい過去の記憶を思い出し、安堵を覚える。大丈夫、何か理由があるだけで先輩は変わっていないと。あのいつも正しくてストイックで、命を懸けて戦っていた先輩が間違ったことをするはずがないと。
「さっきは遊びに来たなんて言ったけれど、本当は一つお願いがあってこの町に来たの。お願いなんて言っても簡単なことだから、ブレイドちゃんはただ頷いて言うことを聞いてくれれば良いんだけど」
「お願いですか?」
「ええそうよ。今日からこの町は自然派の狩場として仕切ることにしたから、あなたたちには出て行って欲しいのよ。ああ、もちろんこの町で活動しないなら出て行けとまでは言わないわよ?」
「――え?」
ドライアドが何を言っているのか、ブレイドには理解できなかった。
ブレイドがこの町でドライアドから教えを受けていたころ、ドライアドは派閥には加入していなかった。それなのになぜ、自然派という言葉が出てくるのか。
ドライアドは今まで一度として狩場だ縄張りだなんて気にしたことはなかったのに、どうして狩場を仕切るだなんて似合わない言葉を口にしているのか。
ドライアドが家庭の事情でこの町を去っていく時、ドライアドはこの町を任せるとブレイドたちに言ってくれた。歴代の魔法少女たちが命を懸けて守ってきた咲良町。次の守り手はあなたたちよと、その受け継がれる意思を託してくれた。それなのになぜ、出て行って欲しいなんて言うのか。
ブレイドにはわからない。ドライアドの言葉が、これまでの思い出と矛盾してブレイドに事実を突きつける。
ドライアドは変わってしまったのではないか。あの気高く正しかった先輩はもういないのではないか。目の前で微笑む魔法少女ドライアドは敵なのではないか、と。
「嘘、ですよね……? 先輩がそんなこと言うはずない……! だって先輩はいつだって正しくて、真っ直ぐで、私の目標で……」
ブレイドは目に涙を滲ませて絞り出すように言葉を発する。
信じられなかった。信じたくなかった。
「……はぁ。許してあげようと思ってたけどやっぱり無理だわ。ブレイドちゃんだけは特別ね」
「とく……べつ……?」
涙声で壊れたラジオのようにドライアドの言葉をただ繰り返すブレイド。
そんなブレイドを見て、ドライアドは苛立たし気に舌を打った。
「あなたは魔法少女を辞めなさい。あなたは私の弟子の中でも特別落ちこぼれだわ。あなたみたいな魔法少女が私の弟子だったなんて耐えられない。今すぐ魔法少女を辞めるなら命だけは助けてあげる」
「……嘘だ」
「クヒヒ、ドライアドは優しいな~」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ」
「私も殺しは望まない」
「嘘だあああぁぁっ!!
ブレイドの悲痛な叫びと共に不可視の腕が4本の剣を振るい樹木を切り飛ばす。普段のブレイドならば仲間の救出を優先するはずだが、頭に血の上った今のブレイドはただ目の前の『偽物』を排除することしか頭になかった。
「消えろ消えろ消えろぉ!! 先輩の姿で! 先輩の声で! 先輩を愚弄するなぁぁぁ!!」
「
技術も駆け引きもなく、ブレイドはただ我武者羅に剣を振り回しながらドライアドに向かって踏み出す。しかしそんなブレイドの行く手を遮るように巨木の根がアスファルトを突き破り鞭のように襲い掛かる。切っても切ってもその勢いは衰えず、次第に前進していたはずのブレイドの足は止まり、少しずつ押し返されていく。
「魔法も、力も、心も、何もかも弱すぎる。やっぱりあなたじゃ駄目ね。さようなら、ブレイドちゃん」
「っっぅぅぅぁぁああああああーー!!」
波のように襲い掛かる鞭を切り払い、切り払い、切り払い、それでもドライアドは遠く、届かない。
「っ!? 魔法が!」
剣を振っていた4本の腕が消え失せ、甲高い音を立てて剣が地面を転がる。
ブレイドは知っていたはずだった。ドライアドの拘束魔法には魔力を吸収する性質があり、それに囚われれば大きく魔力を消耗することを。だが忘れていた。いや、忘れさせられていた。頭に血が上ったブレイドはそれを知りながらも完全に失念していた。
手数を失ったことで、迫りくる鞭の群れを押し返す術はなくなった。それでもブレイドは、最後に自身の手に持った両刃の剣を構える。命尽き果てるその時まで諦めないという誓いを胸に抱いて。
そしてとうとう根の波がブレイドを飲み込もうとした瞬間、それは起こった。
どう考えても間に合わないタイミングのはずだった。誰かの横やりが入ったとしても、すでに手遅れな状況のはずだった。
だが、ブレイドは健在だった。ドライアドの視界の先で、懐かしい、されど歓迎は出来ない魔法少女がブレイドをお姫様抱っこして立っていた。
「久しぶりじゃないか、ドライアド。随分面白そうなことをしているね」
「エクステンド……!」
これまでずっと余裕のある笑みを浮かべていたドライアドの表情が苦虫を噛み潰したかのように歪み、名前を呼ぶその声は忌々しいと言った感情が隠せていない。
「ククッ、この私の名を呼ぶのであれば、エクステンドトラベラーと呼んで欲しいものだね」
拡張の魔女エクステンドトラベラー。
不敵な笑みを浮かべてドライアドをけん制するその魔法少女は、ブレイドたちの頼れる先輩だった。