魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode2-4 襲撃④

 エクステンドとドライアドの関係性は顔見知りの隣人であり、同時に魔法少女としての同期となる。

 日本全体で見ると新しい魔法少女は月に何十人という単位で誕生しているため、単に同時期に魔法少女になっただけというのは繋がりがあるとは言えない。話をしたことがないどころか名前すら知らない同期も存在するのだ。しかしそれが隣町の魔法少女ともなれば話が変わってくる。

 

 いつからかはエクステンドも把握していないが、咲良町と純恋町の魔法少女は昔から交流があった。どちらかの町に新人魔法少女が誕生すればもう一方の町の魔法少女に紹介し、その繋がりは代々受け継がれてきた。

 エクステンドがまだ魔法少女になりたてだった頃、ドライアドはグリッドという魔法少女に連れられて純恋町へやって来た。今では仲違いしてしまっているドライアドとグリッドだが、当初は師弟関係として同じチームで戦っていたのだ。

 当時の純恋町の先輩からは、同じ新人同士だということで仲良くするように言われていたエクステンドだったが、ドライアドとは最初から馬が合わなかった。当時のドライアドはグリッドに対しては師弟関係であることから身の程を弁え表立って反発はしていないようだったが、エクステンドに対しては容赦がなかった。

 やれ魔法が拙いだとか、覚悟できていないだとか、志が低いだとか、その頃から意識の高い魔法少女だったドライアドはエクステンドの魔法少女としての在り方に何かと文句をつけてきた。

 エクステンドも当時は子供だった。頭ごなしにそんなことを言われては歩み寄ることもできず、ドライアドに対する反感は日に日に大きくなっていき、少しずつその関係性は薄れて行った。

 

 純恋町の先輩たちが引退しエクステンドたちがグリッドとの交流を続けている間も、二人の関係が修復されることはなかった。それどころかドライアドはグリッドの下を離れ一人で戦い始め、純恋町と交流することも全くなくなっていった。

 それから二人の関係性は特別に改善されることもなく今に至る。先日エクステンドが喫茶店でドライアドを見つけた時も、お互いの存在に気づいてはいたが声を掛け合うことはなかったと言えば、その関係がどれだけこじれて居るかというのもわかるだろう。

 

「エクステンドさん……! どうしてここに!?」

「エレファントくんから連絡があってね。気を利かせて、ドライアドが遊びに来てると教えてくれたんだ。呼ばれていたわけではないけれど、後輩の気遣いを無駄にも出来ないだろう?」

 

 何らかの魔法攻撃を受けて身体を動かすことの出来ないエレファントに、エクステンドはウインクをして見せる。

 

「昔話の一つでもしようかと足を運んでみればこの様だ。この私に対して散々正義だ志だと語っていた割には堕ちたものだね。ドライアド」

「きっとあれは偽物です! 先輩がこんなことするはずありません!」

「……真偽はどうあれ、まずは二人を返してもらおうか」

 

 ブレイドを抱えて悠然と語るエクステンドの姿は隙だらけだったが、フェーズ3に至った魔法少女の力はフェーズ2までの魔法少女と隔絶している。だからこそドライアドや残りの二人も下手に動くことが出来なかった。

 

流星拳群(メテオシャワー)!」

桃色退魔斬(ピーチスラッシュ)!」

 

 三人が手をこまねているところへ、上空からオレンジ色の半透明なオーラで形作られた拳が雨のように降り注ぐ。それぞれ回避や防御の行動をとるが、その隙に刀を持った桃色の髪の魔法少女が現れプレスを拘束する樹木を切り捨てた。

 桃髪の魔法少女、サムライピーチは意識を失っているプレスを抱えてエクステンドの近くへ移動し、いつの間にか身体が動くようになっていたエレファントも合流する。降り注ぐ鉄拳により謎の拘束魔法の影響から逃れたようだった。

 最後に魔法少女ナックルが上空から華麗に着地し、戦況は完全に逆転した。

 

「さて、状況はわからないが一先ず君たちを這いつくばらせて事情を聴くとしよう」

「そいつは困るな。あんたがやる気ならあたしも出張らなきゃいけなくなっちまう」

 

 エクステンドの剣呑な言葉に、どこか場違いなお気楽な声が返された。

 その声の主は、さきほどまでそこに居なかった。どこか高い場所から落下して来たかのように、唐突にエクステンドの前に躍り出た。

 ドライアドたち以外の全員が、目の前に現れたその存在に驚愕し一瞬言葉を失う。

 よほどのもぐりか新人でもなければ誰でも知っている。自身の宣伝活動の甲斐もあり、魔女の中でも特に知名度の高い内の一人。

 

「剛力の魔女殿……!」

「よぉ、初めましてだな。あたしもお前を知ってるぜエクステンドトラベラー」

 

 ビビッドカラーの紅髪を後ろで束ね二つ折りにし上向かせたアップ髪、濁ったルビーのように淀んだ瞳、灰色の軍服に軍帽を被った少女。

 序列第十一位、剛力の魔女シメラクレス。

 滅多にお茶会にも顔を見せず専ら傭兵業に勤しんでいる魔法少女が、エクステンドを見上げて勝気に笑った。

 

「なるほど、魔女対策もせずに来ていたわけではないということか」

 

 状況も理解できずに割り込んだエクステンドは、ドライアドの襲撃が何を目的としているのか正確に把握できていなかったが、それでも不可解なことがあった。

 咲良町にはタイラントシルフという魔女がいる。今日はたまたま不在にしているようだが、仮にタイラントシルフが居ればエクステンドの助けなどなくても簡単に返り討ちにしていたはずだ。そんなことはドライアドたちとてわかっているはずで、しかし何らかの対策をしているようには見えなかった。

 だが、今まさにその不可解な謎は解消された。魔女の中で唯一傭兵稼業を営む剛力の魔女。ドライアドたちは魔女に対するカウンターとして彼女を雇ったのだ。

 エクステンドも実態は把握していないが、シメラクレスはお金を積まれれば何でもやるという噂もある。この状況で出てきたということは、あながち間違いでもないのだろうとエクステンドは考えた。

 

「一応確認するけれど、雇い主は後ろの3人ということでいいのかな?」

「は? あほかよ。雇い主の話なんてするわけねーだろ。それで、そっちがその気ならあたしはいつでもいーぜ? 逃げるんなら追わねーし、どっちでもいいから早く決めな」

 

 シメラクレスが口を噤んだとしてもこの状況でドライアドたちが雇い主でないということは考え難い。ドライアドたちがシメラクレスの登場に一切動揺していないことからも間違いないだろう。だとすればその目的は何か。戦力として十全に活用するのであれば最初から投入しても良かったはずだ。しかし実際にシメラクレスが現れたのは、エクステンドが参戦の意思を見せた段階でだった。しかも逃げるならば追わないと来ている。その事実から推察すると、シメラクレスが傭兵として依頼されたのは積極的な魔女との戦闘ではなく、足止めや時間稼ぎと言った類いのものである可能性が高い。つまり魔女に横やりを入れさせずに、現地の魔法少女を叩く作戦だったのではないか。

 

 そこまで考えて、エクステンドは最初から思い至っていた可能性が一番当てはまると判断した。ただ、あのドライアドが本当にそんなことのために行動しているのが少々信じられず、最終的な判断に至るまで時間がかかった。

 

「まさか本当に狩場荒らしに堕ちているとはね。嘆かわしい。グリッドさんが知ったら何というか……」

 

 自分で言いつつ、あの人は特に何も言わないだろうけど、と内心で己に突っ込むを入れるエクステンド。

 

 余裕そうな態度を装っているエクステンドだが、その実あまり良い状況ではなかった。

 これがもしシメラクレスとの一対一であれば喜び勇んで戦っていただろうが、相手は魔女が一人とフェーズ2魔法少女が恐らく3人。ドライアドは当然として、残りの二人も専用武器と思わしき装備をしている。対して、エクステンドたちは魔女が一人とフェーズ2魔法少女が二人、それからフェーズ1魔法少女が一人。プレスとブレイドは戦える状態ではないため除外するとそういうことになる。

 単純な数字だけで考えても戦力として負けていることに加えて、意識のないプレスと魔法の使えないブレイドを守らなければならない。

 

 自分が勝ったとしても他が壊滅してしまっては意味がない。

 また、エクステンドは一つ良いことを思いついた。

 エクステンドの思い付きと言うのは大抵くだらないものかろくでもないものだと言うのがサムライピーチとナックルの共通見解だが、奇跡的に今回の思い付きは悪くないものだった。

 

「この私は、他所の町のいざこざに積極的に首を突っ込むつもりはないんだ。とはいえ彼女らとは友人でもあるのでね。黙って見過ごすわけにもいかなかったわけだけれど、見逃してもらえると言うならこれ以上争う理由はないかな」

「そいつは重畳だ。よく勘違いされるけど、あたしも無駄な争いは好きじゃないんでね」

 

 二人の魔女は薄っぺらな笑顔を張り付けて語り合う。エクステンドはここは引いても最終的には引き下がる気など一切ないし、傭兵をやっているような魔女が争いは好きじゃないなどと冗談も良いところだが、お互いに相手の腹の内をなんとなくは理解しながらもこの場での落としどころとしてエクステンドたちの敗走という形に収めようとしていた。

 

 だが、それに異を唱える者が居た。

 

「待ちなさい!」

 

 すでに転移を開始しているエクステンドたちに詰め寄ろうとしたドライアドが、シメラクレスの伸ばした腕に制された。

 

「横やりは防ぐけど、あんたがやる気ならあたしは加勢しないぜ?」

 

 その言葉ですごすごと引き下がるドライアドを見て、エクステンドは自分の考えが正しかったことを知った。そしてそれならばやりようはあると今後の計画の概要を考える。細かい部分はナックルに考えて貰うつもりで、エクステンド自身は全体像を描いていく。幸いにも時間はたっぷりとあるのだ。むしろこれはいい機会だったかもしれないと、エクステンドはブレイドたちを優しい目で見つめていた。


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