エクステンドさん曰く、襲撃を仕掛けてきた魔法少女は全員フェーズ2魔法少女らしいです。シメラクレスさんは同じ魔女である私の方で抑えるとしても、フェーズ1魔法少女であるエレファントさんたちが正面から戦って勝てる相手ではありません。
だからこそ、特訓です。
「魔法少女の力は練習をしなくてもある程度思うように使える。君たちも初変身の時から魔法を使えただろう? だから日々の努力や訓練を軽視してしまう。実戦は確かに経験を積むうえで重要だけれど、技術を鍛えるなら反復練習は必須だ」
襲撃があったことでエレファントさんたちの疲労が大きかったことを踏まえて、昨日は方針だけを決めて一度解散しました。そして一夜明けた今日、魔法局の地下訓練所の最下層に存在する魔女のためのトレーニングルームの待機場に、ナックルさんを除く咲良町と純恋町の魔法少女が勢ぞろいしてます。ナックルさんは今回の件で調べることがあるとのことで、別行動してるそうです。
この魔女専用の訓練所も特権の一つで、魔女が同伴していれば常識的な範囲内で魔女以外の同行者も利用を許可されてます。今回は私とエクステンドさんで魔女が二人居るので、全体で見ると6人と大所帯ですけど実態は2人組と4人組でそれぞれスペースを使う形になるので問題ありません。
「この私の見立てでは君たちの経験は十分だ。けれど、蓄積した経験を技術や動きに昇華しきれていない。普段は学業やディストの討伐で忙しいだろうから仕方ないけれど、今回はおあつらえ向きにそのどちらも気にしなくて済む」
エレファントさんたちは夏休みで学校がありませんし、咲良町が狩場化して以来頻出してたディストの討伐はドライアドさんたちが処理してます。
つまりエクステンドさんの言ってた良い考えというのは、ディストの討伐をドライアドさんたちに押し付けて自分たちはみっちり訓練をしようというものだったんです。夏休みの期間をフルに使って一か月猛特訓して、三人組を打倒するんです。確かに悪くないと思います。
「まずは各自の力量を正確に把握するために、仮想ディストと戦って貰おうかな」
エクステンドさんの言葉に従って、エレファントさんたちは訓練所に展開される小さな欺瞞世界の中で魔力により形作られた仮想ディストと戦い始めました。
エレファントさんたちの今の実力は、それぞれ
エクステンドさんとサムライピーチさんは、それぞれエレファントさんたちの戦いぶりを観察しながら意見を交わしてます。効果的な魔法の使い方や立ち回りについて話してるみたいですけど私には正直よくわかりません。エクステンドさんの言ってた練習しなくても魔法を使えてしまう魔法少女とはまさに私のような魔法少女のことですし、細かい技術とか動きを考えながら戦ってたことなんてないです。
ただ、そうした技術的な見地ではありませんけど、エレファントさんたちの戦いぶりを見て疑問に思うことはあります。
「ドライアドさんの実力はサムライピーチさんやナックルさんと同程度なんですよね? 仮にエレファントさんたちがこの特訓で第二の門を開けたとしても、いきなり太刀打ち出来るほど強くなれるんですか?」
二人の会話が一息ついたタイミングで、今回の訓練を仕切ってるエクステンドさんに疑問を投げかけました。
全ての魔法少女がフェーズ2に至れるわけじゃありません。第二の門を開いて専用武器を手に取れるのは全体のおよそ3割程度の魔法少女です。当然、エレファントさんたちがフェーズ2に至れるという確証はありません。
それに、フェーズ2魔法少女と言ってもその実力はピンからキリまであります。一人で
決してエレファントさんたちの実力を軽視してるわけではありませんけど、現実はそれほど甘くないです。全てが思い通りに、計画通りになんて中々いきません。
「ディストを相手取っての強さで言えば、高々一ヶ月訓練したくらいで追いつくことは難しいだろうね。基本的に魔法少女の強さの指標はディストに対する強さだから、ドライアドたちと同等に強くなれるかと問われると、難しいんじゃないかな」
「回りくどい言い方は嫌いです。つまり何が言いたいんですか?」
「これは失礼。ドライアドたちほど強くはなれないかもしれないけれど、ドライアドたちに勝てないわけではないということさ。魔法は人一人を打ちのめすには十分すぎるほど強力だからね」
結局また回りくどい言い方になってますけど、要するに対ディストと対人の強さは違うということでしょうか。
確かに考えてみると、私は以前催眠魔法を使う
武器の発展の歴史と似てますね。破壊力や殺傷能力と言った攻撃的な道具の進化は著しいですけど、人類の打たれ弱さは昔から大して変わってません。
「勝機はあるということですね」
「昨日も言った通りだよ。より合理的に縄張りを奪い返すならやりようはいくらでもあるけれど、それじゃあやるせないだろう?」
昨日、今後の方針を決めて一旦解散というタイミングで、エクステンドさんは私を呼びとめてエレファントさんたちには知られないように話がしたいと言ってきました。それはエレファントさんたちの今後に関わる話だということと、私が留守にしてる間にエレファントさんたちを守ってくれた恩があるので、素直に話を聞くことにしました。
内容は至って単純で、先走らないようにという忠告でした。昨日、エレファントさんが襲われた話を聞いてから私が殺気立っていることに気づいてたみたいです。
私の魔法は広範囲殲滅に向いた一対多において真価を発揮する魔法です。私が本気でやり返そうと思えば、シメラクレスさんを相手取る片手間に他の魔法少女を戦闘不能に追い込むことも多分出来ます。
さらに言うと、シメラクレスさんは雇われの魔女なので契約期間が過ぎれば居なくなるはずです。シメラクレスさんを雇うのにどの程度のお金を支払ってるのかはわからないですけど、最高峰の傭兵をそう長いこと雇っていられるとも思いません。長くても夏休みが終わるまで、短ければ2週間程度というのがエクステンドさんの予想です。
より確実に襲撃者たちを撃退しようとするのなら、シメラクレスさんが居なくなるのを待ってから私も含めて全員で戦えばいいんです。そうすれば負ける可能性はほとんどありません。
ただ、それではエレファントさんたちの気が済まないんです。自分たちでこれまで守ってきた町を他の魔法少女に奪われて、取り返すときは魔女の力を借りて自分たちは必要なのかもわからないままことが終わるなんて、そんなのやるせないです。だからエクステンドさんは、エレファントさんたちを鍛えて自分たちの手で取り戻させようとしてるんです。
本当は私の手でズタボロになるまで痛めつけてエレファントさんに手を出したことを後悔させてやりたかったですけど、エレファントさんが自分の手で決着をつけることを望んでるのなら勝手なことは出来ません。自己満足のためにエレファントさんの気持ちを裏切りたくないです。
この戦いは、エレファントさんたちがドライアドさんたちに勝つことに意味があるんです。
「ですが危なくなったら介入しますよ。エレファントさんたちの意思を出来る限り尊重しますけど、それで皆さんが酷い目にあうところなんて見たくないです」
「その時は遠慮する必要はないとも。ただ、あまり剛力の魔女殿を舐めない方が良い」
「別に甘く見てるつもりはないですよ。同じ魔女ですから」
昨日帰ってからシメラクレスさんの動画はいくつか見ました。宣伝に力を入れてるだけあってちょっと探すだけで情報はいくらでも出てきました。
高位ディストをあっさりと倒す動画がいくつも上がってますし、さすがに魔女だと思わされる強さです。
戦って確実に勝てると断言はできない相手です。もしも私が介入しようとしたら襲い掛かってくるのであれば、全力で戦う必要がありますね。
「さっきも言ったけれど、対ディストと対人の強さは別物だよ。剛力の魔女殿は魔女としては下位に属するけれど、対人能力はトップクラスだ。直接風の魔女殿の力を見たことがない以上正確な評価は下せないけれど、なりたての魔女が剛力の魔女殿に勝つのは難しい。この私でも、分が悪い」
「……そうですか」
エクステンドさんの強さは良く知りませんけど、自信家っぽいエクステンドさんがそこまで言うのならシメラクレスさんはとても強いんだと思います。
ですが、それでも引くつもりはありません。エレファントさんたちのためにというのもそうですけど、私自身今回の件は頭に来てるんです。シメラクレスさんは雇われてお仕事をしてるだけなので怒りを向けるのはお門違いかもしれないですけど、やっぱり許せないものは許せません。エレファントさんを守るために不要であれ無理に戦う気はないですけど、邪魔をするなら容赦はしません。
「だったら全力でぶっ飛ばします。そうしなきゃ私の気が晴れません」
「ククッ、良い負けん気の強さだ。それでこそ魔女というものだね。それじゃあ風の魔女殿も特訓だ」
「えっ、私もやるんですか?」
「風の魔女殿は今まで魔法の練習や訓練をした経験があるのかな?」
「……ないです」
「では決まりだ。お相手は私が務めよう。並みのディストでは魔女の相手は務まらないからね」
そういうことになりました。
ちょっとこれは予想してなかったですね……。
とはいえ、大見得を切ったくせに何もできず負けるというのも嫌ですし、ここは素直にエクステンドさんの胸を借りるとしましょう。