魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode2-5 準備③

 摩天楼の建ち並ぶ大都会東京都の空の上で、私は次々と繰り出される魔力砲撃を縦横無尽に飛び回りながら回避します。

 お返しとばかりに削り散らす竜巻(トルネードミキサー)を撃ち込めば、砲撃手である拡張の魔女エクステンドさんは他のビルに飛び移って次々と移動していきます。その細かな動きに対応しきれていない竜巻が高層ビルに直撃しては粉みじんにしていき、大都会の高層ビル群があっという間に崩壊していきます。

 

 もちろんこれは現実世界での話ではありません。これまで碌に練習も訓練もしてこなかった私に対する特訓ということで、訓練所が作り出した小さな欺瞞世界でエクステンドさんと模擬戦をしてます。

 開始早々に魔法の練り上げ方には無駄がなく洗練されていると評価をいただき、後は立ち回りや瞬発的な判断力を鍛えるということになりました。

 とはいえ立ち回りと言われても、これまでの私の戦い方は制空権を確保して上から一方的に蹂躙するか、相手も飛行能力がある場合は真正面から叩き潰すというとにかく力に任せたゴリ押しばかりだったので、具体的に何をすれば良いのかというのはよくわかりません。

 なのでひとまずはこれまで通り力押しをすることにしました。駄目な部分があればエクステンドさんが指摘してくれると思います。

 

「ストップ! 一旦止まってくれ!!」

 

 エクステンドさんの切羽詰まった声に従って一度魔法解除します。エクステンドさんは私に向けて手招きをしており、どうやら呼ばれてるようなのでエクステンドさんが立つビルの上に私も降り立ちました。

 

「もしかしてだけれど、風の魔女殿は完全開放の魔女なのかな?」

「そうですよ? 言ってませんでしたか?」

 

 魔法少女たちの頂点に立つ、第三の門を開いた存在。それが魔女です。ですが一口に魔女と言っても、実はその種類は二つあります。いえ、正確には種類と言うよりも段階と言うべきでしょうか。

 

 まず一つが、限定開放の魔女です。第三の門を開いたばかりの魔女や、第三の門を開くのが限界だった魔女がこの限定開放の魔女にあたります。

 簡単に言ってしまえば、魔女としての力を一時的にしか使うことの出来ない魔女のことですね。第三の門を開くことは出来ますけど、常に開放出来てるわけではなく、普段は閉じていて必要な時だけ開くんです。開放出来る時間や、次の解放までのインターバルは人によって違うみたいですけど、長くても一時間は超えないという話を聞きますね。

 開放してない時もフェーズ2魔法少女よりは遥かに強いらしいので、いうなればフェーズ2.9と言ったところでしょうか。

 

 そしてもう一つが完全開放の魔女です。こちらは極めてシンプルで、第三の門を常時開放していていつでも魔女としての力を振るうことが出来る魔法少女です。私もこの完全開放の魔女に当たります。

 最初は限定開放だった魔女が経験を積んだり成長することで完全開放に変化することは良くあることらしいので、真の意味で魔法少女の到達点というのはこの完全開放の魔女のことを指します。

 現在の魔女で完全開放なのは、私を除くとレッドボールさん以上、つまり序列第六位以上の魔女たちです。七位以下の魔女は全員限定開放だったはずです。

 

「初耳だけれど納得したよ。風の魔女殿の力を見るのはこれが初めてだけれど、限定開放にしては強すぎると感じていたからね。ならば遠慮なく、この私も開放してお相手するとしよう」

「わかりました。お願いします」

 

 エクステンドさんがどちらなのかは知りませんでしたけど、この口ぶりから察するに限定開放みたいですね。現在の序列は完全開放と限定開放で綺麗に分かれてますけど、開放状態で戦った場合必ずしも限定開放の魔女が完全開放の魔女に劣るわけではありません。

 さっきまでのエクステンドさんは全力ではなかったわけです。気を引き締めましょう。

 

 私が風掴む翼腕(フライウイング)で空中へ戻ったことを確認したエクステンドさんは、おもむろに口を開きました。

 

「広がれ、私の世界」

 

 強化変身のキーワードを唱えると、エクステンドさんが眩い光に包まれました。光は一瞬のうちに弾け飛び、煌びやかな青いドレスの上から灰色の外套を纏い、風にたなびく真っ白なマフラーを首に巻いたエクステンドさんが現れました。

 

「これが、永遠の放浪者(エクステンドトラベラー)の真の姿だ。刮目したまえ」

 

 よく見ればエクステンドさんの手には先ほどまでなかった鈍色の手槍が握られてます。あれがエクステンドさんの専用武器でしょうか。

 

拡張:対象『砲撃(エクス・キャノン)』」

 

 エクステンドさんが構えた手槍からエネルギーの塊が次々と撃ち出され始めました。さっきまで私が空を飛んで回避してた魔法と同じですけど、その弾速は今までの比じゃありません。被弾してないので比べられないですけど、多分威力も上がってるはずです。

 

「魔力を撃ち出す魔法少女というのは、フィクションにおいては定番と言っても過言ではないけれど、実際にはそれほど居ない。なぜだかわかるかい?」

矢除けの風鎧(ウインドアーマー)

 

 回避に専念しつつ、弾幕の様相を呈し始めた砲撃がかすらないよう風の防御幕を張ります。

 エクステンドさんの問いに対する答えは単純で、燃費が悪いからです。魔力を消費して魔法を行使することに比べて、魔力を直接撃ち出しての攻撃は大した威力が見込めません。そのくせ魔法を使うのと同等かそれ以上に魔力を消費するわけですから、魔法を使った方が良いに決まってます。

 このままエクステンドさんが魔力砲撃を続けるつもりであれば、私よりもかなり早くガス欠するはずです。

 

「ふむ、回避に専念して魔力切れを狙っているね。残念ながらこの私の魔力砲撃は普通の魔法少女とは別物でね。少量の魔力による砲撃の弾速、威力を拡張(・・)しているんだ。魔力量自体の拡張は出来ないけれど、普通に魔法を使うよりも圧倒的に低燃費で高威力を見込めるのさ。そら、おかわりだ!」

「っ――」

 

 今までも回避に専念しなければいくつかかすりそうなくらい密度の濃い弾幕でしたけど、エクステンドさんの掛け声と共に追加された次の波はさきほどよりも遥かに大量の魔力弾で構成されてました。まだまだ本気ではなかったということですね。

 

 これは回避しきれません。被弾覚悟で払いのけます。

 

削り散らす竜巻・四連(カドラトルネードミキサー)!」

 

 私の持つ大杖を起点にして四つの竜巻が出現し、私の眼前に広がる魔力の塊を食らいつくしていきます。威力を拡張してるとは言っても、私の竜巻に押し勝つほどではないみたいですね。これならいけます。

 弾幕を十分に掃除してからビルの屋上を跳び回るエクステンドさんに攻撃対象を移します。三本の竜巻を操り、エクステンドさんの現在地から飛び移れそうなビルを先回りして潰しつつ、残りの一本でエクステンドさんを攻撃します。

 近場のビルを全て破壊されたエクステンドさんは、それでも空中へ跳び上がりました。向かう先に足場はなく、これ以上の移動は不可能です。

 

拡張:対象『距離(エクス・ディスタンス)』」

 

 四本の竜巻が群がるようにエクステンドさんを呑み込みました。

 エクステンドさんを呑みこむ寸前に竜巻の威力を大幅に落としたので精々小さな切り傷が出来てるくらいだと思いますけど、大丈夫でしょうか。

 

「訓練中に余所見とは感心しないな!」

「!?」

 

 竜巻に呑み込まれたはずのエクステンドさんが、少し離れた場所にあるビルの上から私に向けて声をかけてます。どういうことですか?

 仮に飛行能力があったとしても竜巻から逃れようと移動すれば私の視界に入るはずです。でもエクステンドさんはまるで瞬間移動をしたかのように、唐突にあの場所に移動してます。方向は確かにさっきエクステンドさんが飛び出した方ですけど、一体どんな魔法を使って移動したのでしょうか。

 

「ククッ、驚いてるね。なあに、これも拡張魔法の応用だよ。そしてこれも、ね。拡張:対象『時間(エクス・タイム)』」

 

 消えました!?

 

 今の今でそこに居たはずのエクステンドさんを探すために周囲を見渡そうとした次の瞬間、背後から声が聞こえました。

 

拡張:対象『衝撃(エクス・インパクト)』」

「なっ!? ごふっ――」

 

 いつの間にか背後に迫っていたエクステンドさんが、私が振り返るのと同時に手槍を思いきり振り下ろしました。小さいながらも鋭い槍が私の鳩尾を貫いて、振り下ろされた勢いのままに地面へ衝突し私の身体を縫い留めます。

 

「動揺したからって棒立ちはよくないな。それと、見失った後の判断が悠長過ぎる」

「あっ、がぁ、ぃだ、いだいぃっ!?」

「なぁに心配はいらないよ。ここでの傷は現実に持ち越されない。訓練所の魔力で作られたアバターのようなものだからね。血も出てないし、痛みも軽減されてるはずだ。元々魔法少女は痛覚が若干鈍らされてるし、相乗効果で意識を失うほど痛くはないだろう?」

「いだいでず!! ぬい、抜いてくだざぃい!」

 

 痛い痛い痛い痛い!!

 

「今は痛いだろうけど、慣れれば多少は我慢できる。騙すような形になってしまって申し訳ないけれど、風の魔女殿に一番必要なのは技術でも立ち回りでもなく痛みへの耐性だとこの私は考えていたんだ。ほぼ全ての魔法少女や魔女が、戦いの中で傷つき、倒れ、痛みを味わってきた。戦いの中で痛みに屈すれば敗北を待つのみだ。戦う覚悟があるのなら、魔法少女はどれだけ辛く苦しくても、すぐに立ち上がって戦わなければいけないんだ。がんばれ風の魔女殿! この私は君を応援しているぞ! 痛みに負けるな!」

「ふっざけるなぁああぁぁぁっーー!!」

 

 とんでも理論で私を応援し始めたエクステンドさんへの激怒が一時的に痛みを紛らわせ、私は自分で思いきり手槍を引き抜き立ち上がりました。当然涙が出るほど激痛が走りましたけど、歯を食いしばって耐えぬきました。

 

 痛いです。本当に今にも膝が折れそうなほど痛いです。でもそれ以上に何の説明もなくいきなりこんなことを仕出かしたエクステンドさんに対する怒りが湧き出てきて、少しだけ痛みを紛らわせてくれてます。

 

「あなたは、頭が、おかしいんですか!? なんの、説明も、なく、こんなことして、許しませんよ!?」

 

 痛みで呼吸が乱れ、途切れ途切れになりながらもエクステンドさんを糾弾します。

 

「戦いの場でいちいち敵はこれからお腹を串刺しにしますなんて言ってはくれないよ。それに、事前に説明したら断っただろう?」

「そう思うなら、やらないで、ください!」

 

 ああもう! 言いたいことはもっとたくさんあるのに痛みのせいで言葉が全然出て来ません!

 ちょっとでも良い人そうだと思ってた私がバカでした! やっぱり魔女は奇人変人狂人ばっかりです!

 

「今回は自動修復設定で部屋を作っているから痛みもだいぶ収まってきただろう? 続けるよ」

「上等です! ぶちのめしてやります!!」

 

 エクステンドさんの言う通り、お腹に空いてた小さな穴はいつの間にか塞がってました。それでもいまだに痛みは残ってますけど、言われてみればもう動けないほど痛くはありません。

 

 訓練だとはわかってますけど、だからってやりようってものがあるでしょう! ちゃんと説明してくれればエレファントさんのために我慢だってしましたよ! ああもう本当に! ありえません!!

 

 

 

 

 

 

 それから数十分、エクステンドさんの解放時間が終わるまでの間私は散々痛めつけられました。戦っている中で、魔法の威力や破壊力だけで言えば私の方が圧倒的に上で、ディストに対しては間違いなく私の方が優位だとはわかりましたけど、同時に対人戦と対ディスト戦の違いもよくわかりました。

 基本的にディストは強力になればなるほど大きくなるので、正確に狙いを付けなくてもとりあえず魔法を使えば当たります。それに学習するとは言っても人間ほどの知性はないので、多少動きが早くても捉えることは難しくありません。

 それに対してエクステンドさんはまず的が小さいので適当に魔法を使っても当たりません。狙いをつけても当然回避行動をとりますから余計に難しいです。

 

「まだ痛いような気がします……」

「気のせいじゃないかな。傷も残ってないだろう?」

「それくらい痛かったんです!!」

 

 最初の一回目以降は串刺しにされるようなことはなかったですけど、それでも鋭い手槍で何度も切りつけられたり、人間とは思えないほどの力で殴りつけられたりして、本当に本当に痛かったです。エレファントさんのためじゃなければとっくに泣いて逃げ出してました。

 

「泣いてはいたと思うけどね」

「うるさいです!」

 

 というかあれだけやっておいて何の負い目も感じずにこんな風に話しかけてくるなんて、エクステンドさんはサイコパスなんじゃないでしょうか。

 

「彼女たちを預ける以上、半端に済ませることは出来ないさ。それに、ジャックからも風の魔女殿のことは頼まれていたしね」

「……ジャックがですか?」

 

 何の脈絡もなく出てきたジャックの名前に驚いて、痛めつけられたことへのムカムカが霧散してしまいました。

 最近はせっかく忘れかけてたのに、痛めつけられたことにもジャックが関わってると思ったらむしろジャックへの怒りがこみ上げてきます。

 

「ジャックを追い出したんだろう? 風の魔女殿はまだ未熟だから面倒を見てやってくれとこの私に頭を下げに来たよ」

「余計なことを……!」

「そう邪険にしてやるものじゃない。風の魔女殿がソロで戦っていることを見かねてしばらく組んでやってくれないかとも話していたんだ。エレファントくんたちのチームに加入したようだったから声はかけなかったけれどね。あいつもあれで、風の魔女殿を心配しているよ」

「……ふんっ」

 

 あいつが心配してるのはあくまでもタイラントシルフ(・・・・・・・・)であって私じゃありません。でもそんなことを言ってもエクステンドさんにはわからないと思います。まさか事情を話すわけにもいきません。

 ……でもまあ、こうして魔法少女にならなければエレファントさんと出会ってお友達になることもなかったわけですし、誠心誠意反省して二度と同じようなことをしないと誓うのなら、許してあげても――

 

「――ハッ!?」

「話が逸れてしまったね。とにかく、この私も好きで風の魔女殿を傷つけているわけではないことはわかってくれるかな」

 

 駄目です駄目です! 何を絆されそうになってるんですか! 結果的には良かったかもしれないですけどそれはあくまで結果論で、ジャックが身勝手な都合で私を女の子にしたことは変わらないんです!

 そうです、せめて男に戻すって確約をして貰わなければ……、……? 男に戻る……と……?

 

 ……あれ?

 

 元の自分に戻りたいです。そのはずです。だから魔法少女になって戦ってたんです。……でも、今の私の戦う理由はエレファントさんを守るためで……?

 

 もう戦いたくないって、あんな恐ろしい思いをするくらいなら男に戻れなくても良いって、そうやって折れてしまった私がまた魔法少女になれたのは、エレファントさんを守りたいって強く思ったからです。だからもう一度変身出来たんです。

 

 でも、元の私は魔法少女じゃなくて、当たり前ですけど魔法なんて使えません。だからもしも男に戻ったら、エレファントさんを守れないんじゃないですか?

 

 それでも私は、本当に元の姿に戻りたいんですか……?

 

「風の魔女殿? 聞いてるかな?」

「え、あ、すみません、少しボーっとしてました」

「初日から飛ばし過ぎたかな。どちらにせよ今日は時間切れだし、風の魔女殿は帰っても構わないよ。出番はエレファントくんたちがもう少し育ってからだ」

「……ここで見学してます」

「そうかい? ではこの私はエレファントくんたちの教導を行うとしよう」

 

 エクステンドさんはそう言ってエレファントさんたちの使ってるトレーニングルームに入って行きました。

 私はトレーニングルームの中を映すモニターをただじっと見つめ続けます。

 今はただこうしていたいです。何も考えないでエレファントさんを見ていたいです。


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