魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode2-5 準備④

 沢山悩んで、元の姿に戻ることについて考えるのは一旦後回しにすることにしました。どうせポイントも溜まってないですから今悩んだってしょうがないですし、何より今はそれどころじゃありません。悩むのは咲良町を取り返してからでも遅くないです。

 私がエレファントさんを守りたいっていう気持ちに変わりはありません。だから今は無駄なことで悩んで俯くんじゃなくて、前を向いてエレファントさんのために戦うんです。

 

 そうやって割り切って訓練を続けていたある日、アールクラスディストの発生通知を受けて欺瞞世界へ転移すると、すでに三人の魔法少女が戦っていました。あれがエレファントさんたちに襲い掛かった魔法少女たちですね。

 私としてはあの魔法少女たちが勝っても負けてもどちらでも良かったので、特に手を出さずに戦況を見守ることにしました。

 

 巨大な蛸型のディストに巨木が絡みついて拘束していきます。動きを完全に封じられたディスト相手に大量の水と黒い影のようなものが襲い掛かって、靄の身体を削ってます。よく見ると巨木も絡みついてるだけじゃなくてディストの身体を貫いてますね。身動き一つ出来ずにタコ殴りと言ったところでしょうか。

 

 ブレイドさんの師匠は森の魔法を使うと聞いてましたけど、残りの二人は水と影の魔法少女なのかもしれません。自然派として襲ってきた以上、魔法の系統は自然で間違いないはずです。アールクラスのディストにちゃんとダメージを通せてるので、エクステンドさんの言う通り二人の魔法少女もフェーズ2魔法少女みたいですね。

 

 観察している間にディストの再生スピードも徐々に落ち始めてます。そろそろ頃合いですか。

 

削り散らす竜巻(トルネードミキサー)

 

 誤って魔法少女たちに当たらないように単発のトルネードミキサーでディストだけを削り散らします。最悪一発くらいなら誤射だと言い張れると思うので当たっても良かったんですけど、三人の魔法少女はいきなり飛んできた竜巻をしっかりと回避しました。

 

 本来横入りはご法度ですけど、それは魔法局の決めたルールではなく魔法少女たちが独自で決めた暗黙の了解です。そして暗黙の了解には縄張りも当然含まれます。先に破っているのはあちらの方ですから、文句は言わせません。

 

 さてと、本番はここからですね……。

 

「何ですかあなたたちは? 咲良町がこの私、風の魔女タイラントシルフの縄張りだと知らないんですか?」

 

 努めて冷徹で傲慢な物言いを心がけて三人の魔法少女に声をかけます。

 

 どうもこの三人組、というかドライアドさんは私とエレファントさんたちがチームを組んでることは知ってるみたいですけど、それほど仲が良いわけじゃないと認識してるそうです。

 ブレイドさんはドライアドさんとはたまに連絡を取り合っていて、私のことをそんな風に話してたみたいです。仲が悪いというわけではないですけど、私に仲良くするつもりがない以上、仲良しチームと言えないのも確かです。

 

 その認識を利用して、情報収集、兼、印象操作をしてみようというのが今回私の任された作戦です。

 情報はナックルさんも別方面から集めてますけど、材料は多いに越したことはありません。

 作戦の立案者はナックルさんですけど、あまり無理はしなくて良いと言われてます。私とエレファントさんたちの繋がりが露呈することの方が損失としては大きいと言ってました。エクステンドさんだけでなく私もエレファントさんたちに肩入れしてることがバレると、最悪氷の魔女や派閥の幹部クラスが出てくる可能性もあると考えてるみたいです。

 今回の縄張りの乗っ取りは派閥の総意ではなく一部過激派の暴走だとは思いますけど、美味しい縄張りがあと一押しで手に入るとなったら自然派がどう動くかわかりません。

 出来るだけ、この三人の魔法少女たち+傭兵でどうにかなる程度の規模だと勘違いさせておいて、エレファントさんたちの手で決着がつけられる状況を維持するのが理想です。

 

「お初にお目にかかります。私は自然派に属する魔法少女マリンと申します。こちらは同じくシャドウとドライアドです。私共は風の魔女様とお会いする日を一日千秋の思いでお待ちしておりました」

 

 青みがかった白いワンピースにシースルーのサマーカーディガンを羽織った魔法少女が片膝を付いて頭を下げました。黒いドレスの魔法少女と蔦の刺繍が編み込まれた白いワンピースの魔法少女もそれに倣うように頭を下げます。

 

「ご、んんっ、それで?」

 

 思わずご丁寧にどうもと返してしまいそうになりましたけど、せき込んだ振りをして切り抜けます。傲慢にです。私は魔女で敬われるのは当たり前。そんなキャラを演じるんです。

 ……それはそれとして、何ですかこの人たち? なんで急にこんな仰々しい態度なんですか。

 

「どうぞ私共を風の魔女様の傘下とし、共にこの地を守らせてはいただけないでしょうか」

「あなたは今、自然派だと言いましたね? まさか、この私に派閥に下れと言ってるんですか? このタイラントシルフに指図をしてるんですか?」

 

 困惑はありますけど、態度には出さないで傲慢な魔女の演技を続けます。

 ……あれ、なんか相手の仰々しさに引っ張られちゃってます? 難しいですね。

 

「いいえ!! 滅相もございません! 私共がこの地で活動することをお許しいただきたいのです! この地が風の魔女様の直轄地であることに何ら異議はございません! ただほんの少し、そのお零れを私共の派閥にいただきたいのです! 決して、決してご迷惑はおかけしません!」

 

 そうは言っても、私自身が自然の魔法を使う魔法少女で、自然派の魔法少女たちの溜まり場になってたら自然と周囲は私自身も自然派だと認識するでしょう。魔法少女というのはどうしてこう回りくどいやり方を好みますかね。

 

「私の邪魔をしないのならどうでもいいです。好きにしてください。ただし、この地にはすでに別の魔法少女がいます。形だけですが私ともチームということになってます。あなたたちが衝突することになったとして、私は関与しませんよ」

 

 今回の情報収集、兼、印象操作でやっておきたかったことの二つがこれです。

 一つは、すでに一度エレファントさんたちとこの魔法少女たちが争ったことを知らないという体にすること。

 これは形だけのチームで仲が良いわけじゃないことに説得力を持たせるためです。

 

 もう一つは、魔法少女同士の争いに関与する気はないと明言すること。

 事情を知らない人から見れば、勝手にやってろと突き放されて後ろ盾も得られないと最低限の結果のように見えるかもしれませんけど、むしろこの魔法少女たちが望んでた答えはこれのはずです。

 重要なのは、関与しないということです。彼女たちの視点に立って考えてみましょうか。

 

 他の町の状況を知らないので私もあまり詳しくはありませんけど、咲良町はここ最近になって狩場としてとても美味しい場所になっているらしいです。

 魔法少女の中には正義感で世界を守るエレファントさんのような素晴らしい人も居ますけど、大半はお金やポイントが目的です。それは恐らく彼女たちもそうです。

 ポイントを稼ぐ上で美味しい狩場があればそこで活動したいの当たり前ですけど、魔法少女には縄張りという暗黙の了解があります。これを破れば自分がどんな報復をされるかわかりません。相手が守るから自分も守る。ルールというのはそういうものです。

 ただし、派閥に所属していれば話は変わってきます。組織だっての行動に対する報復は同等の力を持った組織でなければ難しいです。その点咲良町には派閥に所属してる魔法少女がいないので、自然派として縄張りを襲うリスクはほとんどなかったと言えるでしょう。この私、タイラントシルフが居るというただその一点を除いては。

 私自身が縄張りを守ることの抑止力になってるんです。魔女の直轄地に下手に手は出せないと。

 彼女たちが私が居ると言うリスクをどう考えて襲撃に至ったのかはわからないですけど、本人から魔法少女同士の小競り合いに関与しないと言われればこれほど嬉しいことはないでしょう。なにせ後顧の憂いなく縄張りを奪うことが出来るんですから。

 

「寛大な処遇に感謝します。この地の魔法少女とはすでに話を付けてあるので、ご心配には及びません。どうぞ、今後は私共に露払いをお任せください」

「そうですか。ご勝手にどうぞ」

 

 どの口が話をつけたですか……!

 

 魔法をぶっ放しそうになる気持ちを抑えて、私は転移で立ち去ることにしました。

 元々ここで活動してる魔法少女とも大して関わってない形だけのチームという設定で行く以上、あまり彼女たちのことを追及することは不自然です。傲慢で冷徹で他人に興味がない、今回直接話したことで、それが彼女たちの中でのタイラントシルフになったと思います。

 

 大した情報は集まりませんでしたけど、今はこれで十分です。

 狩場を奪うのが目的だってこともこれでほぼ間違いなくなりました。

 ふざけた真似をしたことを絶対に後悔して貰います。

 

 

 

 

 

 

「あれが風の魔女タイラントシルフか……。噂通り他人に興味がないようだったな」

「あんた魔女と話すときはいっつもそんな調子なんすか? 演技がくさすぎて噴き出すか思いましたよ~」

「だったら次からお前が話せ!」

「イヒヒ、ぜってーいやですね。リーダーはあんたでしょ~に」

「今の話、どこまで本気だったと思う?」

 

 タイラントシルフが転移で居なくなった途端に騒ぎ始めたマリンとシャドウへドライアドが問いかける。

 

「嘘を吐いてると言いたいのか? ……それはないだろう。風の魔女が向こうについてるなら連中が攻めて来ない理由がない」

「戦力的に魔女が二人だとあたしらはボロ負けですぜ?」

「……そうよね」

 

 二人の言葉を受けて、ドライアドは納得の言っていないような様子ながらも一先ず頷いた。

 マリンとシャドウが言った通り、タイラントシルフとエクステンドが揃ってエレファントたちに協力しているなら、いかにシメラクレスを雇っていると言ってもドライアドたちに勝ち目はない。それは戦力の構成比的に魔法少女であれば誰でもわかることだ。

 

 だが可能性がないわけではないのだ。例えばエクステンドたちがドライアドたち側に伏兵がいることを警戒している場合や、より確実を期すためにシメラクレスとの契約が切れるのを待っている場合。

 ドライアドは少なくとも自分ならばそれらの要素も当然加味したうえで判断を下すと考え、しかしそれでもすぐに縄張りを取り戻すという結論に至った。

 時間は無限ではなくどちらに味方するかわからない。ならば有利な状況がほぼ確定しているうちに動き出すべきだと。

 

 可能性はなくはないが、非常に低い。

 

 普通に考えればタイラントシルフは嘘を吐いてなどいない。そうしてまで戦いを引き延ばす理由がない。

 それでもドライアドにはどうしても何かが引っ掛かった。しかしその引っ掛かりの理由がわからない以上他の二人に混乱を生み出すようなことを言うわけにもいかず、それを胸の奥にしまいこむ。

 

 かつての自分ならそれを胸に秘めたりはしないはずだった。ドライアドは自分自身の変化を自覚して無意識の内に呟いた。

 

「今更後悔しても遅い。もう、そうするしかないのよ……」

 

 普段の気丈なドライアドを知る者からすれば信じられないほど弱弱しいその呟きは、幸か不幸か誰の耳にも届かずに風の中へ消えて行った。


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