魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

55 / 215
episode2-5 準備⑤

 咲良町で適当にディストを倒しながらエレファントさんたちと訓練を続け、早数日が経ちました。今日はサムライピーチさんとナックルさんが不在で私とエクステンドさんの二人で監督をしていたんですけど、いきなりエクステンドさんのマギホンから警告音が流れ始めて、急用が出来たと言って出て行っちゃいました。純恋の方にディストが出たのかもしれないと思ってその時はあまり気にしてなかったんですけど、今、エクステンドさんが戻ってきて初めて、急用というのが『研修』のことだったのだとわかりました。

 

「お茶会ぶりですね、シルフさん。エクステンドさんからここにいらっしゃると聞きまして、弟子の紹介も兼ねて先日のお詫びに来ました」

 

 エクステンドさんと共に、見知らぬ三人の魔法少女を引き連れて現れたのはあの悪魔、糸の魔女ウィグスクローソです。

 表情が強張るのが自分でもわかりました。

 

「少し、お知らせするのが遅かったようで申し訳ないです。まさかあの日の時点で襲撃があるとは私にも読めませんでした。ですがみなさんに何事もなくて良かったです」

「咲良町の隣にはこのエクステンドがいるのだからね! そう簡単に狼藉を許しはしないさ」

「はい、魔女の名に恥じぬ活躍です。エクステンドさんは流石ですね」

「そうだろうそうだろう!」

 

 悪魔に褒められてエクステンドさんは鼻高々という様子で胸を張ってます。エクステンドさんは派閥には加入してないはずなので悪魔に取り込まれてるわけではないんでしょうけど、外面の良さに騙されてるみたいですね。

 ラビットフットさんが言ってたように、この悪魔は必要な時、必要な相手にしか本性を見せないんです。この場でこの悪魔の本性を知ってるのは、多分私だけです。

 

「……先日はどうも。弟子と言うのは後ろの三人のことですか?」

 

 何の目的でここに来たのかは知りませんけど、とりあえず表向きは謝罪と弟子の紹介ということなのでさっさとそれを終わらせて退場願います。この悪魔が同じ部屋の中に居るだけで寒気が止まりません。

 

「はい。以前にもお話した通り、私は三人の魔法少女を指導しています。みなさん、自己紹介を」

「はい! あたしは魔法少女カノンです! よろしくお願いします!」

「ま、魔法少女バリアです。よろしくお願いします……」

「魔法少女オペレイト。よろしく」

「タイラントシルフです。よろしくお願いします」

 

 元気な子がカノンちゃん、気弱そうな子がバリアちゃん、物静かそうな子がオペレイトちゃんですね。外見年齢はみんな私と同じくらいに見えます。悪魔がわざわざ手ずから指導をしているということは、秘めたる才能があるのでしょうか。

 

「ではみなさん、私はこの方たちと少しお話がありますから、いつもの設定で訓練を初めてください」

 

 悪魔の言葉に従って三者三様の返事をしてからトレーニングルームへ向かって行きました。なるほど、この場所に来たのはあの子たちの指導のためですか。やっぱり普段は良い人ムーブをして周囲を騙してるんですね。

 

「糸の魔女殿から見て、あの子たちには光るモノを感じたのかな?」

「いえ、あの子たちを選んだのは各個人の才能ではなく、三人の相性が良いと感じたからです」

「相性と言うと? まさか仲良しこよしで頑張れそうだからとは言わないだろう」

「魔法の相性です。あの子たちには魔法の使い方と戦闘中の動きの他に、合作魔法を教えてます」

「ほう! それはまた面白い試みじゃないか。すでに発動は出来るのかな?」

「彼女たちの指導を始めたのは最近です。まだまだ発動には至ってません」

「あの……、すいません」

「はい? なんでしょう?」

「合作魔法ってなんですか?」

 

 なるべく悪魔と話をしたくなかったので二人がお話している間は地蔵のように黙りこくっていたのですが、気になるワードが飛び出してついつい口を開いてしまいました。

 

「妖精から聞いていないのですか? 基礎知識の範疇だったと記憶していますが……」

「風の魔女殿は少し特殊でね。多少知識の抜け落ちがあるのさ」

「そうですか。合作魔法とはその名前の通り、複数人の魔法少女が協力して発動する魔法です」

「合作魔法は通常の魔法よりも遥かに強力でね。フェーズ1魔法少女のモノでもフェーズ2魔法少女の通常魔法より強力で、フェーズ2魔法少女の合作魔法なら完全開放の魔女に匹敵すると言われている」

「その分扱いも極めて難しいですし、一度使うことが出来たからと言っていつでも使えるようになるモノでもありません。合作魔法を使ったことがあるではなく、習得していると呼べる魔法少女はもしかすると魔女よりも少ないかもしれません。そもそも前提として合作魔法を使う魔法少女同士の魔法相性が良くなければ絶対に使うことは出来ませんから」

「魔法相性、ですか?」

「例えば風、雨、雷の魔法少女が合作魔法で嵐の魔法を使うというような感じかな。風の魔女殿なら一人でも嵐くらい呼び出せるのかもしれないけれど、例えとしてはわかりやすいだろう? とはいっても、三人で使う合作魔法というのは聞いたことがないけれどね」

「少しややこしい言い方をしてしまいましたね。あの子たちの中で実際に合作魔法を使うのはバリアとオペレイトです。カノンはその合作魔法と相乗効果の見込める魔法少女なので一緒に指導しています」

「なんだ、史上初の三人合作魔法が見られるかと思って期待したのだけれどそういうことだったか」

「合作魔法はお互いの魔法への深い理解が必要になると言われていますから。二人でさえ難しいのに、三人でと言うのは現実的ではないでしょうね」

 

 合作魔法ですか。いずれは教えるつもりだったのかもしれないですけど、ジャックがこのことを後回しにしてたのは私には必要ない、というか意味がないと考えたからですね。

 フェーズ2魔法少女の合作魔法で完全開放の魔女に並ぶレベルと言うのは、魔女に至るほど実力のない魔法少女には魅力的かもしれませんけど、実際に完全開放までしてる魔女にしてみれば自分の魔法を使うだけでそれと同等の威力が見込めるんです。実質的な最高位のデューククラスディストでさえ魔女が数人集まれば討伐できることを考えると、わざわざ長い時間をかけて魔女が合作魔法を習得するメリットは薄いです。

 加えて、当時の私は他の魔法少女と仲良くするつもりがないどころか一切関わるつもりがありませんでした。そんな状態で最低でも二人の魔法少女が長期間の練習をしなければ習得に至らない、というか練習したとしても習得できるかわからない魔法の知識なんて、教えるだけ無駄と言うものです。

 

「ふむ、しかしあの子たちも良く素直に言うことを聞くものだね。若くして伸び悩んだ魔法少女が限界を超えるために手を出すのが合作魔法を習得する一般的な理由だろう? あの子たちがすでに頭打ちとは思えないのだけれどね」

「魔女という肩書の威光はそれだけ大きいということです。後悔はさせません。必ず習得していただきますから」

「おお、怖い怖い。スパルタだね」

「では、私はあの子たちを見ないといけないのでこれで失礼します。シルフさん、この前の答えはいつでもいいので、良いお返事を期待してます」

「期待しないでください」

「それは残念です」

 

 終始真顔で声音も変わらないのに何が残念ですか。最後の最後で圧力をかけてきましたね。これだから悪魔は油断ならないんですよ。

 

「派閥に勧誘でもされたのかな?」

 

 悪魔がトレーニングルームに入って行くのを見届けてから、エクステンドさんがそう問いかけて来ました。まあ、エクステンドさんも同様に誘いをかけられてるでしょうし察しはつきますよね。

 

「少々強引にですけどね。エクステンドさんもですか?」

「この私は出来ればで構わないと言った感じだったね。自然派と比べれば法則派は安定しているし、恐らくどちらでも良かったんだろう」

「エクステンドさんは派閥に入る気はないんですか?」

「正直に言えばどちらでも良いんだ。今は引退している先輩が派閥に入っていなかったから倣っていただけだしね。ただまあ、今までは無所属だったくせに魔女になった途端派閥に入るというのもその派閥の魔法少女からすれば面白くないだろう。こういうのは下に行くほど負担が重くて上に行くほど甘い汁を啜れるものだからね。当然負担が重い分のリターンはあるわけだけど、理屈で感情を制御しきれれば苦労はしないだろう?」

「そ、そうですね」

 

 なんというか、そこまで考えてるとは思ってませんでした。私は単にエレファントさんとの時間を邪魔されたくないという理由だけで断ってますけど、もっと真剣に考えるべきでしょうか?

 あの悪魔だってやり方は狡猾で陰湿で反吐の出るものでしたけど、その目的は魔法少女全体のバランスを考えてのものだったわけですし、そうすると我儘を言ってる私の方が悪いんでしょうか?

 

「あ、あの、自分勝手な理由で派閥に入らないというのは良くないんでしょうか? 怒られるようなことなんでしょうか……」

 

 後半に行くにつれて私の言葉はかすれるように小さくなっていきました。エレファントさんがこのことを知って、それで私に失望して、怒って、見捨てられたらと思うと……。駄目です、そんなの絶対に嫌です。

 

「……子供がそんなことを考えるものじゃない。そんなものはやりたい連中にやらせておけば良いんだ。そもそも一部の自制出来ない魔法少女が悪いんであって、そのために君が自分を犠牲にする必要なんてない」

 

 不安に囚われて思わず問いかけてしまった私の頭を撫でて、エクステンドさんは優しい声でそう言いました。

 

「こ、子供扱いしないでくださいっ」

 

 気恥ずかしさからついその手を払いのけてしまいましたけど、正直少しだけ安心しました。そうですよね! 他の魔法少女の為に私が我慢する必要なんてないですよね! 一瞬でも悩んでしまった私が馬鹿みたいです! これも全部あの悪魔のせいです!

 

「おっと、これは失礼。それではレディ、今日も私と踊ろうじゃないか」

「前から思ってましたけど、その言い回しダサいですよ」

「ダサッ!? は、ははは、ナックルは格好いいって言ってくれたんだけれど……」

 

 少しだけ気が緩んで口が滑っちゃいましたけど、思ったよりもショックを受けたようで小声で何かぶつぶつと呟いてました。良く聞き取れませんでしたけど、折角励ましてくれたのに悪いことをしてしまいました。

 

「冗談です。とっても格好いいです」

「ぇ!? ククッ、もちろん冗談だとわかっていたとも」

 

 社交辞令を述べるとエクステンドさんはあっさり元気を取り戻しました。単純な人ですね。

 気を取り直してトレーニングルームへ向かい始めたエクステンドさんを追って私も歩き出します。今日こそは負けませんよ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。