魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

57 / 215
episode2-5 準備⑦

 少女は正しくあることが善いことなのだと思っていた。正しくしていればみんなから褒められて、過ちを正してあげれば感謝される。みんなが清く正しく生きていける世の中を、みんなが望んでいるのだと思っていた。

 

 いつからだっただろうか。そんなのものは誰も望んでないのだと気が付いたのは。

 

 小学校に入学する前や小学校の低学年くらいの児童の中には、正義感の強い子供が一定数いるらしい。

 ちょっとしたルール違反や、融通を利かせるということが出来ず、直接注意したり大声で指摘したり大人に報告したり、とにかく自分が間違っていると思ったことを正しく矯正しようとするのだとか。

 そんな子供たちも大半は、ちょっとくらい間違ってる方が生きやすいことや、正しくあることに拘り過ぎると孤立することを理解して、正義感のままに行動することはなくなって、いつしか普通の人になっていく。

 

 だが中にはいつまで経っても融通が利かず、曲がったことが許せず、正義感を振りかざして、空気が読めない人は居り、それがその少女、鶴来七海だった。

 

 七海が気が付いたころには友達と呼べるような人は居なくなっていた。幼いころには誰かと遊んでいた記憶はあるが、顔も名前も思い出せない程度の仲だった。

 明確にイジメと呼べるようなことをされたことはないが、七海はいつも一人だった。話しかければ答えてくれるが、話しかけられることはなかった。誰もが七海を避けていた。

 いつからか注意をすれば空気を読めと言われるようになった。うざいと言われることもあった。取っ組み合いの喧嘩になって先生に両方とも謝らせられたこともあった。それが七海には納得できなかった。自分は何も悪いことしてないのに、と。だがそれを口にすると教師も七海を疎ましい目で見るようになった。学校に七海の味方はいなかった。

 

 最初は七海のことを肯定してくれていた家族も、いつまで経っても空気の読めない七海に愛想をつかす様になっていった。家族に対しても正しさを要求する七海は鬱陶しかったのだろう。

 

 それでも良いと、自分の正しさを信じられれば良かったのかもしれないが、悲しいことに七海はそんなに強い人間じゃなかった。

 孤立すれば寂しいし、疎まれれば悲しいと感じてしまう、弱い人間だった。

 

 どうしていつまでも意地を張っていたのかと自分を恨んで、どうして自分の正しさを理解してくれないのかと世界を恨んで、七海は中学校に進学するのと同時に正しくあることを諦めた。

 人に正しさを求めず、周囲に合わせるために自分も正しくないことをした。

 

 中学校には七海の通っていた小学校以外からも複数の小学校の子供が進学していて、七海のことを知らない人も一杯いて、なんとか友達を作ることが出来た。

 しかし、友達に合わせて自分も正しくないことをするたびに、七海の胸は酷く痛んだ。

 

 誰かが正しくないことをしてるだけなら、耐えられた。しかし七海が、自分自身の意思で正しくないことをするたびに、張り裂けそうなほど胸が痛くなる。涙が出そうなほどに辛くなる。自分が自分じゃなくなってしまうような気持ちになる。

 助けてほしかった。誰でもいい。何だっていいから自分の正しさを認めて欲しかった。

 

 そんな時に、七海はジャックと名乗る奇妙なカボチャ頭の怪物から、魔法少女にならないかと勧誘された。

 その時の七海は物事を深く考える余裕がなく、幻でも見えたのかと思い、もうどうにでもなれと思って魔法少女になることを承諾した。

 

 七海にとって、それからの日々はずっと忘れないものとなった。

 一人じゃ危ないからと言ってジャックが紹介した先輩。

 それこそが、魔法少女ドライアドだった。

 

 

 

 

 

 

「丁度ディストを倒したところだったラン? タイミングばっちりラン!」

「何のつもりかしらジャック? 私は弟子は取らないと言ったわよね?」

「グリッドに新人を二人預けるのは心配ラン! それはドライアドだってわかってるはずラン!」

 

 夢か幻だと思ってたカボチャ頭の怪物の言うことを聞いてたら、いつの間にか変な本が一杯あるところに連れて行かれて、妙な格好に変身したと思ったら今度は知らない人の前に連れて来られた。

 髪の毛の色が緑色で不思議な服装をしてる。この人も魔法少女なのかな……。

 

「はぁ、あなたは本当に人の話を聞かないわね。だから嫌いなのよ」

「ひどいラン! 僕はみんなのことを考えて最適な方法を選んでるだけラン!」

「それで、新人ちゃん? 酷い顔してるわ。あなた、もしかして騙されて魔法少女にされたのかしら?」

「あ、い、いえ、夢かと思って、もうどうにでもなれって……」

「ちょっとジャック、こんなぼんやりした子に魔法少女が務まると思ってるの? あなたもあなたよ。魔法少女は世界を守る崇高な使命を背負った存在なのよ。命を懸けて戦う覚悟がないなら今すぐ辞めてしまいなさい」

「あ、ごめん、なさい……」

 

 私また空気が読めなかったの……?

 だからこの人も怒ってるの?

 正しいことをしようとしたから? 魔法少女になって世界を守るなんて、もう正しくない私はやっちゃ駄目だったのかな……?

 

「ごめんなさい……! ごめんなさい! ごめんなさいっ!! もうしません!! ごめんなさい!」

「ちょ、ちょっと急にどうしたのよ。ジャック!」

「僕にもわからないラン。ドライアドが泣かせたラン!」

「鬱陶しくてごめんなさい! 空気読めなくてごめんなさい! 正しくしようとしてごめんなさい!」

 

 涙が止まらなくて、自分でももう何を言ってるのかよくわからなくて、ただただ、あふれ出してきたものをひたすら垂れ流し続けるしかなくて

 

「あー、もう。ほら、怒ってないわよ。落ち着きなさい。何があったの? 話してみなさい?」

 

 その女の人は、泣きじゃくる私を優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。

 背中をさすってあやしてくれた。私が泣き止むまでずっとそばに居てくれた。

 そうしていると何だか安心できて、私はしどろもどろになりながら、話があっちこっちに飛びながら、うまく説明できなかったけど、それでも胸の内を全部吐き出してちゃってた。

 

「そんなことで悩んでたの? 全く、拍子抜けして呆れるわ」

「そう、ですよね……。やっぱり、私はおかしかったんですよね……」

「おかしいのは今のあなたよ」

「……え?」

 

 この人は、今なんて言ったの?

 

「良く聞きなさい。正しいことは正しいに決まってるでしょ。間違ってることは間違ってるのよ。時には間違ってることの方が賢いときもあるけど、賢いことは正しいことじゃない。胸を張って生きていたいなら、自分の正しさを、信念を貫き通しなさい」

「わ、私は、正しかったんですか……?」

「そうよ、感心したわ。あなたくらいの歳まで自分を貫き通せる子なんてそうはいないもの。最後の最後で折れてしまったみたいだけど、まだ間に合うわ。これまでのあなたには誇るべき信念があった。むしろ今のあなたが間違ってるわ。誰かに流されて進むべき道を間違えるなんて、絶対にあってはいけないことよ」

「本当に……、本気でそう思いますか……? 嘘じゃないんですか……?」

 

 ずっと待ってた、誰かからそう言ってもらいたいと願ってた、だけどいざその時が来たら、その女の人の言葉が信じられなくて、私の言葉はひどく震えてた。

 

「嘘じゃないわ。あなたは間違ってない。今までよく頑張ったわね」

「……そう、ですよねっ。私は間違ってなかったっ! 私は正しかった!」

 

 そうだ! そうだよ! なんで空気の読めない私が悪いなんて思ってたんだろう! 悪いわけない! 正しいことをしてたのに悪いわけない! 私は正しかった! ずっと、ずっと正しかったんだ!

 

「弟子を取る気はなかったけど、後輩と考えれば学校とそう変わらないわね。気が変わったわ。あなたは私の下で学びなさい。グリッドさんにはもったいないわ」

「はい! わかりました先輩!」

 

 この人なら私を理解してくれる! 肯定してくれる! 私の正しさを証明してくれる!

 

「私はドライアド。あなたの口から名前を聞かせてくれるかしら?」

「わたし、私は、ブレイドです! よろしくお願いします!」

「ええ、こちらこそよろしくね」

 

 この日、私は初めて私を理解してくれる人に出会えた。

 私はいつまでもこの人に付いていきたいって、心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 ドライアドはいつも自分が正しいと信じることを言っていて、高潔で、自分に厳しく、他人にも当たり前のように厳しい魔法少女だった。七海を肯定したのもその場だけのことではなく、むしろドライアドの方が七海より厳しいくらいだった。

 それは七海の理想そのもので、七海がなりたいと思っていて、けれど諦めてしまった先にある姿だった。

 七海は誰に言われるでもなく、自然とドライアドの背中を追うようになっていた。

 ドライアドが七海の目標で、ドライアドみたいになりたくて、ドライアドの教えを信じて戦った。

 ドライアドが居れば他には誰もいらない。ずっと二人でこの町を守るのだと、七海は本気でそう思っていた。

 

 だから、ドライアドからエレファントと二人でチームを組むようにと伝えられた時は、見捨てられるのかと勘違いして泣きながら縋り付いた。もっと頑張ります、先輩みたいになれるように努力します、だから見捨てないで下さい、と。

 七海のドライアドへの依存が強まったのはこの時だったのだろう。結果的には、見捨てるのではなく七海を思ってのことだと納得したが、同時に一度捨てられると勘違いしたことでドライアドへの尊敬や信頼が信仰に至りかけた。七海の中の芯が、自分の信じる正しさではなく、自分の信じるドライアドの正しさになっていった。それも、七海自身が自覚しないうちに。

 自分の正しさを証明してくれるから信頼し懐いていたはずが、いつしか自分の信じる正しさを忘れてしまったのだ。

 

 七海がエレファントとチームを組んでからドライアドと七海の関係性は少しだけ変わったが、突き放したりはされなかった。ドライアドが引っ越してからも、七海たちの関係は続いてた。傍から見れば良い先輩後輩の関係だった。

 

 七海にとって一番尊敬できる人はドライアドであり、目標もまたドライアドだった。ドライアドの残した輝きは七海の中で少しも色あせず、ずっと七海の原動力になり続けていた。

 

 これからもずっとそうだと信じていた。

 本気でそう、信じていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。