魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode2-6 奪還⑤

 公爵級(デューククラス)ディスト。それは現在確認されてるディストの中で最大にして最強のディストです。魔女でさえ一対一で戦って勝てるのは序列一位と二位くらいと言われていて、もしもそれが出現した場合には複数の魔女が召集される、最優先討伐対象です。

 図体の大きさは地区を丸々一つ下敷きにするほどで、現実世界に通してしまえばそれだけで咲良町が壊滅します。

 確かに公爵級(デューククラス)が出現してる中で内輪揉めをしてる場合じゃないです。魔女同士で戦って魔力を消耗するとか、シメラクレスさんの解放時間が切れるようなことがあったら魔法局から何をされるかわかりません。だからシメラクレスさんは一時休戦と言って討伐に向かったんです。

 

 私もエレファントさんたちを避難させて早く向かわないといけませんね。

 

「エレファントさん、大丈夫ですか?」

「シルフちゃん……、ごめんね……。ちょっと、身体が動かないや……。さっきのは……?」

公爵級(デューククラス)が出ました。エレファントさんは魔法界に避難してください。今のエレファントさんは足手まといです」

 

 息も絶え絶えと言った様子のエレファントさんに、私は早口で答えます。

 本当はこんなことは言いたくないですけど、こう言わなきゃエレファントさんは自分も戦うって言いかねません。

 それに、公爵級(デューククラス)と戦うのは私も初めてです。魔女でさえ複数人で挑む必要のある相手に、エレファントさんを守り切れると断言できないです。

 

「そう、だよね……。近くに……、シャドウさんがいない……?」

「はい、すぐそこに倒れてます」

 

 エレファントさんから少し離れた場所に、黒いドレスの魔法少女がうつぶせになって倒れてます。

 

「こっちまで……、連れてきて」

「……この人も助けるんですか?」

「見捨てて……行けないよ……」

「エレファントさんがそう言うなら……」

 

 エレファントさんを傷つけた相手なんて放置しても良いと思いますけど、優しいエレファントさんがそんなこと出来るわけないっていうのはわかってました。ここで言うことを聞かないと避難してくれなさそうですし、説得に時間をかけてる余裕もありません。

 私は倒れてるシャドウさんを雑に引きずってエレファントさんに寄り添わせて――羨ましいなんて思ってません――、二人の身体が転移魔法陣の光に包まれていくのを見守ります。

 

「ごめんね……、私たちの町を、守って……」

「当たり前です! 私はエレファントさんに助けられましたから、私が守ったものはエレファントさんが守ったのも同然です!!」

「ありがとう、シルフちゃん……」

 

 最後は安心したような表情でエレファントさんは光に包まれて転移していきました。

 そうですよね。エレファントさんは自分でこの町を守りたいから、一生懸命訓練してこの町を取り戻すとしてたんですもんね。それなのに、こんな大事な場面で自分が戦えないなんて、そんなの歯がゆいですよね。

 

 心配しないでください、エレファントさん。

 エレファントさんが守りたいものは、私が守って見せますから!!

 

 

 

 

 

 一歩踏み出すだけで町を摺りつぶし、更地にしていく巨大な真っ黒のカミツキガメ。それが咲良町に出現した公爵級(デューククラス)ディストだった。

 タイラントシルフを残し一足先に公爵級(デューククラス)ディストの下へたどり着いたシメラクレスは、その巨体が発する凄まじい威圧感を肌で感じながら自然と口角が吊り上がっていくのを感じた。

 

「いいねいいねぇ! 久しぶりの超大物だぜ! 邪魔が入る前に貢献度稼がねえとなぁ! 身体強化・第五段階(ストロング・フィフス)!」

 

 シメラクレスの使う最強の魔法は身体強化の第四段階と言われており、実際普段の宣伝活動や傭兵稼業においてシメラクレスがそれを超える魔法を使ったことはないが、実際にはもう一段階上の魔法を持っていた。それを隠しているのは手を抜いてるわけではない。切り札とは隠しておくことでいざという時に最大限の効果を発揮するもので、己の上限を他者に見せびらかすなど愚か者のすることだ。こと対人戦においては無いはずの第五段階があるというのは相手の作戦を崩すことに直結する。事実、先ほどもあのまま戦いが続けばタイラントシルフが勝てていたかはわからなかった。

 一方で、ディストとの戦いにおいて駆け引きと言うものはほとんど通用しない。だからこそ、シメラクレスは強力なディストと戦う時にはこの切り札を出し惜しみしない。殺すという選択肢がほぼ存在しない魔法少女とは違い、ディストは消滅させてしまえば情報が残らないのだから。

 

 また、シメラクレスが普段この魔法を使わないのには非常に燃費が悪いという理由もある。一時的に肉体の損傷や負傷を誤魔化して戦えるようになるほど強力な魔法だが、魔力の消費が激しい。だからタイラントシルフに一時休戦と告げた後も一度魔法を切っていた。

 

「えー!! 何それ初めて聞いたよぉ! 隠してたんだぁ!! いけないんだぁ!」

「はぁ!? ちょ!? なにしがみついて!?」

 

 タイラントシルフを相手に使ったのはそうしなければ依頼を達成出来なかった為例外であり、本来ならば、それは他の魔法少女が見てないという前提ありきで使用するはずだった。

 咲良町の魔法少女や縄張り荒らしの魔法少女たちは奪還戦で消耗していて公爵級(デューククラス)との戦いに顔を出すことはないと判断した。また、近くにエクステンドトラベラーが居る様子がないこともしっかりと確認していた。性格的に、エクステンドならばシメラクレスを見かけて声もかけずに戦闘に入るとは考えにくく、話しかけてこないのならばまだこの場にはいないのだろうと判断したのだ。

 しかし、一つのイレギュラーがシメラクレスの予想を裏切った。

 

 水色の氷をイメージしたような魔法少女らしいトップスに、雪の結晶モチーフのレースをいくつも繋ぎ合わせて作られた、重層のスカートを身に着けた長い白髪の魔法少女。

 序列第五位、氷の魔女パーマフロストがいきなりシメラクレスにしがみつくようにあらわれ楽しそうにはしゃいでいた。

 

「つーかなんであんたがここにいんだ!?」

 

 公爵級(デューククラス)ディストが出現した時点で、全ての魔女に発生通知は届いている。そのうえで、距離の近い魔法少女やノルマの番が来た魔女には緊急出動の要請が掛かっているが、仮に長距離転移装置を用いてやって来たのだとしても早すぎた。

 現地に居るシメラクレスと同じタイミングでこの場に現れたということは、パーマフロストも公爵級(デューククラス)が発生する前からこの町に居たのでなければ辻褄が合わない。しかし、シメラクレスの記憶が正しければパーマフロストの活動地域はこの近辺ではなくもう少し北方のはずだった。

 

「遊びに来てたの! も~、楽しいところだったのにおこだよ!」

「はん、今はそういうことにしといてやるよ」

 

 シメラクレスは今回の咲良町の縄張り争いについては傭兵として雇われているだけであるため、実際のところどこまで派閥が関与しているのかは知らないし興味もなかった。ただ、このタイミングで自然派のトップが居て偶然遊びに来ていたというのは通らないだろう。ただでさえ、この氷の魔女という幼い少女はシメラクレスが魔法少女になった当時から今と変わらぬ姿で魔女として君臨し続けているのだ。得体の知れない存在で、何を企んでいるのかわかったものではない。

 気になる点はもう一つあった。それはエクステンドトラベラーが出てこないことだ。元々あの拡張の魔女は咲良町を活動地域としているわけではないため、今回の縄張り争いと直接的に関係はないが、それでも奪還戦には一枚噛んでいるとシメラクレスは予想していた。あくまで予想であり、あの襲撃の日以来エクステンドは関与していないという可能性もある。だが、もしかすると、エクステンドはパーマフロストに戦闘不能に追いやられているのかもしれない。

 

 とはいえ、仮にどちらであったとしてもシメラクレスには関係のないことだった。いないのならそれで良いし、居た上で出てこれない状況ならそれもまた良し。公爵級(デューククラス)の討伐が終わった後の仕事に影響は出ないと結論付け、動き出した。

 

「あたしが移動であんたが攻撃だ! いいね?」

「いいよぉ~! 環境魔法・凍土(フィールドマジック・フローズン)! 凍てつけ(フリーズ)! 氷片嵐(ダイヤモンドストーム)! 夕立氷柱(アイシクルバースト)!」

 

 咲良町の一地区が丸々簿氷に覆われていき、天候が吹雪へと変化する。環境魔法と凍結魔法の合わせ技により足を氷漬けにされたディストは一瞬動きが止まったが、すぐに力づくで纏わりつく氷を粉砕し歩みを再開する。一歩ごとに砕け散る薄氷の破片が嵐のように高速で巻き上がりディストの全身を切り刻むが、突如ディストの背中から現れた巨大な翼が空を打つと吹き散らされてしまった。間髪入れずに氷の槍が豪雨の如くディストに叩き込まれその身体を削っていく。

 一見して攻撃の効果は薄いように見えるが、身体を構成する靄を確かに削り取っている。結局のところ、ディストとの戦いは大きな戦力差が存在しない限り相手の再生力が底をつくまで削り続ける消耗戦だ。シメラクレスもそれを理解しているために焦りはない。ただひたすらに、ディストから伸びる高速の触手を回避することに専念していた。

 

 ディストは高位のものになればなるほど大きく、強く、再生力も高くなるが、それだけではなくモチーフとなっている生物の姿に囚われなくなっていく。飛ぶことは出来ずとも翼を生やし空を打ったように、鈍重な身体が攻撃に適さないと理解し高速の触手をけしかけてきているように。もっとも、最近では低位ディストですら新型と呼ばれるものはそうした特徴を持っているのだが。

 

「クソッ、視界が悪い! この吹雪なんとかなんねーのか!?」

「そんな細かいこと出来ないもん!!」

 

 身体強化によって底上げされたシメラクレスの人間離れしている動体視力と反応速度によってギリギリのところで触手の回避には成功しているが、さきほどから何度か危ない場面があった。元々、自然系統の強力な魔法は規模が大きく見境がないため近接型の魔法少女と協力するには相性が悪い。だが、パーマフロストが最大限の火力を発揮するためには氷の環境魔法が必須だ。

 地面が氷に覆われていることもシメラクレスにとってはあまり良い状況ではないが、空を飛べてる間は大きな問題はない。せめて天候だけでも変えられればと、シメラクレスが険しい顔で空を睨むと、幼いながらも凛とした少女の声が響いた。

 

環境魔法・嵐(フィールドマジック・テンペスト)

 

 吹雪を巻き込んだ大嵐が発生し建造物を倒壊させ瓦礫や自動車などを飲み込みながらディストに直撃する。ディストを吹き飛ばすほどの規模ではないが、その巨大な嵐はそれ自体が強力な一つの魔法そのものであり、亀のディストがどれだけ翼を動かそうとも散らすことが出来ない。とうとうディストはその嵐を散らすことを諦め、身を守るように殻の中に閉じこもった。

 空を飛んでいたシメラクレスも嵐に煽られ危うく巻き込まれそうになったが、何とか地面に着陸し距離を取ることで巻き込まれずに済んだ。

 

 ディストから少し離れた場所で一息ついたシメラクレスへ、神官のような恰好をした魔法少女、タイラントシルフが話しかける。

 

「お待たせしました。戦況は? というかなんでパーマフロストさんが居るんですか?」

「お前らほんといい加減にしろよ!! 共闘するって時に相手のこと考えないでバカスカデカい魔法撃つの止めろっ!!」

「え~、つまんない~。大技が一番楽しいもん!」

「視界が悪かったので吹雪を吹き飛ばしつつ攻撃しようと思ったのですけど」

「せめてあたしに声をかけてからやれや!!」

「あ、シルフお姉ちゃん初めまして! パーマフロストだよ~!」

「こちらこそ初めましてです。タイラントシルフです」

「呑気に自己紹介して場合じゃねえだろうが!!」

 

 マイペースなパーマフロストとどこかズレているタイラントシルフに振り回されてシメラクレスはギャアギャアと大声を上げる。シルフはそんなシメラクレスに何だこの人と言いたげな冷めた視線を送り、パーマフロストはシメラクレスが怒ったーなどと言って楽しんでいる。

 シメラクレスがとりあえず拳骨を落としてやろうかと堪忍袋の緒が切れかける直前、空中に転移魔法陣の光が輝きゆったりとした白い布を身に纏った、神話に出てくる女神のような風貌の魔法少女が現れた。

 

「遅くなりました。誰が居ますか?」

「あたしとこの二人だけだ。エクステンドは何でか知らないけど来てねぇ」

 

 序列第三位、糸の魔女ウィグスクローソ。ようやくまともに話の通じる魔女が現れたことで、シメラクレスは一度冷静になった。長距離転移装置を使ってやってきたのだろう。これで今、少なくともこの場には四人の魔女が居ることになった。

 シメラクレスの説明を聞いたクローソは、恐らくこれ以上魔女が召集されることはないと判断し指示を始める。

 

「わかりました。フロストさん、シルフさん、環境魔法は解除してください。単騎でなら強力な魔法だと思いますが共闘するには邪魔です」

「ぶ~、しょうがないな~」

「吹雪がなくなるなら私はそれで構いません」

 

 地表を覆っていた薄氷が消え去り、猛烈な嵐が霧散する。うっとおしい攻撃がなくなったことで、殻にこもり身を守っていたディストが再び歩き出した。

 

無量魔法・繭(フィールドマジック・コクーン)

 

 ウィグスクローソの詠唱と同時に突如現れた無数の白い糸がディストの巨体に絡みつき、大地に縛り付ける。繭と呼ぶにはあまりにも不格好で露出部分も多いが、ディストは完全に地面に縛り付けられてその動きを停止した。パーマフロストに足元を氷漬けにされた時のように無理矢理動き出そうと試みているのか、僅かにその黒い巨体が揺れているが、縛り付ける糸はびくともしない。

 

「私の魔法は直接的な火力に欠けます。糸は強度に振ってるので簡単には千切れません。削りは皆さんでお願いします。反撃は私が全て捌きます」

「やっとまともな出番ってわけだ」

「ずるいー! クローソお姉ちゃんばっかりおっきな魔法使ってずるいー!」

「……これほどですか」

 

 元々ウィグスクローソの実力を知っているシメラクレスとパーマフロストはそれぞれの反応を見せながらもディストへ近づいていくが、タイラントシルフだけは冷や汗を流してウィグスクローソを見つめていた。

 パーマフロストやタイラントシルフの環境魔法をもってしても完全にディストの行動を封殺することは出来なかった。殻に閉じこもったのはディストの自発的な行動であり、シルフの魔法で直接的に封じ込めたわけではない。だがウィグスクローソにはそれが出来る。その事実はタイラントシルフに自身と糸の魔女との実力差を強く実感させた。

 

「? どうかされましたか?」

「っ、いえ、なんでもありません」

 

 不思議そうに首をかしげるウィグスクローソから逃げるように、タイラントシルフはディストに向かって飛び立った。


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