魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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時系列はデューククラス戦の前です


episode2-閑 自然過激派

 雷の魔女、雷鳴公主(モナークスプライト)の引退が正式に発表された日、魔法少女ファントムはようやく雌伏の時が終わりを告げると歓喜した。

 かつて、ファントムがまだ魔法少女になったばかりの頃は良かった。自然派閥に加入し後ろ盾を存分に活かして狩場を奪い、ポイントを荒稼ぎしながら派閥内での地位を高める日々。魔法少女として人並み外れた才能があったこともあり、順風満帆に過ごしていた。

 

 変化は唐突に現れたわけではなかった。当時自然派のトップに立っていた太陽の魔女、ライジングサンの力が徐々に衰え始め、時を同じくしてモナークスプライトが頭角を現し始めた。

 ライジングサンは典型的な面倒くさがり屋で、派閥に加入していたのもアガリを徴収することが目的であり、後ろ盾としては最低限機能していたが積極的に介入するタイプではなかった。そのため自然派閥内の規律は全く統制されておらず、当時の過激派はそれはもう好き放題に振舞っていた。

 ライジングサンがモナークスプライトよりも上位にいるうちは、過激派の発言力が最も強かった。それはライジングサンが特別に過激派に肩入れしていたわけではなく、より稼ぎが良い魔法少女を優遇していたに過ぎない。だが、二人の魔女の実力差が縮んでいくにつれて、過激派の発言力は徐々に弱く、穏健派の発言力は強くなっていた。

 

 モナークスプライトは自身の派閥内だけでなく、魔法少女全体のバランスを取り一致団結してディストに対抗していこうと考える正義の魔法少女だった。

 青臭く夢見がちな思想だが、モナークスプライトにはそれを実現しうる実力とカリスマがあった。彼女の無二の親友であるドッペルゲンガーと共に、他の魔女や有力なフェーズ2魔法少女にも働きかけ、それまで頻発していた派閥間での抗争を完全に収束させ、多くの魔法少女に安寧をもたらした。

 

 当然、そんなモナークスプライトが自身の派閥内で過激な活動を許すはずもなく、二人の魔女の序列が逆転した時をもって過激派は半ば解散状態にまで陥ることとなった。

 しかし人と言うのは一度楽をすることを覚えてしまえば、簡単には元の生活に戻れない。過激派の魔法少女もその後多くは中立や穏健派に迎合したが、中には自然派を抜ける者や、来るべき時に備えて牙を研ぐ者がいた。

 それこそがファントムとその傘下の魔法少女たちだ。かつては過激派の中の一魔法少女でしかなかったファントムだったが、数年の雌伏の時を経てフェーズ2魔法少女でも極めて上位の実力を手にし、自身と同じように牙を研いでいた者や自然派を抜けていった者を呼び戻した。

 

 モナークスプライトの引退により、自然派の魔女はパーマフロストただ一人となった。実を言うとライジングサンとモナークスプライトが権力の綱引きをしていた頃から彼女も自然派閥の魔女の一人だったのだが、ライジングサン以上に派閥に関与するつもりが全くなく、権力闘争には一切絡んでいなかった。

 

 ファントムは過激派として活動を再開するに当たってパーマフロストの存在は障害にならないと判断した。身体的にも精神的にも一切の成長を見せない不気味な魔女だが、だからこそ当時と同じように派閥内の動きになど興味がないだろうと。

 事実、モナークスプライトが引退してから二か月ほどの間は、あまり目立ち過ぎないように目撃者のいない場所で徹底的に痛めつけ魔法少女として復帰しようなどと考えないように他所の縄張りを荒らしていたが、パーマフロストが動き出す気配は感じられなかった。

 途中、自然派の中でも中立の魔法少女にメンバーの一部を削られるなどアクシデントはあったが、それ以外に大きな問題はなく、そろそろ大々的に動いても問題なさそうだと判断したファントムは、とある一つの狩場に目を付けた。

 

 なんでもその町はまさに縄張り争いの真っ最中であり、しかも現在は自然派が占拠しているのだというのだ。

 ファントムは過激派にその町を襲わせた覚えがなく、であれば争っているのは自然派と言っても身内ではない魔法少女のはずであり、ならば横取りしてしまおうと考えた。

 

 ファントムには同じ自然派だからと言って仲間意識など欠片も存在しなかった。むしろかつて、過激派の発言力が弱くなっていった時に罵声を浴びせられたり陰口を叩かれていたことを今でも覚えている。

 ほか派閥の魔法少女や無所属の魔法少女に対しては恨みがあるわけではなく、純粋に縄張りを奪うために襲っているが、縄張りを奪うことと自然派魔法少女への復讐が同時に出来るのならこれほど気分の良いことはない。

 

 襲撃にかかる調査の過程で厄介な事実が二つ判明したが、ファントムはいずれも問題ないと判断した。

 一つはその町が魔女の直轄地であること。ただし縄張り争いには介入していないようで、さらに噂によると他人に興味のない冷酷な人物であるらしく、魔女の邪魔さえしなければ攻撃されることはないと考えた。

 二つは町を占拠している魔法少女があの傭兵を雇っていること。しかしその魔法少女たちは僅かに三人であり、資金力で言えば過激派の方が圧倒的に上だ。引き抜いてしまえば問題がないどころか過激派の戦力が強化される。

 

 傍から見れば短絡的でとても真面な計画とも言えないようなものだったが、長い間抑圧されてきたファントムたちは美味しそうな狩場に目が眩んでいた。また何より、実力こそこの数年間で大きな伸びを見せているが、謀略については当時の過激派全盛期の中心となっていた魔法少女たちもとっくに引退してしまっており、錆びついたというよりはノウハウが残されていなかった。

 そのせいかファントムたちは気が付いていなかった。自分たちの動きがとある一人の魔女に完全に捕捉されていることを。

 

 

 ファントムたちが縄張りを奪うために咲良町へ乗り込んだ日は、奇しくもエレファントたちが町を奪還しようと戦いを挑んだ日と同日だった。

 通知から複数のディストが出現していることを知ったファントムは、都合が良いとほくそ笑む。一人ずつ全員で潰して回る方が確実だと。

 

 ようやく我が世の春が来ると、期待に胸を躍らせてファントムは転移の魔法を起動し、取り巻きの魔法少女たちもそれに続く。

 そうしてぞろぞろと集団で転移した欺瞞世界の大地を、ファントムたちが踏みしめることは叶わなかった。

 

概念凍結(エクストラフリーズ)

 

 転移によって光に包まれながら宙に浮いた状態で、過激派の全ての魔法少女が一瞬で氷像と化した。ファントムですら例外ではない。誰一人攻撃を受けたことを認識する間もなく、溶けることのない氷の中に閉じ込められていた。

 

 ある意味では幸せだったのかもしれない。これからの自身の飛躍を夢見たまま、永遠に生き続けられるのだから。

 

「良いとこなんだから邪魔しないでよ」

 

 氷の魔法を使ったその少女は、可憐で幼い外見からは信じられないほど底冷えした声で氷漬けの魔法少女たちに苦言を呈する。かと思えば、急に笑顔を浮かべて氷像をバックに自撮りをし始めた。


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