事件にも一区切りがつきタイラントシルフたちが解散した後、純恋町の魔法少女三人はエクステンドに与えられたタワーマンションの一室に集まっていた。
与えられるとは言っても必ずこの部屋に住まなければいけないわけではなく、物置のように使用している魔女も居れば一度も足を踏み入れていない魔女も居る。現在の魔女の中で住居として利用しているのはパーマフロストとシメラクレス、それからブルシャークの三人だけで、エクステンドはサムライピーチやナックルとの集合場所として秘密基地のように活用している。
「どうなることかと思ったけど、とりあえず一件落着だね」
「ああ。気になる部分はあるが、今はブレイドたちの成長を喜ぶべきだろうな」
リビングに設置されたよく沈む柔らかなソファーに腰掛けて、ナックルとサムライピーチが穏やかに語り合う。
本来咲良町の縄張り争いに純恋町の魔法少女である三人は関係ないが、親しい隣人であるエレファントたちが襲われてるのを黙って見ているほど薄情ではない。仮にエレファントたちが失敗した場合には自分たちも戦うつもりだったが、エレファントたち自身の手で決着をつけられたことを素直に喜んでいた。
「あの娘たちには才能がある。いずれは全員フェーズ2に至るとは思っていたが、こうも早く目覚めるとはな。末恐ろしいものだ」
さきほどまでは後輩たちの手前頼れる先輩という空気を壊さないようどこか気を張っていたサムライピーチは、後進の成長した姿を思い返して柔らかな微笑みを浮かべて呟いた。まだまだ遅れを取るつもりはないが、かつてブレイドに語った通りいずれは自分を超えていくだろう、と。
「そうだね。それにエレファントちゃんが目立ちがちだけど、それを受け入れられるんだからみんな良い子だよね」
理由があったとはいえ、縄張りを奪うために自分たちに襲い掛かった相手を許し、しかも仲間として迎え入れようとするなど簡単に出来ることではない。それを思いついて実行したエレファントに目が行きがちだが、被害を受けたのはブレイドもプレスも一緒なのだ。普通なら反発したって何もおかしくはないだろう。しかし二人は渋々ではなく、エレファントらしいと好意的に受け入れて見せた。
「良いチームだな」
「うん。ところで、エクス?」
「……おい、いつまで突っ立ってるんだ?」
タイラントシルフたちの前では不敵な態度を崩さずに頼れる先輩として振舞っていたエクステンドだが、今はどこか様子がおかしかった。
部屋に入ってからずっと俯いたまま一言も発さずに立ち尽くしている。いつものことだと思ってサムライピーチは無視していたが、ナックルが声をかけたのに便乗して厳しい言葉を投げかけると、プルプルと震えだし我慢ならないというように勢いよく顔を上げた。
「うわああああん! まずは私を慰めてよおおお!」
無言でずんずんと二人に近づいたエクステンドは、唐突に嘘泣きしながらナックルの膝の上に飛び乗ってじたばたと手足を動かした。うつ伏せになって駄々をこねている様はまるで子供のようだ。
幼子をあやすようにナックルが頭を撫でると、暴れていたエクステンドはぴたりと動きを止めてされるがままになる。
「私頑張ったのに! あんなのってないよ! ずるい!
「うんうん、エクスは頑張ったよね。今回は運が悪かったね。次はもっと活躍できるよ」
「私凄いでしょ!? 格好いいよね!?」
「当たり前だよ。エクスは魔女なんだから凄いに決まってるよ。エクスの格好良いところ、僕はもっと一杯見たいな」
「だよね、だよね!」
エクステンドの言葉を全て肯定しながら、ナックルは頭を撫でる手を止めない。エクステンドもその手を振り払うようなことはなく、むしろ心地よさに表情を緩めている。
エクステンドがこうしてナックルに甘えるのは今に始まったことではなく、何か嫌なことやうまくいかないことがあるといつもこうだ。普段の不敵な態度からはとても想像がつかない姿だが、別に演技したり幼児退行しているわけではない。むしろエクステンドの本来の素はこちらの方で、他の魔法少女たちと関わる時が演技なのだ。もっとも、何か特別な理由があるわけではなくその方が格好良いと思っているだけなのだが。
「何度も言っているが、あまり甘やかすな。お前がそんなだからエクスはいつまでもこんな調子なんだ」
サムライピーチが呆れた表情で二人を見ながら、ナックルに苦言を呈する。魔法少女たちの頂点に立つ魔女とは思えないエクステンドの振る舞いも目に余るが、結局のところそれを引き出しているのはナックルの甘さだ。ナックルがもっと毅然とした態度で甘やかさなければ、エクステンドも自然と成長するはずだとサムライピーチは考えている。
こんなことを言ってはいるが、別にサムライピーチたちが不仲なのかといえばそんなことはない。むしろ気の置けない友人同士であるからこそ、厳しいことも遠慮せずに伝えることが出来るのだ。
「そうカリカリしないでよ。少しくらい良いじゃないか」
「少しくらいだと? その状態になったら丸一日はそのままだろうが!」
「うるさ~い! 今回は一杯頑張ったんだからピーチだって褒めてくれてもいいじゃん!」
「そうだそうだー。でもほんとに、今回はお手柄だったね。エクスが居なかったらここまで良い結果にはなってたかったと思うよ」
「それは……、そうだが……」
エクステンドは深く考えずにいつものああ言えばこう言う精神で言い返しただけだが、ナックルの言葉はもっともだった。エクステンド個人の視点で見れば最後の最後こそ散々だったが、今回の一連の事件を見ればエクステンドの功績は非常に大きい。そしてそれをサムライピーチも理解出来るため言葉に詰まる。
結局いつものように言い包められ、棒読みで偉い偉いとエクステンドを褒めてやることになった。ナックルと舌戦をして勝てた試しなどないのだ。
「しかし、お前が開放すら出来ずにやられるとはな。パーマフロストはそれほどの強者だったのか」
「だからずるだって言ってるじゃん! 詠唱したのはわかったけど範囲広すぎだし防御も出来ないしあんなのチートだよ!」
「エクストラフリーズ、だっけ? 僕にはよくわからないけど、やっぱり凄いんだ?」
「ディストにどこまで効くのかは知らんが、聞いている限り対人ならばそれだけで終わりだろうな。目に見えて冷気が飛んでくるわけでもないようだし、恐らく一定範囲内であれば一瞬で氷漬けに出来るのだろう」
「長いこと上位の魔女をやってるのは伊達じゃないってことだね」
「ナックル! 手止まってる!」
「あはは、ごめんごめん。よしよし、頑張ったねー」
二人が会話してるのもお構いなしにナックルのお腹にグリグリと頭を押し付けて、エクステンドはもっと撫でて褒めてと要求した。ナックルはそんな手のかかる友人に穏やかな微笑みを向けて頭を撫でる。
「……頑張っていたのは認めるが、あまり甘やかしすぎるのはどうかと思うぞ」
「まあまあ、このくらい良いじゃないか。手のかかる子ほど可愛いと言うしね? 飼い主冥利に尽きるというものさ」
「いま、何か不穏なワードが聞こえた気がするんですけど」
「ほらほら、エクスは難しいことはきにしなくていいんだ」
「はわぁ~」
頭を撫でられてデヘデヘとだらしない声を出すエクステンド。
ピーチはそれを見て付き合ってられんというように渋面を浮かべるのだった。