魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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時系列は縄張り争いが終わった後です


episode2-閑 目覚め

 蔦の刺繍が編み込まれたワンピース姿の魔法少女が、白い扉をノックしようとして一瞬躊躇し、覚悟を決めるように大きく深呼吸をした。

 コンコンコン、と小気味よく乾いた音が響き、中から入室を促す声が返される。

 扉を開けたその少女、ドライアドの視界に、未だ目を覚まさない魔法少女ヴァンパイアと驚愕の表情を浮かべる魔法少女リフレクトの姿が映った。

 

「ドライアドさん!? ……っ、今までどこに行ってたんですか!?」

 

 唐突に失踪し、一か月近くも顔を見せず、かと思えば連絡も寄越さず帰ってきた仲間を見て、リフレクトは驚愕の後に何かを堪えるように表情を歪め、速足でドライアドに詰め寄り頬を張った。

 

「……ごめんなさい。全部説明するわ。私は、どうかしてた」

「ほんとに、本当に心配してたんですからね! ヴァンパイアちゃんは目を覚まさないし、ドライアドさんまで居なくなったら、私は……」

「本当に、ごめんなさい」

 

 最初こそドライアドを責めるように厳しかった声は、すぐに泣きだしそうな震えたものになって優しくドライアドを抱きしめた。こんな状態のヴァンパイアを置いてどこかに行ってしまったことに対する怒りは勿論あったが、それ以上に心配だったのだ。もしかしたらドライアドの身にも何かあったのではないかと。

 

 リフレクトは元々頬月町で活動していた魔法少女だ。それまで町を守っていた魔法少女と入れ替わるように魔法少女として見いだされ、それから数年に渡り一人で町を守っていた。他に魔法少女が居ないのは素質のある少女が中々見つからなかったことが原因だが、数か月前まではディストの出現率が低かったため一人でも守り切れていた。

 だが、一人で守れるからと言って一人だけで良いかと言えばそんなことはない。いくら感情抑制の機能で恐怖や不安を抑えられると言っても、それはディストと相対している時に限った話だ。ふとした時、命がけの戦いに嫌気がさしても、共感できる友達も励ましあえる仲間もいない。

 リフレクトの魔法少女としての生活は、ディストの戦いであると同時に孤独との戦いでもあった。

 

 そんなある時、ドライアドがやって来た。元々は他の町で戦っており、家庭の事情で引っ越してきたこの魔法少女は苛烈で厳格だったが、人として曲がったところのない信頼できる人だった。魔法少女の中には自分の縄張りに別の魔法少女が参入することを嫌がる者もいるが、リフレクトはドライアドを歓迎し頼れる相棒となった。

 ドライアドとしても、たった一人でも町を守りぬいて来たことや縄張り等のくだらない価値観にとらわれない姿勢を気に入り、二人で共闘していくことに大きな問題はなかった。

 

 ずっと一人で戦ってきたリフレクトにとって、ドライアドは初めてできたかけがえのない仲間だ。もちろん、それから少し後に新人として見いだされたヴァンパイアも大切な仲間で、三人協力して仲良く町を守っていきたいと思っていた。

 そんな中でヴァンパイアが瀕死の重傷を負い、追い打ちをかけるようにドライアドが失踪した。町を守る使命を放り出すことは出来ないため、辛い中でもリフレクトは何とか頑張って来れたが、その精神は常に限界ギリギリだった。張りつめられた糸のように、いつ壊れてもおかしくないほど追い詰められていた。

 

 だからこそ、理由はどうあれドライアドが帰ってきてくれたことが嬉しかった。もう一人で戦い続けることは嫌だった。

 

「私は、あなたに命を懸けさせる覚悟がなかったのよ」

 

 ベッドの上で眠るヴァンパイアの隣に腰掛け、ドライアドは懺悔するように語り始めた。

 

 自分の命を懸ける覚悟はあったこと。けれど自分の大切な弟子が命を落とすことがどんなに辛く悲しいのか、わかったつもりで何もわかっていなかったこと。自分のせいで弟子の価値観を歪めて、命をかけさせてしまったことが、どれほど罪深いのかようやく理解したこと。自らの課した呪縛から解放するために、弟子を魔法少女から引退させようとしたこと。そして、自分が如何に思いあがっていたのか教えられたこと。

 

「あの子も、あなたも、私の言いなりで、私が命を懸けろと言ったから、そうしてるんだと思ってたの。でも、それだけじゃなかった。きっかけを与えたのは私だったかもしれない。私がいなければそんな風に考えることはなかったかもしれない。だけどそれでも、今あの子が命がけで戦ってるのはあの子が考えて決めた結果なのよ。そんなこともわからないで、あの子はいつまでも師匠離れ出来ないなんて思っていたけれど、弟子離れ出来てなかったのは私の方だったんだわ……。ヴァンパイアちゃん、あなたが目覚めたら教えてちょうだい。あなたの戦う理由を、あなた自身の意思で選んだ道を」

 

 ヴァンパイアがブレイドのように、自らの信念に基づいて戦っているのなら、ドライアドがそれに口出しをする権利などない。

 しかし、ドライアドの教えを盲目的に信じているのであれば辞めさせなければならない。ドライアドは自身の、例え命を落としてでも世界を守るという信念が間違っているとは思わない。だが、それはあくまでもドライアドの覚悟に基づくものであり、本人に覚悟がなければその時が来た時に必ず後悔することになる。

 

「……見くびられた、ものですね」

「っ!?」

「ヴァンパイアちゃん!? 意識が!?」

 

 自信に満ち溢れたその不敵な声は、ドライアドとリフレクトにとって聞きなれたものだった。

 途切れ途切れにかすれていながらも、その言葉遣いから感じられる尊大さには一切の陰りがみられない。

 二人がまさかとヴァンパイアの顔に視線を向ければ、紅玉石のように美しい瞳と目が合った。

 

「私は、言った、でしょう……。いつ、いかなる時でも、自分に誇れる、自分であれと……。師匠の教えが、あろうが、なかろうが、関係ありません……。私は、逃げない……!」

 

 いつから目が覚めていたのか、それはドライアドの懺悔を聞き、全てを理解したうえでの言葉だった。それはヴァンパイアの矜持だ。私は私の意思で、自らの覚悟の下に戦ったのだという宣誓だった。

 

「わかったわ、もうわかったから……! 安静にしてなさい!」

「よ、妖精を呼んできます!」

 

 つっかえながら言葉を紡ぐヴァンパイアの姿はひどく痛ましいもので、ドライアドはそれ以上喋らないようにと強く言いつけ、リフレクトは妖精を呼ぶために部屋を飛び出していった。

 

「良かった、本当に良かった……。あなたが目を覚まして……」

「師匠……、泣かないで、ください……。私、頑張りました……」

「ええ、凄いわ、とっても頑張ったわね。あなたは私の誇りよ」

 

 ドライアドが涙を流しながらヴァンパイアを優しく抱擁し、頭を撫でて凄いわ、偉いわと何度も何度も褒め続ける。

 ドライアドはヴァンパイアに抱き着いており、リフレクトは妖精を呼びに行っているため、今のヴァンパイアがどんな表情をしているのか気づく者は居なかった。

 

「……えへへ」

 

 くすぐったそうに、されど嬉しそうにはにかむその姿は、普段の尊大な態度とは似ても似つかないほどに年相応で可愛らしい少女のものだった。

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