魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode1-2 邂逅②

 気持ちの良い微睡みの中にいた。カーテンの隙間から差し込む暖かな日差しが眠気を加速させる。

 まだ、目覚めたくない。このままもう一度、夢の中に……。

 

「良一! いつまで寝てるつもりラン! 最近たるんでるラン!」

「うぅ……、あと1じかん……」

「いい加減に起きるラン!」

 

 くるまっていた毛布を謎の力で引っ剥がされると、エアコンによって夏とは思えないほど冷やされた空気が肌を撫でる。

 

 寒い……。

 何とか寒さから逃れようと身体を丸めて縮こまるが……、駄目だ。目が覚めてきてしまった。

 

「そんなんじゃ元に戻っても社会復帰出来ないラン!」

「どの口が言いますか……」

 

 偉そうなことを言っているがそもそもこんな姿にされていなければ社会復帰なんてする必要もなかったんだ。元々社会の歯車として機能していたんだからな。

 

「会社の方はどうにかなっても本人がダメだったら意味ないラン!」

 

 会社には、どんな魔法を使ったのか知らないが病気で休職するという扱いになっているようだった。電話はかかって来ず、メールで通知が来ただけ。本来ならこんな雑な対応はありえないはず。そもそも普通なら上司がお見舞いとかにも来るだろう。心配だからとかじゃなくて病状の確認のために。それすらもないのだから、魔法というのはげに恐ろしいものだ。

 

 文句はあるが、目が覚めてしまった以上こうして丸まっていても仕方ない。時間を確認すると、時計の針は12時前を示していた。

 

「ちょうど良い時間じゃないですか。お昼ご飯にします」

「全然良くないラン! こんな自堕落な生活をさせるために魔法少女にしたわけじゃないラン!」

「うるさいですね……」

 

 俺が少女の身体に変えられ、渋々魔法少女となってから早一週間程度。当初こそ会社にいた時と同じ生活リズムを保とうと心がけていたが、三日も経つ頃にはすでに起床時間が昼前や昼過ぎになっていた。

 元々俺は面倒くさがりな人間で、生きていくために、無理矢理型にはめ込んだ模範的な社会人としての生活を送っていたんだ。

 それが会社に行けなくなり、かと言って学校やアルバイトがあるわけでもなく、不規則に出現するディストを狩るようになったことで、無理をする必要がなくなった。元来ずぼらな人間が、抑止力を失えばどうなるかなど火を見るよりも明らかで、こうなってしまったのは必然と言える。

 さらに言うのであれば、毎日ぐっすりと熟睡出来るのはおよそ10年振りになる。夜が来るのが恐ろしくない。ベッドに横になるのが苦痛じゃない。そんな熱望していた毎日を取り戻した相手に対して、もっと早く起きろなどと、そんな残酷なことがよくもまあ言えたものだ。

 

 とどのつまり何が言いたいのかと言えば、俺は悪くない。

 

「ディストは倒してるんだから良いじゃないですか」

 

 そもそも、ジャックが俺を魔法少女にしたのは強力なディストを倒すためだ。この時点でふざけんなという感じだが、それは今更言ってもどうしようもないので一旦横に置いておく。

 ジャックが俺に求めていたのは戦力だったはずで、だとすれば、生活習慣に口を出される筋合いはない。この一週間でもう何度もディストを倒し、初変身の時より格段に魔法の扱いにも慣れた。ヴィカントのワンランク上である、アール級ディストも倒した。魔法少女としての活動は十分に行っている。俺は求められた仕事をちゃんとこなしてる。

 

 今の状況を例えるなら、会社にプライベートにまで口を出されているという状況だろうか。まったく、とんでもないブラック会社に目を付けられてしまったものだ。

 それに、昨日は昼寝して夕方まで眠っている間にディストが出現したらしいが、後から聞いた話によると何の問題もなく討伐されたらしい。元々この地域には別の魔法少女がいるのだから毎回俺が出張る必要もない。

 

「そういう問題じゃないラン! このまま堕落していったらいずれは元に戻る気概もなくなってしまうラン! 戦う理由がなくなったら困るラン!」

「それはないですよ」

 

 たしかに魔法少女としての生活は、命がけであるという点に目をつむりさえすれば快適だ。常に身体のどこかが痛かったり、眠れなかったりと言った肉体の不調もないし、ディストを狩るだけで生活できる。煩わしい人間関係に悩まされることもない。良いことづくめだ。

 

「あ、来ましたね」

 

 それに便利なアイテムも使える。

 魔法少女一人一人に支給されるスマートホンのような端末、マギホン。機能はほとんどスマホと同じかその上位互換であり、スマホを参考に作成されたのは間違いない。

 

 マギホンは本当に便利だ。ディスト発生の通知や転移機能もそうだが、なにより生活に役立つアプリが多い。

 中でも俺が気に入っているのは、魔法宅配サービスだ。マギホン専用のショッピングサイトで購入したものが、転移魔法によって即座に転送されてくる。注文してから自宅に届くまでわずか数分。

 ジャックの話を聞き流しながら注文したハンバーガーとコーラがあっという間に届いた。従来の宅配サービスではこうはいかない。魔法様々、マギホン万歳だ。

 

「人の話は最後までちゃんと聞くラン! そんなジャンクフードばっかり食べたら駄目ラン! 昨日も食べてたラン! バランス良く食べるラン! 先に顔洗って歯磨いて来るラン!」

「カボチャの分際で母親みたいなことを言わないでください」

 

 とにかくいろいろな面で魔法少女であるということは快適だが、それでも元の姿に、元の生活に戻らないと言う選択肢はない。

 

 

 昼食を終えた後、録画していたアニメを見たりゲームをしたりしていたらいつの間にか夜になっていた。ジャックは昼食後に用事があると言って出て行ったきり帰ってきていない。

 

「ただいまラン。あ、良一! ゲームは一日一時間だって言ったはずラン! 目を離すとすぐこれラン!」

 

 もう二度と帰って来なくていいと考えた直後に帰ってきた。

 

「まだ始めたばかりですよ」

「そうラン? なら良いラン」

 

 本当はもう4時間以上はやってるけどわかりっこないだろう。

 というか、こいつは本当にいつまで俺の家に居座るつもりなんだ。

 

「魔法少女としての活動はちゃんとやりますからもう来なくていいですよ。基本的なことは大体聞きましたし」

「前にも言ったラン! 僕たちはその地区で一番新人の魔法少女に付きっきりでサポートするラン! だから次の魔法少女が現れるまでは良一のサポートをするラン!」

「……そんなこと聞いてないですよ?」

「間違いなく言ったラン! やっぱりちゃんと聞いてなかったラン! まさか元に戻るための方法まで聞いてないなんて言い出す気ラン!?」

「聞き流していたのは謝りますけど、さすがにそれは覚えてます。ディストを倒してポイントを得る。そのポイントで薬を買う。実にシンプルわかりやすいです」

 

 魔法少女とは元々ディストを狩るために生み出されたシステムだそうだが、年頃の女の子が揃いも揃って世界を守るために戦っているなんて、そんな夢のような話はない。

 中にはそう言った高潔な精神の持ち主もいるのだろうが、大半はディストを倒すことで得られるポイントが目当てだ。というより、手に入れたポイントで交換できる景品と言った方が正確か。

 

 例えばお金。日本円に換算すると、1ポイントは100円と交換できる。さらに金銭ではなく現物、例えば食べ物であったり家電、雑貨などと交換する場合は、実際に購入する金額の8割程度のレートで交換が出来る。

 魔法界がどのような手段で現金を入手しているのかはわからないが、とにかく強力なディストを倒せば数千万、あるいは億を超える金額を手にすることも不可能ではない。金目当てで戦っている魔法少女は少なくないだろう。

 

 例えば特別な薬。俺が元の姿に戻るために手に入れなければならない性転換薬や老化薬、逆に若返りの薬や、特殊なところで言うと惚れ薬など、魔法なくしては手に入らない貴重な薬品も交換できる。

 ただし、これらは現金や魔法と無関係の物品と比べて非常に多くのポイントが求められ、魔法少女生命の全てをかけて何らかの魔法薬を手に入れようとする者もいるほどらしい。

 

 例えば魔法の道具。空を蹴る靴や姿を隠す外套、物質を透視する眼鏡やホムンクルスなど、様々なアイテムも手に入る。

 

「私が今持ってるのが大体5万ポイントだから、先は長いです」

 

 俺が元に戻るために必要な物は、性転換薬と老化薬が二つ。これらはそれぞれ50万ポイントで1つと交換できる。つまり合計して150万ポイント。このポイントを稼ぐために戦うのが俺の目的だ。

 

 ちなみに、老化薬と若返り薬は1つで10年分の効果がある。

 ジャックは少女にされた俺に対して最初、生理も始まっていないと言った。今の俺の肉体はおおよそ10才前後であり、違和感なく元の生活に戻るためには20年歳を取る必要がある。だから老化薬が二つ必要となるのだ。

 

「もっと強いディストを倒せばあっという間ラン!」

「出てこないんじゃ倒しようもないじゃないですか」

 

 ディストはその強さによって階級が分けられており、当然の話だが階級ごとに得られるポイントは異なる。

 コモンは10、ナイトは100、バロンは500で、以降は10倍ずつ増えていく。唯一、キングだけはポイントが定められていないが、それは過去に一度として出現したことがないため決めあぐねているらしい。

 

 強力なディストを倒せればリターンは大きいが、当然リスクも大きい。それに強力なディストほど出現する頻度が低い。こちらがポイントを欲していても丁度良くディストが出現するとは限らないし、確実に勝てるというわけでもない。

 だからこそ、先は長い。ここまでは順調で、今後も同じ調子で続けば1年もしない内に150万に到達する計算だが、ジャック曰く本来はこうも毎日のようにディストが出現することはないらしい。

 なにか異変が起きているのか、偶然なのかはわからないが、出現頻度が落ち着いたら元に戻れる時は遠くなってしまう。

 

 不謹慎かもしれないが、俺が魔法少女でいる間はもっと出てきてほしいものだ。


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