魔法少女タイラントシルフ   作:ペンギンフレーム

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episode3-2 依存④

 エレファント自身、シルフから特別な信頼を寄せられていることは理解していたし、他の魔法少女とは自分ほどうまくいっていないこともわかってはいたが、それが依存と呼べるほどの感情なのかについては懐疑的な部分があった。

 シルフには他の魔法少女と仲を深められない事情があるため、それさえ解消すれば、つまりブレイドやプレスがその秘密を受け入れさえすれば解決する話だと考えていたのだ。

 しかし何の迷いもなくちさきさんさえいれば良いと口にしたシルフを見て、エレファントはブレイドの懸念が正しかったことを理解した。

 

 かつて、まだ縄張り争いが始まる前にシルフやブレイド、プレスたちと一緒に魔法界に遊びに行き、そこでシルフが眠ってしまったことがあった。エレファントはその時シルフに膝枕をしてやって頭を撫でていたのだが、シルフは悪夢にうなされながらしきりにお父さん、お母さん、そして双葉という名前を呼んでいた。

 シルフから直接聞いたことがあるわけではなかったが、会話の節々から家庭環境があまり良くなかったことはエレファントも察しており、寝言のことも踏まえるとシルフは家族との関係をやり直したいのではないかと考えていた。シルフが男に戻るために魔法少女になったというのも、それが理由の一つなのではないかとエレファントは思っている。

 

 シルフにとって家族というのがどこまで重要な存在なのかはエレファントにもわからない。だがそれでも、涙を滲ませながら寝言で呟くほどの相手がどうでもいいなんてことはないはずだ。

 にもかかわらず、シルフは誤魔化すようにではなく間違いなく本気でどうでもいいと言った。つまりそれは、エレファントへの依存を深めたことで、家族とやり直したいという気持ちが薄れてしまったことを意味する。

 全てはエレファントの憶測に過ぎないが、あながち間違っているとは思わなかった。少なくとも、エレファントの存在がシルフの人間関係に対する認識を歪めてしまっていることは確かだった。

 

 エレファントだけがいれば良いなどという考え方は決して健全とは言えないものだ。倫理の面においてもそうだが、それ以上に、依存先を失った時にどうなってしまうかわからない。ブレイドが言っていた通りシルフのためを思うのなら、友達でも家族でも何でもいいがエレファント以外にも心を許せる存在が必要となる。

 当事者であるシルフはそんなことを言われても反発するだけだろうが、客観的な第三者の視点で見れば誰にでもわかることだ。それはエレファントだって例外ではない。ドライアドに依存し、標を失って立ち尽くしていたブレイドの手を引いたように、たった一人に寄りかかっているだけでは駄目だということはわかっている。ブレイドの説得もあり、シルフと一時的に距離を置くことに納得もしている。だからこそ、自分の気持ちを押し殺して家族との復縁を促すことができた。

 

 あのシルフと初めて水族館に行った日以来、エレファントは自分でも制御しきれない未知の感情に悩まされるようになった。それは今も同じで、シルフが自分だけに依存しているなんて良くないということを理解していながらも、同時にシルフの気持ちが自分にだけ向いていることに仄暗い悦びを感じているのだ。

 縄張り争いに巻き込まれてほかのことを考えている場合じゃない時は良かった。けれどそれも終わって、シルフのことを考える余裕が出てくると、寝ても覚めてもシルフのことばかり考えてしまうようになった。

 

 その可愛らしい笑顔を私にだけ向けて欲しい。

 その愛らしい声で私にだけ話しかけて欲しい。

 その壊れそうな心で私だけ受け入れて欲しい。

 

「――っ」

 

 エレファントは思わず、膝の上に乗せたシルフを後ろからギュッと抱きしめ首を振って濁った欲望を振り払った。

 違う、そんなつもりじゃなかったはずだと。

 自分がシルフの友達になったのは、あんなに強引に手を差し伸べたのは、シルフを自分のものにするためなんかじゃない。

 辛そうで、苦しそうで、言葉では人を遠ざけているのに、本当は誰かの手を握りたがっていたシルフを助けたいと思ったからだと。

 

「どうしたんですか、ちさきさん?」

 

 最初こそ抵抗を見せたものの、いつものように女の子同士の友達ならこれくらい当たり前という論調で言い包められ大人しくエレファントの膝の上で映画を視聴していたシルフが、唐突なエレファントの抱擁に少し驚いたように声をあげた。

 

 楽しい時間が過ぎるのは早いもので、エレファントがシルフの家を訪ねたのは土曜日のお昼ごろのことだったが、現在は日曜日の夕方五時を回っている。

 元々はお泊りする予定ではなかったのだが、ここでお別れしたらもうしばらくシルフとは会えないんだと思うとエレファントはどうしても帰ると言い出せなかった。そうしてずるずると遊んでいる内に辺りはすっかり暗くなり、もう遅いし泊っていきませんかというシルフの言葉に甘えることとなった。

 

 シルフが普段している遊びを一緒にしたいとお願いして、いろんなゲームを一緒にやったり見たことないテレビ番組を見たり、一緒に漫画を読んで感想を言いあったり、エレファントにとってはこれまで触れたことのない文化も多くありどれも新鮮で面白いものだった。

 シルフことを知るほど、時間が経つほどに、もっともっとシルフのことを知りたい、シルフと一緒にいたいという気持ちが大きくなっていくエレファントだったが、これ以上先延ばしにすることは出来ない。連絡を入れたとはいえ、予定になかった泊りでエレファントは両親に心配をかけているので余り遅く帰るわけにもいかず、何より明日からは学校がある。まさか学校をサボってお泊りを延長するわけにはいかない。

 どれだけ嫌でも、シルフと離れたくないと思っても、時計の針が止まることはないのだ。

 

「あのね良ちゃん、大事なお話があるの」

「お話ですか?」

 

 エレファントはとうとう腹を括り、片手でシルフの身体に腕を回して抱きしめながらもう片方の手で頭を撫で、本来ならば昨日話すつもりだった今後の予定を切り出した。

 

「私ね、しばらくチームを離れようと思うの」

「えっ、そうなんですか? どうしてですか?」

「シャドウさんが新しく咲良町の魔法少女になったでしょ? 一人だと危ないし、しばらくはシャドウさんと一緒に行動しながら、みんなで一緒に戦おうって説得しようと思ってるんだ」

「そういうことですか。あんな自分勝手な魔法少女のことなんて放っておいても良いと思いますけど」

 

 不満そうな口振りとは裏腹に、シルフの声音はどこか明るいものだった。ちさきさんらしいですね、なんて言いながらくすくすと楽しそうに笑っている。

 そのシルフの反応はエレファントが全く予想していないものであり、自分に依存なんてしていないのではないかという希望的観測と、言葉にしがたい薄暗い感情が同時に沸き上がった。

 

「でも、ブレイドさんとプレスさんは大丈夫なんですか? 二人だけじゃ、少し心配じゃないですか?」

「……」

 

 それが勘違いだったことを、エレファントは即座に理解した。

 シルフはまるで当たり前のように、エレファントに付いてくるつもりでいるのだ。

 エレファントがチームを抜けるという話をしており、シルフの名前なんて一度も出てきていないのに、それが当然であるかのようにエレファントと自分をセットにして考えている。

 

「うん、だからね良ちゃん。二人のことを良ちゃんにお願いしたいんだ」

「え……?」

 

 下手にそうではないと否定するよりも、シルフの認識に寄り添って自分としても本当は一緒に行きたかったということにした方が説得しやすいだろうと考え、エレファントはシルフの言葉を肯定したうえで別のチームに分かれることを伝えた。

 シルフ本人に依存の話をしても、余計なお世話だと切り捨てられることは目に見えている。エレファントに対して表立って不満は言わないだろうが、内心でブレイドやプレスに対して反抗心を持つことは間違いないだろう。そうなればわざわざエレファントがチームを離れる意味がなくなってしまう。

 

「で、でも、それじゃあちさきさんが危ないですよね? 私が守らなきゃ……」

「大丈夫だよ。私だってフェーズ2になれたし、それにシャドウさんだってフェーズ2だもん。この前は勝てたけど、フェーズ2魔法少女としての経験は私たちよりもあるんだし、ブレイドとプレスを二人にする方が危ないよ」

 

 実際のところ、シャドウとエレファントのチームとブレイドとプレスのチームでどちらか一方が大幅に戦力として劣るということはない。

 特定の条件下を除き、シャドウはフェーズ2魔法少女の中で高めに見積もっても並み程度の実力だ。エレファントたち三人はフェーズ2になったばかりでまだまだ力を使いこなせておらず、普段から時間があれば訓練をしているブレイドが頭一つ抜けていると言ったところだろうか。

 もしもチームの振り分けがシャドウとブレイド、エレファントとプレスだった場合には明確に戦力差が存在すると言えるが、現在の振り分けは凡そ均等だと言える。

 

 だが、シルフはシャドウの実力など知らないしブレイドの実力がプレスやエレファントよりも優れていることもいまいち理解しきれていない。だからエレファントにこう言われれば、そういうものなのかと納得してしまう。

 

「あ、じゃあ私はどっちとも一緒に戦いますよ! 私暇だから大丈夫です!」

「ダメだよ。最近シルフちゃん忙しそうにしてるよね?」

「う、そ、それは……」

 

 対抗戦のことは箝口令が敷かれているためシルフから説明はしていないが、研修による活躍やシルフがエクステンドと訓練をしていることはSNSを通じて噂程度には広がっており、暇にしているわけではないということはエレファントも把握している。

 

「それに、シャドウさんはちょっとシルフちゃんのこと怖がってるみたいだったし、最初は私だけの方が良いと思うんだよね」

 

 出会い頭に魔法をぶっ放しかけたシルフの自業自得であった。

 

「でも、でも……」

「ごめんねシルフちゃん。私生活も忙しくなるから多分しばらく会えなくなっちゃうと思う。でもね、会えなくたって私たちは友達だから。私のこと、信じて欲しい」

 

 理屈ではすでに納得しているのだろう。しかし感情がその事実を呑み込めないのか、シルフは涙声になりながら否定の言葉を探そうとして口ごもる。

 そんなシルフを優しく抱きしめて、エレファントは小さな子供をあやすようにゆっくりと頭を撫でた。

 

 嘘を吐いてまでシルフを遠ざけようとしておいて、信じて欲しいなんて白々しいとエレファントは自分を責めた。それがシルフのためを思っての嘘だと理解していても、シルフを騙して傷つけていることに違いはない。こんなやり方しかできない自分を不甲斐なく思う。

 

「シャドウさんを説得してみんなで一緒に戦えるようになるまで、私の代わりに二人を守ってあげて?」

「わかり、ました……。二人のこと、任せてください」

 

 嗚咽を堪えたように途切れ途切れになりながらも、シルフはエレファントを心配させまいと無理矢理に笑顔を浮かべて振り返りながらそう答えた。

 そんなシルフの姿を見て、エレファントは本当にこれで良かったのかという小さな疑問を抱きながらも、今は辛くてもそれがシルフのためになるはずだと言い聞かせて、シルフにぎこちない微笑みを返すのだった。

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