「ポイントを稼ぐ方法はディストを倒すだけじゃないラン」
「そういえば前に見た覚えがありますね」
魔法少女になるほんの少し前、俺は魔法少女という存在にわずかな興味を持って公式HPを見た。そこには有料会員の特別サービスや、有料ポイントによる応援という仕組みがあった。具体的な金の流れまではわからなかったが、何らかの形で魔法少女に還元されているというような話だったはずだ。
「魔法少女がポイントを獲得する方法は大まかに分けて3つあるラン。一つは最も基本的で君たちの義務でもあるディストを倒すことラン」
大半の魔法少女はこの方法で生計を立てたり、目当ての物と交換するためのポイントを貯めているらしい。
俺自身今の収入源はこのディスト討伐ということになる。
「二つ目は魔法界で開催される魔法対抗戦に勝利することラン。これは戦力の向上、魔法の上達を目的に行われる魔法少女対魔法少女のスポーツみたいなものラン」
それだけ言われてもいまいちピンとこなかったが、詳しく聞いてみれば4陣営に分かれて何でもありの陣取り合戦をするらしい。
この競技のために魔法で作られた特別なフィールドがあり、この中で死んでも一定時間経過後に復活するのだとか。つまりリスポーンだな。たぶんスマホかPCの陣取りゲームを参考に作られたのだろう。
「そして最後の一つが一般人から人気を得ることラン。僕たち魔法界も無からお金を生み出している訳じゃないラン。魔法少女が人気者になってファンからお金を搾り取れれば、その一部は君たちに報酬として支払われるラン」
魔法界の資金源がそれだけとは思わないが、実際アイドル業というのはうまく行けば運営は随分と儲かるようだし、魔法少女に対するエサとしては一石二鳥と言ったところか。
単純にポイントを現金に換えられるという点で資金集めの利点があり、さらには元々アイドル志望の少女が魔法少女という希少性を武器にして戦うことが出来るのだから。
「ふむふむ、そういえば以前に魔法少女アイドルという存在をネットで見たんですけど、あれも魔法界の人気取り作戦の一つってことですか?」
「それはその娘が勝手にやってるだけラン。僕たちの本来の目的はディストを倒して世界を護ることラン。そのついでに色々とやってるけど、魔法少女に直接指示するのはディストを倒すことだけラン」
放任主義のようだが、いきなりアイドルを目指せだとか、他の魔法少女と戦えなんて言われても困るだけだから、俺としてはその方が都合が良い。
「人気取りの一環としてそれぞれの魔法少女の戦闘を撮影した動画も投稿してるラン。良一も投稿して欲しければマギホンで設定を変えると良いラン」
「考えておきます」
後ろ向きにな。俺は誰かに期待されたりするのは好きじゃない。身勝手に期待して、好意を寄せて、思っていたのと違ったら掌を返して叩き出す。ネットの住民なんてそんなものだ。はした金のために媚びへつらうくらいなら、ひっそりと活動し、誰にも注目されず元の生活に戻りたい。
「っ。噂をすれば、なんとやらですね」
ジャックとの会話に一区切りがついたところで、タイミングを見計らっていたかのようにディスト発生の通知が鳴り響いた。このめちゃくちゃうるさい音が急に鳴ると心臓に悪い。一瞬びくっとしてしまう。マギホンで設定を変えられないかと試してみたが、変えられなかった。急を要するものだから、必ず気づくようにということらしい。
「先行して他の魔法少女が行ってるラン。階級はバロンラン。どうするラン?」
「そうですね……」
ジャックがわざわざ聞いてくると言うことは、先行している魔法少女だけでも十分に勝算があるということだ。無理をして行く必要はないが、ポイントが欲しいのなら行っても良い。
ただ、ネトゲみたいに横入りしてポイントの割り振りで揉めるのは面倒だし、なにより出来る限り他の魔法少女とは関わりたくない。
「今回はやめておきましょう」
「消極的ランねえ……」
「縄張りがどうこう言ったのはジャックじゃないですか」
魔法少女には縄張りがある。縄張りとは、基本的にその魔法少女が住処としている地区全体が当てはまる。俺の場合は咲良町が縄張りということになる。
これは魔法界が公的に認めたものではなく、勝手に魔法少女たちが決めているローカルルールのようなものだが、魔法界側からの干渉がないため暗黙の了解のようになっている。
他の地区の魔法少女が縄張りで勝手にディストを狩ることを容認しない魔法少女は多い。獲物を横取りされれば自分のポイントが減るのだから当然だ。
同じように、縄張りに新たに入ってきた魔法少女が歓迎されないことはそれなりにあるらしい。先輩に挨拶をしてその縄張りに馴染めれば良いが、生意気な態度で嫌われハブにされるようなこともあるのだとか。
そういうことを気にしない魔法少女もそれなりに居るらしいが、最初から一人でやっていくつもりの自分にはどちらにしろあまり関係ない。
まあ、魔法少女というファンシーな存在も、その実態は世知辛いんだなと少しだけ悲しい気持ちにはなった。
「ここの子たちは良い子だから大丈夫って言ったラン」
「私はソロで戦うとも言いましたよ」
「良一は頑固ラン。友達の一人や二人作っといた方が良いと思うラン」
「必要ありません」
元からぼっちの俺に友達なんて出来るはずもないし、必要もない。
「人は大切な人とか守りたい人が出来ると弱くなります。弱点が増えるんだから当たり前です。友達とか恋人、家族を作るなんて馬鹿げてます。一人で生きる、それが自分の身を守るのに一番適した生き方なんです」
「後ろ向きな思考にもほどがあるラン。ネガティブすぎラン」
「性分ですから」
不機嫌さを隠さずに吐き捨て、停止していたゲームを再開する。ジャックと会話をすると時々こうした不快感を抱く。大きなお世話だ。放って置けと。
ジャックはそれ以上は何も言わず、いつの間にかいなくなっていた。
・
その日現れたディストはバロンクラスであり、黒い靄を固めて作った虎のような外見をしていた。
当初はその素早さとしなやかな動きに翻弄されていたエレファント、ブレイド、プレスの三人であったが、戦いの中でその動きにも慣れ始め、徐々に勝機が見えてきていた。
「
襲いかかるディストのタイミングに合わせて魔法を発動すると、さきほどまで簡単に力負けして吹き飛ばされていたはずのエレファントが、一歩も動かずにその前足を受け止めていた。
「
虎型ディストの動きが止まったのはほんの一瞬だったが、それだけで十分だった。
エレファントがディストの攻撃を受け止めると信じて準備をしていたプレスが即座に魔法を発動し、圧力に押されたディストは民家の壁に叩きつけられた。
「
ディストの足下にはいつの間にか魔法陣が展開していた。避ける間もない連続攻撃。これでほぼ確実に致命傷になる。3人の魔法少女がそう確信したとき、異変は起きた。
「ゲエエエエェェェェェ!!」
不気味な咆哮と共に虎型ディストの肉体が膨れ上がる。元々大型の虎ほどもあった体躯は一回り、二回りと肥大化していき、最終的には大型トラックほどの大きさとなって地面を踏み砕いた。地面に描かれた魔法陣が破壊されブレイドの魔法は不発に終わる。さらに、プレスの圧力を受けているにも関わらず平然と動き始めた。
「マズッ……!」
「ちょっ!?」
動き出すのと同時にトップスピードへ移行したディストは瞬く間にプレスへと接近し、そのまま突っ込んだ。
「重きこと象の――っ!!」
咄嗟にプレスとディストの間に割り込んだエレファントが魔法を使おうとしたが、間に合わずにプレスと共に吹き飛ばされる。
民家の壁を突き破って飛んでいく二人をディストはそれよりも速く追いかけ、地面に叩きつけた。
痛みよりも先に衝撃が肉体を貫き、声をあげる暇もなく押しつぶされる。二人の意識は急速に失われつつあった。
「
3本の剣が矢のように高速でディストに突き刺さり、加えて追いついたブレイド自身もディストに切りかかるが、視界外から鞭のように振るわれた尻尾に弾き飛ばされた。
前足でエレファントとプレスを押さえつけていったディストの視線がブレイドへと移り、少しだけ表情が歪んだ。
ディストには明確に顔と判別できるパーツはついていない。全てが黒い靄の集合であるため当然だが、しかし空洞や靄の偏りから顔のように見えることもある。それが実際に表情としての機能を有しているのかなどブレイドは知らないが、ただ、その一瞬はディストが邪悪に笑っているように見えた。
這い蹲る自分に対して見せつけるように、ゆっくりと前足を振り上げ
「や、やめ――」
振り下ろす直前、何かがディストに直撃した。
ブレイドはそれが何なのか一瞬理解できなかったが、ふと、自らに吹き付ける風の強さで気が付いた。
それは、ディストの肉体を削り散らすほど強力で、されど魔法少女たちには一切ダメージを与えないほど完全に制御された竜巻だった。
肉体の大半を失ったディストが消滅していく。強力なディストは一度や二度致命傷を受けたくらいでは消滅せずに再生するが、肉体が塵になるほどのダメージを受けるとその塵になった肉体も再生しなければならず、結果的にエネルギーが不足して消滅に至る。
理論上はそうなるということを知っていたブレイドだが、バロンクラスのディストが1撃で消滅するのを見るのは初めてだった。
竜巻の飛んできた方向、つまり空を見上げると、偽りの月に照らされた一人の少女が浮いていた。
聖職者のような法衣を身に纏い、大きな杖を携えるその少女。
ブレイドがその姿を見るのは初めてだったが、少女の傍らに浮かぶカボチャのお化けを見て即座に理解した。
あれが、あれこそが、
「タイラントシルフ……」
聞きたいことはいくつもあったしお礼も言いたかったが、ブレイドが身を起こすよりも早くタイラントシルフは転移の光に包まれて消えてしまった。